SideB テンプレ嫌いの組織ども10
「心配をかけたようですまなかったな」
「ああいや、無事そうで何よりだよ」
「ほんと、ご無事でよかったです」
『そのまま病院で寝てればいいのに』
目の前で緩んだ頭の包帯を締めなおしつつ少し照れた笑みを浮かべる響。それを見て俺と有栖も表情が緩む。そしてその傍らで不機嫌そうにホワイトボードに顔を隠す女性……。
「おい摩子、大した怪我でもないのに病室を占領してはダメだろう」
『だったら病院の廊下ででも横になっていろ』
「それでは病院業務や病人たちの通行の妨げになるだろう」
響のどこかずれた返答に苛立ちながら頭を掻きむしる印野さん。うん、やっぱ響は常識人っぽいけど同時にどこかずれてる感じがするな。あ、そこで俺に救いを求めないでください印野さん。俺も正直対応に困るので。
朝飯を食べ終えたあと、そのまま食堂でトライドの対策を話していたらまずは印野さんが。その後響もやってきたわけだが……そろって早々冒頭の会話の流れというわけだ。相変わらず響の前だと人が変わるな印野さんは。
「まあ、怪我のほうはもう大丈夫だ。だから……トライドのことについて、今後どうすべきかを話したい」
響の口から出た"トライド"という単語に印野さんや有栖の表情から笑顔が消えた。というか単純に気まずい。そうだよな……昨日の件、どう響に伝えたものか……。
トントンッ
『あいつは小金峰大学近くの山にいる可能性がある』
「そうなのか? どこでそんな情報を得たんだ」
『昨晩食事の際に遭遇し、撃退した際に山へ逃げるのを確認した』
おお、適度に真実、適度に隠蔽な素敵な説明。まあ、さすがに敵の誘いを無視してだるいから帰ったとか言えないわな。幸い響も疑う様子はなく、何かを考えているご様子。
「ふむ……そういや管理人さんもなんか奴の"本体"を探すなら山だとか言ってたな」
「本体? なんだそれは?」
「あー、管理人さんからの情報というか失言というか……まあ残念だがそれ以上は俺もよくわかっていない。どうだ有栖? 何かわからないか?」
「うーん……あのあと手記も再度目を通しましたが、トライドは三種の姿があることぐらいしか……ああでも、十字さんエメルさんから時計と紋章をもらってましたよね」
「ああ、そういえばそうだな。あとは有栖の持ってる十字架、それらがなんか必要だとか言っていたな」
トントンッ
『奴が巡回騎兵や門番重兵、戒律等兵のような姿と何か関係が?』
「そこまでは……ああ、まてよ。そういえばあいつ、あの立体駐車場で俺が警察だと言ったら俺のことを戒律等兵だとかいってあのおっかなでっかい剣を持った巨体に化けやがったな」
「戒律等兵……あ……あぁっ!」
有栖が何かに気付いたのかばっと立ち上がり大きな声を上げている。俺たちの驚いた顔を見回し、再度席に着くと表情を険しくさせる。
「トライドは元の世界ではそもそも正体不明の通り魔のように最初は思われていました。巡回騎兵、門番重兵、戒律等兵それぞれがいずれも被害を被ったのですが……その際の目撃情報による犯人像がばらばらだったんです」
「犯人像がばらばら……か。まあ確かにあいつ姿ころころ変わるしなぁ」
「いえ、それなんですが、巡回騎兵の目撃例では犯人は小柄な戒律等兵のようだったと。でも門番重兵の目撃例では犯人は巡回騎兵風の身なりをした兵士、そして戒律等兵の目撃例では犯人は門番重兵のような重鎧をまとう巨躯の兵士だったと」
「はぁ? なんだそりゃ。綺麗に組織ごとに目撃証言がばらばらで……待て、そうか。もしかして組織ごとに決まった姿をとっているのかあいつ?」
何かこだわりみたいなものがあるのかもしれない。いや、もしかしたらさらにその先、決まった条件でしか姿を選べないとしたら。
トントンッ
『例えば奴が戒律等兵の姿をしているときに戒律等兵と思わせれば奴は手を出せなくなるんじゃないか? さすがに仲間にまで手は出しづらいだろう』
「一理あるな。図書館で森野さんを襲った時奴は戒律等兵だった。あれはもしかしたら"警備員"という施設を守る立場を門番重兵に重ねていたのかもしれない。その後俺たちが組織に属していないとわかったら巡回騎兵の姿をとっていたからな」
おお、いいぞいいぞこの流れ。しっかり攻略をしている感じがする。それに俺も印野さんの台詞……いや、文面でわかってしまったかもしれない。
「もし戒律等兵、巡回騎兵、門番重兵の三組織が勢ぞろいしたなら、あいつはもうとる姿がなくなるんじゃないか?」
「あっ!? そうか……それで十字さんの紋章と戒律等兵のマークが入った懐中時計をエメルさんは……」
「俺が思うに、奴は戒律等兵や門番重兵、巡回騎兵の姿の時は不死身の存在なんだろう。だが、三組織をまとめて相手取ったとき、きっと奴にとっては不都合なことが起こる。んで、その間に山のどこかにある"本体"とやらを倒せばもしかしたらあいつを倒せる……少なくとも不死身ではなくなるんじゃないか?」
俺の推察に響と印野さんが無言で頷く。有栖も手にしている十字架を握り、俺へと決意に満ちた表情を向ける。よーし、作戦は決まった。あとは本体とやらを探すわけだが……おそらくは昨日奴が誘ってきたあの大学がある山のどこかにある気はする。
「そういえば管理人さん、あの時あいつのことトライドじゃなくて"トゥーレ"って呼んでたよな」
「え? あ、ああそういえば……もしかしてあの戒律等兵の姿をした女性の名前……とかでしょうか」
「なんだお前元の世界で聞いてはいないのか?」
「ええ、あのときあなたや同行された人たちも含め、そういえば討伐から帰って早々なんだか各組織の上司の方から呼び出しをくらってたみたいでしたね」
「ふーん……」
こっち路線ではあまり情報はなさそうだ。でも、察するにあの小柄な女性以外の姿……"父"や"兄さん"と呼ばれた他の姿をした連中にも名前はあったのだろう。ああ、そうだな……今回の相手は間違いなく元は人間だったのだろう。
「もしあの姿になった理由が家族の仇とかだと……ちとやりきれないな」
「ん? 今何か言いました? 十字さん」
「いや、なんでもないよ」
俺の脳裏にはあの駐車場の屋上でどこか泣いていたようなトゥーレの顔が焼き付いていた。どうしてだろうな、今回のトライドもできれば倒すのでなく元の世界に戻してやりたい。それがあいつにとって変わらぬ死であったとしても、なぜか殺したいとは思えないのだ。
* * * * * *
昨晩訪れた中華飯店を越え、今日はなおも山のほうに向かい車は走っていく。昨晩同様夜の9時を回っているため大学に向かうこの道を行きかう車はほぼ無い。
「すみません印野さん。昨晩同様車を出してもらって」
「ああ、かまわないぞ。私もやられっぱなしでは境界を分かつものとして示しがつかないしな」
いかにも強者の発言っぽいな。それを称賛して俺の境界を分かつものの称号を差し上げたいぐらいだ。特に未練のない異名だしな!
今回は助手席は有栖に譲り、俺は後部座席にいるわけだが……さらに後部の席にはもう一名。俺はちらりと振り返り、俺たちの車についてくる一台のバイクを見る。跨がっているのは……響だ。
「無事響もついてきてるみたいだな」
「ふん、私だけでも後れはもう取らないが……まあやつも敵に後れを取ったままでは面白くないだろうしな」
はは、まあさすがにこの車に響は乗れないし乗せないだろうな。俺は前へと態勢を戻し、ライトに照らされるフロントガラスの先を眺める。山に入るにつれあたりからは建物もなくなり、道端に生える木々も鬱蒼としてきた。
道に沿う電灯があるおかげで真っ暗ということはないが、なんだか徐々に不気味さを増してきた。というかこの異様な雰囲気というか感覚は……はは、どうやら間違いなくこの山にいるんだろうなトライドは。
「とりあえずこの先に山の中に続く遊歩道と小さなパーキングエリアがある。そこにいくぞ」
「ええ、そうですね。さすがに奴も堂々と大学のキャンパス内に寝泊まりしてるとは思えませんし」
俺たちが向かうのは大学を抜けさらに山奥に伸びる道。山頂近くにはきれいな展望スポットもあり夜景も絶景と評判だが……はは、今日はほんとだれもない。いや、もしかしたらこの道もすでに希源種の存在を隠そうとするこの世界様が隔離した空間なのかもな。
それから数分もかからずについたパーキングエリア。ああ、やはりすでにここは異常な空間なのだろう。俺の色覚が変じゃなければ駐車場を照らす電灯の色が白色とは無縁の赤色。いや、そもそもこの光は本当に電灯によるものなのか?
「これは……"レッドグレア"。ふふっ、赤い月の光とは粋な演出をしてくれるなこの世界は」
車を降りて空を仰ぐ印野さん。その口の端がどこか狂気じみた笑みを浮かべんと吊り上がっている。"レッドグレア"? またもご不在ワードなわけだが、なんか印野さんの雰囲気がどこかいつもと違いおかしい。まるで以前見た剣を持ちどこか昂ったときのような……。
「あまり月に飲まれるな、摩子。少なくともトライドとの戦闘が始まるまではな」
「うるさいぞベルーゼ。私に指図をするな! 」
「はぁ……せめて先走った真似はしてくれるなよ」
これまたいつもの痴話喧嘩とは違ったどこか殺気立った雰囲気で……どうしたんだ印野さん。俺が一人疑問に頭を悩ませているとくいくいと俺の服を引っ張る有栖。
「セブンスフィールドでは時に月は異常な光を放つ気まぐれな夜の灯り……その中でも"レッドグレア"は心煩の光……人族の不安を増長する光です。でも……幻妖族や天魔族にとっては力の増長。レッドグレアは彼らを力に狂わせるといわれていました」
「そうなのか? でも、だとしたらどうして今こうして……昨日の夜とかは普通だっただろ?」
「そこまでは私にも……でも、以前"ランビレオン"のときにあの神社の様相が変わったようにもしかしてこの辺りがトライドの影響で変化しているとしたら……」
「はは、それはなんかまずそうだな」
俺はこの不気味な月の光が照らすこれから探索を進める遊歩道を見るが……はは、どうみてもただの獣道。一応道のように土がむき出しにはなっているが、このご時世この整備程度じゃ遊歩道とは言えないだろう。
「気をつけて進もう。すでに奴も……トライドもこちらの気配には気づいているかもしれないからな」
「はは、そうだな。これじゃあ人目を避けるためとか気にせず日中に来ておけばよかったな」
正直ビビっているかと言われれば四十五度のお辞儀とともに肯定の言葉を述べたいところだが……傍らでこの異様な光景にどこか震えている有栖を見て不思議と気合が入る。そうだな、俺がビビってたら……いざというとき……。
ふと俺の脳裏に今晩ここに来る前の光景がよみがえる。そう、共会荘の仲間たちとのやり取りだ。
「すまん十字、明日はちと朝早くから現場入りをする必要があってな。だから今回の希源種討伐の功は貴様に譲るぞ」
「わ、私は夜目がその……すみません! また明るいときにお誘い下さい!」
以上が102号室の百田兄妹からのコメント。力也よ……それでいったら俺なんか希源種倒しに行った後また仕事だぞ? 連続勤務だぞ? 飛鳥ちゃんは……暗いところマジダメなのが前回分かったから……許す!
「今晩は"仕事の日"だから無理だ。まあ、この世界でも金ってのがないと食い物は買えないし、金を稼ぐのは希源種をぼこぼこにするのより大切だ! というわけで今回はお前たちだけでやってきていいぞ」
以上が103号室のDoracoことどら子さんからのコメント。こいつが何の仕事してるのか気にはなるが、とりあえず食い物のためならその他を気にしないというのがよく分かった。今思えばどら子の術式をセットだけしとけばよかったな。なんだかんだ逃げるなら竜承は非常に便利だから。
「うーん、行きたいのは山々なのですが、今晩はおそらく志亜さんは絵芽さんのそばを離れられないでしょうしそれだと子供たちの面倒が……」
以上が203号室の五代零華さんからのコメント。そうだな、そもそも印野さんの車じゃ零華プラス5人のお子さんは連れていけないわな。零華が去り際にせめて精霊術式をセットするかと聞いてきたが、そもそも零華も子供たちもいないんじゃ何の役にも立たないだろうが。
「十字さん……瞳さんにも一応声を掛けますか?」
「お前……それ本気で言っているのか?」
「……」
以上が206号室の妖志木瞳さん宅の前での俺と有栖のやりとりだ。本当に異常だけど以上だ。
……そうだな、いざというときというかもう俺がやばいと思ったら逃げよう。なんか絶対今回は死にたくないわ、うん。俺は震える有栖の頭をポンとはたき、遊歩道へと歩き出した響と印野さんの後を追った。




