11美女と元魔獣
でも完全に管理を丸投げされると、俺らが死んだ後の引き継ぎが無理だから、辺境伯の名にふさわしい程度の力を、国の方でも継続的に貸せよと言ってある。名ばかりの位など腹の足しにもならん。ゆっくりと新しい防衛の形を整えていくことになるだろう。
これから、生活も、土地も、取り巻く人間たちも変化してゆく。
現状の少数精鋭で抑えが利くのは、俺らが躾けた魔物が生きてる間だけだ。境界の魔法は、魔力を注ぎ続ける限り生きるが、魔物は世代交代で意思を引き継ぐことはない。新しい個体が増える度に躾けるしかないのだ。
いま森にいる、意思疎通が利く知能が高く力のある魔物が生きてられるのは、あと五十年程度。とりあえず俺が生きてる間ぐらいは、さほど大きな問題は起こらないだろう。
つまり、俺が死ぬまでに、統制の利かなくなった魔物の対処が人間だけでできるように基盤を作らなければならない。
この身体が二十歳だから、たった四十年で、なんとかしなきゃいけない。面倒臭い。先延ばしできないじゃないか……。
ま、使用人全員要塞に残ってくれるみたいだしなんとかなるだろう。
彼らが俺を見捨てないだろう事はわかっていたが、でも現実問題として、この場所は俺らからしたら悪夢の場所でもある。もしここから逃れたいと思ったのなら、止められないと思っていた。それだけに、誰一人出て行かなかったことに感謝しかなかった。
例え「リリーさまを置いていけないので……」とか「どうも未だ町の方では同性婚はできないみたいなんで」とか、真顔で言われようとも。その通りだから、なんとしてでも残って。なんなら、うちの領地は同性婚オッケーにしとくから、その辺りの有能なのに迫害受けてるような人材がいたら確保しといて……。
たった四十年で、やることが山盛り過ぎる……。
……最近、四十年が「ちょっと先」という感覚しかなくなってて、つらい。だって十年って、気がついたら過ぎてるじゃん……。昔じいちゃんが、十年前をついこの前のように話してたけど、今ならその気持ちがよく分かる。四十年前は、ついこの前(確信)。
そんなこんなで、帝国に面する森の管理は引き受けたけど、問題は、隣国側だ。
あっち側は元々、ついでで治めていた。もしこれからも治めて欲しいなら、その分支援をするように親書を出した。
無反応……ならまだいい方で、土地の不当な占領だと俺達を追い払った。相手が人間……自分より下だと思うと強気になるのは、人の性か。
ならいいよー。って事で、人手もこれ以上割きたくないし、隣国側は手を引いた。
子も子なら、親も親って事なんだろう。
幸いにも、隣国は魔物の森を背後の守りとして城建ててるから、民には直接の影響はほとんどない。むしろ、城が良い砦になって民を守ってくれるからちょうどいいんじゃない?
新しい国だから詳しい事情も知らないまま、森から魔物が出てこない人も入れない……と体よく天然の要塞にしていたようだけど。そのせいで、俺のかわいい嫁さんは森に捨てられちゃったわけだけど。
この際だから魔物たちよやっておしまい! ……と言うほど人の命を粗末にする気はないけど、まあ、過去の検証もせずに俺らからの要請を蹴るぐらいだから、魔物をけしかけるまでもなく、隣国はそろそろ衰退するだろう。それに森からの被害が追加されて、早まるだけだ。中枢にだけ被害とは効率よすぎる。
そして、魔物が闊歩するようになれば、隣国は城を捨てるしかなくなるだろう。
恐らくそれは、何十年もしないうちにやってくる。
数年後、思ったより早く魔物の氾濫に救援の要請が届いたが、断った。今まで守ってきた者に対して礼を失した最初の対応が信用できない旨、特に隣国の王子が信用できない旨を記し、罪人を森に捨てるような国を守るなど、こちらから願い下げであると返しておいた。
隣国の国王は、自らの初手の悪さは棚に上げ、リリーを森に捨てた王子やその関係者に責任があるとした。それにより王子たちは魔物対策の前線に送られたと聞く。あながち間違いじゃないところが、なんとも自業自得である。
更に数年後、貴族や王族が城を捨てたところを狙って革命が起き、国の名前は変わった。
民の不平不満も溜まっていたらしいし、必然といったところだろう。
リリーは、そんな隣国のことなどなにも知らずに、今日も幸せそうに笑っている。
彼女を陥れた王子たちからすれば、それこそが一番の意趣返しだろう。
辛かった過去など、忘れていい。
彼女が時折話す過去のことといえば、せいぜいが両親の話か、俺の獣時代のことぐらいだ。
やはり彼女は、獣の姿の俺が好きだったらしく、未だに話題にされる。
「ライオンの頃の方がよかったか?」
苦笑してたずねれば、クスクスと笑いながら「いいえ」と首を横に振る。
「姿形など、どんな姿でもかまわないのです。レオンさまがレオンさまである限り、私はお慕いしております」
「でも君は、あの頃の姿が、未だに好きじゃないか」
「それは許して下さいな。初めて愛した姿が獣だったんですから。姿も含めて、好きになったんです。でも、人間になってもレオンさまはレオンさまでした。見た目なんて、本当に些細な事なんだと、あらためて思いました。きっと私、レオンさまならどんな姿でも大好きになります。ですから今のお姿も、獅子の姿と同じぐらい大好きです」
そう言って笑う彼女を見つめていると、呪いをかけた魔女のことをふと思い出す。そして、今まで幾度となく思ってきたことを、あらためて実感する。
………あの時、ハダカデバネズミに変えられてなくてよかった。
去来する感情は複雑で、それをうまく言葉にすることはできなかったが、俺は微笑む彼女を抱きしめて思った。
まあ、今が幸せならいっか。
「とうさまー!」
「かあさまー!」
かわいいちびどもがパタパタと俺とリリーの周りを走り回る。リリーがちびどもと戯れている様は、本当に天国だ。俺相手の時はなぜか凶悪だが、まあ良いだろう。ただしちびどもよ。腹に頭突きを食らわすのは俺だけにしておけ。
「とうさまー!!」
チビその1が突進してくる。案の定腹に頭突きを食らわされて、ごふっとなりながら受け止める。だから、それはやめろと、あれほど………!! その2も突進してくる。
チーン!
お、おま……!!!! 腹はまだ良いけど、その下は…………股間に顔から激突はやめろぉぉぉ!!!!
呻きながら地面に倒れ込む。
「きゃぁぁぁぁ! レオンさま!!!」
「………? とうさま、だいじょうぶ……?」
「……ぉーぶ?」
涙で霞む向こうに、二百年夢見続けた桃源郷があった。
三人の天使と天国が見える……。
二百年の呪いが解けた結末がこれなら、悪くないなと思った。
悶絶したが、今日も俺は幸せを実感するのである。




