教育する
坂本は話を終えると、奥の化学準備室へとU子を連れて行った。
「元に戻るかな」
セイラがつぶやく。
「ああ」
と相槌だけ返した。
「どうしたジュキヤ。なんかボケっとしてんな」
「いや、なんか。意外というか」
「何が?」
「先生」
どうして担任の坂本が、僕の家にU子を送り込んだのか。
化学の教員にしては論理的じゃないし、深い考えというわけでもなかった。
ただその言葉は、以外だと思った。
「独りきりになりたくなるだろ、辛い時って。でも、独りになると弱って行くんだよ。人間てさ。だから、君にちょうどいいかと思ったんだ。こんな変なものが近くにいたら、楽しいじゃないか」
坂本はそう言って、僕の手からU子を取った。
楽しい? それだけなのか?
セイラに頼んでU子を僕の家に連れてきてまでして――ずっと秘密にしていたU子を僕たちに知られることになってまでして考えていたことが「楽しい」ということのためだけなのか?
そんなことをして、坂本になんのメリットがあるというのだろう。
この冷たくドライな化学教員が何を考えているのかわからなかった。
「元気が出れば、また学校にも来れるかもしれない」
坂本はシンプルに、そう結論づけた。
それは意外な言葉だった。
まるで、不登校の生徒をまた登校させようとする教師のような言葉だった。
「そんな風に、思っていたんですか?」
義務教育じゃないから、来なくていいと、以前はドライに言われたはずだった。
「扉じゃないからね。押しても引いても、ヒトの心は動かせない。無理に学校に連れて行こうと思ったって、逆効果かもしれないじゃないか。ただひとつ、わかっておいてほしいことがある」
確かに、当時の僕は、傷ついた自分を守ることで精一杯で、無理に引っ張り出そうとされていたら、もっと心を閉ざしていたかもしれない。
U子が――それにセイラが、ただそばにいてくれてことが、心を埋めてくれた。
U子を想う気持ちや、セイラへの信頼が、僕を家を出てこの場所まで来る力をくれた。
きっとそれは、坂本の言う通りで、無理やりなやり方では得られなかったものだ。
「俺は君の担任の先生だからな。教師というのは自分の生徒のためだったらなんだってするものなんだよ。小中学校で、そう習わなかったか?」
呆れたような、諭すような――いや、教育するような口調で、坂本は僕にそう答えた。




