106 噛み砕きます
◆◇Sight:三人称◇◆
スウ達のクラン「クレイジーギークス」と、猿権たちのクラン「パーフェクトハイランダー」の試合が始まる。
選手たちは、VRチェアが並ぶコロセウムの試合場へ運営のヒューマノイドに案内され、チェアに座りVR接続を開始した。
沢山の視線が、観客席から選手たちに向けられた。
NPPたちが、どこで覚えたか「Her スウ、Her スウ」と連呼している。
猿権もまたスウに粘着く視線を送ったが、スウは猿権を見ることもしない。それどころか今のスウは、観客すら気にしていなかった。
猿権がVR空間に入ると、隔壁の中のバーサスフレーム格納庫だった。
猿権は、自分のバーサスフレームの動きを確認する。
「よし、問題ないな」
手に馴染んだ機体の感覚だった。
猿権の機体はホッパーモンキーという、手長ザルに似たロボットだ。
人型形態オンリーの機体であるが、それにしては珍しい、回避型だった。
猿権は自信があった。
いくらスウが超絶テクニックを持つ人間だとしても、奴はソロが得意だ。
翻って自分は、チームワークで押せる。
自分はシールドを回復してもらえるが、スウみたいにあちこちを高速で飛び回る機体を回復できる奴などいない。
「まあ、勝っても負けても俺に損はないがな」
猿権は自分がスウに、随分無茶を言っているのは分かっていた。
勝っても負けても自分と同じクランになれというのは、無茶な話だ。
だが、学校で見たスウはただの気弱な少女だった。八街 アリスは面倒だが、鈴咲 涼姫なら押せば頷くだろう。なにせスウ自身が、あんなに血だらけにされても、怒り一つ見せなかったのだから。それどころか猿権を庇うセリフまで言ってきた。
よっぽど他人が怖いのだろう、あんな女は大声でも出せば一発だ。
そんな風に思って、猿権はほくそ笑むのだった。
審判AIのカウントダウンが始まる。
『3』
『2』
『1』
『Fight!』
隔壁が開くと、現れたのは巨大な樹々の森林。
18メートルもあるロボット達すら見上げるような高さの樹々が、乱立している。
『行くぞ、お前ら! スウだとか関係ねえ、ヤツは回復手段がないんだからな!』
『おう、俺たちにとって本当に最高のステージだしな』
パーフェクトハイランダー達の機体は、全員が猿権と同じく猿のような機体ばかり。
そんな彼らが、口を揃えて有利だと口にするステージ。
ランダムに選ばれたそこは、森林惑星で――重力1.2倍、大気圧1.2倍。しかも非常に高い酸素密度と温暖な気候により、天高く巨大な樹が乱立する場所。
このステージを見た瞬間、猿権達は勝利を確信した。
こんな場所では、戦闘機はまともに飛べない。
スウが、巨大な樹々の密集地帯で高速で飛んで、一瞬でも操作をミスすれば機体崩壊。
戦闘機での高速戦闘を得意とし、人型形態に機動性のないスワローテイルを駈るスウには圧倒的に不利な場所。
対して猿権たちの機体は、素早さはそこそこだがトリッキーな動きで翻弄するホッパーモンキーだ。彼らにとっては、最高のステージ。
スウにとってあまりに不利な状況に、スウの配信を見るファンたちからは悲鳴が漏れた。
❝いくらなんでもスウが不利すぎる❞と。
❝運営の作為を感じる❞と。
しかし、密集する樹々の中を、滅茶苦茶な蛇行で最短距離を飛んで猿権たちに迫っくる戦闘機。
『援護は任せ――おい、何だあの馬鹿げた速さ!』
最初からリミッターを外し、単葉形態にしたスワローテイルが、森林地帯を抜けて一気に迫って来た。
瞬く間に猿権たちの眼の前。
『ば、馬鹿なありえねぇ!!』
『弾丸の3倍の速度で、この森林を飛んでくるなんて!!』
スウが、猿権に<汎用バルカン>を掃射。
猿権は焦りながらも、変則的な動きで弾丸を躱そうとする。
空気を蹴るようにロケットエンジンで連続ジャンプ、木を蹴ってジャンプ、宙返り、高速ダッシュ、木から木へ飛び移り、時には枝にぶら下がって急停止、葉っぱの中にも隠れた。
高い重力が、ホッパーモンキーを、よりトリッキーにする。
普通のプレイヤーではこんな事をされれば戦闘機では、弾丸を命中させることなど不可能だ。
ところがスウは、連続ジャンプを機首上げ機首下げで当たり前に追う。
猿権が木を蹴ってジグザクに跳んでも、方向舵や補助翼で横滑りを起こし、ジグザグに着いてくる。
宙返りすれば、スウもロール回転で弾丸を撃ち込んでくる。
高速ダッシュには、恐るべき反射神経でついてくる。
樹から樹へと飛んでも、樹々を避けて後ろにべったり張り付いてくる。
急停止をすれば、上昇旋回からの急降下攻撃をしてくる。
葉っぱに隠れても、まるで見えているかのような決め打ち。
『ふざけんな、なんで大気圧1.2倍で戦闘機があんな動きできるんだよ! おかしすぎるだろ!! チートだ、何かチートしてやがるアイツは!!』
すると、スウから猿権にオープンチャンネルでの通信が入る。
『貴方は私を本気で怒らせました。絶対に赦さない』
『別にお前と一式の本名くらい、バラしても良いだろ!』
『本気でそう思っているなら、もう貴方に同情はしない』
スウと猿権の会話を聞いた、パーフェクトハイランダーのメンバーが猿権を非難した。
『ちょっ・・・・クラマス、一式 アリスの本名を勝手にバラすとか最低ですよ!』
『うっせえ、お前らは俺を回復しろ。それより火力役はスウを撃墜しろよ!』
『回復はしてます!』
『全然、回復しねぇじゃねえか!!』
『クラマスが被弾しすぎなんです。回復が間に合わない!』
『ふざけんな、相手は火力最低のスワローテイルだぞ、こんなにダメージが出るわけがねえだろ!』
『クラマスが、ほとんど全弾食らってるんですよ! その機体はホッパーモンキーでしょ! 回避機体ですよ! ちゃんと避けて下さい!!』
『くそ、火力役共! あんな装甲が薄い紙飛行機さっさと撃墜しろよ! 相手は回復手段を持たないソロだぞ!』
『数百メートルしかない距離から撃ってるのに、弾丸を避けるんだよ!』
『というかそもそも当たらねえんだよ!! まるで未来でも見えてるみたいに、撃とうとした場所から、いなくなる!』
スウが撃とうとした場所からいなくなるのには、秘密があった。
FPSのゲームでやっていた方法だ。遮蔽物が多くては、撃てる場所も限られる。
ならまずは撃てる場所を避けて、撃てない飛行すれば良い。
そして撃てる場所に姿を出すならフェイントを掛けて、一瞬で回避。
――それにスウには〖第六感〗がある、危険を察知できる。
ただ、伝わってくる危険に反応ができるのはスウだからこそではあるが。
猿権が喚く。
『これじゃあ、パーティー組んで戦ってる意味ねえじゃねえか! この役立たず共!!』
『はあ!? ふざけんなよ、ならアンタが当ててみろよ! もう避けなくていいよ、どうせほとんど全部被弾してるんだから!』
猿権は好き勝手文句を言って、クランメンバーの悪評を買う。
(負けてもどうせ、自分はこのクランを抜けてクレイジーギークスに入るのだから)そんな風に思っていたのだ。
猿権は足を止めてスウを照準に収めようとするが、一瞬姿が見えたと思ったらすぐに木の陰に隠れてしまう。
ホッパーモンキーにとって有利だった筈の地形が、完全に不利に働いている。
しかし、スウも思っていた。
こう手厚く回復をされては、流石にスワローテイルではシールドを削り切れない。
だからは、スウは目標を変えた。
スウは、大きなヒーラー機体にまっすぐ突っ込んでいく。
『や、やばい。盾役共、ヒーラーを守れ!! 火力役共は、スウを早く撃ち落とせ!!』
盾役も火力役も必死の形相でスウの思惑を阻止しようとするが、全く相手にならない。
ヒーラー機体の多くは自己回復はできるが、強力なシールドがない。シールドにジェネレーターを回すと、機体が更に巨大化してしまうからだ。
スウは、巨大すぎる無防備な機体に<汎用バルカン>を打ち込む。
瞬く間に爆散するヒーラー機。
『お前ら、本当に役に立たないな!!』
スウは、(ヒーラーを一機撃墜したことで、もう猿権の回復は間に合わない)と考えた。
宙返りするような旋回で、スワローテイルがホッパーモンキーを振り返る。
『や―――ばぃ』
振り返ったスワローテイルに、猿権は幻視する。絶対的、捕食者を。
猿権の身体が、まさに蛇に睨まれた蛙のように凍りつく。
コックピットに乱射される<汎用バルカン>。
破壊されるシールド、破壊されるキャノピー。
吹き込んできた強烈な風。顔面を庇うようにした猿権に向かって、衝突してくるかのように迫る、スウの機体。
猿権は蝦蟇のように脂汗を流して、蛇のあぎとにも見える<励起翼>で真っ二つにされた。
VRなので、もちろん猿権の身体は死ななかったが、精神はそうは行かなかった。
絶対的捕食者と、死への恐怖が精神に刻まれた。
その後、ヒーラーを失ったパーフェクトハイランダーが崩壊するのは早かった。
試合終了までに僅か1分45秒。
この日、最短の試合となり、圧倒的有利を引いて最短時間でやられたクランとして話題になったのだった。
試合が終わりVRチェアから立ち上がり、猿権はスウたちに向かって歩いて来た。
「負けたぜスウ。約束だ、お前のクランに入ってやる」
スウの冷たい視線が、猿権に突き刺さる。
他のクレイジーギークスのメンバーも事情を伝えられているのか、冷たい表情だ。
だが猿権にとってそんな事はどうでもいい。
スウの底冷えするような声が、猿権の耳を叩く。
「じゃあ、今のクランを抜けてください」
「ああ。――よし抜けた」
『スウから、〝クレイジギークス〟への招待がありました。受け入れますか?
⇨はい
いいえ』
「⇨はい と」
『クレイジーギークスに参加しました』
『クランマスター、アリスにより、貴方はクレイジーギークスから追放されました』
「え!?」
「これで、約束は守りましたね。では」
スウは素っ気なく言って、振り返った。
「ちょ、ちょっと待てよ!! こんなの許されるかよ!!」
スウが冷たい視線で、猿権に向き直る。
「誰も、貴方とずっと同じクランでいるなんて言ってません」
「ふざけんなよ!? 約束を守らないなら、お前らの本名を叫んでやるぞ!?」
アリスが、まくしたてる猿権を睨みつけた。
「貴方、自分の言ってること分かってますか? それが違法なこと分かってます? うちの事務所の顧問弁護士が許しませんよ」
「い、違法?」
たじろぐ猿権にスウが静かに、
「というか――」
スウがある種、覚悟を決めたような瞳と声で告げる。
「――いいかげんにしないと――アリスに危害を加えようとするなら―――私、本気で怒りますよ? フェイテルリンク・レジェンディアからBANされる事になっても、貴方を本気で撃墜しに行きますよ?」
フェイテルリンク・レジェンディアで死なないというのは欺瞞ではないか。そんな噂を、猿権もまた聞いていた。
そして、さっき感じたスウの圧倒的な強さ。絶望的なまでの捕食者と、被捕食者。
スウに狙われてしまったら――何をしたって生き残れるはずがない。
猿権は恟駭しだし、震えた。
そうして真っ青になって、首をふる。
「い、いや、そこまでする事かよ――俺たち、同じ学校だろ・・・・」
猿権を睨むスウの瞳は、揺るぎもしない。
この少女は何かの覚悟を決めていると、猿権は思った。
ここでやっと猿権は気づいた。気弱な少女など、もう何処にもいなくなっていたのだと。
猿権が八街 アリスに危害を加えると発言をしたあの瞬間、気弱な女の子鈴咲 涼姫は〝ただの化け物〟に変貌していたのだと。
猿権が歯を鳴らしながら、涙を流して頭を垂れる。
「ご、ごご―――ごめんなさい。もう二度とおかしな真似はしません・・・」
スウが目を閉じて、長い息を吐く。
そうして再び、踵を返した。
彼女にクレイジーギークスの面々がついて行って、試合会場を出ていく。
スウは覚悟は決めていたが、それは猿権を撃墜するという覚悟ではない。
アリスを護る為なら嘘でも何でもつくし、卑怯な真似もするし、自分だって犠牲にするという覚悟だ。
撃墜するというのは、あくまで脅しだった。
だからアリスを害すと言うなら、きっちり脅しておく。
そのために、自分の飛行技術を見せつけたのだから。
ただ・・・・猿権がこの後逆恨みして、自分たちを撃墜しようなどとしてくるならば、その時は本当に覚悟を決める。猿権を容赦なく撃墜する。そう、決心していた。
(まあ、あの怯え方を見る限りそんな事態にはならないだろうけど)
スウはとりあえず、一旦安心していいだろうと歩いて試合場を後にした。
うなだれた猿権は、元・クランメンバーの方へ行く。
「すまない、話がおかしな方向へ行った――もう一回クランに入れてくれ」
言ったが、返ってきたのは侮蔑するような視線と、
「は? アンタの居場所なんてもうねえよ」
「そうだよ、よくも散々言ってくれたな」
「犯罪起こそうとする奴と、一緒にやれるか」
冷たい拒否だった。
「はあ!? 俺はクラマスだぞ!」
「元な、お前は自分勝手すぎる。前からみんなで相談してたんだよ。全員一致でお前とは縁を切る」
「そんな―――!」
すべてを失い、絶望に顔を歪める猿権だった。
 




