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166 風を聴く少女

「え、フェイテルリンク?」

「そうそう! 一緒にやろうぜ!」


 綾麻(あやま)綺怜(きれい)と、綾麻綺雪(きせつ)は双子の中学生の兄妹。


 夏休みも折り返し地点を過ぎた頃、綺怜が妹をフェイテルリンクに誘ったのだった。


「なんで急に?」

「いや、この動画見てさ」


 綺怜が1つの動画を、ゲーム機で表示させる。


 最近有名な配信者のアーカイブだった。


「あー、この人知ってる。クラスで流行ってた。スウ?」

「そうそう、滅茶苦茶カッコよくない?」

「よくわかんないけど・・・」

「まあ、俺もよくわかんないんだけどさ」

「なにそれ」

「こんなちっこい飛行機で、MoBっていうバカでっかい化け物を一人で倒しちまうんだぜ」


 画面の中では、巨大な三首の竜を圧倒する小さな白い機体が映っていた。


 綺雪が疑うような目を、綺怜に向ける。


「ていうか綺怜はドラゴンを見に行きたいだけなんじゃ・・・女の人が活躍する動画なら、私が興味持つと思った?」


 綺雪は双子らしい兄への理解力で、兄を見透かす。


「そうだよ! いいからやろうぜ!」

「まあ、良いけど。どうやってはじめるのよ」

「ネットで申請するか、既にプレイヤーになってる人に頼むとできるらしい。昔はネットは駄目だったけど、今は国交始まってるから。後は代行ていう電話とかチャットツールとかで連絡取ったら申請してくれる人もいるらしいけど」

「なるほど、じゃあネットで申請しよ」


 二人は、スマホでFL公式サイトを開いて登録を終えた。


 登録は拍子抜けするほど簡単だった。


 規約に同意するだけだった。


 すると『審査中―――』と表示が出て、5秒ほどで『合議の結果、貴方がたはプレイヤーとしての適性ありと認められました。10分ほどお待ち下さい』という文字が表示された。


「すごい簡単だったね」

「これでやれるのか?」


 暫くすると、二人が住む一軒家の上空に何かが降りてきた。


 窓から見ると、真っ白なプラナリアかスルメイカに似た飛行機に、三角形の翼が生えたような機体――ホワイトマンが浮いていた。


『『お迎えに参りました。プレイヤー様』』


 こうして二人は、全銀河を舞台にするゲームに足を踏み入れたのである。


 綺雪は、コックピットの中でVRを掛けてシートに深く腰掛けていた。


 自動運転で、ハイレーンの基地にやって来た彼女は駐機した機体の中で、初期設定を行っている。


「えっと、まずAIのタイプを選ぶのかあ。ノーマル、執事、騎士――色々有るなあ――江戸っ子、博士、妖精――妖精かあ・・・・よし、この妖精って言うのにしよう。性別は男の――女の子で、年齢は私と同じ14歳」


 綺雪がAIを女の子にしたのは、男の子を選ぶと兄に笑われると思ったからだ。

 AIを決めると、トンボの羽根が生えた妖精が ぽん と現れ、宙返りをして綺雪の眼の前に浮かんだ。

 そうして羽を地面にできるだけ水平にするような前かがみな姿勢で、綺雪に手を降る。


『やっほー! 貴女が私のパートナーね! これからよろしくね!』


 妖精の可愛らしい動作に、綺雪は思わず右手を軽く上げて返事した。


「うん、よろしくー!」

『マイパートナー、私の名前は何にする?』

「じゃあシルフィ」

『名前をありがとう! マイパートナー! じゃあ訓練に入ろうか!』

「うん!」

『まず操縦の簡単な説明をするね。貴女の乗っているマシンは、バーサスフレームって言うの。そのマシンには2つの形態があるわ、戦闘機形態と人型形態。戦闘機は目の前にある左右の操縦桿や出力レバーそれからペダル、あと周りにあるボタンやトラックボールなんかで操縦するのよ。人型形態の時はVRで操縦するわ。人型の方が直感的に操縦できるので、人型を操縦するのが得意な人が多いわよ!』


 綺雪は、人型が得意な人が多いと聞いて(そりゃそうだよね。自分の体と連動して人型のロボットを動かすんだから、簡単だもん)と思った。


(でも――)


 綺雪の脳裏に浮かぶ、一機の戦闘機。


 白に刺繍のような黄金の飾り。――気品があり、流麗なその姿。

 青い軌跡を描きながら、妖精のように飛び回る。


 綺雪は、綺怜の持ってきた動画を見せられた時、興味がないフリをした。

 けれど綺雪が双子の兄を見透かしたように、やはり兄もまた綺雪を見透かしていた。


(かっこよかったなあ、あの人)


 綺雪はハイレーンに来るまでに、スウの動画をいくつかチェックするほどにハマっていたのだった。


「飛行機、乗れるようになりたいなあ」


 綺雪が思わずもらした呟きに、ホログラムが空中で一回転した。


『じゃあ頑張ってみようか。一通り操縦方法を教えるね!』

「うん!」


 そこから特訓が始まった。

 ロボ状態の操縦はすぐに覚えられたから、飛行機の操縦をみっちりとやり込んだ。


『あなた才能があるわ、綺雪!』

「ほ、ほんとに!?」

『こんなに短時間で基本的な飛び方をマスターしてしまうなんて、凄いわよ! じゃあ今度はVRではなく、現実で飛んでみましょうか』

「え――現実で飛ぶの? だ、大丈夫なのかな・・・?」

『では、まずは海の上で練習しましょう』

「わ、分かった」


 VRを終了すると、綺怜からの通信があった。


『チュートリアルが長いぞ綺雪! 待ちきれなくて俺、射撃訓練場に来ちまったよ。てかスゲーなバーサスフレームって! マジでロボじゃん! 銃も剣も出てくるし! ――これって現実なのか? VRの中なのか?』


 綺雪の目に、遠くで四肢の生えたイカみたいな機体で的を撃っている綺怜が見えた。


 綺雪は、兄に一応告げておく。


「あ、私は今から飛行訓練に行ってくるよ」


 すると、通信ウィンドウが開いて綺怜がニヤリと笑った。


『なんだ、やっぱスウの事が気に入ってんじゃね~か』


 綺雪は、見透かされたことが恥ずかしくて思わず綺怜に噛みつく。


「ち、違うよ! 前から飛行機に興味あったんだよ!」

『はいはい、嘘乙』

「いいから行ってくる!」

『てら、もうちょいしたら俺も飛んでみるわ』


 綺雪はデリカシーのない兄に文句を言いながら、海上の訓練区域にやって来た。

 すると、ここまで来るだけでシルフィが褒めてくれる。


『綺雪、上手いわ。凄くスムーズな飛行よ!』


 この時、綺雪は能力増大による援護が有るとはいえ「初心者でこんなに飛行機を簡単に乗りこなせる自分は、本当に凄いんじゃないだろうか?」と思い始めていた。

 飛行機なんてチョロイと思ってしまっていた。褒められて自信を付けすぎていた。


『じゃ、訓練を始めようか!』

「うんうん!」


 綺雪は実に楽しく、一通りの飛行訓練を終えた。


 空の世界は気持ちよかった。


 一面青く染まる空、輝く(しお)――流れる景色、広がる視野。

 そしてなにより、コックピットの中なのに――鉄の壁越しなのに翼から風を感じられた。


 (翼で風を感じるなんて、もしかして自分は天才なんじゃないだろうか)


 そんな考えが、綺雪の中で(もた)げた。


 そこで一つの思いつきが、綺雪の頭の中に浮かんだ。


 スウのマネをしてみようと。


 スウのやっていた〝飛行機の機首を直角にまで上げて、停止する〟やつがいい。あれが、かっこいい。


 動画に付いたコメントが❝コブラ❞とか呼んでいた物を、試してみようと思った。


 綺雪が姿勢制御装置を切って、スロットを上げる。


 異変に気づいたシルフィが慌てた声を出す。


『ど、どうしたのマイパートナー、姿勢制御を切った上に、急に加速すると危険よ』

「シルフィ、凄いの見せてあげる」

『え―――』


 綺雪が操縦桿を引いて、同時に高度を維持できる程度にエンジンを出力を下げて微調整調節して、機首を思いっきり上げる。


 エンジン出力の調整は、初めてなのに見事な物だった。

 だけど、綺雪は気づいていなかった。


 機体が重力に対して斜めになっていたことに――さらに綺怜は知らなかった。


 ホワイトマンの翼は、綺雪のしようとしている〝コブラ〟に向いていない機体だという事に。


『いけない!』

「あれ・・・・風がわだかまって――」


 シルフィが危険を発したときにはもう遅かった――ガタガタと揺れだし、ついには飛ぶ力を失ったホワイトマンが、おかしな旋回を始める。


 側転するみたいに回り始めたのだ。


「え、なに、これ―――!!」

『不味い!!』


 コブラ機動――つまり機体を縦にして、機体下面から風を受ければ、翼上面の風はほぼ完全に剥離する。


 ダブルデルタ翼には大きな主翼しかない。

 そんな翼で戦闘機を機首上げで完全に縦にしたとすると、機首上げ機首下げも担っている主翼の動翼に風が帰って来ない。

 ――つまり空気の流れに動翼が触れられず、舵が効かなくなるのだ。


 陥るのは、方向の操作不能。

 とうとうホワイトマンはフリスビーのように回転を始め、完全に制御を失った。


 綺雪の視界が空、海、空、海と入れ替わり始める。


 大した重力制御装置を詰んでいない初期機ホワイトマン――恐ろしいGが、綺雪を振り回す。

 しかも、どの動翼を動かしてもスピンは収まらず、操作を受け付けない。


 綺雪が何をしても変化なく、ただただスピンして落下していく。


「た、たすけ――!」


 そこへ突然、別のバーサスフレームから通信が入る。


『一旦、エンジンをアイドリングに!』


 突然入ってきた通信。その声は――、


「こ、この声って、もしかして――ス、スウ――さん―――!?」

『いいから早く、エンジンを一番下まで出力を下げて!!』

「はい―――っ!!」


 綺雪は急いでスロットルレバーを引き切る、バーサスフレームのエンジン出力が収まり凶暴な力を失う。


 ホワイトマンの回転が、少しだけ穏やかになる。


「――えっと、ここからどうしたら!? ・・・両方の動翼を上げれば機首は下がりますか!?」

『だめ! 今、君の飛行機の左の翼は逆向きに風を受けてる。そんな状態で動翼を動かしちゃ駄目、風の流れが無茶苦茶になる』

「あっ、そっか・・・」

『――だから右の翼だけを沈める。右の動翼を上げて! タイミングは機体が真下に向いた時。――そしたら右に横転しながら機首が上がるから!』


 綺雪が、スウに言われたタイミングで動翼を操作すると、ホワイトマンが生き返ったかのように反応した。


 首をもたげるホワイトマン。


『上手い! じゃあ今度は右の翼の動翼を下げて、左の翼を上げる! つまり左に横転して姿勢制御!』


 姿勢が、通常の飛行に戻るホワイトマン。


「す、凄いもう駄目かと思ったのに・・・!」


『あとは、揚力を取り戻そう! ――主翼にある4枚の動翼の内側だけを下げて揚力を回復しつつ、外側で機首の角度を調節する。あとはエンジン全開!』

「は、はい!」


 尾翼のないホワイトマンの主翼に備わった動翼は、ロールだけではなく機首の上下を操作する役割もある。

 さらに揚力を高める、フラップの役割もあるのだ。


 揚力を取り戻したホワイトマンの翼が、風を纏う。


 綺雪には風が帰って来たことだけでも、相当に安心できた。


(スウさんは、私以上に風を分かってるんだ!)


 スウが、風を感じられる自分より、風を理解している事に驚きながらも安堵する綺雪。


(これが数万時間の力・・・?)


『いいよ、ほんと上手』


 まだガタガタと左右に揺れるホワイトマンに急接近してくる、白に黄金模様の機体。

 ホワイトマンに伸びてきたバーサスフレームの腕が、綺雪の機体を完全に安定させた。


「あ、安定した!」

『オーケー。――あとは飛べる?』

「だ、大丈夫です!!」

『じゃあ、手を離すね』

「おねがいします!」


 スウが手を離すと、安定して飛びだすホワイトマン。


『完璧、タイミングもばっちり。凄いじゃん!』

「あ、ありがとうございます! でも、こ、怖くて、手足が震えて―――」


 さっきの事故で空の危険さを思い知り、恐怖心を植え付けられた綺雪の手足は、凍えるように震えていた。

 するとスウの優しい声が掛かる。


『わかった、じゃあ並走するんで一緒に基地に戻ろう。着陸はできそう?』

「ご、ごめんなさい。て、手足が」

『了解、じゃあ私の機体で地上に降ろすね』

「お、お願いします!!」


 こうして綺雪は人型形態になったスウに、滑走路に降ろしてもらった。

 綺雪が直ぐに機体から出て、スウに頭を下げる。


「た、助けていただき、本当に有難うございました!」


 スウが透明なヘッドギアを外した。

 ヘッドギアを脱いでスウが頭を振ると、髪の毛が陽光に輝いて舞ったのを美しいと、綺雪は感じた。

 スウが優しい笑みで綺雪を見た。


「いえいえ。無事で良かったよ――とりあえずホワイトマンは〝コブラ機動〟には向いてないから、気をつけてね」

「は、はい! 以後気をつけます!」


 スウの心配気な瞳が、綺雪を見つめる。

 ふと綺雪の目に、スウの後ろにいる腰に西洋剣と日本刀のような物を差した中学生ぽい女の子が、欠伸をしているのが見えた。

 なんだか、小さいのに貫禄のある女の子だった。

 綺雪は、居心地が悪くなって顔を背ける。

 すると、スウが「うん」という小さな声を発した。


「綺雪ちゃんだっけ? 良かったらウチのクランに来る?」


 綺雪は、スウからの突然の申し出に戸惑った。


「え・・・」


 綺雪が迷う風になると、急にスウが落ち着かない様子になった。

 先程までの頼りがいのあるお姉さんオーラは消え失せて、なにかに怯える小動物のようになった。


「よ、良かったらだけど・・・色々教えるけど」


 若干ドモってもいる。

 でも綺雪にしたら、それどころではない。


「良いんですか!?」


 綺雪は、クラスで友達がスウに対して盛り上がっていたから知っている。

 スウはチャンネル登録者数1000万を超えるとんでもない配信者だ。

 だから思う。(そんな人のクランに入って良いんだろうか?)と。


「い、いいと思う。・・・・多分」


 スウは、なぜか自信なさに後ろを振り返って中学生ぽい女の子を見た。

 欠伸していた小さな女の子が「相手がいいなら、いいと思うよ」と返した。

 するとスウは「だ、だよね!」と返してもう一度尋ねてくる。


「ど、どうかな?」


 何故スウさんはこんなに怯えているんだろう? 綺雪は疑問に思うけど――いやそんな事より、今は。


「お願いします! クランに入れてください!」


 そこへ、綺怜がやって来た。


「はー? クラン? 勝手に何決めてんだよ、綺雪」


 スウはまた怯えながら、やって来た少年と綺雪の顔を見比ると綺雪に尋ねてくる。


「ご、ご兄弟?」

「そうです」


 綺怜が、壁で手のひらをこすりながら綺雪の隣に来た。

 そうして、綺雪が話している人物の顔を見て目を(みは)った。


「ス、スウ!?」

「あ・・・うん。スウだよ」

「え・・・・スウのクランに入れてくれるの!?」


 スウは、何故かまた怯えながら綺怜に尋ねる。


「い、良い? 綺雪ちゃんがちょっと心配になっちゃって」

「超オナシャス!」


 綺怜が、直角に腰を折ってお辞儀をする。

 そして綺雪の背中をドラムのように叩いた。


「でかした綺雪!! 持つべきものは妹だわ!」

「ほん、と、ちょうし、いい、ん、だから」


 こうして、クレイジーギークスは11人になったのだった。




 その後、綺雪はスウに手伝ってもらいながらチュートリアルクエストをクリアしていく。

 綺雪は、IDを名前のまま綺雪にした。


 各種武装、機体や装備の必要な知識の授業。を、スウと一緒に受けたり。

 さらにVRで、銃の撃ち方、接近戦、モンスターとの戦いを経て実戦で同じことをする。

 バーサースフレームでも同じ様な内容。

 スウと一緒にサバイバル訓練も行った。

 初心者クエストを3時間でクリアという、スウ本人も知らないことだが、最速クリアを達成している彼女のアドバイスは的確で、綺雪もまたたく間にクエストをクリアしていく。

 そして最後のチュートリアルは実際の宇宙が舞台。「第1層で指定ルートを通って基地に行く」もすぐに終えた。

 チュートリアルを終えた綺雪に、スウが到着した基地兼コロニーの中で飛んで喜んだ。


「やったね! 目的地の基地に到着! ここで最初の機体選択するんだよ!」


 すると、スウと一緒に格納庫に入った綺雪の視界に、


『どの機体を選択しますか?』


 という文字が映し出された。その横に初期に選べる機体が、たくさん表示される。

 例えば、上の方に表示される。


 アドベンチャー、ハンマーヘッド。ヘリオロード、ウォーリア。シンデレラ、スプライト。


 どれも、初心者が最初に選ぶべきと言われる機体だ。

 けれど綺雪は、これらに見向きもしない。

 もう何の機体にするか、決めているのだ。

 綺雪は、機体一覧を迷いなく下へ下へスクロールしていく。

 涼姫が、ものすごい勢いでスクロールを始めた綺雪を見て気づく。


「まって綺雪ちゃん、その機体は止めたほうが!」


 そして見つけた。一番下に書かれた、最安値の機体。

 少し前まで、絶対に選んではならないと言われた機体。今でも初心者が選ぶのは憚られる機体。


「いいえ、これが良いです」

「だ、駄目だよ! よっぽどのこだわりがないと、その機体を選んだら物凄く苦労すると思うから! 空が好きならハンマーヘッドとかお勧めだからさ!」

「私はこれに〝(こだわ)って〟ます」


 なんといっても、憧れるスウが乗っていた機体なのだから。

 迷わず選択される、最安値の機体。

 格納庫にアナウンスが響く。


『スワローテイル、選択を受領しました』


 スウが頭を抱える。


「あばばばば・・・・」


 すぐさま二人の目の前に転送されてくる、蝶のような機体。

 カラーリングは水色を選んだようだ。

 綺雪が感動したように声を張り上げて、機体に抱きついた。


「これが、私のスワローテイル!」


 するとスワローテイルから声が掛かる。


『これからも宜しくね、マイパートナー!』

「うん! 宜しくね、シルフィ!!」


 数日も過ぎた頃――


『そうそう、それが空戦機動のナイフエッジ! 戦闘機を横に倒して、揚力ほぼ無しで飛ぶ方法だよ! 操舵が難しいスワローテイルでこんなに早く身につけるなんて!』

「出来ちゃった!!」

『すごいわ綺雪。垂直尾翼が斜めに付いていている上に、不安定になりやすい前進翼のスワローテイルで、こんなに早くナイフエッジが出来たのは、スウやユーくらいよ! しかも下側だけのエンジンでこれをするなんて!』


 ちなみに下側だけのエンジンを噴かしてナイフエッジで飛ぶなどというのは、かなりハチャメチャな飛び方である。


『頂いた〖ショートスリーパー〗のお陰ですよ、普通の何倍も練習できます!』


 綺雪はスウの指導と〖ショートスリーパー〗+シミュレーターの時間が進む速さが3倍というのを利用して徹底的に練習していた。一日60時間もシミュレーターに籠もって親に叱られた事もあった。

 しかし価値はあり、メキメキと飛行技術を伸ばしていた。


 綺雪は、夢見る―――いずれスウの隣を飛んで、僚機と呼ばれることを。


 練習をする綺雪の近くでは、大盾を持った綺怜の機体アーマーテイルが、みずきに転がされていた。

 アーマーテイルは、防御に極振りしたような機体。

 クレイジーギークスは、盾役が足りないと聴いて、綺怜が名乗り出たのだ。

 「九州男児ッスから!」だ、そうだ。


 という訳で綺怜は、みずきの攻撃を捌ききる練習をしていたのだけれど、まったく手も足もでない。


 何度やっても転がされる。


『なんでリッカさんの動きは見えないんだよ!! 勝てないじゃん!! ――というか、リッカさんがアーマーテイルに触れると、機体が変になって転ぶんだけど!?』

『カッカッカ中学生、わたしに勝ったら高校の剣道インターハイで、準優勝できちゃうぞ』


 みずきが自慢げに胸を張ると、VRが反応してダーリンも胸を張る。

 すると、綺怜が残念そうな声を出す。


『なんだ、優勝じゃないのか』


 この言葉にカチンとくる、みずき。


『ほう。わたしに向かって言うな、少年』


 みずきが、立ち上がろうとした綺怜を再び転がす。


『や、やめて下さいリッカさん!』

『わたしじゃ不満なのか? 少年よ、不満なのか?』


 そんな様子を見ていたアリスが、このままでは綺怜くんが「リッカさんが良いです」とでも言わない限り立ち上がれないだろうと思って、助け舟を出す。


『リッカのバーサスフレーム操縦の腕は、大したことないですけどねー』


 みずきのダーリンが、アリスに素早く向き直った。


『その言葉、聞きずてならない! この間1回勝ったじゃん!』

『1回だけですねー』

『表にでろ――いや、VRに入れ!』

『良いですよ、今日もその目を真っ赤にしてあげます』


 綺雪が笑う。


「アリスさんとリッカさんは、仲いいですねえ」


 スウは苦笑い。


『だよねえ』


 するとアリスとみずきは猛然と抗議する。


『『これは喧嘩してるん』だよ!』です!』


 ・・・・笑った綺雪が、ふと「―――見つけた」と言って、スワローテイルを上空へ向ける。

 彼女はエンジンを弱くすると、飛行機を斜めにして翼を風に乗せる。


 螺旋を描いて駆け上がっていく、蒼穹への上昇気流(ブルーサーマル)に乗って。


 ―――どこまでも、

 ―――どこまでも。


 限りない、高みを目指して。


 スウの隣を目指して。

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― 新着の感想 ―
死亡フラグかこれw
何か完結してしまった様な終わり方ですね…
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