『捜査線上のジャック・ザ・リッパー』【3】
捜査会議室。
机の上には――
この一か月で集められた
大量の資料が並べられていた。
デニス「まず――」
デニス「ジャックについて分かっていることを教えてくれ」
デニスが――
セイとヴァンを見る。
デニス「戦い方でも――」
デニス「癖でもいい」
セイ「そう言われてもな……」
セイが――
少し考える。
セイ「正直――」
セイ「よく分かんねぇ」
デニス「分からない?」
セイ「あいつ――」
セイ「とにかく速いんだよ」
ヴァン「戦闘が始まれば――」
ヴァン「真っ先に飛び出す」
セイ「で――」
セイ「気づいた頃には終わってる」
ヴァン「終われば――」
ヴァン「すぐにその場を離れる」
エドガー「戦い方を観察する時間すら――」
エドガー「ほとんどなかったってことか」
セイ「俺らが見てたのも――」
セイ「左右で――」
セイ「刃が光ってるくらい」
デニス「左右?」
ヴァン「両手に――」
ヴァン「刃物があるように見えた」
セイ「それくらいしか――」
セイ「正直、分かんねぇ」
デニスが――
資料へ目を落とす。
デニス「二本の刃……」
デニス「遺体に残された傷とも一致する」
シオン「顔は?」
セイ「知らねぇ」
セイ「ずっと仮面つけてたからな」
ヴァン「俺たちも――」
ヴァン「素顔を見たことはない」
エドガーが――
机の上の資料へ目を向ける。
エドガー「異常な速さ」
エドガー「左右に見える――」
エドガー「二本の刃」
エドガー「そして――」
エドガー「《J》の仮面」
エドガー「少なくとも――」
エドガー「今追っている犯人とジャックの特徴は重なる」
エドガーが――
机いっぱいに資料を広げる。
エドガー「一度――」
エドガー「全部洗い直そう」
シオン「全部?」
エドガー「被害者」
エドガー「犯行時刻」
エドガー「現場」
エドガー「目撃情報」
エドガー「どんな小さな接点でもいい」
エドガー「ジャックの特徴と――」
エドガー「重なる人間を探す」
元刑事「それだけじゃ足りないな」
元刑事が――
一枚の資料を手に取る。
元刑事「人だけを見るな」
元刑事「どこで殺されたか」
元刑事「いつ殺されたか」
元刑事「犯人がそこへ来て――」
元刑事「どうやって消えたのか」
元刑事が――
資料を机へ戻す。
元刑事「場所と時間も――」
元刑事「一緒に見た方がいい」
エドガーが――
資料へ視線を落とした。
◇
それから――
全員で
資料を洗い始めた。
一件目。
二件目。
三件目。
被害者の名前。
職業。
住んでいた場所。
事件当日の行動。
犯行現場。
時間。
残された物。
一つずつ――
別の資料と
照らし合わせていく。
セイ「…………」
セイが――
二枚の資料を交互に見る。
セイ「待って」
シオン「なんだ?」
セイ「こいつが――」
セイ「二人目だっけ?」
シオン「それは四人目だ」
セイ「じゃあ二人目は?」
シオン「さっき持ってただろ」
セイが――
手元を見る。
さらに――
机の上を見る。
セイ「…………もう分かんねぇ!」
持っていた資料を――
机へ置く。
シオン「諦めるの早すぎるだろ!」
セイ「こういうの――」
セイ「向いてねぇんだよ!」
シオン「少しは頑張れよ!」
セイ「戦う方が簡単なんだよ!」
ヴァン「静かにしろ」
セイ「…………はい」
ヴァンは――
二人のやり取りにも構わず
資料へ目を通していた。
その時――
デニスが
ふと手を止める。
胸元から煙草を一本取り出し――
ポケットを探る。
デニス「……どこやったかな」
別のポケットにも――
手を入れる。
元刑事「ほら」
元刑事が――
上着の内側へ手を入れる。
取り出したものを――
デニスへ渡した。
デニス「ありがとうございます」
デニスが――
煙草に火をつける。
そのまま返そうとすると――
元刑事「いい」
デニス「?」
元刑事「もう吸ってない」
デニス「タバコ――」
デニス「やめたんですか?」
元刑事「ああ」
デニス「先輩が?」
元刑事「俺だって――」
元刑事「やめる時くらいある」
デニスが――
少し笑う。
デニス「じゃあ――」
デニス「もらっときます」
何事もなかったように――
再び資料へ目を戻した。
◇
しばらくして――
ヴァン「エドガー」
エドガー「?」
ヴァンが――
何枚かの資料を机の上へ並べる。
ヴァン「この三人」
ヴァン「殺される前に――」
ヴァン「同じ店へ行ってる」
シオン「三人とも?」
一人目は――
事件の三日前。
二人目は――
五日前。
三人目は――
二日前。
それぞれの行動記録に――
同じ店の名前が
残されていた。
シオン「殺される前に――」
シオン「全員ここへ行ってるのか」
エドガー「偶然かどうか――」
エドガー「調べてみる価値はありそうだね」
元刑事「これも見た方がいい」
元刑事が――
資料の山から
一冊の帳簿を抜き取る。
そのまま――
エドガーへ差し出した。
エドガー「これは?」
デニス「店の顧客名簿だ」
エドガーが――
帳簿を開く。
一人。
二人。
ページをめくり――
エドガー「……三人」
セイ「全員いた?」
エドガー「三人とも載ってる」
元刑事「なら――」
元刑事「店側の人間も見た方がいい」
シオン「店側?」
元刑事「客同士に繋がりがなくても――」
元刑事「店を通せば繋がる」
エドガーが――
帳簿の表紙を見る。
エドガー「この店の人間について――」
エドガー「資料は?」
デニス「待ってくれ」
デニスが――
資料の山を探る。
デニス「……あった」
デニス「ロイド・ハーグ」
デニス「この店の料理人だ」
シオン「料理人なら――」
シオン「刃物には慣れてるな」
ヴァン「それだけじゃ弱い」
デニスが――
さらに資料をめくる。
デニス「こいつ――」
デニス「街じゃかなり足が速いことで知られてる」
セイ「足が速い?」
デニス「市場の荷運び競争でも――」
デニス「何度も優勝してる」
ヴァンが――
ロイドの資料を見る。
ヴァン「料理人」
ヴァン「俊足」
ヴァン「被害者三人との接点」
シオン「……重なってきたな」
デニスが――
ロイドの名前を見つめる。
デニス「それに――」
シオン「?」
デニス「こいつの父親は――」
デニス「先輩が左腕を失った事件の犯人だ」
セイ「…………え?」
セイが――
元刑事の左腕を見る。
セイ「こいつの親父が?」
元刑事「そうだ」
セイ「じゃあ――」
セイ「余計に怪しいじゃん」
元刑事「父親は関係ない」
セイ「でも――」
元刑事「調べるのは――」
元刑事「ロイド本人だ」
ヴァンが――
ロイドの資料を見る。
ヴァン「親が何をしたかは――」
ヴァン「こいつが犯人だって証拠にはならない」
セイ「…………」
セイ「でも気になるだろ」
シオン「それは――」
シオン「俺も気になる」
元刑事「今は事件を見ろ」
セイ「はいはい」
元刑事「場所は?」
エドガー「?」
元刑事「ジャックは――」
元刑事「すぐに現れて、すぐ消えるんだろ」
元刑事「店と現場の距離も――」
元刑事「見ておいた方がいい」
エドガーが――
地図を広げる。
エドガー「店は?」
デニス「ここだ」
デニスが――
地図の一点を指す。
その周囲には――
事件現場を示す印が
いくつもある。
ヴァン「近いな」
シオンが――
地図を見る。
シオン「これなら――」
シオン「すぐ現場まで行ける」
エドガー「犯行時刻は?」
デニスが――
記録を確認する。
デニス「閉店後――」
デニス「一人で仕込みをしていたと話している」
ヴァン「証明できる人間は?」
デニス「いない」
セイ「…………」
セイ「もうこいつじゃね?」
元刑事「早い」
セイ「え?」
元刑事「怪しいことと――」
元刑事「犯人であることは別だ」
セイ「でも――」
セイ「めちゃくちゃ当てはまってんじゃん」
元刑事「だから調べる」
元刑事「決めつけるのは――」
元刑事「その後だ」
セイ「…………」
セイ「刑事って面倒くせぇな」
デニス「だから――」
デニス「元刑事だ」
元刑事「お前まで言うな」
◇
さらに――
資料を洗い続ける。
しばらくして――
ヴァンの手が――
一枚の資料で止まる。
ヴァン「こいつ」
シオン「?」
ヴァンが――
資料を机の中央へ置く。
ヴァン「二刀流だ」
資料には――
二本の剣を構えた男の姿。
シオン「ジャックと同じか」
ヴァン「少なくとも――」
ヴァン「二本の刃を使う点はな」
デニス「バルク・ゼイン」
デニス「この街で――」
デニス「剣術道場を開いている男だ」
ヴァンが――
別の資料へ手を伸ばす。
ヴァン「それだけじゃない」
その横へ――
一枚の資料を置く。
ヴァン「二人目の被害者」
エドガーが――
資料を確認する。
エドガー「道場に通ってる」
ヴァン「元門下生だ」
シオン「……ほんとだ」
シオン「こっちも――」
シオン「繋がりが出てきたな」
元刑事「他の被害者も見ろ」
全員が――
再び資料へ目を落とす。
元刑事「一人見つかったからって――」
元刑事「そこで止めるな」
しばらくして――
元刑事「この商人は?」
元刑事が――
四人目の被害者資料を指す。
デニス「商人ですね」
元刑事「土地と金の記録は?」
デニス「土地と金?」
元刑事「道場を構えている人間と――」
元刑事「商人だ」
元刑事「何かあれば――」
元刑事「そこに残る」
エドガーとヴァンが――
資料を探る。
ヴァン「……これか」
ヴァンが――
一枚の記録を抜き出す。
エドガーが――
その内容を確認する。
エドガー「道場の土地を巡って――」
エドガー「バルクと揉めてる」
セイ「また増えた」
シオン「こっちもかなり怪しいな」
元刑事「犯行時刻は?」
デニスが――
記録を確認する。
デニス「道場で一人で稽古していた」
ヴァン「証明できる人間はいない?」
デニス「いない」
エドガーが――
二人の資料を
机の中央へ並べる。
ロイド・ハーグ。
料理人。
街でも知られた俊足。
複数の被害者が――
事件前に店を訪れている。
店は――
複数の犯行現場から近い。
そして――
犯行時刻のアリバイはない。
バルク・ゼイン。
二刀流の剣士。
被害者には――
元門下生。
さらに――
道場の土地を巡って
揉めていた商人もいる。
こちらも――
犯行時刻のアリバイはない。
ヴァン「今の情報だけなら――」
ヴァン「この二人が一番近い」
シオン「速さなら――」
シオン「ロイド」
シオン「二本の刃なら――」
シオン「バルク」
セイ「じゃあ――」
セイ「二人とも捕まえて聞けばよくね?」
シオン「だから早いって!」
セイ「もう資料見るの嫌なんだよ!」
ヴァン「お前はもう見てないだろ」
セイ「…………」
セイ「バレた?」
シオン「見れば分かる!」
元刑事が――
二人の資料を見る。
元刑事「気をつけろ」
元刑事「犯人に似ている人間を探していると――」
元刑事「似ている人間しか見えなくなる」
エドガーの視線が――
二枚の資料へ落ちる。
元刑事「特徴は――」
元刑事「犯人を探す手掛かりになる」
元刑事「だが――」
元刑事「特徴に合うから犯人とは限らない」
シオン「決めつけずに――」
シオン「直接調べるしかないな」
その時――
一人の警察が
机の資料へ手を伸ばす。
腕が――
端に置かれていた
インク瓶に当たった。
――ガタン。
警察「あっ――」
インク瓶が――
床へ落ちる。
――パリン。
瓶が割れ――
黒いインクが
床へ広がった。
警察「すみません!」
デニス「大丈夫だ」
デニス「片付けてくれ」
警察「はい!」
数人の警察が――
割れた瓶を拾い、
床のインクを拭き取っていく。
やがて――
片付けが終わり、
机の上へ二枚の資料が戻される。
デニス「ロイド・ハーグ」
デニス「バルク・ゼイン」
デニス「まずは――」
デニス「この二人を直接調べる」
ヴァン「二手に分かれるか」
デニス「同時に動いた方がいい」
シオン「分かった」
セイ「やっと資料終わり?」
シオン「そこしか聞いてなかったのか?」
セイ「もう名前だけで限界」
ヴァン「よく頑張ったな」
セイ「だろ?」
シオン「褒めてないだろ」
その横で――
エドガーだけが
二枚の資料を見たまま動かなかった。
デニス「エドガー?」
少しして――
エドガーが
顔を上げる。
エドガー「二人は――」
エドガー「皆さんに任せます」
デニス「?」
エドガー「僕は――」
エドガー「別の線を当たってみます」
シオン「別の線?」
エドガー「まだ――」
エドガー「何も分からないよ」
エドガーが――
資料を閉じる。
エドガー「少し――」
エドガー「気になることがあるだけです」
デニス「……分かった」
デニス「何か分かったら――」
デニス「すぐに知らせてくれ」
エドガー「もちろん」
ロイド・ハーグ。
バルク・ゼイン。
浮かび上がった――
二人の容疑者。
そして――
誰にも明かされない
もう一つの捜査。
事件は――
それぞれの方向へ
動き始めようとしていた。




