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U子  作者: 憂木冷
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7/9

セイラと坂本の企み

 校舎に入った。

 今はまだ授業中らしく、廊下は静かだ。

 セイラはどこにいるのだろうか。さっき電話した様子から、何か学校でできることがあることはわかるが、どこに行けばいいのかは聞くことができなかった。

「ジュキヤ」

 声の方を振り返ると、セイラが階段を駆け下りて来ていた。

「U子は?」

「ここにいる」

 握りしめたU子をセイラに見せる。

「おい、U子。U子」

 とセイラが声をかけるが、やはり反応はないままだった。

「本当に、動かない」

「なあセイラ。どうすればいいんだよ。何か考えがあるんだろ」

「ああ」

 セイラの表情は明るくなかった。彼女は今初めて、動かなくなったU子の姿を目の当たりにしたのだ。それも当然なのかもしれない。

「行こう」

 と唇を噛み締めて彼女は言う。

「どこに行くんだよ」

「化学室。坂本先生が待ってる」

「坂本って、担任のか? どういうことだよ。待ってるって」

 問いただそうとしたが、セイラに手を引かれる。

「とにかく急ごう。歩きながら説明する」

 そう言って早足で歩き出した。その背中を黙って追う。

 どういうことかわからないが、今はセイラに着いていくしかない。

 U子も動かないままだ。

「U子はさ。セイラがジュキヤの家に連れてきたの」

「は?」

 一瞬、時間が止まったように感じた。気付けば、セイラの背中を凝視していた。問い詰めるように、疑問を投げかけるように、すがりつくようにその背中を見つめる。

 しかしセイラは振り返らないで、背中を向けたまま静かに歩き続ける。

 セイラが連れてきた。それって、

「どういうこと? どこから……」

 確かに初めてU子を見た時に、セイラがなにかしているのではないかと疑った。けれど、U子は、そんなどこにでもいるような存在でもないし、セイラにどうにかできるようなものだとも思えなかった。だからずっと信じていた。自分の部屋にあったU字型の磁石が、生き物のようになったのだと。そうだ。あの磁石はずっと昔から僕の家にあったものだ。引っ越して来た後も、ずっと冷蔵庫に貼ってあった。

「あれは、U子はずっとうちにあった磁石のはずだろ」

「すり替えたんだよ。似てる磁石があったから。ジュキヤの家にあったのはただの磁石だ。セイラの家に置いてある」

「なんで――」

「着いたよ」

 なんで今になってそんなことを言うんだ。ずっと騙していたのか? うちでU子を見た時、初めて見たようなフリをしていただけなのか。

 気付くと、化学室の前まで来ていた。

 入学してすぐ、登校しなくなっていたから、初めて来る場所だった。

 セイラが先に中へ入る。

「ごめんジュキヤ、ずっと黙ってて。坂本先生に頼まれたんだ。U子を連れて行くように」

「どういうことだよ」

 状況に思考が追いつかず、そう質問を返すのがやっとだった。

 頼まれた?

 担任の坂本の印象はそこまで強くない。ただ、中学の時までの先生たちより、ドライだと思ったくらいで、他のことは特に知らない。僕が両親を亡くして、登校しなくなってからも、連絡をしてきたのは1度だけだった。

 ――君が自分の意思で行こうと思えないのなら、きっと今は来ない方がいいんだろう。好きなようにしなさい。高校は義務教育では、ないからね。

 確か、そんなことを言われた気がする。

 義務教育ではないから、「学校に来い」とは言われなかった。

 そんな坂本が、何のためにU子をうちに?

 そして、そもそもどうしてセイラはうちに来るようになったのだろうか。自分の中で、もうひとつの疑念が浮上する。

 嫌な言葉だと感じた。けれど気付いたら言葉に出ていた。

「お前も、先生に頼まれたからうちに来てくれてたのか?」

 セイラがうちに来るようになったのは、最後に坂本がうちに来た日より後だった。

 何度も邪険にしたし、迷惑ばかりかけていた。

 それでもうちに来て、何気ないことを話して、外に出られなかった僕の代わりに買い物までしてきてくれていた。

 なんでそんなことをしてくれるのか、ずっとわからなかった。

 わからないまま、その行為に甘えていた。純粋に、心をゆるしていた。

 根拠がないまま、信頼してもいい相手だと思い始めていた。

 でもそれも違かったのか?

 全部。頼まれてから、そうしていただけなのか?

「それは違うよ」

 セイラへの質問の答えは、化学室の奥から返ってきた。

「坂本先生」

「十ノ木(とおのき)、ありがとうな」

 教室の奥から現れた人物はそう言った。彼は担任の坂本だ。一瞬、誰のことを呼んだのかわからなかったが、そういえばセイラの名字は十ノ木というのだった。

「久しぶりだな、東名(ひがしな)」

「お久しぶりです」

 警戒するように、静かに挨拶を返す。

 白衣姿で無表情の坂本の表情からは、なにを考えているのか読み取ることができなかった。

「十ノ木が君の家に行っていたのは、俺に言われたからじゃないよ」

「え?」

「俺が頼んだのはその」

 と視線でU子を指した。

「磁石を、君の家に持って行ってほしいということだけだ。それ以外は彼女の意思だよ」

 セイラを見ると、恥ずかしがるように視線を逸した。

 少しの沈黙が生まれる。

 授業時間中の校舎は、静寂が染み渡っていた。少し離れたグランドから、体育の授業の音が静かな部屋の窓を微かに響かせる。

 その空間に合わせるように、静かに坂本が話し始めた。

「その磁石はな、俺が大学で電磁気系の研究をしていた時に、偶然できたものなんだ」

「研究?」

「ああ、教員になる前の話だけどな」

「でも、こんなすごい物を作ったなんて話、聞いたことがない」

 研究とか発明とか、そういう世界のことはよくわからないけれど、生きた磁石を作ったなんて話を、世間が放って置くとは思えない。

「まあ、誰にも言ってないからな」

「なんで言わなかったんですか」

 とセイラが訊いた。彼女も詳しい事情については知らないのだろうか。

「なんかいいじゃないか。自分だけの秘密にしておくのもさ。それに、多くのヒトが知れば、どんな形で利用されるかわからないからな。誰にも言わないことにしたんだよ」

 その気持は、少しだけ分かる気がした。

 僕とセイラも、U子のことは誰にも言わないで飼うと決めていた。それは、U子の存在が公になった時、どう扱われるかがわからなかったからだ。

「でもそれなら、どうしてうちに……セイラに頼んでまで」

 セイラと目が合うが、彼女は小さく、「自分も知らない」と言うように首を横に振る。

 U子の存在を隠しておくつもりだったのなら、僕の家に連れてくる理由はないはずだ。

 それだけが、まだ理解できなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「グランド」 →「グラウンド」の方が引っかかりがないのでは(外来語なので誤りではなさそう
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