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十二月二十一日 月曜日①

「ありがとうございました。いってらっしゃいませ」


カウベルの音をさせて扉が閉まった。

モーニングサービスの時間帯もひと段落して、『ミラージュ』にいた客はすべて捌けた。


優希人は最後の客が座っていたテーブルを片づけていた。


「…………の墜落現場に来てます。本日正午より、追悼式典が行われます」


ふと、店内のテレビから流れてくる女性リポーターの声が優希人の耳に入った。


「墜落事故の追悼式典……?」


画面右上には「あれから八年」と表示が出ていた。


「二〇一二年の十二月二十一日に墜落事故があったのか」


記憶の無い優希人には他人事だった。

しかし次の映像を見た瞬間、優希人はその足元が少し揺らいだ気がした。


テレビに映ったのは、慰霊碑の前に屈んで拝んでいる女性だった。短い髪のその後ろ姿に優希人は見覚えがあった。


「あれは……」


やがてその女性が立ち上がると、リポーターは彼女に近づいてマイクを向けた。


「……榊原先生?」


彼女は優希人の恩師でもましてや掛かりつけの医者でもない。近くの高校の教諭をしている。だから優希人も自然と先生と付けて呼んでいた。


『一心不乱に拝んでらっしゃいましたが、失礼ですけどどちらを亡くされたのですか?』


『近所に住んでいたご家族です』


「近所の……」


ドクンッと優希人の心臓が大きく跳ねるように鼓動を打った。


『ご近所の、ですか?』


レポーターが怪訝そうに尋ねた。


『そこの子供達とよく遊んであげてたんです』


いつもの梨遠と違う雰囲気に、優希人は何故かテレビの画面に釘付けになつていた。


『……なるほど』


レポーターがいかにも同情してますといった表情をしている。


『男の子と女の子で兄妹みたいに仲の良い子供達でした。私も本当の弟と妹のように可愛がってました』


『ゆきとくんとみなちゃんですか』


梨遠の前に置いてある、当時の友人たちが書いたと思われる寄せ書きの色紙が二枚あった。そこに二人の名前がそれぞれ書かれていた。


『おや、ちょうどここにお名前があるようですね』


カメラが慰霊碑をズームで映し出した。そこには『輝星美那』と彫られている。


『これは〝かがほし〟と読むんですか?』


『〝かがせ〟と読みます』


「かがせ、みな……!?」


優希人の心臓がまた跳ねるよう大きく鼓動を打った。


『お隣が〝穂村優希人〟さん、ですね』


レポーターの声よりも、優希人はカメラが映す慰霊碑に目が行っていた。


確かに〝穂村優希人〟という名前がある。同姓同名な上に漢字まで同じ。奇妙な違和感というか嫌悪感のようなものが込み上げてくる。


そしてその〝名前〟の隣に両親と思しき名前が刻まれている。


〝穂村俊希〟。おそらく父親と思われる名前だ。そしてーーー、〝穂村優羽〟。


「穂村、優羽……。俺の母親……?」



ーーーなるほど、貴方がユウの……



優希人はクチナシ色の髪をした女性のセリフを思い出した。


そしてもう一つ決定的な事に気付いた。


「俺は……八年前に死んでいる?」


ズキンと優希人の頭に痛みが走った。


優希人は一瞬自分が、死んだことに気付いていない地縛霊なのではないかと思った。


だが壁をすり抜けることも出来なければ浮かぶことも出来ない。ありきたりな発想だがそれらが出来ない以上は霊体とは言い難い。


「もし俺が幽霊なんだとしたら、浅陽か悠陽にとっくに成仏させられてそうだ。………………ん?」


自分の発言の矛盾に気付く。


「なぜ俺はそんな事を知っている? 浅陽……水薙さんはともかく悠陽ってのは……」


優希人の頭痛は強さを増していく。


「いや、知って……いる。〝この世界〟は……違う・・……」


段々胸の奥から記憶が次々と浮かび上がってきて、パズルのピースのように繋がっていく。


「ここではないどこか……。別の世界の双子。そして俺はーーー」


激しい頭痛は優希人の意識を、何の前触れも無く狩りとった。






ーーー二〇一八年九月二日 日曜日


道場に木刀同士で撃ち合う音が響く。


「やぁぁぁっ!!」


一合。


「ふんっ!」


そしてまた一合。

激しいぶつかり合いは幾度となく続き、やがて唐突に途切れた。


「……また腕を上げたな、優希人」


二十代半ばくらいの長身の男は撃ち合っていた少年にそう声をかけた。


「はぁっ、はぁっ、息一つ……っ、乱して……っ、無い人に……っ、言われても……」


方や優希人と呼ばれた対戦相手の少年は肩で息をしていた。


「年季が違うからな。それよりも」


「ふぅぅっ……。……なに、凌牙りょうがさん?」


大きく息を吐いて『穂村ほむら 優希人ゆきと』は呼吸を整えた。


「剣の腕だけじゃなく、〝力〟の使い方も上手くなってきた。やはり素質なのだろうな」


明羽あきは 凌牙りょうが』は懐かしむような、それでいて優しい目で優希人を見ていた。


「凌牙さんのおかげだよ。いかにオレが〝力〟を無駄使いしてたか、今なら実感として分かるよ」


異能の〝力〟は二種類ある。

一つは、自然や精霊等の〝力〟を借りて魔術や呪術を行使する【顕現者マテリアライズ】。


そしてもう一つは、自らの〝想い〟を結晶化させて〝力〟を発動する【念晶者クリスタライズ】である。


穂村優希人は生まれついての【顕現者マテリアライズ】だった。だが余程扱いづらい部類の〝力〟なのか、うまく制御出来ずにいた。


そんな時、彼の母親である優羽ゆうの剣の弟子であった明羽凌牙と出会い、その〝力〟の扱いの手解きを受けていた。


「せめてもの恩返しといったところだ。お前の母親である優羽さんには昔随分世話になったからな。しかしだからこそ優希人、お前には〝余計な事〟には首を突っ込んでほしくないんだ。お前にもしもの事があったら、優羽さんに合わせる顔がない」


制御出来ないながらも、優希人はその〝力〟と持ち前の正義感で人ならざるモノと戦ってきた。そんな折に【異能研】にスカウトされ、現在では【異能研】の一員として立派な働きをしていた。


「母さんからもらったこの〝力〟は、誰かを守るための〝力〟なんだと思う。だからその為にこの〝力〟を使いたいんだ」


それを聞いた凌牙は、


「お前は間違いなくあの人の血を継いでるな」


そう言って苦笑した。


「だがそれは傲慢かもしれない。お前の手で救える命なんて、ほんの一握りだけだ」


「それは分かってる。分かってるつもりだよ、でも…………ッ!?」


優希人は不意に、強大な魔力と共に道場に流れ込んでくる冷気を感じ取った。


「もうお終いかしら?」


声のした、道場の入り口をゆっくりと振り向くと、そこには綺麗な碧い瞳と流れるような銀髪を持った異国の少女がいた。


「見事な剣技だったわ」


異国の少女は流暢な日本語でそう讃えた。


「君は……、もしかして〝白銀の魔女〟か?」


〝白銀の魔女〟というのは欧州で活躍する魔術師の二つ名で、美しい銀髪を持ち氷の魔術を得意とすることからそう呼ばれている。


優希人は少女の外見と身に纏う〝その魔力〟からその正体に行き着いた。


そしてその彼女がそうであることの証明のように、道場内の温度が更に下がった。


「……やはり分かる人には解ってしまうのね。【異能研】のミスター〝対の白金プラチナムウイング〟」


鋭い氷柱のような冷たい視線が優希人を貫く。


「そっか。分かる人には解ってしまうんだな」


優希人は少女の力量を推し量ろうとしたが、如何せん敵意が感じられないため馬鹿らしくなって、逆に肩の力を抜いた。


「余裕かしら?」


そして銀髪の少女はそれを見抜いていた。


「馬鹿らしくなっただけだ」


優希人はにかっと笑った。


「むしろ自然体の今の方が恐ろしい気もするわね」


少女の方も優希人の〝力〟を推し量ろうとしていたようだが、彼の様子に毒気を抜かれ、微かに笑みを浮かべた。


「茶でも入れてくるとしよう」


明羽凌牙が母屋の方へ向かった。


「あの男性も只者ではないようね」


「凌牙さん? そうだな、オレと稽古してて汗一つかかないし只者ではないよな」


「あなたの家族ではないの?」


「血縁じゃないけど、母さんの弟子で、父さんの部下で、オレにとっては兄貴みたいな感じかな」


「そう」


少女は少し、ほんの少しだけ寂しそうな顔をした。だけど、優希人がそれに気付く事はなかった。


「今日はまた随分可愛らしい異人さんだね」


凌牙が消えたいった母屋の方から一人の少女が現れた。青みを帯びた黒く長い髪をポニーテールにし、勝気な瞳を持った溌剌とした雰囲気の少女だ。


キャミソールにハーフパンツ、サンダルと近所を軽く出歩くようなラフな格好をしているが、銀髪の少女はただならぬ気配をその少女から感じていた。


「この前来た女騎士の異人さんは凛々しかったけど、今日のお客さんはお人形さんみたいだね」


「女騎士?」


銀髪の少女が優希人を見た。


「先週来た【聖槍降魔聖省ランス・オブ・ヘブン】の女騎士だ。確か名前は……」


「アリシア・E・シンクレア」


銀髪の少女が淀みなく答えた。


「知り合いなのか?」


「少々ね。ところで彼女に勝負を持ち掛けられなかったかしら?」


「よくわかったな」


銀髪の少女は溜め息を吐いた。


「……引き分けに終わったけどな」


「引き分けた? 彼女と?」


銀髪の少女は驚いてほんの少し目を見開いた。


「こっちに合わせてくれてたからな」


優希人は手にした木刀で道場の床を軽く叩いた。


「実戦だったら分からない」


そう口にした優希人だが、良き強敵ライバルを見つけた戦士の顔をしていた。きっと対戦した彼女の方も同じような顔をしているのだろうと、銀髪の少女は呆れたように溜め息を吐いた。


「ねえねえ、二人で話してないで紹介してよぅ」


ポニテの少女が痺れを切らして二人の会話に割り込んだ。


「そういえば名前を聞いてなかったな」


「自己紹介もまだだったの?」


「そうね。お互い二つ名で素性を分かり合ったつもりになっていたようね」


「じゃあ〝オレ達〟からいこう。オレは穂村優希人。でこっちが……」


優希人がポニテの少女を紹介しようとしたところ、その彼女が一歩前へ出た。


「ボクの名前は『輝星かがせ 美那みな』。よろしくね」


夏の太陽のような笑顔でそう名乗った。


「ボク? あなた女の子よね?」


「うん? 正真正銘純真無垢で純情可憐な女の子だよ」


そう言いながらも輝星美那は、カンフー映画に出てくる俳優のように中国拳法の構えを取ったりしていた。解放的な格好でそんな事をしているので、優希人は少々目のやり場に困っていた。


「……お前、〝可憐〟って言葉の意味知ってるか?」


辞書には大抵、『姿・形がかわいらしく〝守ってやりたくなるような気持ち〟を起こさせる』と載っている。


「え? ボクみたいなかわいい女の子の事を言うんでしょ?」


「そうね。あなたみたいな女の子を〝可憐〟と言うのでしょうね」


「だよねだよね」


〝可憐〟を強調して言った銀髪の少女の意図を優希人は即座に汲み取っていた。彼女は輝星美那を〝憐れむべき〟女の子、ちょっと残念な女の子だと理解したのだった。当の本人はまったく気付いた様子もない。


「日本語が喋れるだけじゃないんだな」


「世界中を飛び回っているうちにそれとなくね」


「さすがは国際組織」


「ん? 国際組織?」


輝星美那が首を傾げた。


「ワタシの名はミシェル・J・リンクス。【ヘブンズノーツ】の〝白銀の魔女フリージングシルバー〟と呼ばれているわ」




「あ~、涼しい」


三人は場所を冷房を効かせたリビングへと移していた。


「悪いな、待ってもらって」


優希人は汗を流す為にシャワーを浴びてきた。


「いいわ。いきなり訪れたのはこちらだもの」


優希人はソファーに座ると、置いてある麦茶を一気に飲み干した。


「それで、やっぱり君も目的はこれなのか?」


優希人が胸元から取り出したペンダントのチャームは一枚の、淡い輝きを放っている羽根だった。


「【天使の羽根】。天から授かった〝聖なる贈り物ギフト〟。それは……」


「それは然るべき組織が所有するべき?」


輝星美那がそう続けた。先日訪れたという女騎士が言ったことをそのまま言っただけだった。


「そうね。あなた方【異能研】は、どちらかと言えば日本の術式を行使したゴーストバスター、つまりは退魔に特化した組織。でもワタシ達は……」


「メイシア教、つまりは神に仕える組織だって言いたいんだろ。でも見てみろよ」


そう言うと優希人はペンダントを輝星美那に渡した。すると【天使の羽根】は輝きを失い、ただのシルバーアクセサリーのように姿を変えた。


「これは……?!」


ミシェル・J・リンクスは怪訝そうにペンダントを覗き込むように見た。


「はい」


輝星美那はそのままペンダントをミシェルの前に差し出した。


「いいの?」


優希人は頷く。ミシェルは恐る恐る【天使の羽根】に触れた。だが【天使の羽根】は何の反応も示さなかった。


「どういうことかしら?」


「見たまんまだ。これは一般人が、というよりもオレ以外の人間が触れれば、まるでシルバーアクセサリーのように変質して、輝きどころか材質自体が変わってしまうんだ」


「あなた以外? それは試したことがあるの?」


「【異能研】の中でも信用できる数人だけな。いずれも腕に覚えのある人達だった」


「では【ヘブンズノーツ】でも試してみれば……」


「オレはこれを手放すつもりはない」


そう言って優希人は首を横に振った。


「何故? それは女騎士アリシアの言った通り、然るべき人間が持ってこそ価値があるの。あなたはたまたまその一人なのかもしれないけど」


「たまたまじゃないと思う。それに然るべき人間が持つべきと言うならそれはオレや父さんしかいない」


優希人の隣に座っている輝星美那が悲しそうな顔をしているのにミシェルは気付いていない。


「これは、……母さんの形見なんだ」


「え……?」


ミシェルは一瞬何を言われたのか理解出来なかったが、一瞬後には理解していた。


「……ごめんなさい」


「構わないさ。もう六年も前の事だし」


沈黙が降りる。やがて、


「【ヘブンズノーツ】はアナタの意思を尊重することにするわ」


「いいのか?」


「ワタシ達だって鬼ではないもの」


「そうか。ありがとう」


「でも【聖槍降魔聖省(ランス オブ ヘブン)】とかはしつこくやって来るかもしれないわね」


「しつこいと言えばあいつらもしつこそうだったよね。あの黒づくめの」


「ああ、あいつらか」


「あいつら?」


「先月だったかな、真夏の暑い中にも拘らず全身黒づくめの妙な奴らが来てな」


「なるほど。もしかしたらどこぞの秘密結社かもしれないわね」


そう告げるとミシェルは立ち上がった。


「帰っちゃうの?」


輝星美那が残念そうに言った。


「そうね。〝用件〟は済んだし、黒づくめの輩も気になるから本部に訊いてみようと思うの」


「なんか厄介事を増やしたみたいで悪いな」


「構わないわ。これも仕事のうちだから」


ミシェルは玄関へと向かう。優希人達二人も見送りについていく。

そしてブーツを履き終えたところでミシェルは二人に振り返った。


「最後に一つだけ」


「なんだ?」


「アナタのその髪、まるでその【天使の羽根】のようでとても美しいわね」


ミシェルは優希人の髪のプラチナブロンドのメッシュを指してそう言った。


「そう言ってくれたのは、君で二人目だ」


そう言った優希人の隣で輝星美那がニコニコしていたので、彼女がきっと一人目なのだろうとミシェルは想像がついた。




ーーー二〇一八年九月三日 月曜日


二学期初日は始業式のみで昼前に放課となった。


「夏休み後の学校はなんだか疲れたな」


優希人が下履きに履き替えようとした時、


「ねえねえ、輝星さんて空手で全国優勝したことあんでしょ?」


「え? うん。中学の時にね」


「すっご~い!」


美那がその友達数人とわいわい話しているのが優希人の耳に入ってきた。


「でも空手やめちゃったんでしょ? もったいなくない?」


「どうしてやめちゃったの?」


美那は二年前、空手で全中大会で優勝を果たし、見事二連覇を成し遂げた。だがその年の誕生日に起きたある出来事がキッカケで空手を〝止めざるを得なくなった〟。


優希人は動いたら居るのがバレてしまいそうなのでその場でじっとしていた。


「なはは。ちょっとね」


質問攻めに遭っている美那は苦笑してはぐらかした。


「やっぱり女の子っぽく見られたいからやめちゃったとか?」


「え?」


「だって輝星さんてあれでしょ? 二年生にいる幼馴染と付き合ってんでしょ?」


「なっ?!」


美那は絶句した。聞いていた優希人も思わず声が出そうになった。


「な、なな、べ、べべべつに優希人とは、なな、なんでもないし?」


「〝ゆきと〟だって~、きゃ~!!」


友人達が美那を囃し立てる。


「あ、あのさ……」


「なになに?」


「やっぱりさ、強い女の子ってかわいくないかな……?」


「そんなことないよ、輝星さん」


「ね~。だって今の輝星さん、超かわいいもん!」


「な、なな?!」


美那が再び絶句した。


「真っ赤になって超かわいい~!!」


「そ、そそそそんなこと無………………あ」


「え?」


恥ずかしさで後退ってきた美那と下駄箱の陰に隠れていた優希人の目がバッチリと合った。


「よ、よう」


優希人が絞り出した声はとてもぎこちない物だった。そして美那は顔をこれでもかというほど真っ赤にしていた。


「どうしたの、輝星さん?」


美那の友人達が覗き込むようにして顔を出した。


「あ、もしかして噂の幼馴染彼氏さん?」


「え、えっと……」


「私たちぃ、お邪魔みたいだね」


優希人の返事を待つことなく、美那の友人達はニヤニヤとイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべていた。


「後は若い二人に任せましょうかね~」


「こらぁ~!」


「きゃ~!」


美那が声をあげると友人達は逃げていった。


「私もあんな彼氏欲しぃ~」


「輝星さんいいなぁ~」


余韻のようにそんな話をしながら美那の友人たちは笑顔で二人の前から去っていった。


「まったく」


そう言う美那もまた笑顔だった。




「もう、油断も隙も無いよね」


帰り道。美那は終始御機嫌斜めだった。しかし本気で機嫌が悪いわけではなく思い切りただの照れ隠しだった。


「だから何度も言ってるだろ。悪かったって」


優希人も何度も説明を試みたが、彼女を宥めることは叶わない。いつも通りに。


「でも……、優希人がどうしてもって言うんなら、今晩ボクの好きな物を作ってくれたら許してあげるよ」


このセリフが、美那が引っ込みがつかなくなった時の仲直りの合図だった。


「了解。今晩は腕によりをかけて作らせていただきます」


あまり家に帰って来ない父親と二人暮らしの優希人は家の事を任されることが必然となっていた。そうして優希人の家事レベルは上がっていき、特に料理の腕前なんかは店を出しても十分なレベルに達していた。


その中でもオムライスが得意で、というのも美那の好きな料理がオムライスで、今回のような事がある毎に作っている為にメキメキと上達していったのだ。


「しょうがないなぁ。じゃあ許してあげるよ♪」


そしてちょうど家の前に着いたところで一件落着して、美那の顔に笑顔が戻った。


「で、さ。その、さ」


と思いきや今度はモジモジし始めた。


「どうした?」


「さっきの話、なんだけど」


なかなか話進めない美那。優希人は彼女が話し出すのをうんうんと待っていた。


「……なんでもない、なんてことないんだからね」


「なんでもないなんてことはない?」


「だから、ボクが、ゆ、優希人のこと……」


「……っ!!」


さすがに鈍い優希人でもここまで言われたら気付いただろう。二人は向かい合ったまま、お互い顔を真っ赤にして俯いていた。


「あの……」


そんな二人に声が掛かった。


「「のわぁぁぁっ!?」」


直後、二人は思わずその場から飛び退いた。


「あの……」


空気を読まない、いやあえて無視したのかもしれないその声の主を二人は同時に見た。


そこには、ふわふわで栗色の長い髪をした美女が立っていた。


「えっと、何かご用ですか?」


優希人が話し掛けると、美女は優希人達の後方を見た。


「ここのお宅に用があるのですけど……」


と言い、今度は優希人を見た。

優希人と美女の目が合う。とても深い青色の美しい瞳だった。


「ウチに、ですか?」


「ではもしかして、あなたが穂村優希人さんですか?」


「ええ。そうですけど……」


「あれ?」


そこで首を傾げたのは美那だった。


「ボク、この人どこかで見たことある気がする」


「お前の知り合いなのか?」


「ん~、どうだったかな~」


美那は胸の前で腕を組んで何やら記憶を探っているようだ。


「でもボクの知り合いだったらたいてい優希人も知ってるよね?」


「それはそうだろうけど……」


美女はニコニコしながら二人を見守っている。どうやら優希人達の人物当てに付き合ってくれているようだ。


優希人がもう一度美女の顔を見ると、また目が会って美女は微笑んだ。


「あ、あまり顔をジロジロ見るのも失礼ですよね」


優希人は顔を赤くして顔を逸らした。


「ちょ、ちょっと優希人。ちゃんと考えてよね」


頬を膨らませて美那が言った。


「ふふっ、ヤキモチかしら」


「べっ、べつにヤキモチなんて……、あ」


美那は何か思い出したような顔をした。


「思い出したのか?」


「思い出したと言うか、なんでにすぐに分からなかったかと言うか」


「どういうことだ?」


「まだ分からない?」


「ああ」


「こんなにそっくりなのに?」


「ああ。……ってそっくり?」


優希人は再び美女を見た。


「…………………………凌牙さん?」


「せいかい♪」


美女は改めて笑顔を二人に向けた。


「私の名は『明羽あきは 緋織ひおり』。凌牙は私の双子の兄よ」


「双子……」


優希人が改めて緋織を見ると、確かにそっくりだと言う感想に行き着いた。


「そんなにジロジロ見られると照れてしまうわね。でもいいのかしら?」


緋織が優希人の後ろを指差す。その方向を見ると美那が頬を膨らませていた。


「ぶぅ~」


その様子に優希人は苦笑いした。


「凌牙さんだったら中に居ると思いますけど」


優希人が自分の家を指差した。


「兄に会いに着たというのもあるんだけど、あなたにも会いに来たの」


「オレに?」


「優羽さんの忘れ形見であるあなたの話を、いつも兄から聴かされるものだから会ってみたくなったのよ」


「緋織さんも母さんの弟子だったんですか?」


「弟子と言えば弟子だったかもしれないわね。いろいろ教えてくれたし、お世話になったわ」


と、美那が優希人のシャツの裾を引っ張った。


「どうした?」


「こんな所で話すより家ん中入った方がいいんじゃないの? 凌牙さんだっているだろうし」


美那は緋織を少し、いろんな意味で警戒しているようだった。


「そうだな。少し母さんの話も聞きたいし」


優希人は玄関のドアノブに手をかけた。


「……鍵が掛かってる。凌牙さん出掛けてるのかな?」


「凌牙さんだって出掛けるよ」


美那は優希人のシャツの裾を掴んだまま言った。


「そりゃそうだな」


鍵を取り出して優希人は玄関を開けた。


「上がってください」


優希人が先導していき、リビングに入る。それに美那と緋織も続いた。


「ん?」


優希人はテーブルの上に、いつもは無いものが置いてあるのに気付いた。


「どうしました?」


優希人は二人に見えるようにそれを差し出した。


「書き置き? 『出掛けてきます』だって」


優希人は二人に書き置きを見せながら神妙な顔をしている。


「どしたの、優希人?」


「いや、いつもふらっと出掛けてふらっと帰ってくるのに、今日は書き置きがあるなんてと思って」


「そうだね。あの人今時ケータイ持ってないからね」


そう呆れたように言う美那とは反対に、緋織は真剣な眼差しでその書き置きを見ていた。


「緋織さん?」


「……え?」


「どうかしたんですか?」


「別に。どうもしないわよ」


何事も無かったかのように緋織は笑顔を見せた。なので優希人は先程の眼差しも何かの見間違いなのだろうと思うことにした。


「まあ、そのうち帰ってくるだろうから、それまで待つことにしましょうか」


しかしその日、明羽凌牙が帰ってくることはなかった。




ーーー二〇一八年九月四日 火曜日


「へえ。凌牙さんの双子の妹ですか」


この日は一段と穂村家のリビングは賑やかだった。


「それじゃあ、あたし達と一緒ですね」


そう言ったのは明るい赤髪の少女、水薙浅陽だった。


「あなたの所もお兄さん?」


「いいえ。うちは姉です。悠陽っていいます」


「この子達ホントソックリなんですよ、緋織さん。見分けんの大変なんだから」


美那はまるで自分の家であるかのように寛いでいた。


「今日は悠陽は来ないの?」


「はい。明日の準備を手伝うって」


「そっか。もう明日だっけね」


「明日何かあるの?」


一人何も知らない緋織が訊いた。


「明日はあたし達の十四歳の誕生日なんです」


「あら、おめでとう。でも誕生日会とかでは無さそうね。双子のお姉さんも準備に参加しているようだし」


「はい。ちょっと……」


浅陽は言い淀んだ。一応公には秘密になっているので話すのを躊躇った。


「明日ちょっとした儀式があるんですよ」


そこへ優希人が人数分のショートケーキとアイスティーをお盆に載せてリビングに入ってきた。


「儀式?」


「はい。俺も詳しくは知らないんですけど浅陽の家にとってはとても重要らしいですよ」


「へえ。そうなの」


緋織が浅陽を見ると照れたように苦笑いしてた。


「ねえねえ優希人。これって」


「ああ。浅陽は明日は忙しいけど、今日来るみたいなことを言ってたから用意しといた」


「用意って……?」


「もちろんお前の誕生日のささやかなお祝いだよ」


「優希人さん……!」


「これって優希人くんが焼いたの?」


「はい。最近ちょっと凝ってまして。男っぽくないですよね」


優希人ははにかんで頬を少し赤くした。


「いいんじゃないかしら。料理の出来る男性って素敵だと思うわ」


「でしょ〜♪ 優希人の料理は絶品なんだから」


美那がまるで自分の事のように自慢した。


「いいなぁ。ねえ優希人さん、ウチにお婿に来ない? あたしがイヤなら悠陽のお婿さんでも」


「いや、浅陽がイヤってことはないぞ」


「え……?」


浅陽の顔がポンッと、髪の色と同化するんじゃないかというほど赤くなった。


「ちょっ……?! ダ、ダダダダダメだよッ! 優希人はボボ、ボクの……!?」


美那が釣られて何やら口走りだし、それを見て緋織は可笑しそうにクスクス笑っていた。


「そうだよ。優希人さんにはもう決まった人がいるんだから」


廊下の方からの声に全員が振り向くと、そこには浅陽の双子の姉である水薙悠陽が立っていた。


「それに私のお婿さんを勝手に決められても困るよ」


と言いつつも彼女の頬はほんのり赤かった。


「だ、だだだから優希人は……」


美那はもはや暴走しつつあった。


「ちょっと言ってみただけだって」


「まったく……」


ペロッと舌を出した浅陽に、悠陽はしようがないなぁという風に溜め息を吐いた。


「ようやく来たな」


悠陽がリビングに入ってくるなり、優希人はそう言ってリビングから出て行き、悠陽の分のケーキとアイスティーを持って戻ってきた。


「わ、私はいいですよ。この子を迎えに来ただけですから」


「いいから座んなって」


浅陽にも勧められて悠陽は一瞬躊躇ったが、場の空気やら甘い物の誘惑やらに負けて浅陽の隣に座った。


「へえ。確かにこれは見分けがつかないわね」


緋織が言うと、悠陽はパチクリと彼女を見た。


「ごめんなさい。私は明羽緋織。明羽凌牙の双子の妹です」


悠陽は合点がいった顔をした。


「凌牙さんの双子の妹さんなんですか。じゃあ私達と一緒ですね」


悠陽がそう言うと、水薙姉妹以外の三人が笑い出した。


「え? なに?」


悠陽が浅陽を見ると、彼女も嬉しそうにはにかんでいた。


「二人とも同じ顔して同じこというんだもん」


「やっぱり双子だな」


「ぅぅ……」


悠陽は真っ赤になって俯いてしまった。


「まあまあ、優希人さんがあたし達のためにせっかく作ってくれたんだから悠陽も食べなよ」


「私達のため、ですか?」


「ささやかな誕生日祝いだよ」


「あ、ありがとうございます」


そうして悠陽はショートケーキを一口大に切り取って口に運んだ。そして、


「訂正していいですか、優希人さん?」


悠陽は優希人を見つめた。


「訂正って、なにを?」


「うちにお嫁に来ませんか?」


「だからダメだよッ! 優希人はボクのヨメなんだからぁッ!」


この後も穂村家のリビングは優希人のケーキよりも甘く、賑やかな空気に包まれていた。



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