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十二月二十一日 月曜日②

ーーー二〇一八年九月五日 水曜日


「ごめん……」


悠陽は涙を流していた。

それは悲しみの涙であり、決意の涙でもあった。


「ごめんね……、浅陽」


もう届くことのない、炎の魔人と化した浅陽に向かって、悠陽は呟いた。




優希人と美那は【異能研】からの突然の報せで、学院の許可を得て水薙家へと駆けつけた。


既に浅陽は炎の魔人と化し、悠陽と対峙していた。

そして浅陽達の兄である誠夜と迅水巡は、双子の間に割り込めないでいるかのように遠巻きに彼女達を見守っていた。


「一体何が起きたんだ?!」


「ほ、穂村さん……」


巡は涙を流していた。


「浅陽が……失敗しました」


「失敗……? じゃああの炎に包まれてるのが、浅陽なの?」


それに誠夜が頷き、美那は顔面蒼白になった。


「何があった?!」


優希人は誠夜に詰め寄った。


「あいつは、浅陽は〈焔結〉の継承に失敗したんです」


「〈ほのむすび〉? 継承? それにはどんな意味があるんだ?」


「〈焔結〉は水薙家に代々伝わる霊刀で、当主に選ばれた者が受け継ぐしきたりになってるんです」


「浅陽が当主? お前や悠陽じゃなくてか?」


「うちは女を当主にする決まりがあるんです。だから俺は始めから除外されてました。悠陽が選ばれなかったのは、俺も分かりません」


誠夜の様子から嘘ではないと優希人は感じた。


「それで継承が失敗しただけで、どうしてああなっちまうんだ?!」


「〈焔結〉は〈星の欠片〉で出来ているからです」


答えたのは巡だった。


「〈星の欠片〉……?」


「〈星の欠片〉とは、大昔にこの星に飛来し、〝日蝕エクリプス〟を免れたモノをいいます」


「緋織さん?!」


いつからか緋織が優希人達の傍に立っていた。


「あなたは……?」


「明羽緋織さん。凌牙さんの双子の妹だそうだ」


巡の問いに優希人が答えた。


「それより緋織さん。その〈星の欠片〉は人間をあんな風にしてしまうモノなんですか?」


「〈星の欠片〉は人間を試します。その強大な〝力〟に耐えうる人間だけがその〝力〟を得られると言われています。しかしその人間が耐えられなかった場合、制御を失った〝力〟は暴走し、彼女のように魔人と化すことも少なくありません」


「そんなっ……! なんとかならないんですか?!」


「彼女が自我を取り戻せれば或いは……」


それでも可能性は限りなく低いであろうと緋織の沈んだ表情が語っていた。


「僅かでも可能性があるのならッ!」


優希人は首からぶら下げた〝天使の羽根〟を右手でぎゅっと握りしめ、祈りを捧げるように目を閉じた。すると優希人の背中に翼のような光が生まれた。そしてその翼を優希人が自らもぎ取った。だが優希人の左右の手には翼ではなく左右一対の白金の剣が握られていた。


「それはまさか、〈凪薙ななぎ〉と〈羽刃斬はばきり〉!?」


「さすが緋織さん。よく分かりましたね」


「あなたが受け継いでいたのね」


霊的なモノを断つ刃〈凪薙〉と事象を断ち斬る刃〈羽刃斬〉。二つ揃えば断てぬモノ等無しと言われ、かつて優希人の母である優羽が所有していた代物だ。


「ボクもッ!」


美那が涙を拭い右手を前に突き出す。その手首に巻かれたバングルが白く輝く。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


美那の両手両脚が光を放つ。

世にも珍しい光属性の【念晶者クリスタライズ】。それが輝星美那であり、彼女が空手界の表舞台から姿を消さざるを得なかった大きな要因だった。


「いくぞッ!」


「うんッ!」




涙で歪む悠陽の視界の前に二つの影が躍り出た。


「え?」


「諦めるな、悠陽!」


「優希人、さん?」


「あの子の自我を取り戻せれば助かるかもしれないんだって」


「美那さん……」


美那の言葉を聞いて悠陽の涙は一瞬止まった。


「今の話、本当ですか……?」


「ああ。緋織さんの話だとそうらしい」


「緋織さんの……」


「だからボク達が助太刀するよ!」


「でも、〈星の欠片〉の〝力〟は強大です。せめて他の〈星の欠片〉があれば話は別ですが……」


「呼んだかしら?」


優希人達が振り向くと、そこには深い青色のマントを羽織ったミシェル・J・リンクスが立っていた。


「〝白銀の魔女〟!」


ミシェルは腰から短剣を抜いた。


「氷の星短剣〈ニヴルヘイム〉」


「私もいることを忘れては困る」


ミシェルの隣に煌めくブロンドの長身の女性が歩み出た。


「女騎士さん!」


「我が名はアリシア・エレノア・シンクレア! この世の秩序を護る【聖槍降魔聖省ランス・オブ・ヘブン】の騎士なり!」


名乗りを上げたアリシアは二振りの剣を抜いた。


「風の星双剣〈ゼファー〉!」


「〈星刃セイバー〉が二振り……これなら!」


心強い助っ人のお陰で悠陽の目に再び光が灯る。


「それが貴殿の本領か。なるほど〝対の白金プラチナムウイング〟と言われるのも合点がいく」


アリシアが優希人の姿を見て笑みを浮かべた。


「あんたこそ、御大層なモノ持ってるじゃないか〝疾風の聖女〟さんよ」


優希人も微笑う。お互い自分が認めたライバルはそうでなくてはと通じ合っているかのようだ。


「ぶぅ〜」


その様子が面白くないのか、美那は不機嫌そうに頬を膨らませて優希人の視界を遮った。


「美那?」


「ふん」


とソッポを向いてしまった。


「取ったりしませんから、安心して下さい」


アリシアは優しい声で美那に話し掛けた。


「べ、別にボクは……」


「それで、この茶番はいつまで続くのかしら?」


三人の背筋が凍り付きそうな冷たい声でミシェルが言い放つ。優希人がちらりと彼女の方を見ると、見ただけで心まで凍り付きそうな絶対零度の視線が向けられていた。


優希人は額から滴る冷や汗を感じながら、炎の魔人と化した浅陽に向き直り、思い切り息を吸った。


「まず俺と〝疾風の聖女〟で切り開く! 隙を見て美那は突撃! 〝白銀の魔女〟は援護を!」


「了解!」


三人の声が響く。


「あの優希人さん。私は……」


「俺達が道を斬り開く。だからお前はあいつに呼び掛けてくれ」


「呼び掛けてって、もうあの子に私の声は……」


「お前達は誰よりも深く繋がった〝双子〟だろ」


しかし悠陽が迷っているのは明らかだった。


「だけど覚悟だけはしておいてくれ」


「え……?」


「僅かに可能性があるというだけで、限りなくゼロに近い。いざと言う時は……」


「………………はい」


「うまくいったら、またケーキでも焼いて皆で食べよう」


「……クス。その時はお手伝いします」


悠陽は笑みを取り戻した。


「よし、行くぞッ!」


二刀使いの二人が先陣を切って駆け出した。


「おおおおおおおおおおおおッ!!」


優希人の〈風斬〉、〈羽刃斬〉が炎を斬り裂き、アリシアの〈ゼファー〉が炎を吹き飛ばす。


炎が一瞬弱まった隙にすかさず美那が正拳突きを放つ。【念晶者クリスタライズ】の〝力〟を得た美那の突きは爆風の如き衝撃波をもたらす。その衝撃波が浅陽を包む炎すべてを一瞬吹き飛ばした。


「今だ、ま……」


優希人がミシェルに指示を出そうとした瞬間、凄まじい冷気が浅陽に殺到し、忽ちの内に浅陽を氷漬けにした。


「〈星の欠片〉が二振りあるんだものこれくらいの奇蹟は容易いわ。ワタシ一人でも十分だったかもしれないわね」


「何を言うか。私達が隙を作ったからこその勝利だ」


「いや、勝利というにはまだ早い。問題はここからだ」


優希人は悠陽を見た。目が合うと悠陽は小さく頷いてから、氷漬けになった浅陽へと近づいていく。


「悠陽……」


美那が心配そうに見守る。

そして手を伸ばせば触れられる近さまで来た時、


『そんな簡単に事が運ぶなんて思われちゃあ困るよぉ』


何処からともなく声が響くと、浅陽を閉じ込めた氷に亀裂が入った。


「悠陽! 離れてーーー!」


美那が叫んだが、その瞬間には氷は爆散した。


「ぐッッ……!!」


優希人は咄嗟に美那の前に出て、飛んでくる氷の破片を撃ち落とす。だがすべてというわけにもいかず、身体全体に無数の傷を負った。


「優希人ーーーッ」


「大……丈夫だ。それより美那は……?」


「ボクなら平気だよ。優希人が守ってくれたから。それよりも他の皆は……?」


ミシェルとアリシアはそれぞれ何とか切り抜けたようだった。しかし、


「ぅぅ……」


氷の近くにいた悠陽はもろに氷の破片を受けてしまっていた。


「悠陽ッ!」


「大丈夫、です。咄嗟に障壁を、展開しました、から」


ヨロヨロと辛うじてといった感じで立ち上がる悠陽。

その目の前で再び炎が上がった。氷漬けになる前よりも勢いよく燃え盛っている。


「一気に皆ボロボロになっちまったな」


「ねえ優希人、さっき声が聞こえなかった?」


「ああ。どうやら、浅陽を元に戻させたくない奴がいるらしいな」


『そういう〝お達し〟だからねぇ』


浅陽の隣の空間が波紋が広がる水面のように揺らぎ、小柄なヒトのような姿が現れた。


「子供?!」


「どうだい? かわいらしいでしょう?」


小学校高学年くらいの男の子の姿をしたその人物は、本当に子供であるかのように無邪気な笑みを浮かべている。


「身体が……動かないーーーッ?!」


だが優希人達を圧倒し金縛りにさせる程のき威圧プレッシャーと存在感が、〝中身〟がそうでないと告げている。


「その顔……まさか!?」


そんな中、緋織が優希人達の前に出た。


「〝アレ〟を知ってるのか、緋織さん?!」


「……ええ。古い知り合いです」


「知り合いって……。緋織さん、あなたは一体……?」


「久しぶりだねぇ、『ルージュ』」


「本当に、『ノーブル』」


大袈裟に喜ぶ仕草ふりをした男の子に対し、緋織の表情は憂鬱そうだった。


「ん? その隣にいるのは……」


子供は優希人を見た。その輝く髪の先を。


「その毛先は〝輝髪きはつ〟かい? こりゃ珍しい。君は〝混合種ハイブリッド〟か」


「ハイブリッド、だと?」


「〝今回の件〟はあまり気乗りがしなかったんだけど、どうやら掘り出し物を見つける事が出来たようだ。〝あの女〟には感謝しないとねぇ」


「お前の目的は何だ?」


威圧プレッシャーに圧されながらも優希人は一歩踏み出した。


「へえ。僕の前で動けるとはさすがは〝輝髪〟の持ち主」


「何故浅陽を暴走させるんだ?!」


「さっきも言ったけどこれは上からの〝お達し〟なんだよ。〝あの女〟を手伝えってね。ま、何がしたいのかまでは知らないけど」


「〝あの女〟ってのは誰だ?」


「ん〜。君が知るにはまだ早いかな」


「なに?」


「でもまあ、僕についてきてくれたら、教えてあげてもいいかなぁ」


ノーブルが優希人に向けて手を差し伸べる。


「断る」


「そう。君が来てくれたら、彼女を助けてあげても良かったんだけど」


「〝あの女〟とやらを教えてくれた上に、浅陽まで助けてくれるだって? ずいぶん気前がいいじゃないか」


「君にはそれだけの価値があるんだよ。それに……」


ノーブルがニヤリと笑った。


「君みたいな〝〟は、どの世界にも居場所なんてないんだよ。僕達の傍以外にはね」


「〝忌み〟……〝児〟?」


「そうさ。君は親に捨てられた。違うかい?」


「違う! 母さんは俺を捨てたりなんか……」


優希人はハッと気づいた。六年くらい前に、彼の母親優羽は突然姿を消した。父親俊希は何か知っているようだが、未だに頑なに語ろうとはしない。


「そん、な……。まさか……」


優希人は身体の奥底から込み上げてくる震えを抑えることが出来ないでいる。

その時、緋織が優希人の前に出た。


「邪魔するのかい?」


「彼は〝忌み児〟なんかではないし、〝あの人〟も彼を捨てたわけじゃないわ」


「そう……だよ」


金縛りに遭っているはずの美那が少しずつ優希人に近づいて、やがてその前に出て緋織の隣に立った。


「たとえ、世界の何処にも、優希人の居場所がなくたって、ボクが……、ボクが優希人の居場所になるッ!」


美那のバングルが輝きを増す。


「美那……!?」


「〈星の欠片〉にも匹敵する〝力〟の奔流……! まさかーーー」


眩いばかりのその輝きにミシェルですら驚いていた。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォッ!!!」


輝きをすべて右拳に乗せて、ノーブルへと飛びかかりその拳を突き出した。だが美那の拳は途轍もなく硬い何かに遮られた。


「我が主に拳を向けるとは」


美那の前に立ち塞がったのは、まるで闇から創られたような漆黒の甲冑を纏った長身痩躯の男で、槍のような長物を携えている。美那の拳を受け止めたのはその長物だった。


「無礼者めッ!」


その長物が美那へと襲いかかる。


「よっと」


美那はそれを軽々と躱した。


「そっちこそ失礼な……ッ!」


だが不意に美那の顔が痛みで歪んだ。


「美那ッ?!」


優希人は美那に駆け寄った。そしてその右腕に付けられた小さな傷を見た。それは本当に小さな切り傷みたいな物だったが、徐々にそこから黒ずんでいく。


「これはーーー!?」


緋織も慌てて駆け寄ってきた。


「これは〝魔素〟という一種の毒です」


「ぐぅぅッ……」


傷口が痛むのか美那が苦しそうに唸る。


「毒?! じゃあ急いで吸い出せば……」


「いけません! 私は確かに毒と表現しましたが、あなた方が知っているモノよりも遥かに厄介なモノです」


「じゃあ一体どうすれば……」


「一つだけ方法があります。ですが……」


緋織はノーブルの方をちらっと見た。




「余計なことをしないでよ、マイムール。あの程度のパンチ痛くも痒くもないって」


「しかしあなた様に向けられた害意を無視することは出来ません」


マイムールと呼ばれた男はノーブルの前で片膝をついた。


「それで? 用事はそれだけかい?」


ノーブルは威圧するように言った。


「い、いえ。至急報告すべき問題が生じました為参りました」


「言ってみ? しょうもない事だったら承知しないよ」


「ヤグルシが敗れ、負傷しました」


「ヤグルシが? ひょっとして〝奴〟かい?」


『その通りだ』


ノーブルが現れた時のように、何もない空間に波紋が広がり、そこから一人の男が現れた。


「やあ、〝タスク〟。元気そうだね」


「お前こそ、相変わらず悪巧みが絶えないな」




「兄さん!」


「凌牙……さん?」


ノーブルと同じ様に突如出現した明羽凌牙を見て、優希人は混乱した。


「どういう……ことですか?」


「今はそんな話をしている場合じゃない! 緋織! 早く彼女の治療を!」


「はい!」


凌牙から言われるままに、緋織は胸元から淡い光を放つ白い十字架ロザリオを取り出し、それを右手でぎゅぅっとキツく握りしめた。指の隙間から血が滴る程に。


「緋織さん?!」


「大丈夫です」


緋織は落ち着いた様子で右手から滴る血を、美那の黒ずんだ傷口にポトリと落とした。


「ぐぅッ」


美那が痛みに顔をしかめた。

やがて傷口から黒い煙のようなモノが立ち上り、傷の周りは元の肌色に戻った。


「一先ずはこれで大丈夫です」


見ると美那の表情は幾分楽そうだった。


「よかった……」


「でも応急措置に過ぎません。早く然るべき措置をしないとまたぶり返す可能性があります」


「ありがとうございます。でも、あなた達は本当に一体……?」


よく考えたら優希人は緋織はおろか、凌牙の事を父の部下で母の旧知である事しか知らないことに気づいた。


「信じてもらえないかもしれないが、俺達は……」


凌牙が自らの事を語ろうとしたその時、


『見つけたぞ、〝サタン〟!』


声と共に雷鳴が轟き、優希人達とノーブルの間に稲妻が落ちてきた。


「くっ……。まだ動けたのか」


「主の命令が無くては我は死なぬ」


そして姿を現したのは、マイムールと同じ漆黒の甲冑を纏い、翼のような黒い稲妻を背負った筋骨隆々の男だった。


「ヤグルシ。君、負けたんだって?」


ノーブルの声を聞いて、ヤグルシと呼ばれた大男の身体が急に小さくなったように見えた。


「面目ありません、我が主。この身いかような罰も甘んじて受けましょうぞ」


マイムールの時と同様に彼も片膝をつく。


「ま、今日は旧友に出会えて僕は機嫌がいいんだ。特別に許してあげる」


「ははっ」


ヤグルシは更に頭を垂れた。


「でもちょっとマズイかもね」


「は……?」


「だってさ……」


突如激しい揺れが襲った。


「地震! ……いや」


優希人はすぐに地面からの揺れではない事に気づいた。


「空間が揺れている……?」


「まずい。これはーーー!?」


凌牙が上を見た。釣られるように優希人も上を見ると、何も無い空間に小さな黒い穴がポッカリと口を開けているのが見えた。そして吸引力があるようで、埃や瓦礫が穴に吸い込まれていく。


「何をしたの、ノーブル!」


「僕は何もしてないよ。僕でも計算外なんだよ」


「計算外?!」


「だって思わないだろ? こんな狭い空間に、〝熾天使セラフ〟級の〝力〟を持った存在が五人も集まるなんてさ」


「〝熾天使セラフ〟? 天使の最高位が五人、だと?」


優希人は数を数える。


ノーブルと、恐らくマイムールとヤグルシはその内に入るのだろう。


あと二人。

ここまで起きた出来事と状況を考えると、当てはまるのはちょうど二人しかいない。


「凌牙さんと緋織さんが、天使……?」


「なんだ、知らなかったのかい? まあいいや。今言った通り、超高次元の存在が狭い空間に五人も居たら、三次元如き空間に穴の一つも開くのは当然だとは思わないかい?」


「穴の向こうはどうなってるんだ?!」


「決まってるじゃないか。〝次元の狭間〟だよ。中というのも変な話だけど巨大な渦潮みたいな感じかな」


そこから優希人は絶望しか想像出来なかった。


「僕達でも油断は出来ない場所だよ。だから吸い込まれないように気をつけなよ? 吸い込まれたら身体も魂もズタズタになっちゃうから」


ノーブルが優希人の方を指差す。正確にはそのすぐ後ろを。

優希人が振り向くと、美那の身体が浮き上がり、次元の穴に引き寄せられようとしていた。


「美那!?」


美那の身体をしっかり抱き締め、吸い寄せられないように優希人は地面にしがみつくように屈む。しかし穴が吸い込もうとする力は思いの外強く、優希人ごと地面から浮き上がった。


「優希人!」


凌牙が胸元から、緋織がもっているのと同じ淡い光を放つ白い〝十字架ロザリオ〟を取り出し、鎖を引きちぎった。


「美那さん!」


緋織も同じように〝十字架ロザリオ〟を首から外した。

すると二人の背中から光が溢れた。光は眩いばかりに輝き翼を成した。二人とも六対十二枚の美しい翼だった。


そして優希人達に近づき寄り添い、二人を守るように光で包み込んだ。やがて次元の穴はその光を吸い込むと閉じてしまった。




優希人が次に目を覚ました時、目の前に天原羽衣の顔があり、そして記憶を失っていることを彼は知った。




それから二年余り。

優希人はようやく記憶を取り戻した。


『(この世界の優希人達は既に事故で亡くなっていたか)』


タスク・ヴァルカン・シャヘルは優希人の中からテレビの報道を観ていた。そしてそれを観た優希人の様子がおかしい事も気づいていた。


『優希人……?』


「……なに?」


『大丈夫か?』


優希人はすぐにはそれに応えなかった。だが、


「……大丈夫だよ、〝凌牙さん〟」


少ししてからそう言った。

そして優希人は〝彼〟がわずかに動揺しているのを感じ取った。


「どうしたの?」


今度は逆に優希人から訊いた。


『優希人、お前今〝凌牙〟と……』


「うん。思い出したよ。凌牙さんの事も、美那の事も、そしてあの日の事も」


『そうか。それでは……』


「あいつは、あのノーブルってやつは、俺を〝混合種ハイブリッド〟と呼んだ。あの日は考えるヒマなんて無かったけど、今解った」


優希人は羽根のペンダントを掬い上げるように手に取った。


「凌牙さん達が慕う母さんもまた天使で、俺は母さんと父さんの……天使と人間の〝混合種ハイブリッド〟だったんだ」


『ああ。そしてノーブルは再びお前の前に姿を現した』


「一体何者なの? 緋織さんも知り合いっぽかったけど」


『話してやりたいところだが、何やら外が騒がしくなってきたな』


「……ッ!? これはーーー!?」




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