第20話 vs ボムスライム
「何あのでかいの」
フレアが前方を指差す。
赤くて半透明のゲル状の大きな塊がそこにあった。ちょっとした民家くらいはある。
「……ボムスライムです。衝撃を当てると爆発する厄介な魔物です」
フレアの質問にルウリィが答える。やっぱり魔法生物については詳しいらしい。
「こちらから何も攻撃しなければ無害ではあるんですけど、でも——」
「ああ、完全に道を塞がれちゃってるな……」
崖と崖の間、ボムスライムがほぼぴったりハマっており、ユニコーンと馬車はおろか、俺たち人間もギリギリ通れるかどうか……という感じだ。
「ねえ、爆発って、ルウリィとかモロコシの防御魔法でも防げないくらい?」
「どうなんでしょう……フレアさんの例の攻撃魔法ほどの威力はないと思いますが……」
「ふうん? じゃあ、あたしがここから魔法当てて、ルウリィが防御魔法張ってくれれば簡単にやっつけられちゃう気がするんだけど……ルウリィ的にはそれは困るわよね?」
「え、どうしてです?」
ルウリィが首をかしげる。
「魔法生物の医者になりたいっていうんだから、魔法生物を殺しちゃうのは問題あるでしょ? 無駄な殺しはあたしも心が痛むしね」
「ああ」
フレアの言葉に魔法生物愛護の精神を垣間見たらしいルウリィは、嬉しそうに微笑む。
「それなら大丈夫です。爆散しても、ちゃんと再生しますから。破片がまたぬるぬる寄り集まって……って感じなので、ちょっとだけ時間はかかりますけど」
「なんだ、そうなの! じゃあ撃っちゃって良い?」
「撃っちゃってよくない」
ようやく俺は口を挟む。撃つ前に聞いてくれた分、成長を感じるが。
「あんなところで自爆されたら、左右の崖が倒壊してこの道自体が塞がっちまうだろ」
「それもそうね……。でも、じゃあどうすればいいの?」
「ルウリィ、ボムスライムを囲むように結界魔法を張れるか?」
「わ、わた、わたしですか?」
ルウリィが突然名指しされて、わたわたする。
「ああ。ユニコーンは自分の周りにしか防御魔法を張ることは出来ないだろ?」
「はい、そうですけど……。なるほど、結界魔法のドームでボムスライムに蓋をして、そこにフレアさんが魔法を撃つってことですね?」
「でも、結界って外側からの攻撃を防ぐものでしょ? あたしの魔法が弾かれちゃうんじゃないの?」
「裏返しに張れば大丈夫です。魔法演武用の結界は内側から外に魔法が漏れないように張られてますよね。あんな感じで……」
「なるほどね、良いアイデアじゃないの! じゃあ、張っちゃってちょうだい! あたしがドカンと一発撃ち込むから!」
「いや、ルウリィ。ドーム型じゃだめだ」
俺は、そこで止める。
「え、どうしてです?」
「密閉された空間の中で爆発が起こった場合、圧力は逃げ場を無くして何十倍にも膨れ上がる。そうしたら、ルウリィの魔法結界がどんなに強くても耐えられない」
「じゃあ、どうすれば……!」
「ドームの天井に穴をあければいいんだ。そうすれば、爆発自体は上に逃げる。結界魔法は爆風だけをおさえればいい。フレアのあの魔法を防げたんだ。それくらいならわけないはず」
「なるほど……!」
ルウリィは多少の加工は可能だと昨日の夜に言っていた。
「ねえノイク、結局あたしは撃って良いのよね?」
「ああ、ルウリィがGOを出すまでちょっと待ってろ」
「分かった!」
素直に頷くフレアと、
「やってみます……!」
と、杖を構えるルウリィ。
……が、しかし。
「ルウリィ、大丈夫か?」
「……そ、そう聞かれるってことは、大丈夫に見えてないってことですよね」
「まあ、そうだな」
彼女の持っている大杖がガタガタと震えている。それに、顔面蒼白だ。
なるほど、これが受験の時に発動するっていう『緊張しい』か……。
「倒れちゃうくらいだったら、他の手を考えるぞ」
「いえ、こんなところでまで……そんなの、情けないです……!」
脂汗を額に滲ませながら、ルウリィは悔しそうな声を出す。呼吸が浅くなっていく。
「わたし、結局これが克服できなければ、ダメなんですね……。ユニコーンさんのおかげでアティックに入学できても、その後に落第しちゃいます」
「ルウリィ」
俺は彼女の支えになるかも分からないまま、
「ボムスライムを駆除しようと思わなくていい」
と、フォローしてみる。
「ど、どういうことです……?」
「ルウリィは今、ボムスライムをつつがなく駆除しようとしてるだろ」
「そりゃそうですよね……?」
『この大変な時に何言ってるんですか?』とばかりに訝しげな目つきになる。
「でも、そんなの、出来ない時は出来ないんだ。あいつの自爆の威力が思ったよりも強いかもしれないし、崖が脆くて爆風がなくても崩れるかもしれない」
俺は続ける。
「ボムスライムの駆除は、あくまでも結果だ。結果はコントロール出来ない。だから、ルウリィが今しようとしていること——すべきことは、ボムスライムを駆除することじゃない。ルウリィが今すべきことは、『変形の結界魔法を張ること』。それだけだ」
「それは何か違うんですか……?」
いつまでもまどろっこしい言い方ですまないな。
「ああ、大違いだよ。成功するかどうかはさっき話した通り、俺らにはどうしようもないことが絡んでる。でも結界魔法は張れるんだろ? 逆に言うと、ルウリィには——俺たちには、それしか出来ない」
アティックの受験だってそうだ。俺たちに出来るのは準備と、試験会場に行って試験を受けることだけで、入学するかどうかを自分でコントロールすることは出来ない。
その年は受験生の数が例年の何十倍になってるかもしれないし、アティック自体が翌日に破壊されてなくなるかもしれない。
「出来ることしかやらない。その代わり、出来ることは出来る限りやる」
それでいい、というか、それしか出来ない。
ふ、とルウリィは少し笑う。
「……ノイクさんはそうやって生きてきたんですね」
「あんま深い話にしないでくれ、俺が先輩風吹かせてるみたいだろ」
「めちゃくちゃ吹かせてるじゃないですか」
「おい……」
まあ、そうか、とか思った矢先、
「……でも、追い風になりましたよ」
そしてルウリィは杖を構え、
「だってわたしは、ノイクさんの後輩になりたいんですから」
詠唱を始めた。
——その手は、もう震えてはいない。
「あたし、ノイクっていつも考えすぎてるって思ってたの。でも——」
やけに静かにしていたフレアが大人しく呟く。
「ノイクは、ずっと戦っていたのね」
「フレア……」
「フレアさん、大丈夫です。結界魔法を張れました」
落ち着いた声でルウリィが号令をかけると、
「撃っていいの?」
フレアは一瞬のしんみりした空気を解いて、いつも通りニカっと笑う。
「……はい」
「んじゃ、あとはあたしに任せて!」
フレアが右手を銃の形にして撃つと。
ボガァアアアアアン!!
と、ボムスライムが弾け飛ぶ!
その爆風はルウリィの作った分厚い結界の壁に当たった後、上に上にと上がっていく。ちょうど、火山が噴火するみたいに。
「よしっ……!」
「出来たあ……!」
「おい、ルウリィ!?」
そこでくずおれたルウリィの脇にしゃがむ。
「大丈夫か?」
顔をあげたルウリィは、
「ノイクさん、ハイタッチ、ください……!」
右手を胸元に掲げる。
「……ああ」
俺は彼女の手のひらを叩く。フレアもやってきて「勝ったわ!!」とその手のひらを当てて喜んでいた。
そして、夜になり。
「ここがウスプラね!」
「はい……どうにか辿り着きました」
麓の町・ウスプラに俺たちは到着する。




