どうせお腹が減るならなにも食べなくていい世界
『大発見!どうせお腹へるならなんも食わんくてもよくねw』
『↑アホ発見』
『氏ね』
『アホ』
『でも俺もう一ヶ月なんも食べてないけど全然平気』
『嘘乙』
『いや、実は俺ももう一年食べ飲みしてないけど、ぴんぴんしてる』
ネットに突如として投稿されたこの一文は、枯れ木に火をつけるかのごとく広まった。当初こそネタ扱いされていたが、徐々に賛同する声があがりはじめた。
そして投稿から一年も経たないうちに、世界中でモノを飲み食いする者はいなくなった。
食べなくてはならない。この妄想から人類は解放されたのだった。
もちろん弊害は起こった。飲食店は軒並み潰れ、そこで勤めていた人々は失業の憂き目に会った。
だが、考えてみてほしい。なぜ人間は働くのかを。それは食べるためだ。しかし、食事をしなてはならないという思い込みの色眼鏡を外せば、そこには労働からの解放という夢の世界が広がっている。
失業したからといってそれを深刻に捉える人はいなかった。なぜなら、極端な話、一年中文字通り寝て過ごしても死ぬことはないのだから。
なんと素晴らしい薔薇色の世界。
人々が食事をとらなくなってから十数年後、かつて世界有数のビジネス街だった場所は、いまはもう見る影もない。ヒマをもて余した若者が意味もなくたむろするほかは人影もない。その他の人々は家にこもりきっていた。
現在、外を出歩けばどんな危険に会うかわからないからだ。強盗、暴漢、老朽化した設備の故障…かぞえあげれば切りがない。
食事が必要でなくなったことで、わざわざ働こうとする者はいなくなった。隣で人が殺されようが、建物の下敷きになろうがみなしらけた顔でいそいそと通りすぎるだけだ。いや、むしろ死んでこの「天国」から脱することができるなら万々歳だ。
働かなくていいなら働きたくない。人類は究極のナマケモノになってしまった。
過去の時代の電子メディアを繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し…ポカンと眺めるだけの日々。
そんな折り、こんな一文が突如ネットにおどりでた。
『なんかお腹すいたな(T^T)』




