鮮度と熟成
前回の続き
酒はいつものマティーニだが、今夜のつまみは俺が持参したギンナンだ。殻を割ると、粒の腹のあたりがイイ感じに焦げている。この香ばしさがたまらないんだよな。ここのマスターもなかなか火加減が分かってる。
それにしてもマスターの自説、洋酒に旬のつまみが合わないなんてことがあるんだろうか?
「旬のものって誰が食べても美味しいよね。何で洋酒とは合わないの?」
「合わない、ってことでもないけど、日本酒と比べたら相性は数段落ちるよ。何しろ日本酒はほとんどどんな肴にも合わせることが出来る稀有な酒だからね」
「この前ここで日本酒頂いた時もそんなこと言ってたけど、いくらなんでも贔屓の引き倒しじゃないの?」
洋酒が売り物のバーのマスターが、何でそこまで日本酒の肩を持つんだろうね。
「別に日本酒が全ての酒の中で一番優れている、って言ってるワケじゃないんだ。酒の持つ個性と食との相性はまた別の話。でも、少なくともナマモノと合わせるのであれば、何はなくとも日本酒だよ。それはやっぱり気候風土なんかとも関係があるんだと思うけど」
「でも、キャビアにはウオツカ、って昔から言うよね」
とか言いながら、俺はキャビアなんか食べたことがない。ランプフィッシュの卵を使ったなんちゃってキャビアは食べたことあるけどね。
「よくそう言うけど、多分日本酒の方が合うんじゃないのかな。キャビアなんて食べたことないけど」
あ、マスターも食べたことないんだ。
「じゃあちょっと西洋と日本の食文化について比較して考えてみようか。西洋を代表する蒸留酒と醸造酒と言ったら何だい?」
「醸造酒は間違いなくワインだろうね。蒸留酒はウイスキーかブランデーかな。まぁより一般的なのはウイスキーだよね、きっと」
「じゃあそのワインとウイスキーに合うつまみと言ったら?」
「ワインのつまみって言ったら、代表的なのはチーズかな。後はソーセージやハム。ウイスキーにはビーフジャーキーとか。日本だとチーズとサラミの盛り合わせなんて、飲み屋でよくあるよね」
最近はあまり行かないけど、スナックなんかでよくあるよな。フィリピン・パブで漬物やポテチがウン千円だったり。イヤなこと思い出しちゃった。
「洋酒のつまみって言ったらチーズや加工肉、ってことでイイかい?」
「そうだね、そんなとこだと思う。ナッツ類とかも合いそうだけど」
「どちらも“新鮮さ”とかじゃなくて“熟成度合い”が問題にされる食べ物だよね。チーズの醗酵具合い、カビの付き具合い。ソーセージやベーコンの熟成具合い、燻製具合い。長過ぎず短過ぎず、絶妙な熟成期間、醗酵具合い。食材の鮮度よりも、その熟成具合いを見極める方が重要だったりするんじゃないのかな」
うん、言われてみればそうかも知れない。洋酒のつまみは鮮度より熟成か。
「更に言えば、ワインとウイスキー。両方とも同じように樽で熟成させる。その品質管理と見極めが重要なのはチーズや加工肉と一緒」
「あっ、そうか!」
ナルホド、確かにそうだ。酒とつまみが同じ発想で造られてる気がする。
「そうしたら今度は日本。取り敢えず焼酎は考えずに、日本酒だけで考えてみようか。日本酒も三年とか五年とか熟成させた古酒は存在する。でも一般的に喜ばれてるのは“新酒”だよな。“搾りたて”なんてあると、やっぱり美味い酒だと思うだろ? 普通に棚に置いてある酒よりも、冷蔵庫にある“生酒”の方が呑みたくなるだろ? つまり日本人は潜在的に新鮮なものが好きな民族なんだよ。鮮度っていうものを非常に意識している。“新鮮”イコール“美味い”なんだ。だから旬の食材にこだわったりするし、世界に比肩するもののない、ずば抜けた生食の技術が発展したんだ。更に言えば、ボジョレー・ヌーヴォーで大騒ぎするのも、新しいものを喜ぶ気質なんだろうな。生食とヌーヴォーはまた別の機会に話すとして、とりあえず日本は新鮮さを重視する食文化、酒文化ってことさ」
西洋は動物性タンパク質中心に熟成文化、日本は旬にこだわる鮮度重視の文化、か。わかるような気がするなぁ。新し物好きでミーハーな国民性だもんな。
「今の季節だとやっぱりサンマとかが旬の代表かな。確かに洋酒には合わないね」
「柑橘系のソースとかで勿体つけてフレンチ風にしたりすれば白ワインとかにも合うのかも知れないけど、どう考えたってそのまま七輪で焼いて燗酒で食べた方が美味いよな」
「マツタケ、は縁がないから置いといて、舞茸なんかは天ぷらが美味しいよね。カツオも初鰹より戻り鰹が旬か。牡蠣は秋が旬? Rの付く月が旬だって言うよね」
「夏に産卵して身が痩せてるから、ホントは新春が旬なんだよ。岩牡蠣は8月だけどね。生牡蠣なんかそれこそ日本酒しか合わないと思うけどな」
あれこれと旬のものを挙げていくと、やっぱり日本酒に合うものばかりだなぁ。
「西洋には“晩酌”っていう習慣がないらしい。それも大きく影響してると思うよ。飲むのがメインの時はナッツとか乾き物で軽く済ませて、後は食事に合わせて。日本みたいに食事前に旬の肴で一杯、なんてないから、そういうものにこだわる酒呑みもいないんだろう」
なんか話に夢中になっちゃって、レコードも止まってるし、マティーニもカラのままになってた。
「マスター、お代わり頂戴。ギンナンもまだ残ってることだし」
「冷えて殻が剥き易くなったろう」
そう言ってプレーヤーからレコードを外し、今度はコルトレーンの“スターダスト”を掛ける。こういうトレーンだったらイイな。
次回に続く




