第八章 :“虹の声”の昔語り
酒場の客達もひとまず落ち着き、店の者にも幾分余裕が出てきた頃合を見計らって、ラティルは店主へ暫しの休憩の時間を求めた。
店主――ボーエンも心得ていた様子で、すぐに了承の返事を見せた。そうして店主を得た上で、ラティルは軽食を口にし始めたメルテスがいる卓の席へと向かい、そこで腰を下ろした。
「さっきはありがとう。また、技量を上げたみたいですね……」
そうして席に着いたラティルは、穏やかな微笑みと共に感謝の言葉を紡いだ。
「ありがとう!……ラティルさんもまた女らしくなったみたいだね……」
「………………」
「……クスクスクス……」
そんな彼女の言葉に対して、“虹髪”の少年はニコリとニヤリの入り混じった表情で軽口を返した。
そんな彼の返答に、ラティルは悄然として肩を落としたのだった。そして、彼女の様子を前にして、メルテスはクスクスと忍び笑いを漏らしていた。
* † *
“虹の声”の異名を持つ少年――メルテス=コアトリア……
彼は、ラティルの許嫁となったレイン=コアトリアの弟でもある吟遊詩人である。母親であるティアスの影響を受け、“虹色”の髪を持ち、歴史への深い関心から歴史考証の深い叙事詩の創作を好む。愛敬のある風貌と、その歌い手としての相応の力量を持つことから、そこそこの人気を得ている。一方で、吟遊詩人と職に恥じぬ、かなりな放浪癖の持ち主でもある。
しかし、彼のことを形容するのに、それだけでは足りないと言えるだろう。
そんな彼を形容するに重要な要素……それは、彼の異名の源となった“声”にある。彼は聞き慣れた者であれば容易に、そうでなくても大抵の者の声色を発することが可能なのだ。これが彼の吟う詩の魅力を更に引き立てる効果となっていた。それは男や女だけでなく、人ならぬ幻獣・魔獣の咆哮と言ったものでさえ再現可能であり、彼の吟う詩の臨場感をより鮮明にさせていたのだった。
故に、先程の様な悪戯は、そんな彼にはいとも容易いことではあったのだった。
* † *
ともあれ、二人の談笑は続いていた。
「メルテス君、最近見掛けなかったけれど、何処に行っていたんですか?」
ラティルの問いかけに、用意された軽食に舌鼓を打ちながら返答の言葉を紡いで行った。
「……(もぐもぐ)……えーっとね、シリダリーにね……」
「シルダリーって、あの城塞都市のシルダリーですよね……?」
“城壁都市”シルダリーは、その名の通りシルダリー王国の中枢たる都市である。大陸西方域の南東部に位置しており、大陸中原の大国――ロミナル帝国と国境を接する都市国家でもある。その位置関係から、“ユロシアの盟約”に属する諸国家とロミナル帝国が激突する際には矢面に立つ国としても知られている。
少年が口にしたその国の名前に、彼女は驚きで一瞬言葉が途切れる。しかし、そんな彼女の様子に頓着した素振りも見せず、少年は言葉を続けた。
「うん……(パクッ、ムニャラムニャラ、ゴックン)……シルダリーの“楯の騎士”伝説を調べにね……」
「“楯の騎士”!……あの二百年程前に活躍した鋼楯騎士団副団長ですよね……」
メルテスの口にした単語に、再びラティルから驚きの声が漏れた。
“楯の騎士”ペルティオス=ロミナル――彼の人物は今より約200年ばかり昔に活躍した騎士として知られている。
その家名から察せられるであろうが、彼は元々ロミナル帝国の皇帝家に連なる人物の一人であり、現在のシルダリー王国のあった地を所領とするシルダリー公爵家の子息として生を受けた。
皇族としては奔放な性格であったと言われ、当時のシルダリー公爵領の周辺地域を帝国・盟約国家の区別なく放浪し、強きを挫き弱きを助ける活躍を見せたとして広く知られている。
やがてロミナル帝国のあり方に疑義を呈し、遂には一族を説得してシルダリー領を帝国から離脱させて、“ユロシアの盟約”への加盟に尽力し、“鋼楯騎士団”設立の立役者の一人となったと伝えられている。
彼の人物に関する伝説は、帝国・盟約国家に関わらず民衆が膾炙する騎士伝説となっている。前述の事情もあって、ロミナル帝国の上層階級では嫌う傾向にあるものの、北方大陸を巡る多くの吟遊詩人が題材として謳う英雄譚の一つである。
メルテスは、そんな手垢の付いた叙事詩を全く新たな視点から捉える試みをしたいと、熱く語り始めた。
そんな少年の熱い語りを、興味深く耳を傾けていたラティルであったが、程なくして少年の顔が一転して曇らせて、悄然とした言葉を紡いだ。
「……それがさぁ、期待外れ……鋼楯騎士団の公文書とか見せて貰ったけど、今日母様に頼んで見せて貰った“大書庫”の史料の方が詳しいんだもん……」
「……仕方がありませんよ。他国の者にそんな詳細な史料は見せませんよ……
それに“大書庫”の史料の詳細さは、“書院”の努力の成果なのですから……」
悄然と肩を落とす少年に向けて、彼女は微笑とともに慰めの言葉を紡いだ。そんな彼女の言葉を聞いていたメルテスは、何かを思い出したのか突如として別の話を紡ぎ始めた。
「あ!……そう言えば、ラティルさん……神殿で聞いたけど、厄介な奴に目を附けられたね……
あいつはしつこいよ……」
「え?……メルテス君、知っているの……?」
メルテスの言葉に、ラティルはキョトンとした表情で問いの言葉を紡いだ。そんな彼女の問いかけに対し、“虹髪”の少年は幾分うんざりとした面持ちで言葉を紡ぎ始めた。
「……知ってる…………あいつは、もう十年近くも前から姉様にプロポーズしてるんだ……
あれは姉様が初めてよその国の舞踏会に出た時――あの時、姉様の可愛さに皆んな見惚れてた中で……あいつ、大声でこう言ったんだ……」
そこまで語って、メルテスは一旦言葉を止めた。
「――そこなお嬢さん! 僕のお嫁さんになりなさい!」
そして次の瞬間、彼の巨漢その者を思わせる表情に、幼き日の彼の声と思しき声音を張り上げた。そうして声を張り上げた後、普段のおどけた様子に立ち戻って言葉を続けた。
「……もう、会場はしらけちゃうし、姉様はキレかけてたし……まぁ、その次の日に模擬戦を仕掛けてコテンパンに伸しちゃったんだけどね……
それ以来、ことあるごとに「姉様に勝ったら結婚しろ!」って勝負を持ちかけては、伸されてるんだ。
でも、あいつ……傭兵騎士団の中でも若手№1の実力って、噂だよ……大丈夫?」
「………………」
幾分無邪気に問いかけて来る少年を見詰め返すラティルは、とんでもない輩に関わってしまったと、その顔を蒼褪めさせたのだった。
* † *
さて、ここで“傭兵都市”マルセリア王国とその騎士団――“傭兵騎士団”こと、“鉄鎗騎士団”について幾らか述べることとしよう……
“傭兵都市”マルセリアは、大陸西方域を流れるユロシア河中流域の都市国家――“商業都市”マチャルド王国に隣接した比較的新興の都市国家である。“城壁都市”シルダリー王国と並び“ユロシアの盟約”に連なる諸国家群の中でも最大規模の武力を誇る国家でもある。その主要な産業は、その異名で表される様に“傭兵の派遣”であり、大小様々な傭兵団の拠点が存在する。更に言えば、この国自体が巨大な傭兵ギルドと言って過言ではないのだ。
そして、そんな国の中にあって、“武の精髄”と呼べる存在こそ、“ユロシア盟約軍”所属の騎士団において最強の誉れ高き騎士団――“鉄鎗騎士団”なのだ。彼等は絶えず実践的な訓練を積んだ優秀な戦士達である。その武力を“盟約”に所属する諸都市国家へと貸与することでマルセリア王国の主要な財源を確保する役割も担っている。このこともあって、正式な“鉄鎗騎士団”の名称よりも“傭兵騎士団”と言う異名で広く知られている。
“鉄鎗騎士団”は、大陸西方域において戦士を目指し、或いは名乗る者達の目標とする一つであり、そこに暮す者達の軍事的な最後の希望と呼べる存在として認識されている。
そう……一介の書院付神官であるラティルが決闘を行う相手――ジェイナスは、この地域最強の騎士団、その騎士隊長を務める男なのだ……
* † *
顔を蒼白とさせる彼女の肩を、励ます様に見えざる手が軽く叩いたのだった。
ちなみに、ちょっとした裏設定をご紹介させて頂きますと……
“楯の騎士”ペルティオス=ロミナルは、自らの得物を大楯のみとし、剣や槍を手に戦わなかったとされています。そして、そんな主に代わって剣を振るったのが“剣の従者”ヴァレンド=ソードです。
この主従……たった二人で大軍を断ち割れる程度にはチートさを持っていたりします。(絶対防御と剣技無双のコンビと言った感じでしょうか……?)
さて、このヴァレンド卿の子孫の一人が、件のジェイナス卿だったりします……御先祖程のチートさはありませんが、先祖譲りの剣技の冴えは健在だったりします。




