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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第三部:”虹の瞳”の結婚
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第五章:式後の宴で

 そうして二人の婚姻の儀式は、列席する多くの人々の祝福とともに終了の時を迎えた。

 祭儀院の長による儀式の終了の宣告を聞き、“大聖堂”に集った多くの人々は日々の日常へと帰って行くことになる。それは、神官の婚姻の際には原則として披露宴の類を行わないと言う慣習があったからでもあるだろう。


 しかし、一部の“虹の一族(コアトリア家)”と親しく交流ある者達は、とある場所へ向けて足を運ぶ準備をしたのだった。彼等が向かう場所――そこは、“山脈の泉”亭の名を冠する冒険者の店であった。



  *  *  *



 時は幾分か進み、“光の太陽(光神竜の輝き)”は地平の彼方へと沈み、空には “闇の太陽(闇神竜の翳り)”と“蒼の月(黎明の巨人の瞳)”が昇り、対となる“朱の月(黎明の巨人の瞳)”が完全に閉じた空より、煌々とした蒼色の月光が地上を仄かに照らし出していた。


 そんな穏やかな夏の日の夜に、冒険者の店――“山脈の泉”亭では常連の二人を祝して、一階の酒場を貸し切った宴が催されていた。



 その宴に参加しているのは、宴の主役でもあるラティルやレインと親しい冒険者や下級騎士、それに神官と言った人々に加え、レインの両親であるティアスやセイシアと縁のある遠方からの客人達と言った顔触れであった。


 そんな彼等の前に並べられている料理の数々は、この店(“山脈の泉”亭)の献立として出されている品々だけではなく、様々な地域の多種多様な料理が並べられており、参加する人々の中には初めて見る料理も幾つか見受けられた。こうした見慣れぬ料理の作り手がティアスであると耳にした参加者の中には、半ば納得と言った面持ちで物は試しとばかりにそれらの料理を口にしたり、その味わいなどを周囲の者達と歓談の種にしたりしている。



 そうした賑わう酒場の中をラティルとレイン――或いは、レインとラティルというべきか――の二人は、宴に参加している来客の者達に挨拶をしに回っている。その恰好は、昼の婚姻の儀式で纏っていた華麗な礼装ではなく、幾分か見栄えの良い程度の普段着としている衣装に着替えていた。

 しかし、そんな普段の様な衣装を目にして、儀式の端に並べなかった者達を中心に幾らか落胆の声が上がっていたりもしていた。そんな人々の落胆を帯びた声に、二人は苦笑を返したりしている。



 ともあれ、全体としては二人――ラティルとレインの婚姻を祝うとともに、饗される主食に舌鼓を打つ人々によって、和気藹々とした雰囲気の中で宴は進んで行く。


 そうした卓の中の一つでは、エルフの婦人を中心とした一同が東方風の料理を囲んでいる。


「……まさか、こんな遠方で東方料理(チュルク料理)が頂けるなんて……」


 そう呟くエルフの女商人――フィラは、川魚の刺身に舌鼓を打つ。


「確かに……この様な拙者の好物を頂けるのも驚きですな……」


 主であるフィラの呟きに相槌を返すイェンフェイは、蛇の白焼きを器用に箸で解しつつ、それを口に運ぶ。鳥人族は、広義の“有鱗の民”に分類される生き物――亜竜や鱗虫(爬虫類)、それに魚の類を好んで食するとは言え、鱗虫(爬虫類)の類が人間の催す宴の献立に出される例など稀なことだ。


 そんな隠し切れぬ喜色を浮かべる護衛達の姿を目にして、フィラはその顔を綻ばせる。そして次の瞬間、彼女の瞳は並べられた皿に盛り付けられた料理を前にして鋭く光る。


「……この刺身に使われている魚……多分、この大河(ユロシア河)で獲れた物らしいけど、今朝獲れたばかりの……しかも、かなりの身の締まりの良い上物を使っている様ね……

 こちらに使われている南方料理(フェルン料理)の香辛料……微かに香気が弱まっている様だけど、本場の一等品質な代物ね……

 これらを作られたって言うティアス殿って……良い上客になって頂けそうね。

 こんな遠方の方ではなければ、取引を……いえ、北方大陸との交易にもう少し手を伸ばしてみようかしら……?」


 そんな呟きを漏らす彼女の言葉を耳にしていたレイランとリテルは、その目利きの腕前に感嘆の溜息を漏らすのだった。何と言っても、彼女(フィラ)は薬種や食料を中心に数百年の時を交易に費やしていた女傑である。その鑑定眼は常人には驚嘆に値する水準であることには間違いない。


 とは言え、知人の祝宴の席にあってまで商売の種を探る商魂の逞しさに、二人の青少年(レイランとリテル)は感心する半分、呆れ半分と言う面持ちで、その様子を眺めることとなっていたのだった。



  *  *  *



 さて、宴席の中で視点を幾らか移した先では、比較的小さな(テーブル)に座した少年が、料理を運んで来た“虹髪”の人物を呼び止めていた。


「あ!……あの、ティアスさん」


 そう声を上げたのは、金髪銀眼の西方大陸(アティス)風の装いを纏う少年である。彼の名はルアーク=ヴァンゼール……偽装皮膚を纏い人間の姿に変じた金属人メタル・ヒューマノイドの少年である。当然ながら、彼に差し出されている料理は、金属人メタル・ヒューマノイド用の薬液スープである。


 ともあれ、勢い込んでかけられた声に、呼びかけられた“虹髪”の人物は落ち着いた物腰で言葉を返す。


「何ですか、ルアーク君?」


 その問いかけに、ルアークは偽装皮膚の頬を真っ赤に染めながら問いの言葉を紡ぎ出す。


「……あ、あの……メイさんって、金属人メタル・ヒューマノイド、ですよね……?

 ラティルさんは、そう言ってませんでしたけど……」


「えぇ、あの子は第四世代型、と言うことになるのでしたか……貴方の父君――ミゼル殿の書かれた教本の分類からするとね……」


「第四世代型ですか……なるほど……」


 思い切って問いかけた少年に対して、何処か飄々とした風情の“虹髪”の人物――ティアスは問いの答えを返して見せる。その返答を聞いたルアークは、納得した様子で呟きを漏らした。



  *  †  *



 金属人メタル・ヒューマノイドの区分において、“世代”と言う分類が存在している。


 そして、この区分における“第四世代”と呼称される存在は、金属人メタル・ヒューマノイドの中でも最も後代に出現し始めた存在群であり、その諸能力は金属人メタル・ヒューマノイドの中でも最も制限されたものとされている。

 それは、高性能な魔法機械人形ドール・ヒューマノイドと比較して余り差異がないとも評される存在であった。


 とは言え、金属人メタル・ヒューマノイド魔法機械人形ドール・ヒューマノイドには、本質的な部分で異なる存在であるとも言える。ただ、その外見や主要な機能に差異が少ないことも確かなのも事実と言えた。



  *  †  *



 納得の呟きを漏らし、数度頷いた少年(ルアーク)は、頬どころか首の辺りまでも紅潮させながら、再び問いかけの言葉を絞り出す。


「あ、あの……彼女と、付き合っても、良いですか……?」


 顔全体を真っ赤にして尋ねるルアークの姿を前にして、素知らぬ様子でティアスは返答の言葉を紡ぎ上げる。


「そうですね……私は反対するつもりはありませんが、あの娘は我が家の侍女長なので、あまり無理なお願いはして欲しくはないのですけれど……」


 微笑んで返されたその言葉を聞き、少年の顔に満面の喜色が浮かび上がる。


「ありがとうございます……!

 あ、あの……ティアスさん、それなら……」


 そうして喜色を浮かべた少年は、今度は頬を仄かに染めて対面する“虹髪”の人物へと再びおずおずとした様子で問いの言葉を紡ぎ始めた。その問いの内容とは、メイについて――彼女の好む物や事……そうした内容を根掘り葉掘り聞きだそうと、暫しの間質問攻めにしたのだった。



 一方その頃、彼等から離れたコアトリア家の中庭にて少年の騎鳥――フォアンに対して、矢継ぎ早に質問を投げかけるコアトリア家の侍女長の姿があった。


 だが、そのことを宴席に出席していた者達が知ることはなかった。



  *  *  *



 ともあれ、金属人メタル・ヒューマノイドの少年――ルアークからの質問攻めから解放されたティアスは、酒場にある幾つかの卓を渡り歩いた後、酒場の隅もある卓の一つへとやって来ていた。


 その卓には一人の壮年の人物が席に座り、眼前に出されている料理をただじっと睨み付けていた。ティアスは、そんな僅かに眉間に皺を寄せる旧友に向けて声をかける。


「どうしました、ルギアスさん……?」


 そんな友人の問いかけに対して、ルギアスはその表情も視線も変えることなく問いの言葉を返した。


「……ティアス、私にはこの一皿のみとは、どう言う意図があってのことだ……?」


 そう問いかける彼――ルギアスの前に置かれた皿には、チーズ状の固形物が一つ載っているのみであった。

 その固形物に目を落とす旧友に対して、ティアスは少しばかり困った面持ちで返答の言葉を紡ぎ出す。


「これは、古代紀に造られていた食品の一つで、必要な栄養素が凝縮された……」

「……私も賢者だ。それが何かは承知している。

 私は何故、これしか置いていないのか、と聞いたつもりだが……?」


 表情を変えず、それでいて眼光を鋭くした上で、ルギアスは宿敵たる旧友を睨み据える。だが、睨まれた当の本人は涼しい顔のまま返答の言葉を紡ぐ。


「いえ、実は……セイシアが貴方にはこれをお出しして置けば充分だからと言っていたので……」


 ティアスの台詞に、半拍程の間だけ押し黙っていたルギアスより呟きが漏れる。


「……あの阿婆擦れ女が言いそうなことだ……」


「その眉一つ動かさずそう言う言葉を使う癖、止めたらいかがですか」


 呆れ混じりに漏れるティアスの言葉に、ルギアスは表情こそ変えぬものの穏やかな雰囲気を漂わせて言葉を漏らす。


「そうは変われんさ……所で、言っておくことがある」


 ルギアスは最後の一言を口にした後、その纏う雰囲気を峻厳なものに変化させる。その雰囲気の変化を察したティアスは、卓の対面に位置する席へと腰を下ろした。


「……何ですか?」


「……ロミナル王国のザイデル5世が死んだ」


「…………」


 唐突に告げられた言葉の内容に、柔和な表情を見せていたティアスに僅かに硬さが現れる。沈黙するティアスに向けて、ルギアスは更なる言葉を続けた。


「跡を継ぐ王太子ツァールは、ミドミギア教会や強硬派貴族との繋がりが強い。

 どう言うことか分かるな……?」


 盟約軍軍師と言う役職に就く人物からの問いかけに、大神殿高司祭の位階を持つティアスは深い溜息を吐く。


「……ロミナルで再び、西域征圧熱が噴き上がる兆候があると……?」


「あぁ、お前の頼みもあって、この20年余りロミナルの侵攻熱が湧き上がらぬ様に、数々の手を打ってきたが……これからは難しくなりそうだ」


「“大陸統一”が、彼の国(ロミナル帝国)の国是の一つとなっているそうですからね……」


 ルギアスの台詞に、ティアスは憮然とした口調で呟きを漏らした。そんな些か脱力した旧友に向け、ルギアスは眼光を幾分鋭くして言葉を続ける。


「だからこそ、お前にも何か動きがあれば知らせておく。何か頼みごとをするかも知れんしな……」


「私で出来ることならば……」


 旧友の言葉に、ティアスは微笑みを浮かべて言葉を返した。そして、そこまでの言葉を紡いだ所で、彼は席を立ち上がった。


「他の料理も運んで来ましょう。ご要望は何かありますか?」


「……そうだな……」


 そう言ってルギアスは思案気な様子を見せた。


 ともあれ、終始無表情なルギアスと微笑みを浮かべたティアスの二人の語らいの内容は、この宴席に集った者達には知られることはなかった。



 さて一方で、酒場のカウンターの方では、セイシアが酒杯に注がれた琥珀色の酒を優雅な仕草で口にしていた。そんな彼女の視線は、酒場の片隅にいた自らの背の君へと注がれていた。


「…………何良からぬことを企んでるんだか……」


 その目を訝しげに眇める彼女は、小さく呟きを漏らす。そんな彼女に向けて、カウンターの向かい側より声がかけられる。


「……ん?……どうかしたのだい?」


 その声の主は、“山脈の泉”亭の店主――ボーエン=モンフォンスであった。彼女の呟きを耳にした店主から問いかけの声が投げかけられる。


「……いや、何でもない」


 自らの呟きを聞き取った店主ボーエンに対し、セイシアは誤魔化す様に言葉を濁した後で空になった酒杯を彼へと差し出した。


 そんなぶっきらぼうな仕草を返す常連客に対して、初老の域に差し掛かった恰幅の良い店主は、軽く苦笑を浮かべただけで差し出された酒杯へと琥珀色の液体を注ぎ直したのだった。そんな彼は、酒杯を差し出す女騎士の眼元や頬に赤味が増していることを目敏く見付ける。


「もうそろそろ、酒は控えといた方が良くはないかな……?」


「良いじゃないさ、こんな日くらい……ここ最近、騎士団の顔だからって、羽目を外せる機会がなかったんだからさ……」


 カウンターに立つ店主を上目使いに見上げながら、拗ねる様にレインは呟きを漏らした。

 そんな彼女を穏やかな表情で見下ろしつつ、微笑みを浮かべたまま感慨深げな声音で言葉を返す。


「……そうだね。

 昔は凄かったからねぇ……酒と言い、喧嘩と言い、男漁りも、女漁りもねぇ……」


「…………言わないで……そんな昔のことは……」


 懐かしそうに紡ぎ上げられたその台詞に、美酒でほろ酔い加減であったレインの顔がたちまちの内に渋いものへと移り変わる。



 この店の主――ボーエンと彼女――レインの縁は、彼女が実家を出奔して間もない十代前半の頃、未だ彼が父である先代店主の下で店主見習いをしていた頃からの付き合いである。

 それは、彼女(レイン)が“運命の人(ティアス)”と出会うまでの様々なご乱行の数々を、(ボーエン)が知悉していることを意味してもいる。そう言う所もあって、この店主は彼の女将軍にとって、頭の上がらない人物の一人となっていたのだった。


 萎れた様に突っ伏したレインの姿に、思わずと言った様子でボーエンは笑いを漏らす。


「ハハハッ……あんまり思い出したくないか、このことは……」


「えぇ、そうだよ!……もう、昔々のことじゃない!」


 彼の笑い声を耳にして、レインは苛立たしげに声を荒げる。


「はいはい……そう言うことにしておこうかね」


「…………」


 そんな彼女の様子に、店主は慌てて笑いを引っ込め、彼女を宥める言葉を紡ぎ出し、この話題を切り上げることにしたのだった。



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