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【第一幕】無垢なる太陽の欠け落ち / FALLEN SUN   作者: 星乃ふみ


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第50話:屍の皇 ── 太陽の墜落、鉄の産声 / THE BEGINNING

 カケルの体内に宿る異形の力。

 それは高天原の科学を遥かに凌駕(りょうが)する、古の血脈の証明。


 稲妻の奔流が螺旋(らせん)を描き、カケルの背後で巨大な影を形作っていく。


「ヤマトは、僕にとって初めての友達で……大切な、家族だ」


 鱗の隙間から漏れ出た極低温の蒸気が辺りに満ちると、城のシステムが次々と緊急停止し、楽園は沈黙の闇に包まれた。

 その闇の中、カケルの体から溢れ出る稲妻のみが、神々しく、そして悍(おぞ)ましく輝いていた。


「君がヤマトを……僕の親友を不純物(バグ)だと言うのなら……サクラちゃんの命を、ゴミのように踏みにじるのなら……」

「カケル様……?」

「僕は……俺は! 無機質な永遠の中で生きるより、泥だらけの刹那を選ぶ!!」


 カケルは、頬を伝う最期(さいご)の「皇太子の涙」を左腕で乱暴に拭い、一切の躊躇(ちゅうちょ)なく奈落の縁を蹴った。


 ヤマトが、サクラが、愛する者たちが消えていった、あの底知れぬ暗闇の中へ。


「……カケル様ッ!」


 カケルの体が宙を舞った瞬間、彼は一筋の蒼白い雷光と化した。

 それはやがて、天を衝(つ)くほどに巨大な龍の輪郭を描き出し、白磁の城を背にして、奈落の底へ一振りの刃のように急降下していく。


「あれは……まさか……」


 琥珀は、過去に天岩戸(あまのいわと)アーカイブの深淵で目にした、皇族の血にまつわる忌(い)むべき伝承を思い出していた。


 とうの昔に、その力は皇族の血脈から失われたはず。

 いや、高天原が長きに渡る研究の末、「調律」という形で去勢してきた、巨大なエネルギー。


 だが、もしカケルの身体に「あの存在」が再度覚醒したとするなら──。


 空を焦がし、闇を切り裂いて消えていく龍の残光。

 琥珀は、自分の信じてきた「完璧な秩序」が音を立てて崩れ去るのを、震えながら見送るしかなかった。



 ◇



 奈落へと急降下するカケルは、自分が今どんな姿に変貌しているのかさえ自覚していなかった。

 ただ、胸を締め付ける喪失感に突き動かされ、一心不乱にヤマトの背中を追う。


 墜落の暴風の中で、ヤマトの体が、そして腕の中のサクラが、スローモーションのように視界に映った。


(……ヤマト!!)


 魂の叫びが届いたのか、サクラを強く抱きしめたまま重力に呑まれて落ちていくヤマトがふと、鉛のように重い瞼を開けた。


 その視線が、自分を追って降下してくるカケルを捉える。

 だが、ヤマトの瞳に映ったのは、もはや守るべきか弱い皇太子ではなかった。


 畏怖すべき、神々しい龍の姿。


 しかし、その異形の中心に、必死に手を伸ばすカケルの面影を見たヤマトの唇が、驚愕と共に友の名前を呼ぶように動いた。


 カケルが手を伸ばそうとしたその瞬間、全身から眩いほどの稲妻が暴走し、ヤマトに向かって降り注ごうとした。

 その力は救済ではなく、破壊そのもの。

 ヤマトは咄嗟に腕の中のサクラを庇い、身を縮める。


 カケルはその時、初めて理解した。

 己の姿が、人間とは違う別の生き物であることを。

 自分が差し伸べる手が、たった一人の友を焼き尽くそうとしていることを。


「やめろ……やめてくれえええええ!!」


 カケルの絶望の叫びが、奈落を吹き抜ける暴風に引き裂かれていく。

 止めようとすればするほど、蒼白い稲妻は激しさを増した。

 荒れ狂う龍の顎が大きく開かれ、その牙にも似た雷光が、ヤマトとサクラを呑み込もうと迫る。


 ヤマトの手を、もう一度掴みたかった。

 サクラを連れて、三人で帰りたかった。


 それなのに、自分の中から溢れ出した力は、カケルの願いなど意に介さず、愛する者たちを焼き尽くそうとしている。


(これが……僕の中にいたものなのか)


 自分はヤマトを救う光ではない。

 高天原が恐れ、長い年月をかけて血の中へ封じ込めてきた、ただの災厄だったのか。


 ヤマトは迫る雷光を前にしても、決してサクラを手放さなかった。


 傷ついたジャンク・ドライブを盾のように掲げ、自らの胸へ妹の小さな身体を強く抱き込む。

 その姿が、カケルの瑠璃色の瞳に焼き付いた。


 もはや、カケル自身にも止めることはできない。


 龍の顎から凝縮された雷光が放たれようとした──その時だった。


「……ラン……ラララ……。ララン……」


 暴風にも、金属の轟音にも掻き消されることなく、柔らかな歌声が奈落を満たした。


 それは耳から聞こえてくる音ではなかった。


 カケルの血の中から。

 魂の最も深い場所から。

 怖れる必要などないと伝えるように、温かな旋律が静かに響いていた。


(……お母様)


 謁見の間で一度だけ聞いた、あの子守唄。

 返事をすることも、指先を動かすこともできず、巨大なシステムの中に囚われていた母の声が、今、確かにカケルを呼んでいる。


 荒れ狂っていた稲妻が、空中でぴたりと静止した。


 ヤマトとサクラへ突き立てられようとしていた無数の光の牙が、その輪郭を失い、淡い光の粒子へとほどけていく。


 カケルの背後に現れていた巨大な龍もまた、子守唄に導かれるように、ゆっくりとその顎を閉じた。

 母の旋律によって、破壊の力が、静かに書き換えられていく。


 鋭い稲妻は柔らかな光へ。

 命を焼く熱は、命を包む温もりへ。


 巨大な龍の輪郭が、幾千もの青白い光片となって崩れ、奈落を落ちていく三人の周囲へ降り注いだ。


 カケルの瞳から溢れた涙もまた、大気の中で小さな光の粒へと変わっていく。


 最初の光が、ヤマトの頬に触れた。

 次いで、ヤマトの胸に抱かれたサクラを包み込む。


 そして最後の一片が、落下するカケルの額へ、母が口づけるように静かに触れた。

 光は互いを求めるように繋がり合い、三人の身体を包む、薄い繭のような膜を作り上げていく。

 それは、すべてを拒絶してきた高天原の光とは違う、誰一人として切り捨てることなく、三つの命を等しく抱き締める、母の腕のような光だった。


 カケルの肌を覆っていた青白い鱗が、静かに消えていく。


 神域の姿がほどけ、カケルの身体は再び一人の少年へと戻っていく。

 意識を保つことさえできないまま、光の繭に身を委ねた。


「ヤマト……サクラちゃん……」


 遠ざかる意識の中、カケルは必死に手を伸ばした。

 ヤマトもまた、サクラを抱いたまま、残された左手をカケルへ伸ばそうとする。

 だが、その指先が触れ合うより先に、奈落の底が三人を迎えた。


 ──轟音。


 光の膜と鉄屑の大地が激突し、下界全体を揺さぶるほどの衝撃が生まれた。

 三人を包んでいた光の繭が大きく歪み、墜落の力を受け止めるたび、表面へ無数の亀裂が走っていく。


 一枚。

 また一枚。


 光の層が砕けるたびに落下の勢いが削がれ、三人の肉体へ届くはずだった死の衝撃が、青白い粒子となって四方へ逃がされていく。


 最後の衝撃が光の繭を貫いた瞬間、三人の身体は積み重なった廃棄物の山へと投げ出された。


 激突の衝撃によって、三人を包んでいた光の繭が大きく二つに引き裂かれる。

 二人を一つに包んだ青白い光は、幾重にも鉄屑を跳ね飛ばしながら、カケルとは別の暗闇へと呑み込まれていった。


「ヤマ……ト……」


 遠ざかっていく二人へ、カケルは必死に手を伸ばした。


 だが、指先が届くより先に崩落した鋼鉄の濁流が視界を塞ぎ、その姿を完全に掻き消した。


 直後、側頭部を鈍い衝撃が襲う。

 子守唄の最後の一節と、最後までサクラを離さなかったヤマトの姿だけを胸の奥に残し、カケルの意識は、深い、深い闇の底へと塗り潰された。



 ◇



 どれくらいの時間が経っただろうか。

 意識が重い泥の中から這い出し、光を求めてもがく。


「……ヤマト……サクラちゃん……」


 鼻を突くのは、腐った油と、肺を刺すような錆びた鉄の匂い。

 体を打ちつける雨が、徐々に着物を通して生身の肌へと伝わってくる。


 それ以上に、脳を直接灼(や)くような「音」が、カケルの意識を強制的に呼び戻した。




 ──ギギ、ギギギ……ッ!!!




 耳障りな金属の軋み。

 上空から降ってくるのは、高天原が吐き出した「不要物《スクラップ》」の雨だ。

 重力に従って墜ちてくる巨大な廃棄ポッドが、ゴミの山をさらに押し潰し、逃げ場のない圧力を生み出している。


「くっ……!」


 逃げようと身体を捩った瞬間、カケルは己の状況を悟り、絶句した。


 彼の左腕は、墜落してきた巨大なポッドの外壁と、地面の瓦礫との間に、無惨に挟み込まれていたのだ。

 逃げようとすればするほど、ポッドの重みがじりじりと骨を軋ませ、血肉を蹂躙していく。


「あ……が、ぁ……っ!!」


 視界が真っ赤に染まるほどの激痛。

 だが、それ以上にカケルを戦慄させたのは、腕を押し潰しているポッドの厚い外壁を隔てて聞こえてくる「音」だった。



 ──コン、コン……



 弱々しい、指先で叩くような音。

 それは、まだ息のある「廃棄物」たちが、冷徹なシステムによって生きたまま圧殺されていく断末魔のノックだった。


(これが……琥珀が言っていた、『洗浄』……ッ!!)


 綺麗な城で、琥珀に守られていた時には決して届かなかった音。

 ヤマトが、そして下界の民たちが、毎日その頭上で聞き続けてきた絶望のメロディ。


 カケルは、自分の骨がメキメキと砕ける音を聞きながら理解した。


 自分が当たり前だと思い込んでいた「平和」の重みが、今、この瞬間に自分の腕を押し潰しているのだと。


「ヤマト……ッ。……ぐっ……うぁぁああああああ!!」


 カケルの悲痛な叫びが、地の底、鉄の墓標たちが並ぶスラムに響き渡った。


 それは、気高き皇太子としての「死の産声」だった。

 かつての輝かしい「太陽」がその喉で息絶え、代わりに目覚めたのは、この世界の冷徹なシステムに殺され続けてきた友の痛みを、自らの骨身に刻み込んだ一人の男としてのカケルだった。


 ヤマトが背負ってきた呪い、サクラの瞳から失われた光。

 そして廃棄ポッドの中で押し潰されていった無数の、名もなき絶望たち。


 それらすべてを「自らの痛み」として引き受け、カケルは泥の底から、血に濡れた本当の世界の色を見つめる。



 ────「太陽」は、墜ちた。



 しかし、その絶望の血溜まりの中で、少年の中に渦巻く莫大なエネルギーが、この歪(いびつ)な世界を破壊せんとする確かな鼓動を打ち続けていた。


【第一幕:無垢なる太陽の欠け落ち ─── 完】


ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。


二人の少年の、偶然の出会いから別れまでの軌跡。

彼らの物語を見届けてくださったこと、心より感謝いたします。


この先、彼らはどんな道を歩み、何を選ぶのか。

引き続き、その行く末を見守っていただけましたら幸いです。


現在、第三幕まで完結しておりますので、続編も順次投稿してまいります。


第二幕に先立ち、ヤマトの前日譚となるスピンオフをお届けします。


【断章-01】紅の断罪者、遠き日の残火 / BLEEDING VERDICT


第一幕で登場するまでの、ヤマトの物語です。

読まずに第二幕へ進んでも本編はお楽しみいただけますが、お読みいただくことで、第一幕の出来事や彼の言動が、また違った意味を帯びてくるかもしれません。


彼の歩んできた道にも、触れていただけましたら幸いです。


ブックマークやレビューをいただけますと、今後の執筆の励みになります。


これからも、どうぞよろしくお願いいたします。


星乃ふみ

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