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BAR 夜明ヶ前  作者: 沼 正平
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22/99

木の実の脂質

前回の続き

 せっかくギンナンを持参したのに、日本の旬食材は洋酒より日本酒の方が合う、なんて言われちゃった。確かに説明聞くとそんな気もするけど、洋酒メインの俺としては、なんとかギンナンに洋酒を合わせてみたいなぁ。

「マスターちょっとタイム。マティーニじゃなくて、何かギンナンに合いそうなスピリッツとかってないかな?」

 とりあえずマティーニとの相性はそれほど目を見張る程のモノでもなかった。もっとシックリくる酒があるんじゃないのかな。

「そうだな、じゃあウオツカなんかいってみるかい」

 そう言ってマスターは冷凍庫からキンキンに凍らせたボトルを出した。ボトルの表面は霜が付いて白っぽくなっているが、中の液体は琥珀色をしているようだ。ウオツカって言ったら透明なのが一般的だけど、どんなウオツカなんだろうか。

「ロシアン・ウオツカの中でも特に秀逸な出来だと思うんだよ、コイツは。“スタルカ”ってウオツカだけど、オールド・ウオツカなんて呼ばれることも多いな。アルメニア産のブランディーをブレンドして、クリミア産のリンゴ・梨なんかの新芽を浸漬させているんだ。更にオーク樽で3年以上熟成。普通ウオツカって言ったらキレだけど、これはコクがある。しかも辛口。20年くらい前は千円以下で売ってたんだけど、最近は随分と値上がりしちまった」

「説明はとりあえず後でいいから、冷たいヤツをのませてよ」

「せっかちな旦那だな」

 そう言ってマスターは縦長のショットグラスにウオツカを注いで俺の目の前に置いた。早速一口。確かにクリアなウオツカとは全く違う呑み口。芳醇で複雑な味わい、豊かなコク。これは確かに味わい深いウオツカだ。が、ギンナンとの相性はどうだろう。一粒つまんで口に入れる。そしてウオツカをグイっとあおる。アルコールが強過ぎて、ギンナンのほのかで淡い風味が飛んじゃうな。

「どうだい大将、ウオツカとギンナンの相性は?」

「悪くはないけど……。正直それほどでもないなぁ」

 正直ガッカリだなぁ。何で合わないんだろう?

「洋酒に合わせるんだったら他には白ワインとかドライ・シェリーあたりかな。でもスピリッツとなると、ちょっと合わないんじゃないかと思うよ」

 どうやらマスターはギンナンがスピリッツ類に合わないらしいのを最初っから了解していたらしい。

「やっぱり日本酒じゃないと合わないのかな。何でスピリッツに合わないの?」

「アルコールが強いとギンナンの微妙な味と香りが邪魔されちゃうだろ。だからと言ってウオツカを水で割ったりしたら、アルコールは薄まるけど味も薄くなっちゃう。適度なアルコールで味も芳醇な日本酒でないと、ギンナンの味は活きないんだよ。あと、一番大きな問題は“脂”だ」

「アブラ?」

「さっきウイスキーのつまみに合うものって話の時にナッツが出てきたろう。アーモンドやカシューナッツなんかは脂質が15%くらいピーナッツは20%近いんだ。それに比べてギンナンの脂質は2%以下。この違いが決定的なんだろう」

 なるほど、確かにギンナンはサッパリした味わいだよな。落ち葉なんかは脂分が多くて焚き火すると結構な煙がでるけどね。

「日本で採れる木の実で洋酒に合わせるんだったらクルミかな。あれは脂肪分が6割以上もあるんだ」

「俺の子供の頃は河原でクルミを拾って石で殻を割って食べてたよ。ワイルドだろ?」

「普通は炒って食べるんだけどな」

「クルミは英語で“ウォールナット”だったよね」

「そう。じゃあここで一つクイズといこう。栗は英語で何て言うかい?」

 難しい問題でも出してきたら“当ったら一杯サーヴィス”って言おうかと思ったけど、こんな簡単な問題じゃあお話にならないな。

「そのくらいは分かるよ、マロンでしょ?」

「残念、栗は英語で“チェスナット”。まぁかなり正解率低いから、しょうがないね。大体皆んな“マロン”って言うよ」

 そんなバカな! 栗って言ったらマロンでしょ!

「俺のこと騙してるんじゃなくて? ホントにマロンじゃないの? じゃあ“マロン”って何?」

「マロンってのは“栃の実の色”のことなんだよ。マロングラッセ、ってあるだろ? あれも元々は栃の実を使ってたのを栗で代用するようになったのさ」

 何てことだ、今までずっと勘違いしてたよ。でも誰だって栗って言ったらマロンだよな。

「ついでにもう一つ。これは知ってる人も多いと思うけど、“モンブラン”ってのは本来山のように盛ったケーキのことで、必ずしも栗のケーキってことじゃないんだ。スポンジの上に絞るのはサツマイモでもいいしチョコレートでもいい。日本では栗を使ったケーキをモンブランって言うことが多いけどね」

「まぁケーキは食わないからどうでもイイけどさ」

 なんか、クリがマロンじゃなかったのがショックだよ、俺は。

「マスター、お代わり頂戴」

 俺は残りのウオツカを一気に呷って、ショットグラスをマスターに差し出した。

「オージェフーフカっていうウオツカがあるんだ。クルミのエキスが入ってるヤツだ。どうだい?」

「うん、それもらおう」

 洋酒がギンナンに合わなかったのもショックだけど、今夜は意外とショッキングな夜になったな。


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