SideA 怨嗟は斯くして連鎖して01
人族が暮らすセントガルド王国はセブンスフォードの中でも人が住むのに適した地域が多いとされていた。気温の変化も緩やかで、いわゆる四季の変化を感じられる温帯であること。領土内には建設に適した平野が多く、街から街への移動も容易であることなどが理由としてあげられる。
そして、他国にとって最も羨望の的とされたのが各国自慢の様々な品々が流通される交易面での優位性。セブンスフォードにおいて唯一全ての多種族の国に連なっており、全ての国に対し中立、全ての国から不干渉とされる立場がそれを可能としていた。
「まあ人族って結局他種族の術式の劣化版みたいなものしか使えないし、戦争になったらどこの国にも勝てないでしょうね」
馬が引く荷馬車の幌。荷台スペースを覆うように張り巡らされたしなやかにして強固な材質の木の骨組みもあり、その屋根に少女一人が仰向けに横になっても幌はびくともしない。ただただ少女を心地よい眠りに誘うかのように緩やかに揺れ、馬車は山々に囲まれた道を行く。
〈まあそれでもセントガルド王国に戦争を仕掛けたとしても勝った後が大変だろうね〉
自身の眼前に垂らすようにして手に取った青い石から聞こえるエメルの穏やかな声にシーアは大きく欠伸をかく。
「まあ間違いなく他の国が黙っていないな。だからこそ武力では圧倒的に劣っていても他国から早々ちょっかいもかけられないし……ラッキーなんじゃないかな?」
〈でも全ての国から全くの不干渉っていうのも困りものじゃない? 今回みたいに問題があっても他の国に協力要請を出せないなんてさ。なんだか悲しいね〉
「まあ"グルプネア"レベルでセブンスフォード全体を脅かす脅威でもない限り人族で勝手に対処してねってスタンスだからねぇ、どの国も」
〈あはは、"グルプネア"の時みたいな脅威が頻繁にあったらこの国だけじゃなく全ての国が亡んじゃうよ〉
「違いないわね。でも、今回の"辺境都市パルラ"って山脈を挟んですぐ横がもう竜帝国ヴィンタニアなわけだし、"ドラグス"辺りになんか強そうなのが暴れてるとか言っとけば勝手にやっつけといてくれたんじゃないかな今回はさ?」
〈そうさせないようにシーアが遠路はるばる向かってるんでしょ? アリスへの"借り"をかえすために〉
「借りって……あれはそもそもアリスのクロスが大丈夫か見守ってほしいってお願いから始まったんだぞ? なんなら私のほうが貸しを作ったはずなんだが」
〈でもその時に借りた聖女様の十字架を紛失しちゃまずいでしょ……〉
「……その後無事見つけて返したからいいじゃない」
〈いやいやいや、その間一週間近くアリスはばれないように毎朝のお祈りのお勤めはおろか、国民の前にも迂闊に出れなかったからね。そのせいで王都中に聖女様の体調がよろしくないとかいう噂まで出回ったみたいだし〉
石から聞こえるエメルの口調が気づけば子守唄のような穏やかさからお説教のときのどこか淡々としたものに変わっている。シーアの瞼が睡魔からではなく、どこか現実逃避するために祈るかのように閉ざされた。
「まあ……アリスは友達だし貸し借りなんて関係なく助けてあげるわよ」
〈とてもいいこと言っているけど話の流れ的にねぇ……言い訳というか話題転嫁というか〉
「……遠路はるばる東の果てまできてるわけだし、ここはひとつ何かアリスの好物でもお土産に買っていくという作戦でどうでしょう」
〈私へのお土産もあると援軍を得られるかもしれないよ?〉
「エメルは貸し借りなんて関係なく私を助けてくれるに違いない」
〈えー、アリスだけずるい!〉
「冗談冗談。せっかくだしエメルにも何か良さそうなもの探してくわよ」
〈うひひ、さすがはシーア〉
「でも不思議なのよねぇ」
〈ん? 何が?〉
「毎回エメルやアリスに何かお土産を買って帰ろうとはしてるんだけど……気づいたらお金がだいたい無くなってる」
〈……シーア、最悪私の分はいいからアリスの分だけでも何か買っておきなよ、"旅の食事"で有り金を溶かす前に〉
「……善処します」
石の輝きが失せエメルの声が途絶えた共鳴石を胸元にしまい、ふとシーアは何かを思い立ったのか半身を起こす。腰に下げた革袋の中から今回の路銀にと渡された金貨を一枚取り出し、装備している革製の軽鎧の下に着込んだ服のポケットに忍ばせる。
「ここに入ってるから使っちゃうのよね。これでアリスとエメルのお土産代も大丈夫でしょ」
顔を緩ませ、シーアは馬車が進む先、遠くに見える集落へと目を向けた。
「旅のお方、そろそろ"ヴィルギの村"につきますよ」
馬車の御者席に座る猫背の男が顔を上げシーアへと呼びかける。男が乗る荷馬車に連結する形で引かれる積み荷だけが載る荷馬車。その屋根にいたシーアは男への返事がてら幌の上から手だけをのぞかせ、了解した旨合図を送る。
「送ってくれてありがとう。おかげで楽をすることができた」
「はは、"グリーンウルフ"の群れに襲われてるところを助けてもらいましたし、このくらい安い礼ですよ。それに、私もちょうどパルラまで商品を運んでましたしね」
芝生のような緑の毛並みをもつ狼の一種であるグリーンウルフ。草原地帯を行き交う商人にとってはまさに脅威そのもので天敵とも言われている。生い茂る草の合間に潜み群れを成して獲物に襲い掛かる習性があり、彼らがいる地帯は傭兵等を護衛につけるのが商人の常識とされていた。
「その逃げた傭兵たちというのはここから北西にある"工芸の都ガランド"にでも逃げたんだろうな」
「ええ、"港街ヴェルレイ"で雇った連中です。私の目的地である辺境都市パルラがある東には逃げないでしょうし……一番近い大きな街だとあそこになります。まあこの先のヴィルギの村にも共生組織の支店があるはず。しかるべき処置を申請しますよ、あの連中には」
忌々しそうな表情で男はぐいぐいと手綱を引く。商人と思しき彼が怒るのも無理はない。彼が出発したヴェルレイの街から北東に位置する辺境都市パルラに行くまではいくつかの難所があり、その最初の難所である草原地帯で出くわしたグリーンウルフの群れを前に、傭兵たちはその数の多さに恐れをなし逃げ出したのである。
想像以上の敵と出くわした場合、通常であれば命を優先するため撤退を雇い主に進言し、護衛をしつつ引き返すのが常であるが、時に我が身を優先するあまり護衛対象を"囮"にして逃げだす不届き者もまた存在していた。
「できればシーアさんにはこの先のヴィルギの村、そしてヴィルギの村から橋を一本挟んで並び建つ"ラヴィルの村"を越えた先に控える"サグニヴァス水洞"を越えるまで護衛をお願いしたいところですが……残念ですね」
「ああすまない。さすがにここに来るまでに優に十日近くは走りっぱな……歩き通しだったからな。ヴィルギかラヴィルの村の宿で一休みしたいからな」
「ははは、何やら歩いてここまで来たと聞こえましたが面白いご冗談ですね。王都からここまでですと馬に乗っての移動でも優に半月はかかりますよ。あ、それとももしかして"グランネウラ"に乗る機会が?」
「巡回騎兵でもあるまいし、ただの旅人風情には無縁だな。まあ、軽く冗談として流してほしい」
「グリーンウルフを撃退した際の見事な剣捌きはただの旅人には見えませんでしたよ」
商人との会話を終え、シーアはひょいっと幌から飛び降り、地面に立つとぐっと背伸びをする。
「はは、本当に共生組織センサスにもどこの組織にも属してない……はぐれ者さ、私はな。さあ、ここでお別れだ」
「あれ? こちらまででよろしかったのですか? 見えているとはいえまだヴィルギの村まで少し距離がありますが」
「ずっと横になっていたから少し体を慣らすため歩きたいのさ。あらためて、ここまで送ってくれてありがとうプレウス。助かった」
「いえいえこちらこそ。それでは、すみませんが私は今日中には"サグニヴァス水洞"の手前までは進みたいので。ヴィルギかラヴィルの村にて新たな護衛もまた探したいところですしね」
「ああ、あなたの旅が良いものにならんことを」
「ふふ、あなたの旅もまた良いものにならんことを」
お互いが自身の胸をこんこんとノックするように小突いて互いの旅の無事を祈りあったのち、プレウスと呼ばれた商人は手綱を取り先にヴィルギへと続く道を走り出した。
「あまり長く一緒にいると……また嫌われてしまうかもしれないしな。ここで別れるのがお互いのためさ。それに……」
シーアはごそごそとマントの中を手探り、白く塗られた鉄製の仮面を取り出す。それをすっと顔に当て、晴れ渡る空を見上げる。
「セリスの村では早々にクーラ以外の村人には嫌われたことだし……こいつをつけておいたほうが無難だろうな」
表情を感じさせない白い仮面をつけ、シーアは馬車が進んだ車輪の跡をなぞるように村へと向かい歩き始めた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




