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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第二部:“剣撃ち”と呼ばれるまで
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第六章 :“異相体”と“魔力銃”

 セスタスの許を辞して“薬院”を去ったラティルが向かった先は、神殿の“戦院”であった。


 そこには、神官達が自衛や身体の鍛錬と言った目的で、様々な武芸・武術を行う為の鍛錬場が存在している。

 当然、弓や弩弓(ボウガン)と言った飛び道具を扱う射撃術を鍛錬する為の射撃訓練場が存在している。そして、“魔力銃”の使い手でもあるラティルも、この訓練場は幾度となく足を運んでいる者の一人であった。



 さて、普段の射撃鍛錬場は、弓の弦を弾く音や矢箭が的に突き刺さる音と言ったものが微かに響く、静謐な空間が醸し出される場所となっている。


 しかし、今、この時、射撃訓練場はそんな普段とは異なる空間と化していた。それは……



 …………シュッ……!

 ……ドッカーーン!


「「うわぁああぁ……!」」


 ……ガラガラ……ゴロゴロ……


「…………」


 時に、高硬度の石材で出来ている筈の天井や壁に亀裂が走り、そこから瓦礫が崩れ落ちて小山が積み上がっている。



「……あ……!」


 …………シュッ……!


「……え……?」

「……おわっ……!」


 ……ガシャーーン!


「…………」


 時に射撃姿勢を取る神官達の目と鼻の先を高速の“何か”が横切り、次の刹那には、射手の集中を補う為にと用意されている仕切り板の一つが粉砕される。



 一言で言い表すならば、それは“阿鼻叫喚”、或いは“混乱の坩堝”と言った所であろう。

 射撃武器を扱う為、相応に広く取られたその空間は、まさにそんな状態へと叩き落されていた。それも、たった一人の人物――一人の女性の手によって起こされていたのだ。


 その件の女性と言うのが、ラティル=ウィフェルなのであった。



  †  *  †



 事の始まりは、ラティルが一応の覚悟を決めて、“魔力銃”を取りに“戦院”を訪れたことに端を発する。



 元々、“戦院”は“大神殿”の“武”に関わる物事を管理する機関と言う性質持っており、大神殿所属の神官が所有する武具の保管も行っていた。“知識神”ナエレアナが、基本的に“戦い”や“破壊”と言った事象を忌避する傾向にあることもあって、殆どの神官が自身の所有する武器類を必要のない限り携帯することを避け、普段は“戦院”の武器庫に預けており、それらが“大神殿”における不文律の慣習の一つとなっていた。

 ラティルは神官寮住まいの平神官であり、この大陸では稀少な“魔法機械武器”たる“魔力銃”を自身の得物としている性質上、冒険者として行動していない際には、慣習に従って“戦院”の武器庫への保管を依頼していたのだった。



 ともあれ、決闘を前にして改めて“魔力銃”の分解整備を行って不具合が無いかを点検しておこうと“戦院”を訪問していた。


 その頃には、既に“大聖堂”での一連の騒動が伝わっていたらしく、戦院所属の神官達からも激励の言葉を受けることとなった。その際に、一人の神官より投げかけられた一言が前述の事態の切欠となった。その一言とは、この様な内容であった。


「ここ暫く“それ(魔力銃)”を使っていないだろう?……勘を取り戻す為にも、少し撃ってみたらどうかね……?」


 その一言に納得して、彼女――ラティルは“魔力銃”を手にして射撃訓練場へと足を踏み入れたのだった。射撃訓練場にいた神官戦士達も噂のことを耳にしていたらしく、激励の言葉と共に彼女は歓迎されたのだった。


 そして、その直後……前述した“阿鼻叫喚”にして“混乱の坩堝”へと訓練場が叩き落されることとなったのだった。



  †  *  †



 眼前で繰り広げられることとなった事態に、自身の理解が追い付いていないラティルは、ただ呆然と瓦礫の積み上がった訓練場に目を丸くして佇んでいた。


 訓練場は彼女の撃った数発の弾丸によって、天井や壁と各所に亀裂が走り、そこから崩れた瓦礫が(うずだか)く積み上がっていた。そして、訓練場の奥に並ぶ標的も一部(彼女の眼前)を除いて(ことごと)くが粉砕され、それだけではなく射手の立つ足場や仕切り板等の施設の一部までも破壊されてしまっている。

 これらの惨状のお蔭で、訓練場にいた神官達は、既に訓練場から避難しているか、彼女の背後の僅かな空間へと退避している。



 しかし、不幸中の幸いと言うべきか、この騒動の中で重傷・致命傷と呼べる怪我を負った者はいなかった。高硬度な石材ですら破砕する弾丸の直撃を受けたかも知れないことを考慮すれば、このことは本当に幸運と呼んで良いものと言えるだろう。

 何と言っても、彼女――ラティルは今回射撃場に踏み込んでから、一発として狙った場所に弾丸を着弾させることが出来なかった。と言うか、狙った場所の約90度ばかり異なる方向にも着弾していることを、その程度の表現で済ませて良いかは疑問の残る所ではあるのだが……


 ともあれ、跳弾した弾丸の破片や飛び散った瓦礫による負傷者がいない訳ではなかったが、その程度は居合わせていた神官戦士達の手によって瞬く間に『治癒』されている。



 そうして、ラティルが自失から立ち直った頃には、怪我を負った者達への『治癒』が一通り終了し、避難した者達の口から訓練場の惨状を聞いた戦院長を始めとした“戦院”の高位神官が駆け込んで来たのだった。



  *  *  *



 それから暫くの時が経過した頃、ラティルは戦院長執務室にて頭を下げていた。


 鍛錬場の騒動が一段落した後、現場に踏み込んだ戦院長ゲオルグは呆然としていたラティルを戦院長執務室へと連れて行き、同時に戦院長付の神官の一人に命じてティアス書院長を呼びに行かせたのだった。

 そして、ティアスが執務室へとやって来た所で、ラティルやその場に居合わせた神官等よりの聴き取りを行い事態の全容を概ね把握することが出来たのだった。



 そうした一連の聴取が終了した後には、その部屋には身を竦めるラティルが残っていた。

 そんな彼女に向けて、戦院長ゲオルグは咳払いをしてから静かに言葉を紡いだ。


「……ゴホン……ラティル君……」


「……す、すみません……」


 戦院長の言葉が紡ぎ終わらぬ内に、ラティルは謝罪の言葉とともに深く頭を垂れた。

 そんな彼女の姿を目にして困った様に眉根を寄せたゲオルグより言葉が続けられた。


「うむ……君の自覚なく起こってしまった事故だったことは判っている。こうなる様に唆す形になってしまった者も我が院(戦院)の者であったことも判っている。しかし……しかし、射撃訓練場の被害は甚大なものだ……」


「…………申し訳、ありません……!」


 戦院長の紡ぐ言葉に、ラティルは恐縮して更に頭を深く落とした。それは、このまま土下座をせんばかりと言った状態であった。


 そんな彼女へ助け船を出す声があった。


「その辺りで、許してやって頂けませんか、ゲオルグ殿……?

 ラティルと共に書院長として、この償いは行わせて頂くつもりですから……」


 そのティアスの言葉に、ゲオルグも険しかった表情を幾分か和らげて言葉を返した。


「ティアス殿……貴方が仰るなら、これまでと致しましょう……

 ただし、ラティル!……これ以後、この様な騒ぎを起こさない様に、女性の時には“銃”の使用を控えたまえ……」


「はい……」


 戦院長の言葉に、ラティルは悄然とした様子で返答の言葉を紡いだ。

 そんな彼女の様子を目にして、ゲオルグは溜息一つを吐いて一応の納得をして見せたのだった。



  *  *  *



 その後、ティアスはラティルとともに大破した鍛錬場へと赴いた。


 並の都市民が暮らす家の数軒分の空間が広がる鍛錬場において、ティアスは亀裂や崩落がある場所を『修復』の呪文を用いて、亀裂や崩落を元の状態へと修繕を進めて行った。この『修復』の呪文自体は、一般的に古代帝国崩壊と共に失われた“遺失魔法”に分類される呪文の一つなのだが、それを知るラティルは目を丸くして次々と元の姿を取り戻して行く鍛錬場の変化を見詰めていたのだった。


 だが、そんな彼女に向けて、ティアスは言葉を紡ぐ。


「……さてと……それではラティル君、呪文の詠唱も大体覚えられたでしょうから、貴女も『修復』を用いて修繕を手伝って下さい」


「……え……?」


 ティアスの台詞に、ラティルは一瞬で硬直する。しかし、そんな彼女に向けてティアスは言葉を続けた。


「……私の魔力も無尽蔵と言う訳ではないのですよ。それに、貴女の償いの為にも、この鍛錬場の修繕を行うことに意味があるでしょう……?」


「それは、確かに……」


「なら、やってみましょう」


 その言葉に促され、ラティルは些か覚束ない様子で『修復』の詠唱を行って鍛錬場の修繕を行って行った。

 程なくして、二人掛りの『修復』によって射撃鍛錬場は元の姿を取り戻したのだった。


 そうした後、ティアスはゲオルグを呼んで鍛錬場の修復は終了したことを伝えた。そして、『修復』の魔法だけでは完全な復元が出来た訳ではない為、後で職人等に様子を見て貰った方が良いと説明したのだった。



 そうした説明が一通り終わった後で、ラティルはティアスと共に“戦院”から立ち去ったのだった。



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