第五章 :“虹の友人”と覚悟
「随分と大変なことになってる様だな……」
「そんな……私の身にもなって下さいよ……」
「あぁ、すまん、すまん……」
部屋に響く笑い声に、ラティルはその声の主に向けて渋面を見せていた。
そこは、“セオミギア大神殿薬院”の一角、傷病者への治療を行う施設の一室である。
言い添えるなら、この部屋は“薬院”の客員薬師として籍を置くトート族のセスタスの診察室であった。
さて、“大聖堂”での一連の騒動より数刻ばかり経過していた。
その間に、騒動の内容は“大神殿”に広く知れ渡る結果となっていた。それはラティルの同僚であるファーランをはじめとして、騒動の現場に少なくない人数が居合わせていた為、そうした人々の口から口伝えに、その噂は神殿内を燎原の火の如く拡がって行った。
そうした中で、噂の当事者の一人であったラティルに対して、ある者は嘆き、ある者は憤り、ある者は好奇の視線を投げかけ、ある者は励ましの声を送るのだった。
そうした騒々しい雑音に居た堪れなくなったラティルは、そこから逃れる為に、旧知であるセスタスが主となっているこの部屋へと避難することにしたのだった。
“虹の友人”の異名を持つセスタスは、ティアス=コアトリアの幼馴染にして、医術に優れる亜人――トート族の一人であると言うこともあって、“大神殿薬院”の客員薬師や相談役と言った役割を担っている。
* † *
トート族とは、“虹翼の聖蛇”エルコアトルの眷族とされる亜人種である。
その姿は、エルフ族に似た華奢な体躯に、羽翼状の耳と鳥の鉤爪に似た手足を特徴としている。“神殿都市”セオミギアの北方に聳える“聖蛇山脈”を中心に分布しており、高い知性を誇り、“医神”とも称される始祖アエスケルの影響もあって、医学・薬学に関する多くの秘術を熟知していることが知られている。
それ故に、大陸西方域にある知識神神殿の薬院等では、トート族の姿を見掛けることが出来る。勿論、そうした神殿の総本山でもある“セオミギア大神殿”においても十数人のトート族が神官・神学士・客員薬師等として何らかの籍を置いている。
セスタスは、神官や神学士ではないものの、薬師としての技量は並のトート族よりも高く、“大神殿”――特に“薬院”の人々の間で一目置かれる人物となっていた。
* † *
ともあれ、夕刻に差し掛かろうと言う頃合に訪れた友人へ薬草茶を差し出しつつ、セスタスは彼女の溢す愚痴を聞き流しながら、昼過ぎ頃から訪れた患者や女神官達が騒がしかった理由が解って得心していた。
しかし、生返事を返す彼に臍を曲げたラティルは、少々語気を強めて言葉を吐く。
「セスタスさん!……笑い事じゃないんですからね!…………あの傭兵騎士団の騎士隊長と決闘しなくちゃいけないんですから……」
紡ぎ上げた台詞に、この先のことを思って悄然と肩を落とすラティルに対して、若干気軽な調子でセスタスより言葉が返される。
「大丈夫だろう、ティアスが勧めたのならな……第一、決闘は男に戻ってからだろう……?
お前は幾頭もの魔物を倒しているじゃないか……自信を持て……!」
「でも……あの時は、貴方やレインさん……それにメルテス君の助けがあったからです。
今度は私一人で相手しなくちゃならないんですよ……」
悄然とした様子のまま言い返すラティルに、苦笑を浮かべたセスタスより更なる言葉が投げ返される。
「安心しろ……お前は自分で思っているより強いと、儂は踏んでいるがね……
それに、もし敗れて死ぬ様なことになっても、首を斬られる程度ならわしが即座に息を吹き返させてやる。
なに、相手も騎士隊長になる男だ。傷口もさぞ綺麗に斬ってくれるだろうしな……」
そう言って口元をニヤリと歪める姿に、ラティルは厭そうに眉を寄せた。
(盗賊ギルドと付き合いがあるからって……こんな冗談、笑えないよ……)
セスタスが口にしたとんでもない台詞に、鼻白み閉口したラティルは、程なくして一礼をして彼の診察室を後にしたのだった。
* * *
立ち去るラティルを見送った後で、セスタスは座っている椅子の背凭れに身を預けて、呟きを漏らした。
「……ふぅ……やれやれ……ティアスもまた、無茶を言う…………」
深い溜息とともに呟きを漏らした彼は、ふと昔のことが脳裏を過る。
「……あれから――聖蛇様が、あの子を里に連れて来てから四十年程も経ったか……
あの子も、里にいた頃は素直な良い子だったんだがな……やはり、セイシア辺りの影響かな……?」
これと見込んだ弟子に少々無茶な試練を与える幼馴染――いや、義理の弟とも思える彼の人物のことを思い、セスタスは暫しその顔を綻ばせた。
そして、次の刹那には、その表情を引き締め、静かに瞑目して一つの決意を秘めた。
* † *
トート族はもともと長命な種族だ。それは長命で知られるエルフ族から派生したとの学説からも容易に想像が出来るだろう。
実際、トート族の里においてティアスの“年の近い幼馴染”とされたセスタスの実年齢は、ティアスやセイシアの父や祖父とも遜色がない程の年齢を積み重ねている。
しかし、実質エルフ族と同等とも言われるトート族の一般的な寿命の長さは、特筆して長い訳ではない。
それは彼等に種族固有の秘術が存在していることに理由がある。その秘術とは、自らの血を媒介に、自らの寿命の幾許かを分け与えることで、死せる者を再び現世へと蘇らせると言う“蘇生の秘術”である。
この“秘術”は、自ら血を流し、寿命を削り取ることで成立する性質上、施術を行えば行う程に術者の死期は早まる。まして、医術の心得等が不十分な場合、無駄に血液や寿命を消耗し、術の完成を待たずして、術者本人の生命が尽きると言う可能性も充分にあり得る危険な“秘術”でもあった。
* † *
だが、セスタス本人は、これまでに数度この“秘術”を行使している。
その殆どは、ティアスと共に闘うセイシアに対してである。潰れた胸郭を開き、拉げ折れた肋骨の位置を直し、無残に破裂した肺腑と心臓を縫い合わせ、胸郭を塞ぎ、その身体に自らの血で呪陣を描き出す……時に戦場の最中で、それらの作業をなして“秘術”を発動させてきたのだ。
お蔭で、並のトート族よりも幾分老けた容姿となっているが、幼馴染とその周囲の者達の為に、この“秘術”を行使することを惜しむ気持ちは、セスタス本人には更々なかった。
故にこそ、弟とも思う幼馴染の娘婿になるかも知れない者が決闘に挑むのだ。
もし、万が一、その決闘で深手を負い、命を落とす様なことになった時……躊躇いなく、自らの血と命を代償に一族の秘術を使うことを心に誓ったのだった。
ちなみに、ちょっとした裏設定をご紹介させて頂きますと……
かつて、若き日の彼等は、ティアス・セイシア・セスタスの三人で冒険者パーティを組んでいました。
今回のセスタスさんが述懐していたセイシアさんの蘇生と言うのも、この冒険者パーティ時代の出来事だったりします。
さて、死亡したセイシアさんの蘇生をセスタスが行っていた間……
ティアスが何をしていたかと言うと……
上位蛇竜とガチンコの殴り合いをしていたりして……(笑)
(※ 上位蛇竜は某剣の世界なRPGの1.0版準拠でLv10~12相当のモンスターと推測されます……)
…………ティアスって、基本的に魔法使いの筈なんだけど……?




