『最初の一枚』【2】
――十三人。
その言葉を聞いてから、
数日が経った。
王城。
かつての姿には程遠いものの、
再建された一室には、
各地から集められた大量の書簡が並べられていた。
シオン「…………」
机の上に広げられているのは、
国外から届いた報告書。
商人たちの証言。
旅人から聞き取った噂。
そして、
周辺諸国から集めた情報。
シオンは、
その一枚一枚に目を通していた。
シオン「東方の戦争……」
紙をめくる。
シオン「北方の疫病……」
さらに、
次の報告書へ。
シオン「災害級の竜……消えた王族……壊滅した都市……」
どれも、
起きた場所も違う。
目的も違う。
結果さえ、
まるで違う。
ある場所では、
何千もの命が失われた。
ある場所では、
何千もの命が救われた。
シオン「…………」
何がしたい。
何のために、
こんなことをしている。
シオン「……分からない」
その時。
兵士「シオン様」
シオン「入れ」
扉が開く。
兵士が一枚の古びた書簡を手に、
部屋へ入ってきた。
兵士「例の十三人について、新たな情報が届きました」
シオン「見せてくれ」
書簡を受け取る。
シオン「…………」
そこには、
十三人についての目撃情報が記されていた。
そして――
シオンの目が止まる。
シオン「……これは?」
兵士「各地で、同じ呼び名が囁かれているようです」
シオン「呼び名……」
兵士「はい」
シオンは、
そこに書かれた文字を読む。
シオン「…………凶宴」
そして、
その下。
シオン「……CARD」
兵士「《凶宴-CARD》」
シオン「…………」
初めて聞く名前。
だが――
その名が、
あの十三人を指している。
兵士「確証はありません。しかし、十三人を目撃した者たちの証言では――」
兵士は、
机の上に別の資料を置いた。
兵士「彼らは互いを、名前ではなく奇妙な呼び方で呼んでいたと」
シオン「奇妙な?」
兵士「……No.A」
シオン「…………」
兵士「No.2、No.3、No.4、No.5、No.6、No.7、No.8、No.9、No.10――」
シオンの視線が、
資料へ落ちる。
兵士「そして、ジャック、クイーン、キング」
シオン「…………」
エース。
2から10。
ジャック。
クイーン。
キング。
十三人。
シオン「……待て」
兵士「?」
シオンは、
もう一度資料を見る。
シオン「エースからキングまでの十三……」
その並び。
その数。
シオン「…………トランプ」
兵士「……!」
シオン「トランプの十三のランクを、そのまま名乗っているのか」
シオンの視線が、
先ほどの書簡へ戻る。
そこに記された名。
――《凶宴-CARD》。
シオン「……だから、CARDか」
兵士「おそらくは」
シオン「…………」
数年前。
アルヴェリアへ現れた十三人。
父を奪い、
国を滅ぼし、
すべてを変えた者たち。
その正体へ――
ようやく、
ほんの少しだけ近づいた。
シオン「《凶宴-CARD》……」
その名を、
静かに口にする。
シオン「…………」
そして、
机の上に広げられた地図を見る。
五つの事件。
すべて、
アルヴェリアから遠く離れた土地で起きている。
シオン「……ここにいては駄目だ」
兵士「シオン様?」
シオン「待っているだけでは、また奴らを見失う」
兵士「…………」
シオン「俺が行く」
兵士「――!」
シオン「《凶宴-CARD》を追う」
兵士「しかし……!」
シオン「分かっている」
シオンは、
窓の外へ目を向けた。
再建された街。
行き交う人々。
聞こえてくる、
子どもたちの笑い声。
シオン「…………」
数年かけて、
ここまで来た。
この国を、
二度と失いたくない。
だからこそ――
シオン「奴らが存在する限り……この国に本当の平和は来ない」
兵士「…………」
シオン「だが……」
言葉が止まる。
自分は、
この国の王子だ。
国を守る責任がある。
その自分が、
長期間アルヴェリアを離れる。
シオン「…………」
本当に、
それでいいのか。
???「――随分と難しい顔をしておられますな」
シオン「!」
振り返る。
開いた扉の前に、
一人の老人が立っていた。
白髪交じりの髪。
年齢を重ねた顔には、
深い皺が刻まれている。
だが、
その眼差しには今なお強い意志が宿っていた。
シオン「……オルディス」
オルディス「失礼いたします」
オルディス・レヴァン。
先王の代から、
アルヴェリアの国政を支えてきた宰相。
そして――
あの日から今日まで、
シオンと共に王国の再建を続けてきた男。
オルディス「お話は聞かせていただきました」
シオン「…………」
オルディス「《凶宴-CARD》……ですか」
シオン「ああ」
オルディス「行かれるおつもりで?」
シオン「……行かなければならないと思っている」
オルディス「では、何を迷っておられるのです?」
シオン「…………」
シオンは、
再び街を見る。
シオン「この国だ」
オルディス「…………」
シオン「ようやく、ここまで戻った」
シオン「まだ復興は終わっていない。問題だって山ほど残っている」
オルディス「ええ」
シオン「そんな時に……俺が国を離れていいのか」
オルディス「…………」
シオン「父上から託された国だ」
シオン「俺が守らなければならない」
オルディス「…………」
オルディスは、
しばらく黙ってシオンを見つめていた。
そして――
オルディス「……随分と傲慢になられましたな」
シオン「……何?」
予想もしなかった言葉に、
シオンが振り返る。
オルディス「この国を守れるのは、自分一人だと?」
シオン「そんなことは――」
オルディス「では、今のお言葉は何です」
シオン「…………」
オルディス「『俺が守らなければならない』」
オルディス「まるで、あなたがおられなければアルヴェリアは何もできぬと仰っているように聞こえます」
シオン「…………」
オルディス「瓦礫を退けた者たちは?」
オルディス「傷ついた者を治療した者たちは?」
オルディス「食料を集め、家を建て、道を直し――」
オルディス「今日まで、この国を支えてきた民たちは?」
シオン「…………」
オルディス「兵も」
オルディス「商人も」
オルディス「職人も」
オルディス「民も」
オルディス「皆、あなたと共にこの国を守ってきたのではありませんか」
シオン「……ああ」
オルディス「ならば――」
オルディスは、
窓の外へ目を向けた。
そこには、
数年かけて取り戻したアルヴェリアの街が広がっている。
オルディス「では、何のために我々はこの数年――」
シオンを見る。
オルディス「この国を立て直してきたのでしょうな」
シオン「…………」
オルディス「シオン様お一人がおられなければ崩れてしまう国を、作るためですかな?」
シオン「……違う」
オルディス「ええ。違います」
オルディスは、
穏やかに笑った。
オルディス「この国を再建したのは、あなたお一人ではありません」
シオン「…………」
オルディス「ですから――」
その眼差しが、
真っ直ぐシオンへ向けられる。
オルディス「我々を信じてください」
シオン「……!」
オルディス「あなたが帰る場所くらい、我々にも守らせていただきたい」
シオン「オルディス……」
オルディス「国政は私が預かりましょう」
シオン「…………」
オルディス「この老骨、まだしばらくは働けます」
シオン「ふっ……」
思わず、
小さく笑った。
オルディス「何か?」
シオン「いや……相変わらずだと思ってな」
オルディス「それは何より」
シオン「…………」
もう一度、
街を見る。
自分が守らなければならない。
ずっと、
そう思っていた。
だが――
違う。
ここには、
共に国を立て直してきた者たちがいる。
シオン「……任せてもいいか」
オルディス「もちろんです」
迷いのない返事だった。
オルディス「行ってください、殿下」
シオン「…………」
オルディス「あなたにしか、できぬことを」
シオンは、
ゆっくりと頷いた。
シオン「ああ」
◇ ◇ ◇
その日の夕暮れ。
シオンは、
一人で王都の外れを歩いていた。
やがて、
一つの墓の前で足を止める。
そこには――
一本の剣が、
静かに供えられていた。
シオン「…………父上」
風が吹く。
シオンは、
父の墓を見つめた。
数年前。
ここから始まったすべてに、
今――
決着をつける時が来た。




