『すべてを失った日』【4】
シオンは剣を腰に差し、部屋を飛び出した。
廊下には慌ただしく行き交う兵士たち。
王城の外からは警鐘と人々の叫び声が絶え間なく聞こえてくる。
シオン「正門へ向かう! 馬を用意しろ!」
兵士「はっ!」
階段を駆け下りようとした――その時だった。
国王「待て、シオン」
聞き慣れた声に、シオンの足が止まる。
振り返ると、廊下の奥に一人の男が立っていた。
アルヴェリア王国国王。
そして――シオンの父。
シオン「父上……」
国王はすでに鎧を身に纏っていた。
普段、玉座に座る時の豪華な衣装ではない。
王としてではなく、一人の戦士として戦場へ立つための姿だった。
国王「どこへ行く」
シオン「正門です。第一守備隊が壊滅しました。俺も戦います」
国王「ならん」
シオン「なぜです!」
国王「お前には別の役目がある」
シオン「こんな時に王城で待っていろと!?」
国王「民を逃がせ」
シオン「……!」
国王「西門はまだ無事だ。城下の民を集め、西の森へ避難させろ。護衛の兵も連れていけ」
シオン「それなら兵士に任せれば――」
国王「シオン」
低く、強い声だった。
国王「今、この国で最も守るべきものは何だ」
シオン「…………」
幼い頃から何度も父に問われてきた言葉だった。
国王「城か?」
シオン「……違います」
国王「領土か?」
シオン「違います」
国王「では、何だ」
シオンは拳を握る。
シオン「……民です」
国王「そうだ」
父は静かに頷いた。
国王「城は建て直せる。土地は奪われても取り返せる。だが――命だけは戻らない」
遠くで再び轟音が響く。
王城が微かに揺れた。
それでも国王は、十三人が侵入してきた正門の方角から目を逸らさなかった。
国王「私はここに残る」
シオン「……父上?」
国王「近衛兵と魔術師団を率いて、奴らを止める」
シオン「だったら俺も!」
国王「お前は民と行け」
シオン「嫌です!」
思わず声を荒らげた。
シオン「俺だってアルヴェリアの王族です! 剣だって父上から教わった! 国が襲われているのに、自分だけ逃げろなんて――」
国王「王子だから言っているのではない」
シオン「……?」
父がシオンの目を真っ直ぐに見た。
国王「お前は――私の息子だ」
シオン「…………」
言葉が出なかった。
国王はゆっくりと歩み寄り、シオンの肩に手を置いた。
国王「生きろ、シオン」
それは王から王子への命令ではなかった。
一人の父親が、
一人の息子へ送った言葉だった。
シオン「父上……」
国王「民を頼む」
シオンは俯いた。
父の決意は変わらない。
何を言っても無駄だということくらい、分かっていた。
シオン「……分かりました」
国王「行け」
シオン「はい」
シオンは父に背を向ける。
だが――
数歩進んだところで、その足が止まった。
シオン「……父上」
国王「なんだ」
シオンは振り返った。
そして、父の顔をしっかりと見つめた。
シオン「生きて……また会いましょう」
一瞬だけ。
国王の表情が、いつもの父親のものへ戻った。
国王「ああ」
国王「約束だ」
シオン「……はい」
シオンは今度こそ背を向け、城下へ続く階段を駆け下りていく。
父もまた、剣の柄へ手をかけ――
十三人が待つ正門へ向かって歩き始めた。
一人は、人々を生かすために。
一人は、敵を食い止めるために。
親子はそれぞれ、
正反対の方向へ進んでいった。
そして――
これが、
シオン・アルヴェリアが父と交わした、最後の約束となった。




