SideA 愛国正義の階級制度11
目まぐるしく移り変わる景色を楽しむ暇もなく、少女は走る、走る、走る。そしてその後を追う黒いマントをまとった少女。シーアとトゥーレだ。
「おい、さっきも言っただろ! 王都コアの"聖道の導き"という宿に戒律等兵が二人ほど泊っていると! 先にそっち行きなさいよ!」
「うるさい黙れ! お前を殺ってから行ってやるからさっさと観念しろ!」
「少なくともあの好みも脳内も甘々なあいつよりは絶対に先には死なないから! さっさと私を追うのを諦めやすいよう……私も本気で逃げてやる! "ブラッディ"!」
シーアの全身に走る紅の紋章。それと同時に逃げるシーアと追うトゥーレの間の距離が徐々に広がっていく。
「なんだ……その力は?」
「時には立ち止まってゆっくりと自分の行いとともに考えるといい! じゃあな!」
シーアはさらに足に力を籠め、人とは思えぬほどの出鱈目な速度で走り去っていく。やがてトゥーレは走るのを止め、忌々しそうに舌を打ち頭を押さえる。
「くそっ、なんだあのでたらめな速度は。それにあっちは……まさか最初からわかってやっているのか……」
しばらくの沈黙ののち、トゥーレはぶんぶんと首を振る。
「いや……それはないか。単に何も考えていないだけか」
妙に納得した顔つきでトゥーレはシーアが去っていった方角、山頂へと向かう道を走り始めた。
* * * * * *
「"トリアーノ"、"トールス"……それに、"トゥーレ"か。親子揃って剣の道。されど歩む道は違う……か」
もはや住居としての機能を持たない穴だらけの木製の小屋。ボロボロになった壁に備え付けられた簡易的な棚。そこに置かれたぼろぼろの書物を手に黒いフードをまとう小柄な姿の男性は皮肉じみた笑みを浮かべる。
「お前たちも……見たのか? 正義の成れの果て。人族の最高に腐ったあの"喜劇"の真相を」
手にした書物を棚に戻し、男性はこの廃墟の外、火事でもあったのか黒ずんだ残骸が残る廃墟とも呼べない家だったものを見つめる。その中央にはむき出しとなった地面に突き刺さる異様な物体。
一見するとろくに手入れもされないままただそこに放置され続けたと思わせる古びた双刃剣。焦げ跡に錆、そして黒ずんだ汚れがこびりついた剣を前に男性はどこかやりきれないといった表情を浮かべる。
「まあ……それよりも今はこれか。なんなんだこれは? ボロボロな割には抜こうと思ってもびくともしない。おまけに……ころころと見た目が変わって」
あらためて見ると異様な光景であった。家があったと思われるその中央に突き刺さる剣はまるで地面と同化したかのように風にも雨にも男性の八つ当たり気味な蹴りにもびくともせず、ただ地面に刺さり、まるで前に立つ男性を品定めするかのように静かに鈍い光を放っている。
「最初来たときは双刃剣。その後すぐ様どこから湧いて出たのか極大剣と直剣まで現れて……しばらく見ていたらまた双刃剣だけになった。そして次は……」
男性が深く考え込んでいることしばらく、徐々に聞こえる騒々しい足音にピクリと男性が眉をひそめる。
「この足音……スティルたちでは無さそうだが随分と速いな。何者……ん? あれは……は?」
「そ、そこのお前! 戒律等兵か!? そうだと言え!」
「な、何してんすかお嬢さん?」
「その声……ルーカスか!」
自身の方に向かい走ってくる見覚えのある銀髪の女性に口をへの字にして呆けていたルーカス。フードをめくると黒ずんだ青い髪とどこか面倒なものでも見るような目つきが露になる。
「こんな山の中で走り込みとは? 一体どういった状況で……えぇ!?」
「お前の部下はぁ! どういう教育してるんだこらぁ!」
近づくにつれ減速するどころか勢いを増したシーアはそのまま鮮やかに飛翔し、足をルーカスに向かい突き出す。それをぎょっとした表情で躱し、両手を前にシーアを宥めようとするがシーアは苛立ちと満面の笑みが同席したような狂気じみた表情のまま腰に刺さる剣の柄に手を伸ばす。
「た、タンマっす! ど、どういう状況っすか一体!?」
「うるさい! 部下の不始末は上司のもの。お前の不始末はお前のもの! 観念して私に斬り捨てられろ!」
「それ誰も上司になりたくない論理っすよ! お、落ち着いてお嬢さん!」
「ええい、そのお嬢さんは止めろ!」
剣を抜こうと構えたままにじり寄るシーアにルーカスは後ずさりつつ苦笑いで宥め続ける。ようやくシーアが命の危機を引き連れ歩み寄るのをやめ、ルーカスはほっと胸をなでおろす。
「あー、つまりあんたは希源種を倒すためにカグラに戒律等兵のマントを借りてきたものの、穴が開いてて使い物にならなかったと?」
「そうだぞ! この落とし前をどうつけてくれる!」
「んー、とりあえずカグラには備品管理を怠った罪で……シルビアには管理備品の一般人への無許可貸与の罪で俺からのお説教&懲罰的処分ってとこっすかね」
「そんなものでは私の心もお腹も満たされないだろう!」
「ちなみにあんたにも戒律等兵の管理備品の無断使用による詐称罪の疑いがあるんで帰ったら俺んとこ来てくださいね」
「え?」
先ほどの慌てふためいていた雰囲気は消え、ルーカスはどこか白けた表情で目を細める。どこか冗談が通じない冷ややかな雰囲気に、その視線の先で今度はシーアが動揺を隠せず目を泳がせる。
「来なかったらうちの連中けしかけるっすからね?」
「あ、これ借りたんじゃなくてカグラからお前に渡すよう頼まれたんだったわ。破れたから新しいのが欲しいって」
「そんな子供だましの見え透いた嘘でこの場を逃げ切れるとでも?」
「おい、見ろこの私の子供のような純粋な瞳を。嘘をついているように見えるか?」
「少なくとも泳ぎまくってる大人の濁った目しか見えない段階で虚偽罪追加っすよ?」
ルーカスの淡々とした追及に頭を抱えその場に座り込むシーア。その様子に小さくため息をつき、ふさぎ込むシーアをのぞき込む。
「まあ、あいにく俺は今日は休暇で、私用で、内密にてきとーに動いてますから。仕事はできればしたくないんすよ? お嬢さん」
「そ、それなら一つ今日ここで聞いたこと出会ったことはなかったことに……」
「それを必ず守れるというのなら……俺は構わないっすよ?」
ルーカスがにやりと微笑むのを見てシーアもまた怪訝な表情を浮かべる。
「戒律等兵の仮にも第一位様が……どうしてこんな山の中にいるんだ?」
「ああ、普段忙しいっすからこういうときじゃないと自然にはなかなか触れる機会もないっすからね」
「よりにもよって自分の部下も含めた討伐隊が赴いたこのレヌギーヌの山をチョイスしなくてもいいだろう」
「ああ、そういえばスティルも来てるんでしたね。まあ、あっちはスティルがいれば十分でしょ?」
「あ、ごめん。ここまでちょっとシリアスに進めたけど、あの三人じゃ手に負えなかったみたいよ」
「はぁ? なんすかそれ?」
「なんすかもなにも……ほれ、あそこに今回の襲撃事件の黒幕が来るぞ?」
「はい?」
シーアが指さす先、双刃剣を手に疾走してくる小柄な女性にルーカスは驚くでもなく、どこかもの悲しい表情を浮かべる。
「ああ、あいつがトゥーレっすか」
「なんだ知り合いか? というかおそろいの黒マントでペアルック? え? そういう仲なのあんたら?」
「ちょっとはかっこよく決めさせてくれねぇっすか? てか戒律等兵なら誰でも着てるでしょうがあの黒マントは!」
トゥーレは最初そのまま勢いを殺さず二人へと斬りかかろうと加速したように見えたが、それをルーカスの鋭い視線が制する。トゥーレはぴたりと足を止め、ルーカスをその赤と黒の瞳で睨みつける。
「お前……戒律等兵か。まさかあの茶番はふりで私をここに誘い込むのが目的だった……と考えるのが自然のようだなシーアとやら」
ふと自分の名前が出てシーアは最初ぽかんとしていたが、何かに気付いたのか慌てて立ち上がり、腕を組むと見下ろすような視線でトゥーレを見る。
「そういうことだ! お前は私の手のひらの上で自由に踊らされていたというわけだ」
「いや……自由に踊らせちゃダメでしょ」
ルーカスからのコメントにシーアの頬に一筋の汗が伝う。トゥーレも何かを悔いるように頭を抱え大きくため息を漏らす。
「一瞬でもお前に謀略を張り巡らせる知性があると思った自分が情けない……」
「同情するっすよ」
「おい、変な意気投合をするのはやめろ」
シーアの訴えにルーカスはくすりと笑い、そのままトゥーレへと顔を向ける。
「あんたがトゥーレ……で間違いないっすか?」
「そうだ……貴様に名乗った覚えはないが? 何者だ?」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。俺はルーカス、戒律等兵の第一位っていえば少しはあんたの覚えもよくなるっすかね?」
「第一位? 貴様がか? そうは見えないんだが」
「人を見た目で判断しちゃダメっすよお嬢さん? あと……横で思いっきりうなずくのやめてもらってもいいっすか? もう一人のお嬢さん」
真横で激しく首を縦に振っていたシーアに苦笑いを浮かべるルーカス。だが、すぐさま表情を引き締めトゥーレへと向き直り、視線で先ほどまでいた廃墟を見るよう促す。
「あの小屋にあった本は……あんたが書いたものっすね?」
「貴様……見たのか?」
「ああ、もう少し人を笑顔にする物語でも書いてあったら万人受けしたんでしょうけどねぇ……。まあ俺にとってはある意味最高の”喜劇"でしたよ、あれは」
「喜劇? 馬鹿にしているのか貴様! いや、まさか……お前も"あの事件"に関係しているのか!?」
「まあ、関係者といえば関係者っすかね……俺もね」
「だとしたら……許さない。貴様は……許さない!」
トゥーレが勢いよく地面に剣を突き刺し、変化を始める。初めてそれを目の当たりにしたはずのルーカスだが、さして動じるそぶりもなく、むしろ高揚感からか口の端が緩んでいく。
「へぇ……これが三つ足の化け物っすか。物騒な極大剣まで持っちゃって……これまた奇怪な奴っすね」
漆黒の鎧に身を包む三つ足の姿を前にルーカス、そしてシーアもまた笑みを浮かべる。
「感謝するぞシーアとやら。貴様の二つの組織の証のおかげでこの姿で……この男を殺せるのだからな!」
「そうか……じゃあ私は邪魔したら悪いからさがっていてやろう」
「へぇ、いいんすか俺が殺っちまって」
「どうぞどうぞ、てかたぶんあいつ不死身だぞ? スティルたちもそれで観念して撤退していたみたいだし」
「は? なんすかその狡い設定? え、やっぱ戦うの無し無し」
「父と……兄と……私の仇! 討たせてもらう!」
「人の話聞いてるっすか!?」
手にした極大剣と背後に伸びる刺々しい尾を唸らせ、ルーカスへと突撃するトゥーレ。それをやってられないといった表情でルーカスが機敏なステップで回避し、そのままトゥーレから離れるとシーアへと恨めしそうな視線を向けていた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




