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硝子の姫君  作者: 奏多
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 翌朝、まだ早い時間に来客があった。

 迎えに出たエディスは、その人を見て飛び上がりそうな程驚いた。


「陛下。ようこそお越し下さいました」


 ぎりぎりで暴れ出しそうな心臓をなだめ、エディスは冷静を装って深々と一礼する。


「そなた……」


 声をかけられて思わず視線を上げると、国王は困惑したような表情をしていた。


「私はラザルスから、侍女は全て追い出したと聞いていたのだが」


 国王はエディスの事を普通の侍女だと思ったようだ。なんと答えようかとエディスが口をひらきかけた時、国王の背後から笑い声が聞こえる。


「陛下、あまりに彼女が素晴らしい人なので、殿下も追い出すことが出来なかったのですよ」

「そうなのか」


 言いつくろってくれたのは、ギルバートだった。


「さぁエディス嬢、ラザルス殿下の元へ陛下をご案内して」

「はい、どうぞこちらへ」


 この日も、ラザルスはいつものように硝子の姫君の部屋にいた。

 窓硝子は割れたままだ。

 昨日の今日なので、補修をする者は昼にならないと来ない予定だ。部屋の中もエディスがかたづけようとしたが、手を怪我しては危ないからと止められてしまったため、割れた硝子が散乱したままだった。

 ラザルスは立ち上がって国王を迎えた。


「父上お久しぶりです」

「そなた、怪我などはなかったのか?」


 部屋の中の状態を見て、国王は父親らしくラザルスの心配をした。


「少し硝子で切った程度です。それより申し訳ございません。陛下の大事にしていた像を破損してしまいました」


 言われて国王は硝子の姫君に視線を移す。陽の光の中で、いくつもの亀裂が刻まれた硝子の姫君は、気の毒なほど痛々しく見える。国王もさすがに顔をしかめた。


「この像が、王妃の作らせたものであったことは先ほどギルバートから聞いた。窓から落とされそうになったらしいな。王妃の形見を粉々にせずに済んで良かった。礼をいう、ラザルス」


 怪我をしてまで王妃の像を守った息子に、国王は頭を下げた。

 それほどまでに国王は王妃を、その思い出を大事にしていたのだろうと思い、エディスは守りきれなかったことを悔しく思った。

 そんな国王に、ラザルスは首を横に振る。


「いいえ父上。最初に異変に気づいて死守しようとしてくれたのは、彼女です」


 ラザルスにそう言われ、国王やギルバートの視線がエディスに集まる。


「当然のことをしたまででございます」


 注目されて恥ずかしくなったエディスは、そう言うのがせいいっぱいだった。


「そうか。我が王妃を守ってくれて感謝する」

「もったいないお言葉でございます」


 国王の礼にエディスは頭を下げる。


「そして父上。今ここでお話したいことがあります」


 ラザルスの力のこもった言葉に、思わずエディスは彼を振り向く。


「母上のごとき素晴らしい方は他にこの世にいないと思っておりました。けれどこの件で、母上の像を大切にしていた私や父上の心をこのエディスが守ろうとしてくれたのを見て、私は彼女を生涯の伴侶に相応しい美しい心の持ち主だと思いました。どうぞ、彼女との婚姻をお許し下さい」


 膝をついて深く頭を垂れるラザルスを見て、エディスも急いでそれに習う。

 国王は困惑した声で尋ねた。


「それは確かにそうだが……。彼女はどちらの令嬢だ? 彼女の両親にその話は……」

「いいえ。彼女は貴族の身分ではございません」


 ラザルスの答えに、国王は渋い声になる。


「平民と結婚すると言うのか」

「身分など、その得難い美質に比べればとるにたらないことと思われます」

「しかし前例がない」

「周囲は時間をかけてでも、私が説得してみせます」


 真摯な声できっぱりと答えたラザルスに、国王もたじろいだようだ。

 顔を上げて見ると、国王は「宰相」と隣にいたギルバートに呼びかける。それでようやくエディスは彼の役職を知った。宰相閣下だったのだ。


「そなたはどう思う?」


 国王に問いかけられた彼は、心得たように「お任せ下さい」と答えた。そして顔を上げていたラザルスへ向き直る。


「殿下、条件があるのですが。これを飲んでいただけるのでしたら、周囲の説得もなにもかも私がお引き受けしましょう」


 ラザルスもエディスもその言葉に驚いた。味方になってくれるというのだろうか。


「その条件とは?」

「そうですね。婚姻は一年ほど待っていただきたいのです。その間、週に一度でしたらエディス嬢と殿下を会わせてさしあげても良い。あと、以降も半年に一度は私の元へ彼女を帰すこと」


 首をかしげるラザルスをそのままに、ギルバートはエディスに微笑みかけてくる。


「似ているだけではなく、その像は陛下が大切にしていたもの。それを知りながら敬意を払うどころか、邪魔ならばと破壊してしまうような娘達より、大事にしてくれたエディス嬢の方が誠の淑女でしょう。私は、妹の形見を守ってくれたあなたを娘として引き取りたいのです」


 エディスは唖然とした。


「まさか、ギルバート様。私を養女に?」


 信じられない申し出に驚くエディスに、ギルバートはうなずいた。


「歴史が好きだと聞きましてね。私の既に成人した息子達はその方面にとんと興味が薄くて。話の合う子供がいてくれたら素晴らしいのにと常々思っていました。せっかく親子になるのですからね。一年は婚約期間として、親元に留めさせていただきたい」


 一年待てというのはそういう意味だったようだ。

 どうですかと尋ねられ、エディス同様に驚いていたラザルスは、それでもなんとか言葉を紡いだ。


「それは……素晴らしい申し出だと思う。エディスはどう?」


 否やはなかった。宰相の養女ということになれば、身分差でラザルスに苦労させることもなくなるのだ。


「あの、ふつつか者ですが……」


 ギルバートにエディスが頭を下げると、国王が突然笑い出す。


「死んで随分立つのに、子供の結婚の世話までするとは。本当に我が妃は素晴らしい人だ」


 そしてラザルスとエディスに宣言した。


「いいだろう。ようやくラザルスが人間と結婚する気になったのだしな。エディス嬢が宰相の養女になることを条件に、二人の結婚を認める」

「ありがとうございます!」


 礼を言っている途中で、エディスは横からラザルスに抱きしめられた。


「で、殿下っ!」


 国王もこれから父親になる宰相もいる前で抱きしめられ、エディスは焦って抗議する。しかしラザルスは離してくれなかった。


「正式に婚約者になれたんだ。別にこれぐらいかまうことはないよ」

「でもっ」


 エディスは国王やギルバートの様子を窺ったが、二人は微笑ましいものを見るように笑みを浮かべているだけだ。

 硝子の姫君も、穏やかに自分達を見守ってくれているように見えたのだった。

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