64 クランを結成します
私は胸をなでおろした。私の発砲は正当防衛かなにかに入れられたみたいだ。
海兵隊さんが納得したように頷く。
「なるほど、BANされるのか」
イタリア空軍の人が、カラカラと笑った。
「もうちょい、早くして欲しかったけどな。まあなんか判定が曖昧なんだよアレ」
ポルトガル空軍の人が、首をひねる。
「あれ? ローヴって奴の怪我はどうなるんだ?」
「しらね」
イタリア空軍の人が、肩をすくめた。
❝今の、結構大事件だったんじゃね?❞
❝だよなあ、一式 アリスや命理ちゃん、リッカちゃんを人質にしようとしたってことだろ?❞
❝SNSで拡散されて、大変な事になってるぞ❞
❝おい、視聴者数が15万人を超えたぞ・・・❞
事件を聞きつけた人達が一斉に騒ぎ出す。
❝一式 アリスさんが強盗に遭いそうになったってマジですか?❞
❝あ、一式さん無事だった・・・本当に良かった❞
うちのリスナーが説明してくれる。
❝あのリッカっていうプレイヤーが、未然に止めたんだよ❞
❝で、そのリッカを、俺等のスウが救ったってわけ!❞
❝ありがとうございます、リッカさん!! スウさん!!❞
なんかお礼を言われてしまい、私は頭を掻きながら、苦笑い。
「いえ、大したことはしてません」
「わたしのチャンネル、リッカチャンネルも宜しく」
しかし立花さんは思いっきり自分のチャンネルの宣伝を入れていて、私は思わず笑ってしまった。
事件はあったものの大騒ぎにはならず、訓練を終えた。
私の訓練を受けた人達が、口々に感想を述べる。
「なあ、未来を見ろってなんだ?」
「未来に合わせて敵弾を避けるって、お前理解できたか?」
「できるわけねーだろ。俺は預言者でも、超能力者でもねーんだ」
「スウになるには、未来予知の印石をフェイレジェで手に入れる事が必要なのか」
「あの印石って、一瞬先の未来を予測するもんじゃねーぞ」
「つか途中から、原始反射を目覚めさせる座禅とか」
「ゾーンに入りやすくする座禅とか」
「ほぼ座ってただけだよな、俺達」
「Right」
ふう、やり遂げたぜ。
「でも、飛行機に水を入れたコップを置いて、水を零さないように飛ぶ訓練は役に立ちそうだったよな」
「だよな、あれは毎日続けようと思う」
・・・・いやそれは、なんかそれっぽい訓練も入れないとなーって、オタク知識から引き出して、適当に混ぜただけなんだけど。
「ボクも毎日やるぜ」
マイルズまでやる気。あれぇ・・・?
私は困惑しながらも、とにかく訓練を終える。
しかし最後に、またひと悶着あった。
「では、これで訓練を終えます。あとは今日学んだことを元に各自自分たちで考えて、成長していって下さい!」
「「「スゥ・イエッスゥ!」」」
「そのふざけた返事は、二度としないこと!」
「スゥ・これはサーを口を尖らせて言っているだけでスゥ!」
駄目だこれは、私には太刀打ちできない、世界の大きな壁だ。
とりあえず、口を尖らせて説明してくれた柏木一佐にドロップキックを入れておいたので、溜飲が下がった。
❝柏木一佐の嬉しそうな顔ウケるwww❞
❝柏木ニキは、特殊な訓練を受けてるからなワロw❞
❝なんかお父さんに甘える娘というか❞
❝甘噛みしてる犬というか❞
❝ワロw❞
「おのれ、ジャパンの紳士さんは強すぎるぞ」
などと私が吠えながら、柏木一佐にチョークスリーパーをしていると、アリスの方の訓練も終わったのか、立花さんが私の方へ歩んできた。
なんか顔が怖い。
「スウ」
「はい?」
「わたしと剣で勝負して」
「嫌」
「どうして!!」
「私がアンタに剣で勝てるわけなかろーが!! 私の首はまだ誰にも渡さんぞ!!」
無茶苦茶を言いおるんで、思わず素がでてしまった。
だけど立花さんは追いすがってくる。
「VRの試合でいいの!」
なるほど、それなら命の取り合いにはならない。
「VRなら良いけど・・・私が負ける結果は見えてるよ。せめてバーサスフレームなら勝負になると思うけど」
「――わかった、貴女の土俵でもいい」
「でもなんで、急に試合?」
「アリスに負けた」
「え!? 立ば――」
やべ、吃驚しすぎて立花さんって言いかけた。
とりあえず誤魔化そう、あと頭の中でもちゃんとリッカさんと呼ぼう。
「立――場逆転したの? リッカさんがアリスに負けたの!?」
「VRだったけど、ロボットで戦うと、一回も勝てなかった・・・ボコボコにされた」
「剣で戦ったの?」
「うん」
「なんで・・・」
私が目をまん丸にしていると、アリスが「フッフッフ」と笑いながらこっちに来た。
「フルボッコにしてやりました」
「本当に?」
アリスが私に耳打ちしてくる。
〔バーサスフレームのロボ形態は、人型で、しかもVRでコントロールするので――まるで生身の戦闘力がそのまま強さの差になると思われがちですが〕
〔違うの?〕
〔バーサスフレームは、関節の可動域などが人間とは全く違うのをお忘れですか?〕
〔あーーー〕
〔表現するなら、鎧を着込んで戦うようなものですね〕
〔なるほど、もう慣れたから自然に機体に合わせてたけど、言われたらそんな感じがする。立花さんはどんな機体だったの?〕
〔立花さんの機体は、プレゼントで配られたブリガンダインですよ。重装タイプの機体なんですが、かなり関節の可動域が小さくて西洋のフルプレートを着て動くような感じです。背筋は曲がらない、小手は回せない、首もほとんど巡らせられない、足さばきなんて使えない。正直、立花さんは技を全て封じ込められた状態で戦っていたような物です〕
あーそうか、確かに日本の技って、体中を細かく動かさないと駄目なイメージある。
〔だとすると辛いなあ――立花さんは技を使って戦うタイプだよね〕
〔はい。対して私はタンクですが軽装タイプのバーサスフレーム。日本の甲冑のように自由に動き回れます。邪魔されても剣道の防具程度。立花さんは西洋風RPGとか好きらしく、何もかも西洋の騎士みたいな機体や装備で固めてました。ところが、それが立花さんの強みである技を全て消し去ってしまった〕
〔パワータイプのタンクさんは重装甲の機体でいいけど、立花さんは明らかにパワータイプじゃないもんね。でも彼女、目が赤いよ―――泣いてたんじゃないの〕
ウサギさんみたいな目になってる。
〔初心者相手に、ちょっとやりすぎました。あとで、立花さんはどういう機体を使うべきか教えてあげます。でも買い替えるには、勲功ポイントが足りないでしょうねえ・・・。まああの様子だと、たとえ機体を買い替えても、わたしにはバーサスフレームでは勝てないでしょう。赤い閃光のアリスは伊達ではないのですよ。フッフッフ〕
〔あちゃあ・・・〕
生身では立花さんが強くて、バーサスフレームではアリスが強いのか。本当に立場逆転してるのね。
「なにを2人でヒソヒソやってるの。スウ、わたしと勝負して」
「・・・・いいけど」
あの眼が、益々赤くならないかなあ・・・・。
『そんな速度になんて追いつけない!! もっとコッチに来て!!』
「戦闘機戦が得意な私に、無茶をいわないで下さい」
3回勝負という約束で、地上ステージ、海上ステージ、宇宙ステージで、私が遠距離からの汎用スナイパーで狙撃して3連勝すると、リッカさんが涙声になった。
リッカさんの鈍重な機体では、どうやっても私に追いつけない。
私はひたすら距離を取って、狙撃するだけ。引き撃ちの要領だ。
でもこのままだと、立花さんの目が真っ赤になってしまいそうだ。
というわけで、始まった4戦目。
「わかりました、近づきます。――では、準備は良いですか」
『やった―――来い!!』
「〈励起翼〉」
『〈励起翼〉展開、イエス・マイマスター』
リッカさんが『立花放神捨刀流―― 二教、凪の太刀!!』と言って、胴払いのような攻撃をしてくるけど・・・・。
・・・・霞のようにはならない――見え見えなんだ。しかしあれは立花さんの得意とするらしい胴――もし立花さんが生身なら、見えにくい動きになるんだろうけど、あの機体じゃ技が完全に殺されている。
私は薙ぎ払いを、僅かな横転で躱して、立花さんの機体を〈励起翼〉で真っ二つにした。
観戦していた軍人さんや、一般プレイヤーから拍手が起きた。
「マリーンの飛行機乗りになってくれないか、Missスウ」
「軍人は絶対嫌らしいぞ、それに他の訓練が無理だろ、あの子は」
「才能が惜しい」
私の機体のスピーカーから、鼻をすする音がしてくる。
『うっ、うっ―――』
「や、やっぱ、手加減しようか?」
『し゛た゛ら゛ゆ゛る゛さ゛な゛い゛』
リッカさんは負けるのは悔しいけど、手加減はもっと悔しいらしくて、私は本気でやるしかない。
しかし弾丸みたいな速度の戦闘機に、あの鈍重な機体でグレートソードを合わせてくるのは、やっぱり流石としか言えないな。
「分かった、じゃあロボ形態で相手するね」
『う゛、う゛ん』
だけど、これも私の圧勝だった。
『なんで、そんなに簡単にわたしの剣を避けられるのー!! お父さんでも、なかなか躱せないのに!!』
「ご、ごめん」
❝スウたんの反射神経がある上に、あんなモッサリした動きじゃなあ❞
❝あとでアーカイブ見たら分かると思う❞
❝まあ俺たちの声はリッカたんには、聞こえないんだけどな❞
すると、アリスが私とリッカさんに通信を入れてきた。
『わかりました。なぜ勝てないのかしっかりと説明しますので、VRを切って下さいリッカさん』
『・・・うん』
その後、勝てない理由を理解したリッカさんが、自分の勲功ポイントの無さに絶望した。
すると、アリスが提案した。
「じゃあ、わたしとの合体メカを買いますか? 一人乗りのバーサスフレームをプレゼントしてもいいんですけど、どうせなら合体機体にしましょう。わたしも新しい機体が欲しかったところですし」
「良いの?」
「もちろんですよ。その代わり、わたし達のクランメンバーになってくれますか? クラン設立にはプレイヤーが3人必要なんです」
リッカさんが頭を縦にブンブンと振る。リッカさんの髪が、台風に遭ったようにクシャクシャになった。
「アリスのクランなら、入りたい」
「良かった、これでクランを設立できます――じゃあ、わたしとリッカさんで使う2人の機体を選びましょう」
アリスが言うと2人は、銀河連合のウィンドウをいっぱい開いてショッピングを始めた。
「おー、真勇合体リカリス誕生かな――あいやあの2人だと、控えめに言って神ユニットだから真より神のほうが似合うかな」
❝おっ、神勇合体が成立してるぞ。てぇてぇ❞
❝スウたんいいのかw アリスさんを取られるぞw❞
❝一式さんと合体なんて、あの子許せない!! だけど、あんな大柄な外国人を手も使わず投げ飛ばすとか、強すぎて怖い!!❞
コメントが若干カオスと化してるけど。なんだかんだ、ほのぼのしてるんで生暖かく見守ることにした。
こうして、私とアリスとリッカさんのクランが誕生した。
「クラン名は何にしますか?」
訓練講義が終わり、配信の締めの話題で、アリスがスワローさんのワンルームで私とリッカさんに訊ねた。
私が首を捻ると、リッカさんは即答した。
「メアリー」
「なんでですか、リッカさん」
リッカさんの言った、ただの西洋人さんの名前みたいなクラン名の意味が分からないのか、アリスがリッカさんに尋ねた。
私も分からん。
「つまりメアリー・スー。スウがチートだから」
「それで行きますか」
「行くな」
私がツッコミを入れると、リッカさんが別の提案をしてくる。
「じゃあ狂陰のスウから取って」
「そんなところから、取るな」
「クレイジー・ギーク」
「まて、なんで陰の部分をシャドウとかじゃなくて、ギークって訳すの? 陰をギークって訳しちゃったら、狂陰の陰の部分をまるでインドア派って言ってるみたいじゃないか!」
リッカさんが、私に向いて首を傾げる。
「?」
「可愛いわ! あざといな!」
すると、アリスが笑顔で提案してきた。
「じゃあ、わたし達みんな美人なんでビーナスとか」
「アリスのその顔で謙遜されたら逆に腹立つから自信満々なのは良いけど、私には舌を噛み切れと!?」
アリスとか立花さんみたいな超絶美人2人の隣で、ビーナスとか呼ばれる私の身になれ。
するとアリスが朗らかに、告げる。
「では、今挙げられた3択で視聴者さんに選んでもらいましょう」
「まって、アリス。その3択って、チーターだの、狂陰だの、美人だの私の生存ルートが1つもない気がするんだ。私がまともなクラン名を思いつくまで、投票は待って」
「何を言ってるんですかスウさん、待つ必要など無いですよ」
「なんで」
「たとえまともなクラン名の生存ルートがあっても、貴女の視聴者さんが選ぶと思いますか?」
「なるほど、納得しか無い」
❝おいおい、俺達をなんだと思ってるんだ❞
❝好きな子に、意地悪しちゃう視聴者❞
斯くして投票と相談の結果、クラン名は〝クレイジー・ギーカー〟になりましたとさ。
「憶えてろよ、全員」
❝❝❝クレイジー・ギーカー憶えた!❞❞❞
◆◇Sight:三人称◇◆
その日の朝、涼姫の元・義母佐里華はテレビを見ていた。
なお涼姫の親権は、佐里華が涼姫を追い出した後、涼姫の遠い親戚にあたる後見人に移っている。
そんな佐里華の目に、テレビに映る元・娘の写真が入った。
「は?」
状況が理解できず、 ポカン と口を開ける佐里華。
「なんでアイツがテレビに?」
人気女子アナウンサーが、スタジオ中央のモニターを手のひらで示す。
『こちらが、話題のスウさんの動画です!』
モニターに映し出される佐里華の元・娘が戦う姿。
航宙戦闘機に乗って、首だけの狼を撃ち抜いたり蹴ったり、光線で焼いたり。
「なにしてんのアイツ・・・これフェイレジェって奴? やってるのは知ってたけど・・・・」
動画を見ていた女子アナウンサーが、感動したように目を輝かせる。
『本当にスウさんはすごいですね! でも、宇宙での戦闘機の操縦は、物凄く難しいって聴くんですが――!』
すると辛口コメンテーターの斑鳩が頷いた。
『それはもう難しいですよ! なんといっても重力や空気がないという事は――』
普段は辛口なコメンテーターも、スウを語る時は、なぜか甘口だ。――お子様カレーくらい甘口だ。じゃがいもの代わりにカボチャを入れちゃったカレーくらい甘口だ。
辛口コメンテーターは、彼自身がスウのファンであるかのように、熱に浮かされながら語る。
語る、語る、早口で長々と語る。
ここだけの話だが、この辛口コメンテーターは、りスウなーである――それも、かなり熱心な。
ちなみに、りスウなーとはスウの配信を見ている視聴者の事である。
『――というわけでこの時、スウちゃんのバーサスフレームには、様々な国の要人が乗っていたんですよ! 彼らを守りきった事で、スウちゃんは世界中から大絶賛の嵐!』
佐里華の元・娘である涼姫が、センセーションに報じられる。
まるで、世界的ヒーローが日本から誕生したかのように。スポーツの一流選手の様な扱いだ。
佐里華は、ただただ呆然と画面を眺めるしかない。
「うそ、アイツ・・・なにこれ・・・・」
辛口コメンテーターのハチミツでも口から吐くようなコメントが終わり、アナウンサーが微笑みながらスタジオ中央のモニターに手のひらを向ける。
『さあなんと今朝は、チャンネル登録者数が一夜にして5倍の1千万人に達した話題のスウさんから、番組へ生メッセージが届いています!』
ここで、スタジオのボルテージは最高潮。
出演者たちから『おおっ』という歓声が挙がる。
アナウンサーの『どうぞ』の言葉とともに、テレビの画面が生メッセージに切り替わった。
すると、顔を真赤にして俯いた元・娘が映った。彼女は中央で椅子に座っている。
『あ・・・ス、スウです。み、みなさん・・・いつも応援ありがとうございます。ではスタジオにお返しします』
『早ッ!? スウさん勝手に何してるんですか!? ――台本まだまだありますよ!? あとそれはスウさんのセリフじゃないですし! 今日は斑鳩さんにネタ振って締めるんですよ!!』
涼姫が、背後にボディーガードの如く立っていた金髪高身長の少女にすがりつく。
『――だってぇ、アリスゥ!! ――もう無理ぃ!! ――斑鳩さんのコメントいつも怖いしー! 私もボコボコにされちゃう! ――だいたい〝いかるが〟って、名前からして怖いし!! ――なに〝いかるが〟って、いかってるの!? ――いつもいかってるの!? なんならもう〝が〟も怖い! がっぺむ――』
『スタジオにお返しします。――あとスウさんは全国の斑鳩さんに謝って下さい』
アリスという金髪の少女が、奇麗な笑顔でスタジオにカメラを返した。
画面がスタジオに戻ると、辛口コメンテーターが机に突っ伏していた。
口からハチミツ改め、エクトプラズムのような物が漏れている。
『私、もう辛口コメントやめる。明日からカレー◯王子様くらい甘口コメンテーターになる』
スタジオは大笑い。お笑い芸人のメイン司会者が、
『いや、スウさん天然ズルいわ。――てか1000万の登録者ってどんくらい儲かりはるん?』
今売り出し中の後輩のお笑い芸人から、メイン司会者にツッコミが入る。
『朝から下世話な話をしないでくださいよ!』
『年間10億くらい?』
『だから下世話下世話!』
割と、本気とも冗談ともつかない嫉妬をしていた。
佐里華は、ナスのおしたしを乗せていた箸を落下させる。
インスタント味噌汁がブラウスにはねたが、気にも留めない。
佐里華が唇と手をワナワナと震わせながら、口の中でなんども呟く。
「なにこれ・・・なにこれ、なにこれなにこれなにこれなにこれなにこれなにこれ・・・・」
―――なに、年間10億?
涼姫が、年間10億も稼げるの!?
「10億!? なんで私は、アイツを追い出したの? ――なんで追い出したの!?」
佐里華が頭を抱えて、机に両肘を着いた。
落下する勢いで肘を着いたため、机の上の味噌汁と紅茶が転がって、机を濡らした。
瞳孔が開いて、口から泡まで吹いている。
「なんでよぉぉぉぉぉぉ!! ――アイツ、才能とかあったの!? ――なんで今さらこんな事になるのよ!!」
佐里華は慟哭し、過去の自分に殺意を憶えた。
失敗に慟哭しながら佐里華は、ふと――当然の事のように思い浮かぶ。
「・・・・そうだ、子供が10億なんて大金持ってちゃ危険だわ。母親の私が管理してあげないと」
佐里華は言うが、彼女はもう涼姫の母親ではない。
幽鬼の様に立ち上がった佐里華が、フラフラと涼姫の連絡先を探す。
が――涼姫の私物を全て処分した上に、転居報告のハガキまで捨てているので、涼姫の連絡先を知れる物は何も無い。
「ないっ、ないっ、10億の連絡先がない――ッ!! なんで!!」
ヒステリックに叫びながら、マンションの部屋中をひっくり返す。
佐里華の声を聞いた娘の折姫が、目をこすりながら尋ねる。
「なに、どうしたのお母さん」
しかし母親からの返事はない。
ただ何やらモゴモゴと呟き、
「と、とりもどさなきゃ、取り戻さなきゃ――涼姫を取り戻さなきゃ!! ―――10億は私の物よ!!」
最後には、金切り声のような物をあげて叫んだ。
「は? お母さん、何いってんの・・・あんな奴・・・」
「折姫ッ!!」
怒声とともに振り返った、母の悪鬼のような顔に、折姫は竦み上がる。
佐里華がフラフラと揺れながら、両手を物乞いをするかのように上げ、佐里華の顔に向かわせる。
「涼姫の・・・いばしょは―――どこかしら?」
「涼姫の居場所って言われても・・・今涼姫の親権持ってるおじさんに、現住所でも訊いたら良いんじゃない? なんかおじさんの家にも、一度も来たこと無いらしいけど。どっか別の場所で寝泊まりしてるらしいよ」
涼姫はもう、誰かと住む事を恐れていた。再び追い出されたらと考えると、親戚と一緒に住む気にはなれなかった。
涼姫はスワローテイルのワンルームがあるので、追い出されても住む場所がなくなるわけではない。
しかし信じていた人たちから追い出されたという事は、涼姫の心に絶望に近い何かを植え付けていた。
・・・・ましてや佐里華達と再び住むなどと言うのは、あり得ないだろう。
それほど佐里華は、涼姫を傷つけた。
涼姫は義母と義姉を確かに〝愛していた〟辛く当たられても、自分を救ってくれた人達だと信じていた。それをグチャグチャに踏みにじったのは佐里華と折姫自身だ。
そうして、誰かと一緒に住むのが怖くなるほどのトラウマを植え付けたのだ。
佐里華はまだ涼姫と住めるチャンスはあると思い込んでいるが。
「そうね、そうよ、今親権を持ってるアイツに聞けばいいのよ・・・そう」
佐里華は揺れながらスマホを取りに行く、母の姿を気味悪そうに見ていた。




