一般少女カオリ
降参した少女を見て肩の力を抜いたオレは悪断を鞘に納めた。
「それで、どうしてオレを襲ったか話してくれるんだろうな」
「……あなたと戦いたかったから」
「はぁ?」
あんまりな理由にオレはつい変な声を上げてしまった。
「冗談だろう?」
「……本当」
なんだその戦闘狂みたいな理由。
「ってことはまたオレのことを襲うんじゃないだろうな」
「……いいえ、今度はあなたに許可を取ってから」
「許可とか求められても嫌だよ」
「……どうしても?」
「どうしてもだ! 大体、オレが戦うのはあの化け物を倒すためであって魔法少女と戦うためじゃない」
「……」
そんなにしょんぼりされてもこっちが困る。
「というかそんな理由で守るべき人たちを巻き込もうとしたのか」
「……今回のやり方は正直やりすぎだったと思ってる。でもそれはあなたが私の予想以上に強かったから」
「オレのせいにされてもなぁ」
こっちはこっちでかなりひやひやしてたけどな。魔法少女の武器でまさか銃を相手にするとは思ってなかったし……それを捌いた自分の能力にも驚いてるが。
「……お詫びになるかわからないけど、カオリは私たちのこと何も知らないでしょう? だから魔法少女、それと妖魔と使い魔についてのこととか教える」
……ん?
お詫びに今のところ分けわからん色々なことを教えてくれるのはいいんだがどうしてオレがカオリっていうのをこの子は知っているんだ?
「……どうして名前を知っているかって顔してる。そのことも含めて教えるわ。そろそろ結界も限界みたいだから」
そう言われて頭上を見ると彼女が無理やり持たせていた結界が今にも崩れかけている。元々無理やりっていうのもあっただろうが戦闘の衝撃でさらに耐久を削ったのだろう。
「……だから私の家に来て」
結界が崩れると同時に少女は変身を解いた。その正体はなんと静永さんだったのだ。
「……なにを呆けているの? もう結界はないのだから早く変身を解かないと人が来てしまうわ」
「へ? あ、ああ」
静永さんの言うことはもっともなのだが、ここで素直に変身を解くとオレが刀花薫ということがばれてしまう。いやそういうことじゃなくて、カオリの正体が男ということを知られたくないわけで。
「……あなたがその姿のままでいいというならそれでもいいけど、人を待たせているから早く家に行きたいのよ」
「い、いや今から戻るから」
「……なら早くして」
くそ……最初から断っておけばよかったか。静永さんは変身していないし逃げることだってできる。でもそんなことをしたら後で余計面倒なことになる気がする。
目の前の静永さんが明らかにいらいらし始めている。
時間がない、どうするか考えろ。
そもそも変身を解くとオレが男だということがばれるのが嫌で躊躇っている。
そして今の姿は女の子で問題なのは服装だ。悪断は変形するから問題ない。
変身で男からこんなに姿が変えられるのだから服装だけ変えることはできるのでは?
ええい、やってみるしかない。このまま逃げたほうが男の矜持が保てると俺の心が囁いているがそれより大事なのは信用だ。
今どきの女の子の服など全然分からないが、今のミニ着物のセンスは結構いいんだ。
オレは悪断を信じる。
目を閉じて悪断を握り祈る。そして変身と同じように一瞬だけ光り、オレはおそるおそる目を開けた。
「ど……どうだ?」
「……どうして変身を解いただけで不安そうにしているのかはわからないけど。なにも変なところはないわよ。案内するからついてきて」
どうやら問題なかったようだ。戦闘用じゃないからなのかいつもよりスカートの丈が長くて安心した。普段戦うときは基本的に一人だったり気にしている余裕がないときなので構いはしないのだが、ここからは普通に人がいるところに出るわけで。
明らかに今のオレは女の子なので自分から言わないとわからないとは思うが、男がこんな格好して恥ずかしいというか女装して外に出ている気分になる。気分じゃなくて実際そうか。誰もわからないからこそ普通にしていなくては。
静永さんと並んで歩く。まさかこんな時がくるなんて全く想像していなかった。
「なぁ、静永さん」
「……どうしてあなたは私の名前を知っているのかしら」
しまった。薫としての俺は静永さんと同じ学校で同じクラスだから名前を知っているが、カオリとしての今のオレは彼女と何の関係もない初対面だった。
「えっと、あんたと同じ学校に知り合いがいてさ。そいつから聞いていてだな」
「……ふーん。私はそんな誰かに話されるような人じゃないつもりだったけど」
なんとか誤魔化せたか。静永さんは結構変わっているから話されていてもおかしくないとは思う。それをわざわざ告げる気はないけど。
「……それで、あなたは何を聞こうとしたの? まだ少しかかるから聞いてもいいわ」
「俺の知り合いからあんたが最近男子をずっと見ていると聞いて気になってな」
まさか本人ですとは言えないため遠回しに聞いてみた。
「……そのことね、理由は簡単よ。その男子が最近魔法少女と話しているから。だからどんな人か観察していただけ」
委員長とは前から少しは話していたが、山城さんに生徒手帳を返してから話す時間は増えた気がする。山城さんは話してはないが挨拶はするようになった。
「で、その男子はあんたから見てどうだったんだ?」
「……どうしてあなたはそんなに知りたいの?」
「いや、そんなのオレじゃなくても気になると思うだろう」
「……そういうものかしら」
「そういうものだよ」
「……そうね。普通の人に話すのなら、特に彼は平凡な人だったわ。それで魔法少女を知っている人に話すのなら、彼はどうして生きているのか不思議ね」
「生きているのが不思議?」
平凡な人は悲しむのか喜んでいいのか分からないがその後が聞き捨てならないことだった。俺が生きているのが不思議ってなんだよそれ。
「……そのことも私の家で話そうと思っていたのだけど、あなたは全然知らないでしょうから少しだけ話すわ」
「……私が観察している人は刀花薫というのだけど、ある日から使い魔の気配を感じるようになった」
そのある日とはオレが悪断を手にした時のことだろう。
「……別にそれだけだったら不思議なことはなんにもない。クラスの人が使い魔に襲われて私たちが助ける、それでしばらく気配は残るものだから。でも刀花薫は違った。何日も気配を帯びたままだった」
「その男子が話しているあんた以外の魔法少女はどう思ってるんだ」
「……人から残る気配を感じられるのは私と妖精くらいだから他の子は妖精から聞いて少しは意識しているかもしれないけど、あんまりその人が普通だから実感もないし警戒も薄れているわね。というわけで私がその人を観察している理由よ。納得した?」
「理由は分かったけど、特に話さずに観察するくらいなら直接話して確かめたらどうだ? その人だってただ見られているだけならあんまり気分はよくないと思うぞ」
「……そうなの?」
「平凡な人は大体そうだと思うぞ。オレだってやられたら気分よくないしな」
自分の思いをカオリを通して本人に直接訴えた。頼むから観察だけはもうやめてほしい。このまま行くとこっそり後をつけられてどうして俺が生きているのか確認されそうだ。それだけは本当に困る。いつも変身しているときは周りに誰もいないことを確認しているが、魔法少女に本気で気配とか消されたら変身前の俺だと分からないだろう。
「……わかったわ。考えてみる」
少しでも意識が変わってくれるだけでも十分だ。
それからしばらく歩くと
「着いたわ。ここが私の住んでいるマンション」
ようやく着いたそこは一般的なマンションだった。なんて言っていいか分からないからな。これといって変わったところもないし。
さてそこでどんな話を聞かせてくれるのやら。