185 私にとっては最重要なスキルを手に入れます
「ひっ――」「今、この街で飛んだら捕まるぞ」
私の女子力が震え、悲鳴を挙げそうになったところで、男性が忠告してくれた。
冷静になる、私の女子力。
「え――そ、そうなのでござるか!?」
「ああ。今復興中だから、飛行には許可が要るんだよ。この街は上空がほら、高さないからな」
確かに、上空1000メートルくらいで十二面体の真ん中にきてしまう。
よくこんな狭い場所で戦ったなあ、私達。
「どうやって、ミサキちゃんのお母さん探そう」
ミサキちゃんが残念そうな顔になる。
「お空飛べないの?」
「うん、今飛んだら怒られるんだって」
こうなったら連合に連絡して、特別ストライダー権限を使ってでも許可を――とか思ってると、狼さんが私に尋ねてくる。
「その女の子のお母さんを探したいのか?」
「あ、はい。はぐれちゃったみたいで」
「なら俺が肩車しようか。俺のほうが身長高いからな」
「えっと、じゃあ。ミサキちゃんこのお兄ちゃんに肩車してもらう?」
「うん。お犬のお兄ちゃん優しそう」
犬? いや、どっちかっていうと狼でしょ、この人は。
「えっと、じゃあミサキちゃんを預けますけど・・・変なことしたら、私の〖味変化〗が火を吹きますよ――というか貴方が火を吹きますよ」
「しないって――てか、あんたスウか?」
「え、いえ・・・拙者はそのような」
「いや、アーカイブでみたことが有る。スウだろ?」
「ア、ハイ」
「なんかスウって頭いいイメージあったけど。――もしかして、あんまり頭良くないのか? この街で飛ぼうとしたり、――というかそんな格好で飛んだら下からどう見えるとか考えなかったのか?」
フェンリルさんが言いながら、ミサキちゃんを肩車した。
言われて私は、「ハタ」と自分の格好が、ちょっとゴスっぽいスカートな事を思い出す。
「た、確かに危ないところだった。見えてはいけない布を晒すところだった」
❝気付いたか❞
❝近くで上空を観ながら、待機してたのに❞
「分かってて忠告しなかったの!? さっき飛ぼうとした時、忠告コメントが一個も無かったよ!? ・・・・この・・・・妖怪ども・・・・油断も隙もない!! なんなのウチの視聴者がこういう時だけ出す、無駄な団結力!?」
私のなんか見て、なにが楽しいのマジで。
私が妖怪大戦争を起こしている隣で、ミサキちゃんが高い視点にご満悦。
「お兄ちゃん高かーい。すごーい!」
私ははしゃぐミサキちゃんを、ちょっと心配する。
やっぱ初対面の男性だし・・・・大丈夫かなあ。見た目怖いし。
「あー、そんなに心配か。大丈夫大丈夫、俺、アンタのとこの経理やってる桂利さんとフレンドだから」
「経理やってるケーリさんですか?」
「そうそう、ケーリ」
言って歩き始めるフェンリルさん。
この人、本当に事情をしってそう。
視聴者には、経理部の経理さんみたいに聴こえてると思うけど。
私達には経理の桂利さんに聞こえる。
歩きながらフェンリルさんが、フレンドリストを開いて私だけに見せてくれる。
確かにケーリというIDがあった。というか、さくらくんのIDやオックスさんのIDまである。そえられている識別番号も私のフレンドリストのケーリさんや、さくらくん、オックスさんの番号と同じだ。
「なるほど、ちょっと安心しました」
「ま、怪しいもんじゃないよ。ミサキちゃんのお母さーん。いませんかー!」
あー、大声出してくれるのは有り難い。
私だと、こんな人の多い場所で、あんな声量だせないもん。
やっぱ男の人は、こういう時頼りになるなあ。
❝おーい、お母さんみつけたぞー。南の方❞
あ、手を振ってる。こっちにも頼りになる男性がいた。
❝スウがぶっ壊したビルの方角で、待ってるよ❞
❝ワロwww❞
❝背景が大惨事❞
やっぱウチのリスナーは、ウチのリスナーだった。
でも、さすがのマンパワー。ほとんど移動しないで見つかっちゃった。
協力って素敵だね。
「みんなありがとね。すぐに見つかってよかったよ」
❝おう、俺等もたまにはやるだろ?❞
❝てやんでぇ、こちとら江戸っ子でぃ。幼女一人救えなくてなにが救える❞
「うん、褒めてつかわす」
私がコメントに返していると、お母さんが慌てて駆け寄ってくる。
「みなさん、すみません! 本当にご迷惑を掛けました! ――ミサキ、離れちゃ駄目って言ったでしょ!? 私、また貴女を一人にしたらと思うと、本当に怖くて」
「ご、ごめんなさい、お母さん」
現れたミサキちゃんのお母さん――沖田 ネモさんは、ロングスカートに大人しい服。
確かにダルそうな眼はしてるけど、ルックスの全体は気品があるというか。
上品な感じの美人さんだった。
貴族のお嬢さんと言われても不思議はない。
フェンリルさんに降ろされ、お母さんに手を握られちょっとしょぼくれモードのミサキちゃん。
私はミサキちゃんの頭を撫でて、髪の毛をくしゃくしゃにすると。
「もう、お母さんから離れちゃだめだよ?」
「はぁい」
ミサキちゃんが照れた。うーわ、かわいい。
アッセンショーン。
ネモさんが事情を話してくれる。
「ちょっと申請が長引いてしまって、目を離した隙にいなくなってしまって・・・」
困った顔のネモさんが、顔だけでミサキちゃんに「メッ」っと言う。
するとしょぼくれモードのミサキちゃんは、うつむき加減になった。
「でもね、妖精さんがいたから」
え、妖精・・・?
❝いるいるワロwww❞
❝妖精なら眼の前にワロワロワロwww❞
❝妖精ってスウの事かwww❞
「いるわけ無いでしょ、妖精なんて」
ネモさんがミサキちゃんに注意するけど。
❝いるいるwww❞
❝ネモさん、前前、眼の前❞
こいつら・・・。
「いたよ妖精さん! ――こんな小さくて、蝶の羽根の生えた、青い妖精さん」
手振りで伝えようとするミサキちゃんの言葉に、ネモさんがハッとする。
「青い・・・・蝶の羽根の生えた? ――」
ネモさんの顔が急にやさしくなる。
「――そっか。それなら・・・・いたかも知れないわね」
――どうしたんだろう?
そうだ――、
「あの、申請って何の申請だったんですか?」
「あ・・・私達最近復活したのですが。夫のデータが消失していたみたいで・・・・それで資産は夫にほとんど渡していたから、私が復活後に使える資産がちょっと少なくて、夫の資産を移譲してもらう申請をしてたんです。この街の家は持ち主のデータノイドに返還されるんですが。住んでいた家が壊されていまして、新しい住居の申請を」
ネモさんの顔色が優れない。
い、家が壊された・・・。
私は若干ビクビクしながら尋ねる。
「な、なるほどです――あの、もしかして申請が上手くいかなかったんですか?」
「はい。人数が多くて手続きに時間がかかってしまって。あと大分街も破壊されていて、更に時間が掛かるみたいで」
「・・・・ま、街が破壊されていて・・・ですか」
私は、恐る恐る周りを見回す。確かに取り戻すためには仕方なかったとはいえ、激戦の痕がそこら中に。
❝う・・・俺等のせいかな?❞
❝自分も結構、街を破壊しちゃったかも❞
❝だって砲撃みたいな銃をバカスカ撃たないとだめだったし、キューピィは小さいし速いし・・・ゆるしてください!❞
私も、でっかいビルを壊しちゃったしなあ。よく見ればあれ、マンションじゃねーの!?
た、他人事じゃないなあ。
そういえば音速の衝撃波で、どっかの建物壊した人もいたなあ・・・!
「お子さん抱えて住む場所が無いのは、困りますよね・・・・」
「いえ、ホテルに」
「お金あんまりないのに、ホテルとか――ちょっと待って下さいね」
私は銀河連合に連絡を入れる。
聴こえてくる、連合の通信士さんの声。
『こ、これはスウ様!! 今日はどうなさいましたか!?』
「あ、えっと・・・・お願いがあるんです。ユニバーサルシティで、プレイヤーに開放されている家って買えませんか? 私が住むんじゃなくて、お子さんを連れた女性のデータノイドさんに譲りたいんですが、そういうのって出来ますか? 良ければデータノイドさんの居住区に近い場所が良いんですが」
『なるほど! ・・・少々お待ち下さい』
私の言葉が聴こえていたのか、ネモさんがビックリする。
「そ、そんな、悪いです!」
「いえ実は私、クレジットが結構余ってるんですよ」
3400万もあるんだね。日本円にしたら3億4000万円。
まあ、流石に連合の昔の人なら、もっと資産持ってた人もいると思うので、プレイヤーにしてはクレジットが有るって感じだけど。
ネモさんがミサキちゃんを見て、彼女の手を強く握った。そうして何か決意するような顔になって私に向き直る。
「では、あとでお返ししますんで、安めの集合住宅をお願いできますか?」
流石に返済を断るのは変だよね。
「はい、急がなくていいですよ。じゃあ、連合に言ってみます」
こうして、連合が教えてくれたプレイヤーに開放されている場所をウィンドウに出して、ネモさんに何処が良いか選んでもらってマンションを購入して、ネモさんに移譲した。
「本当にありがとうございます」
ネモさんが私に頭を下げる「いえいえ、私も街を壊してしまったので」と言っていると、ミサキちゃんがママを見上げる。
「お家できたの?」
「そうよ、ミサキもお姉ちゃんにお礼を言って」
「おねーちゃん、ありがとう!」
100万ドルの笑顔を貰ってしまった。
ふっ、予算オーバーだぜベイベェ。
❝ちょっとユニバーサルシティ復興のクエスト受けてくる❞
❝俺も❞
❝わたしも❞
❝早く復興させてあげないとな!❞
私も、後で受けよう。
こうして、ネモさんと私は別れた。
今度、家に遊びに来て欲しいという話を受けて。
もちろん行く。ミサキちゃんにまた会いたい。
「スウってやっぱ良い奴なのな」
フェンリルさんが私に微笑みかけた。
ちょっと人懐っこい、可愛い笑顔かも。
「まあクレジット多くなりすぎて最近、使い道も無くなってきちゃったんで」
「いいなあ。俺なんか、ずっとカツカツだよ」
「あはは」
私が笑うと、―――ふと、背後から声がした。
『―――ありがとう』
振り返ると、青く光る妖精がいた。青い蝶の羽を持っている。
「よよよ、妖精!? さっきミサキちゃんが言ってたやつ!?」
『マイマスター、MoB反応です』
「え!? ――この妖精、MoB!?」
❝なんだ、なんかいるのか?❞
❝何も見えないけど❞
「どうした、スウ?」
コメントもフェンリルさんも、尋ねてきた。みんなには見えてないの!? この青い妖精が。
妖精が鱗粉を輝かせながら、私に微笑む―――その笑顔は寂寥の様な物を湛えていて・・・、だけど妖精が目を細めて笑う。
その笑顔はどこか〝ひだまり〟を思わせた。
『沖田 ネモと、沖田 ミサキちゃんを助けてくれて、―――本当にありがとう』
妖精がもう一度お礼をいうと、その姿が風に溶けるように消えた。
『マイマスター、印石が出現したようです』
「――はい!?」
私は、落下しかけた印石を慌ててキャッチする。
まって・・・みんなに見えない妖精が出てきて、妖精はMoBで印石が出現する?
これ、前にアリスに起こった現象と同じじゃない・・・・?
〈時空回帰〉の印石が出たときと同じ。
コメントが騒ぎ出す。
❝うわ、なにもないところから印石が出てきた❞
❝まじで何かいたのかよ❞
フェンリルさんが頭をかいている。
「今のキャッチできるのかよ・・・・なんだその反射神経・・・・動画通りマジすげぇな」
❝相変わらず馬鹿げた反射神経だよなあ❞
「な、なんの印石だろ」
『超能力の〈テレパシーψ〉のようです』
テレパシーかあ、ψって言うのは凄いけど、でも銀河連合の通信は距離が関係ない上に、何なら過去の地球にまで届くレベルだからなあ。
あんまり使い道ないかもなあ。
というか超能力ってガチャみたいな印石だけじゃなくて直接出たりもするのね?
そんな風に思ったけど、ふと一つ思い浮かぶ。
「やってみよう」
(アイリスさん、聞こえますか?)
返事はなかった。
「やっぱり使い道ないかもなあ」
その後しばらく食べ歩きと買い物をして『ユニバーサルシティお散歩配信』は無事終了。
で、帰路の途中に気づいたんだ。
「あ、そうだ――テレパシーで、リイムとお話できない?」
思い浮かんだ途端、私は全速力で神奈川の家に戻った。
それはもうフェアリーさんの加速力を最大にして、リミッター外して、全ての加速スキルを使って。
「リ、リイム、リイムリイムリイム!!」
私は玄関のドアを空けて、自分の家に転がり込む。
「コケ・・・」
うわ、まだ疑いの目を向けられている。
廊下の向こうの部屋から顔だけ出して、こっちを伺ってる。
(リイム聞こえる?)
「コ、コケケ!?」(頭の中にママの声がする!)
「リイム!!」
リイムの言葉が分かった!!
私はリイムに走って、彼の体を抱きしめる。
リイムの鼓動を感じながら、話しかける。
(リイム、ママだよ! 朝は爪を切ってごめんね!)
「コケェ・・・」(ママ、なんでリイムにあんな酷いことするの? あそこは凄く響くし、体の一部を奪われのも怖くて)
(あ、あのね。それはリイムが怪我しちゃうからなんだ、それにクチバシは削らないとリイムが口を開けられなくなっちゃう。自然で生きてたら爪やクチバシはそんなに尖らないし伸びないんだけど、リイムはお家の中で暮らしてるから沢山伸びてしまって・・・)
「コケ」(ママといっしょにいるためには、爪を切らないと駄目なの? ――そうだ、前にママといっしょに寝てる時に、ママを爪で怪我させたもんね)
ちなみにリイムはそろそろ体の成長が止まり始めてるんだけど、ライオンサイズに近い。
(それもそうなんだけど、ママには〖再生〗があるから治せるけど、私が居ない時にリイムが怪我しちゃったりするし)
リイムが、彼の爪でボロボロになっている布団を見た。だいぶ洗って薄くなってるけど血痕が残っている。
「・・・コケ」(・・・お家の中も傷だらけにさせちゃうし――・・・・わかった、ボク我慢する。ママ、必要ならボクの爪を切って!)
「リイム・・・頑張れるの?」
「コケ!」(うんママ、ボク頑張るよ!)
「リイム、偉い! 本当に偉いよ!!」
私がリイムの頭をなでなですると、彼は心地よさそうに目を瞑って、私に体を預けてきた。――わ、私には重いけど、全力で受け止める。
リイムの重さ、柔らかさ、温かさ。――大好きだ、リイム。
本来言葉の通じない相手と話ができて、意思を伝えられる――こんな幸せなことはない。
〖テレパシー〗は使えないスキルじゃなかった。それどころか、最重要スキルだった。
どんなスキルも、使い方次第なんだなって実感した日でした。
◆◇Sight:三人称◇◆
スウがリイムと初めての会話をしていた頃、連合上層部が僅かに慌ただしくなっていた。
「クナウティア様!」
『どうしたのですか? そのように慌てて』
まるで神殿のような場所の最奥で、巫女のような――司祭のような格好をした女性の元へ、プロイセンのような軍服を着た士官が駆け込んできた。
彼は跪き報告を入れる。
「そ、それが、マザーMoBの脅威度が下がったのです!」
銀河連合を管理する、3つのマザーコンピューターの一つであるクナウティアの――普段は常に瞑想するように閉じられているの目が見開かれる。
『マザーMoBの脅威度が!?』
「はっ! つ、ついに平穏まで下がりました!」
『そ、それは本当ですか!?』
MoBの強さにはランクがある。
平穏=ベリーイージー
安全=イージー
安定=ノーマル
混乱=ハード
錯乱=ベリーハード
狂乱=エクストラハード
発狂=ルナティック
これらはプレイヤーには、難易度として伝えられているが、連合側は脅威度として認識している。
そしてこの脅威度や難易度として認識されるランクは、マザーMoB本体にもある。
それが最低ランクの脅威度、平穏まで下がったというのだ。
クナウティアの真偽を問いただすような視線に、士官ははっきりと頷くことで答えた。
かつて、星団帝国に牙を向いていた頃のマザーMoBの脅威度は狂乱――エクストラハードだった。
時に、発狂――ルナティックにまで達したことすら何度も有った。
ところが、フェイテルリンクレジェンディアを始動してからというものマザーMoBの脅威度は下がり続けてきた。
フェイテルリンクレジェンディアを始めた頃のマザーMoBの脅威度は、混乱――ハード。
それが徐々に下がり、安定――ノーマルになり、4月にスウが命理と接触した頃からさらに一気に下がり始め三ヶ月後には、安全――イージーになり、今日ついに最低ランクの平穏――ベリーイージーになったと言うのだ。
クナウティアが士官に問う。
『原因は?』
士官が首を振る。
「それが、全く掴めません――」
『そうですか・・・・原因が分かれば、今後もマザーMoBの脅威度を低く抑えられると思ったのですが・・・・』
クナウティアは神殿の外、空の彼方――銀河の中心方向を見詰める。
そして、ふと思い至り――彼女に優しく尋ねた。
『―――もしかして。――ねぇ、アイリスさん? 今日は、なにかよほど嬉しいことが有ったのですか?』
クナウティアは優しく尋ねたが、その問いに答えは無かった。
 




