嘘
『私』の話
殺してしまおうかと思った。誰をというわけではない。無作為にだ。
ただ、と思いとどまる。その後辛い仕打ちが待っているんだろうと思うと急に実行に移したくなくなる。
辛いのが待ってるなら、その前に自分が死ねばいい。たくさん殺して死ねばいい。そう思ったもののそれも思いとどまる。死ぬことは怖くはない。死んだあとに罵声を浴びせられるのが怖いのだ。正確に言えば自分から味方がいなくなるのが嫌だ。
そんな毎日のように浮かぶ堂々巡りを噯にも出さず私は日常を過ごす。いつもと変わらない時間。いつもと変わらない電車。いつもと変わらない道。知り合いに会えば挨拶でもして愚にもつかない話をする。
このときの私は心まで今朝の私とは違う。心まで健全な学生なのだ。決して目の前の友を殺そうなんて考えない。今朝妄想の中で惨殺した友を。
ふと、ぼぅっとした時に妄想が私を虜にする。眼前の人々の首を折って、、そこまで妄想が進んでから学生としての自分に戻る。眼の前の元気な友を見てホッとする。まだそんな覚悟は出来ていない。
でも、これらすべて私が意識的に考えだした嘘の感情。
私にとって本心など存在しない。自分が何を考えているのか、その疑問さえも自分が意識的に生み出した問だと嫌悪感を感じる。私は嘘でできている。友人と笑いあう私、映画に感動する私、親と喧嘩をする私、殺人に興味を抱く私。全ては嘘でできている。優しくしているフリ、感動するフリ、憤るフリ、サイコパスのフリ。どんなときでも一歩後ろへ下がったもう一人の私が冷たい目でその感情を見つめている。
いや、唯一芽生えた欲がある。自分を滅したいという欲だ。あの冷たい目の私を殺したいのだ。私と私は同じであって同じでない。
それが思い浮かんだ時、彼女はその感情に対して初めて温かい微笑みを浮かべた。
誰も私の嘘を見抜けない。なぜなら私でさえ嘘の向こうにあるはずの本心を見れていないから。嘘の天才というしかない。なんという才能だろうか、神様のプレゼントとしか思えない。でも、この嘘のお陰で少なくとも人間関係のいざこざはない。人の醜さを煮詰めたような私でもこんなに楽に生きていける。どんなやり方でも生きていける。それを知れたことでどれだけ心にやすらぎが得られたか。
そのための神様からのプレゼントなのだろう。
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『僕』の話
嘘、嘘、嘘。みんなそればかり。バレないと思ってる。僕はそれが不愉快でしかなかった。なぜそこまで分かりやすい嘘ばかりつくんだろう。なぜみんなはそれを信じてしまうんだろう。
小さい頃からそんな事ばかり考えていた。僕にとっては人の嘘を見抜くことは何よりも簡単なことだった。
「あの映画面白かったよぉ」
「まぁ今回のテストは簡単だったな」
「あの子大学生と付き合ってるんだってぇ」
分かりやすい、くだらない嘘。
「えーほんとぉ?今度見に行ってみるー」
「まじかぁ俺全然解けなかったわぁ」
「うっそぉ、あの子大人しいと思ってたのにぃ」
それを鵜呑みにする阿呆達。
誰も彼も嘘で生きていけてる。本当は分かっていないほうがいい嘘もあるんだろう。でも僕には分かってしまう。神様からのプレゼントなんだろうか。僕にこの能力を使って何をさせようというんだろう。
教室に入った瞬間から悪意の有無にかかわらず嘘の匂いが体を包みこんでくる。自分の親でさえバレていないと思って平気で嘘をつく。高校生となった今、人は嘘をつく生き物だと思っている、というか諦めている。かといってどんな人でも本当の部分はある。何から何まで嘘をついている人はいない。人の嘘で傷ついた僕がそれを知れたことでどれだけ救われたか。
そのための神様からのプレゼントなのだろう。




