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SideA 怨嗟は斯くして連鎖して03

 それまでの閑散とした村の姿が嘘であるかのように、喧々諤々《けんけんがくがく》とした人の波が二つの村をつなぐ橋の前に出来上がっていた。橋の前には入り口の粗末な門とは裏腹に、堅牢な壁に見張り台が建てられ、侵入者を拒んでいる。


 見張り台の男が緊張した面立ちで弓を手に、門の前を見下ろし怒号をあげている。そこにやってきたシーアはすでに仮面で顔を隠し、深々とマントのフードをかぶっている。


「おい、何の騒ぎだ」

「な、なんだあんたは?」


 集団の一人、あたりで武器を手にした男性たちがいる中、少し物怖じした様子の手ぶらの男性の肩をつかむシーア。


「先日この街にやってきたばかりのものだ。それより何の騒ぎだと聞いている」

「ら、ラヴィル村の村長"ブラン"が村の男性たちを引き連れ変な言いがかりをつけてきたって。なんでも例の"黒い紙"が向こうで出たって話だ」

「黒い紙? あの人が死ぬという? 今はこの村にあると先ほど共生組織ギルドで聞いたが」

「あ、ああ。今そのせいで俺たちの村も殺気立っているというのに、そこに奴らときたら……うちの"バート"村長もお怒りだよ」

「一応確認するが、この村とラヴィル村の間を移動できるのはあの橋だけなんだよな?」

「あ、ああ。二つの村を隔てるようにできた峡谷をつないでるのはあの石橋だけだ。昔はこの谷沿いに北に進んだところにある洞窟。その中にラヴィル村を抜けた先にあるサグニヴァス水洞とつながっていた橋もあったらしいが……今はそこも崩落したのか深い谷で隔てられ行き来ができないはずだ」


 シーアは掴んでいた男の肩から手を放し、いったん人の波を離れ橋の上が見えるよう峡谷を沿って移動する。目を凝らしてみると石橋の上には武器を手にした屈強な男性たちが数十人集まっており、その先頭に立つ男が門の上に立つどこか身なりのいい男性へと向かい何かを叫んでいる。


「バート! どうせ貴様の差し金だろう! どうやって俺たちの村に忍び込んだ! ああ?」

「馬鹿を言うな"ブラン"! 今あの死をもたらす黒紙はこのヴィルギの村にある。お前たちこそ被害者面をしてこの村に入ろうって寸法だろうが! さっさと村に帰れ!」


 少し離れたところにて様子を見るシーアだが、その声がクリアに聞き取れるほどに二人の男性の会話は怒りに後押しされ声量が増幅されている。


「うーん、拮抗状態といったところか。できればさっさと乱闘にでもなってくれると嬉しいんだが……お?」


 シーアの眺める先で橋の上に立つラヴィルの村の男性たちが門に向かいフック付きのロープを投げ始めた。ラヴィル村の男性たちがしびれを切らしたようだ。それを見たシーアは仮面を外し懐にしまうと再度橋の方へと走り出す。


 戦いに向かぬヴィルギの村人たちが騒動から逃げるように走る中、シーアは開かれた門、その先で乱闘中の集団の中に入っていく。


 大混乱のさなか、共生組織ギルド・センサスの職員と思しき者たちが騒動の鎮圧のため戦いをやめるよう動いていた。戦う群れを引き離すように男たちを宥め、時には羽交い絞めにして力づくで抑え、鎮圧に努めている。


 シーアはその中でラヴィルの村へと男性を羽交い絞めにして戻ろうとする職員に目をつけ、駆け寄る。


「くっ、落ち着いてください!」

「うるせぇ! ヴィルギの汚い連中に一発ぶちかますんだ! はなせ!」


 体格差の不利から羽交い絞めにしたはずの男性に引きずられる細身の男性職員。そこにシーアが加わり男性を引っ張る。


「あ、あなたは!?」

「先ほど"辺境都市パルラからラヴィルの村についた"者だ。よそ者でいまいち状況は分からないが、手を貸すぞ」

「あ、ありがとうございます。ほら、戻りますよ! 武器を捨ててください!」

「ちっ! 邪魔するなって言って……」


 暴れていた男性が急におとなしくなったかと思うとそのまま力なく倒れこむ。それまで暴れる男性を押さえつけていた職員が慌てて支えようとするが、それよりも先にシーアが男性をひょいっと肩で担ぐ。


「すまないがいったん気絶してもらった。この男は私がラヴィルの村に運ぶ。お前は他の職員に手を貸してやれ」


 シーアの指示に男性職員はこくりと頷き、辺りを見回しなお苦戦中の職員のもとへと駆けていく。シーアはにやりと微笑み、男性を担いだままラヴィルの村側の門へと走っていく。


「どうした!? やられたのか?」


 門の前で武器を構え警戒していた男からの質問にシーアは首を縦に振る。


「どうやら連中の投擲物で頭をやられたみたいだ。気を失っているようだが命に別状はないだろう」


 緊急事態ということもあってか、それ以上シーアに詮索することもなく門の中に入っていくシーアを見逃すラヴィルの村人たち。シーアは門を抜け、野次馬の波をかき分けて人込みを離れる。


「ここまでくれば大丈夫かな」


 シーアは騒動のため閑散としている村の中を歩き、担いでいた男性をそっと草の茂みの上に寝かせる。そして自身が来たほうを振り返り、耳を澄ませる。徐々に騒がしい声が静まっていく。どうやら鎮圧されつつあるとわかりシーアは大きくため息をつく。


「やれやれ、辺境都市パルラで希源種オリジンワンらしい騒動があると聞いてきてみれば……その道中でも希源種オリジンワンの仕業みたいな騒動。ほんとどうなってるのよ……ねぇ?」


 あたりに人がいないことを確認し、シーアは胸元をまさぐり、そしてすぐ様腰にも手を伸ばしサーっと青ざめる。


「あ、そうか……共鳴石と革袋……受け取る前に共生組織ギルドから飛び出しちゃったから」


 シーアは顔を引きつらせ、やがて頭に手を当てるとトボトボとした足取りで元来た橋への道を歩き出した。


* * * * * *


「はぁ!? ヴィルギの村に"戻りたい"?」

「そうだ、忘れ物をしたからまあそれさえもらえば入る必要はないんだが」


 ラヴィルの村の門の前で門番をしていた村人が怪訝な表情を浮かべる。無理もない、先ほどようやく騒動が収まり、頭に血が上っていた村人たちがようやく散ったところだ。


「とにかくこれ以上村人が傷つくのは見たくない。いくらお前さんがこの村とは関係ないやつでも今は通すわけにはいかない」

「まあその答えは予想済みだ。そうだな、せっかくだからブランとかいったか? お前たちの村長を呼んでこい」

「は? だから通れないと言って……」


 鳴り響く破砕音。シーアが触れていた重々しい門はまるで巨大な大槌で殴られたかのように砕け、粉塵を上げている。門番の男も何が起こったのか状況を理解できず、黙って門の先、ヴィルギの村へと続く石橋を歩くシーアの背を呆けて見つめていた。


 やがてヴィルギの村の門の前に立つと先ほどの破砕音で警戒をしていた見張りの男が弓を構えシーアを威嚇する。


「な、なんだお前は?」

「そうだな……素敵なお手紙配達員てところだ。とりあえず村長のバートとかいう奴と……共生組織ギルド・センサスの女性職員を一人呼んでくれ。今日身体検査で女性を調べた担当とでもいえばわかると思うぞ。預けたままの荷物を返してほしいと伝えてくれ」

「何をぬけぬけと……そんな戯言、わざわざ村長に取り次ぐ必要はない」

「だったらこの門を修理する必要が出てくるがいいんだな? 一応私は平和的な交渉はしたぞ?」


 シーアがちょいちょいと後ろでなおも粉塵をあげている門を指さし不敵にほほ笑む。それを見た男性は明らかに怯えた表情で冷や汗をたらし、見張り台から首を引っ込める。


「おい、もう壊していいかこの門?」


 一分も経たぬうちにシーアが退屈そうな表情で門へと歩み寄る。その台詞セリフを聞き慌てて先ほどの男性が顔を出し、落ち着くよう手で制止する。


「い、いま使いの者を走らせた。すまないがもう少し待ってくれ」

「はいはい、ちょうど相手をしてくれそうなのが後ろから来たみたいだしね」


 シーアの背後から歩み寄る集団。その中には先ほど石橋の上で叫んでいた初老の男性、ブランの姿もあった。ブランは忌々しい表情でシーアを睨みつける。


「貴様、ヴィルギの村にやとわれた傭兵かなにかか? 俺たちの村の門を……よくもやってくれたな」

「まあ待て、この後ヴィルギの村に言う内容はお前たちにとっても利益のある話だ」

「何?」

「お前たちの村にあるという黒い紙、それを私が辺境都市パルラまで持っていってやろう」

「なん……だと?」


 シーアの提案にブランは眉をピクリと動かす。そして両脇で武器を構える村人たちを制止する。


「貴様は死をもたらすあの黒紙くろかみを外に持ち出そうとした村人の話は聞いていないのか?」

「ヴィルギの村の共生組織ギルド・センサスの職員からそれとなく聞いている。その上で運んでやると言っている」


 屈強な男性たちの集団を前に一切物怖じする素振りもなくシーアは指でちょいちょいと黒い紙を持ってこいと言わんばかりに指図する。それを見たブランはそばにいた村人に何かを耳打ちし、指示を受けた男性はラヴィルの村へと向かい走り出した。


 やがてヴィルギの村の見張り台に現れた同じく初老で少し小太り気味な男性。ヴィルギの村の村長、バートは見下ろすというよりは見下すような視線でシーアを睨む。その手にはシーアのものと思しき革袋が握られている。


「貴様、先ほどの騒動に乗じてラヴィルの村へと忍び込んだようだな」

「ああ、どうしても通してくれそうになかったからな」

「それで……忘れ物をして取りに来た、というわけか。なんとも間抜けな話だな」

「そのおかげでお前たちを悩ませている黒い紙がなくなるかもしれないんだぞ? 感謝ぐらいしたらどうだ」

「なに?」


 シーアは先ほどのブランたちに伝えたようにヴィルギの村にある黒い紙を同様に辺境都市パルラに運ぶ旨を伝える。それを聞いたバートもしばらく考えたのち、そばにいたものに指示を出す。


「いいだろう、その話が本当ならこちらも助かる」

「交渉成立だな。それじゃあ私の革袋、それと共鳴石のペンダントを渡してもらおう」

「それはまだできない」

「はぁ?」


 シーアが少々苛立った様子で首をかしげる中、後ろに立っていたブランが笑い声をあげる。


「それはそうだろうな。こちらとしてもこの村をヴィルギの村にあるという黒い紙をもったまま通すわけだ。そこで黒い紙を私たちの村に投げ捨てとんずらされてはたまったものではない」

「うっわ、めんどくさっ!」


 くしゃっと表情をしかめ、シーアは大きくため息をつく。その様子にバートもまた笑い声をあげる。


「貴様が腕の立つ傭兵であればここからパルラまでは五日もあればつくだろう。往復で十日といったところだ。なんのために貴様がパルラに向かうのかは知らんが、それでも私たちの村へと戻り山脈地帯を北上していくよりは十分早いだろう」

「パルラでもしばらく滞在する予定だ。帰りに取りに戻るのも手間なんだが?」

「ならば貴様がパルラについたら共生組織ギルド・センサスの職員を通して私たちの村の共生組織ギルドの連中に連絡を出せばいい。そうしたらおまえの荷物を運ばせるものを用意しよう。そうすればだいぶ早くなるはずだ……なぁ、ブラン?」

「そうだな。そこが私たちからの最大限の譲渡だ」


 シーアが手を顔に当て天を仰ぐ。


「路銀が入った革袋はいいからせめて共鳴石だけでも渡してくれないか?」

「だめだ。それで協力者にでも連絡をとり、あとから貴様の荷物を盗み出すよう指示を出されてはかなわんからな」

「態度の割には臆病なんだな」

「口のきき方には気をつけろ小娘が」


 なおも見下すようなバート。だがすぐ様目の前の異様な雰囲気に思わず口を閉ざし息をのむ。


「殺してしまったほうが早そうだが……」


 ぼそりとつぶやくシーアの瞳がうっすらと赤みを帯びる。それに呼応するかのようにシーアの肌に浮かび上がる血流のような紋章。その変化にラヴィル村のものたちもざわつく。


 シーアがふと顔をうつむけ、口の端を緩ませる。


「まあ私はもう我慢のできる大人のお姉さんだからな……エメル」


 シーアのざわめき立っていた感情が静まり、肌に浮かんでいた紋章もすっと消えていく。


「言っておくが私の足ならパルラまで本気を出せば五日もいらない。さっさと私の後を追うことになる健脚な村人でも探しておけ」


 そういってシーアはバートを、そして振り返りブランを馬鹿にするような笑みで見つめた。冷ややかにも見て取れるその微笑みに文句を言えるものはすでに誰一人いなくなっていた。

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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