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心に宿る鬼  作者: めぐみ犬之介
第三章
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 一体何が起きたのだろう。

 どうして俺たちは跳べなかったのだろうか。

 縄の回し方に問題はなかった。

 だから、誰かが足を引っ掛けたのだ。

 一体、誰が失敗したのか。問うものも、白状するものもいない。

 俺たちは黙ったまま部屋を移動した。

 また、この血で汚れた忌々しい部屋へ戻ってくる。

「――第三ゲームは失敗しました。脱落者を一人、投票で決めて頂きます。制限時間は三十分。鬼を探しだすよう、話し合ってください」

 その声が終わると、ゴッという鈍い音がした。

 不二雄が床を殴ったのだ。拳を押し当てたまま、心底悔しそうな顔をしている。

 大縄跳びに失敗した時、俺はそこにへたり込んでしまった。目の前が真っ白になった。現実を受け入れられなかった。それは俺だけではなかったようで、みんなも同じようにその場に伏せてしまった。だからあの時、誰が足を引っ掛けたのは分からない。失敗した状態で静止していれば、誰が足を引っ掛けたのか分かったかもしれないが、あの瞬間はそんなこと考えられなかった。少なくとも、俺はそうだ。

「どうする?」不二雄が言った。

 それはきっと、投票のことだ。

 また誰かを選ばなくてはならない。

 もう考えるのがいやになってきた。このまま眠ってしまって、眠ったまま殺されてしまおうか。痛みは感じるのだろうか。田村や裕太は、苦しまずに死ねたのだろうか――。

「俺は誰が足を引っ掛けたのか分からない」

 そう池田の声が聞こえた。俺は思考を中断して、そちらへ目を向けた。

「俺も分からなかったな」と不二雄。

 大縄跳びを失敗に導いた犯人探しを、しなくてはならない。そんな気配が漂い始めた。池田と不二雄がそういう空気を作っているのだ。

 きっとこの投票、足を引っ掛けたものが死ぬ。選ぶ材料は、それしかないからだ。全員が分かっていることだと思う。

 回し手の彼らは、安全な立場だと言える。だから、そう言えたのだ。

 ――卑怯だ。俺はそう思った。

「わたしも違うわよ」と恵美子。

「違います」葵が言った。

 次々と違うと口にする。

 俺も首を横へ振った。

 結局、全員が違うと答えた。

「ふん。これじゃあ、誰を投票していいか分からねえな」池田が言った。

「……もうやめようや。こんなこと」水谷はさっきからしかめっ面をして口を閉ざしていたが、とうとう声を出した。

「じゃあお前は誰に投票するつもりだ」

 池田の問いに、水谷は黙る。

「だんまりかよ……仕方ねえな。それじゃあ、誰が引っ掛かったのかは、もういいよ」

「え?」

 池田から出た言葉に驚く。俺や、周りのものも驚いた顔をしていた。

「失敗したのは、残り時間がなくて焦っていたからだ。そうだよな、真世」

 池田は真世を睨みつけた。もう仲間だった時の眼差しではない。

「は? ど、どういう意味?」その視線に押されたように、真世が一歩下がった。

「そのまんまの意味だよ。お前があの時、あんな風にならなかったら、みんなもっと落ち着いていた」

「……ふざけないでよ。確かにわたしは時間を削っちゃったけど、絶対に引っ掛かってないから」

「しょうがないだろ。白状するやつがいないんだから」

「はあ? 意味、分かんないから」

 真世は視線を左右へ振った。狼狽えているのだ。「ね、ねえ。なんとか言ってよ。誰か」

 誰も言葉を発さなかった。残酷な沈黙だ。

 真世は一番近くにいた恵美子の肩を持った。

「ねえ、恵美子。お願い。何か言って」

 恵美子は眉をぴくりとさせ、顔を背けた。

「え……」

 真世が恵美子の顔を覗き込む。田村が見せたものと同じ、哀願の顔だ。

 恵美子はあからさまに真世を避けていた。さっき見せた優しい笑顔は、もう跡形もない。

「……最低」

 真世がくるりと体を反転させた。

 トイレに続く扉へ走る。彼女は一度も振り向かず、素早い動きでトイレに消えていった。彼女の最後に放った一言は、ひどく震えていた。真世は涙を流していた。


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