初めての竜帝国
それは、私が初めて竜帝国を訪れ、
竜帝陛下にお父さまが新たな王女である私を紹介してくださった後、
お庭を見ておいでと促され、お散歩していた時のことです。
そこには、銀色の髪の、とてもキレイな子がいたのです。
お耳が長いので、エルフのお姫さまでしょうか。
「あの・・・!」
私は、つい話しかけてしまいました。
と言うのも、彼女が持っていた本につられたとです。
「あの・・・あなたも、それ・・・好きなの?」
「・・・は・・・はい」
エルフのお姫さまは、少し恥ずかしそうにはにかみました。
「私も、好きなの!あのね、恋愛小説ごっこって知ってる?」
それは今、文字を習う過程で読み始めた恋愛小説を
真似て遊ぶ・・・と言うマイブームなのです。
あ、と言っても、大人の恋愛小説ではないですよ?
あくまでも、子ども向けなのです。
大人向けはまだ早いと母に言われてしまいました・・・
ちょっと気になりますが、
今読んでいる子ども向けも面白いのです。
だから、お城ではお姉さまたちやお兄さまたちと一緒に、
恋愛小説ごっこをしているのです。
「恋愛小説ごっこ、しよ~!」
「あの・・・でも・・・どちらも女の子・・・です」
そう言えば、そうなのです。
この恋愛小説には王子さまが出てくるのです。
「じゃぁ、メイリィが王子さま!」
「女の子でも・・・なれるの?」
「うん!だって、アルシャ姉さまは男の子だけど、
お姫さまだもん!きっと逆もイケると思うの!」
「・・・うん、わかった」
「じゃぁ、いくよ!“あぁ、なんと美しい姫なのだ。
まるで雪の妖精のようではないか!”」
これはお姫さまにひとめぼれした王子さまのセリフです。
「“わ・・・わたくしなんて・・・
こんなこおりのようにつめたい顔の姫など、
ひだまりのようなあなたには相応しくありませんわ”」
「“そんなことはない!あなたのこの月のように神秘的な銀色の髪も、
バラのように美しい赤い瞳も、とてもキレイだ。
あなたの心が寒さで凍てついているというのなら、
私があなたの心を温めてあげましょう!”」
「・・・」
あれ・・・エルフのお姫さまが固まっていますね・・・?
えぇと・・・エルフのお姫さまの髪と目の色に合わせて
セリフを変えてみたのですが・・・
不評でしたかね・・・?
「・・・はい」
少しはにかむその様は、まるで天使のようです。
「“では、私だけの天使になってくれるか?”」
あ・・・天使じゃなくて、“花嫁”でしたね。
心の中の妄想が外に出てしまいました。
「・・・はい!王子さま!」
わぁっ!ぱあぁっと笑うエルフのお姫さま・・・
マジ天使。この天使力、マジパネェです。
「・・・おうじ・・・?あなた、おんなじゃない」
おや、柱の向こうに、赤い髪の、竜族のお姫さまがいらっしゃいました。
「恋愛小説ごっこをしてるの!
男の子がいないから、私が王子さましてるの!
お姫さまも一緒にどう?」
「え・・・」
「恋愛小説は、きらい?」
「そんな・・・ことは・・・」
ちょっともじもじしていて、とてもかわいらしいお姫さまです。
竜族の方は、そーしゅこくと言うウチの国よりも偉い国です。
だからあまり、竜族の方には失礼なことをしてはいけないと、
お父さまに言われております。
だから、無理に誘うのはやっぱりダメでしょうか?
「・・・少し・・・だけなら・・・」
「ほんとう・・・!?嬉しい!!」
「・・・っ!!ほんとに、ちょっとだけよ・・・」
「じゃぁ・・・“あぁ・・・あなたさまはあのときの竜姫さまでは?”」
「・・・竜姫・・・もしかして、“バラの竜姫”?」
「うん!」
竜族のお姫さまですから。
竜族の騎士青年と、
竜族のお姫さまの恋愛小説がいいのではと思ったのです。
「・・・“ひ、ひとちがいです”」
「“そんなことはない!あなたほどの美しき情熱的な赤い髪に
月のように輝く金色の瞳を、誰が忘れましょうか!”」
「・・・っ!!せ、セリフと違うわ・・・
竜姫は、銀髪に薄紫の瞳の姫よ?」
「お姫さまに合わせたの!」
「お、お姫さま・・・私が?私なんて・・・こんな、
変な苛烈な赤い髪だし・・・」
「でも、きれい!」
「お揃いですね」
エルフのお姫さまの微笑んでくれます。
「・・・きれい・・・おそろい・・・うん」
どうやら竜族のお姫さまも喜んでくれたようです。
私たちは、3人でお庭をお散歩することにしました。
竜族のお姫さまの髪と同じようなキレイなローズレッドのバラ園の先には、
イイ感じのかわいらしいベンチがあり、そこには、
私たちよりも少し年上の女の子がいました。
狐耳しっぽをもった、大人びた獣人族のお姉さまです。
「あのひとも恋愛小説、好きかな?」
お姉さまはひとり本を読んでいました。
「行ってみる?」
竜姫さまが興味津々な様子で誘ってくれました。
よし、行ってみよう!
私たち3人がとてとてと近づくと、
お姉さまは驚いたように私たちを見ました。
「それ、大人の恋愛小説?」
お姉さまなら、もしかしたら大人の恋愛小説を読んでらっしゃるのかな?
そう思ったのですが・・・
「いいえ・・・これは、料理についての本なの」
ダークグレーのキレイな髪はさらさらで、
どこまでも澄んだ黒い神秘的な瞳で私たちを優しく見てくれました。
「りょーり!お姉さま、料理作るの?」
「・・・お姉さま・・・?・・・えぇ・・・趣味で」
「すごぉいっ!そうだ、恋愛小説ごっこしよーよ!」
「恋愛小説ごっこ・・・?」
「楽しいよ」
「メイリィが王子さまやるのよ」
「お姉ちゃんもやろう?」
「・・・ごめんなさい・・・そう言う小説は・・・
読んだことがなくって・・・」
「大丈夫!メイリィが教えてあげるよ!
えっとね・・・なにがいいかなぁ・・・あ・・・そうだ!」
私は、ユーリィ姉さまの婚約者のお兄さまが、
私が恋愛小説ごっこにはまっていると知って贈ってくださった
獣人族のお国の恋愛小説を思い出しました。
えぇと・・・庶民出身で魔法を使える女の子が、
公爵さまに見初められるお話でしたね。
「“君の魔法のおかげで、多くのひとが助かった。本当にありがとう!”」
「えぇと・・・“もったいなきお言葉です”」
お姉さまは小説の内容はご存じないようでしたが、
言葉を探して答えてくださいました。
「“どうか、君を我が妻に迎えたいのだ!”」
「・・・“ですが、私はしがない町娘です。
あなたには・・・似合いませんわ”」
「“そんなことはない!
君の魔法のようにその澄んだ瞳に惚れたんだ”」
「・・・私の・・・瞳?」
「だって、お姉さまの瞳、とってもキレイなの!」
「メイリィは、お姫さまによって、セリフを変えられるの!」
「メイリィちゃん、とってもすごいの!」
「・・・そう、ありがとう」
お姉さまはとても優しく微笑んでくださいました。
そして、私の姿が急に見えなくなったと
お父さまが慌ててこちらに来てくださり、
他の子たちもお城の騎士さんたちに
保護者の元へ送り届けてもらうことになりました。
いつの間にか、庭園の奥深くにもぐりこんでいたようです。
危うく迷子になるところでした。
そう言うわけで、
私たち恋愛小説ごっこクラブは解散となってしまいました。
いつか、竜帝国でまた、彼女たちとお会い出来たらいいなと、
私は思ったのでした。




