3
翌日から、長が言う通り、そっちの勉強をさせられる事になってしまった。
とはいえ、ただ”あいつと仲良くしておけ”と言われるだけで、どうしてこいとも言われる訳でもなく。
仲良く、といってもどう仲良くなればいいのか悩んでしまったけれど、他の従業員や倉庫の従業員と同じように挨拶している。
やはりというか、悲しいかな、子ども扱いされてしまうのだけれど。
そんな日常を過ごしていたある日、城からの伝令が来た。
いつも仕事をしているのは事務所で、受付の人からそう呼び出されたのだ。
伝令の人が待っているという応接室へと入ると、なんとディシュベルさんと、近衛兵の制服を着た男の人がいて。
話を聞くと、エミリア殿下の勉強の為に教師になって欲しいとの事。どうやら財務省で勉強していたけれど、どうにもこうにも計算が苦手で、そのせいで上手く行かないのだとか。
近衛兵にも、懇々とその事に悩んでいる殿下を見ていられないと言われてしまう。
けれど、エミリア殿下が計算を苦手としているからといって、何故僕に教師になって欲しいというのか。教師というならば、僕に教えてくれた施設の先生の方が教え慣れているし、いいのではないかと言う。
それに、計算は速いけれど教えた事がないから、どう教えていいのかわからないし、そもそも施設出の僕が殿下に教えるというのも恐れ多くてできっこない。僕以上の高名な先生もいるはずだし。
そんな言い訳を並べて見た所、とんでもない手を出された。
それは―――王陛下の召喚状、だ。綺麗に折りたたまれた上質な羊皮紙を開き、机の上、僕の目の前に置かれたソレ。
しっかりと王様の名前のサインがしてあり、僕をエミリア殿下の教育係として任命すると書いてあった。
週一回の頻度でと注意書きがあったから、仕事は続けられるとほっとしてしまった。問題はそこじゃないっていうのに!
だけれど、王様の召喚状は拒否できるはずがない。拒否しようものなら捕まってしまうから。
がっくりと項垂れてしまうと、幾分申し訳なさそうに、
「週一回でなくても都合のいい日で構いません。その書状を門で見せていただければ兵が案内しますので心配なさらないでください」
そうして、よっぽど忙しくない休日に、お城へと行く事になってしまった。
なんとかそのお二人を見送り、事務所に帰るなり、ルノーさんの所へ行く。
よっぽどひどい顔をしていたのか、長の執務室へ引きずる様に連れて行かれた。いつものように誰も居ない執務室で事を話せば、慌てたように長を呼び出している。
長が執務室へ戻ると、ルノーさんにより説明を聞くなり大爆笑された。
「くくっ・・・すまん、すまん、しっかしその歳で随分とまぁ出世したなぁ。まぁ、上手く行かなかったとしても気にする事ねぇって。あの殿下は教育係がころころ変わる事でも有名だ。」
仕事しながらでもいいならこっちも助かるわ。なんて、軽く言われてしまった。そうか、教育係が結構変わるのか。もしかしたら、もう教育係になれる人がいないから声が掛かっただけかもしれない。
そう考えれば、気が楽になる。いろいろ悩めるところはあるものの、深く考えない事にし、執務室を後にする。
「ああ、ルノー、ちょっと・・・」
「はい」
背後でそんな声が聞こえたけれど、そのままぱたりとドアが閉まった。
呼ばれていたのはルノーさんだけだから、僕には関係ない事なのだろうと思い、自席へと向かい、仕事を片付ける為に動く。
そうして、休日。連絡なしでも大丈夫だから来てくれと言われたけれど、本当に大丈夫なのだろうか。
そんな事を考えながらお城へと行き、門の兵士へと連れられたのは・・・王族が住まう場所に程近い部屋だった。一般に公開されていない執務塔で、入り口には厳重に近衛が配備されていた。
そこに、先日ディシュベルさんと一緒に商会へと来た近衛兵がいて、そこから先はその近衛兵に連れられて行く。
通された部屋にはエミリア殿下がいた。執務室なのだろう、机があり、書類入れに書類が僅かに積み重なっている。
傍についている人は、人当たりの良さそうな初老のおじいさん。なんだろう。侍従、なのかな?とりあえず部屋の状況を確認しようと目配せしていると、エミリア殿下がこちらへと来た。
「一年ぶり位だな、此度の件了承してくれてうれしいぞ」
「ご機嫌麗しゅう、エミリア殿下。ご期待に添えるかわかりませんが、精一杯務めさせて頂きます」
胸元に片手を沿えて、腰から礼をする。確か、こういう礼の仕方でよかったはず。
と、心配をしていたら、殿下に同い年なのだから呼び捨てでいいと言われ、敬語も必要ないと言われた。
だからと言って、はいそうですかと聞ける訳がなく、他の方からみたら不敬に見えてしまうとまで言うと、傍に居たおじいさんが口を挟んできた。
ものには順序があるのだと言って、殿下を嗜めれば、不承不承だけれど殿下はそれ以上言って来なかった。
おじいさんの紹介もされた。やっぱり侍従だったようで、幼少の頃からの付き合いなのだとか。
そうして、勉強が始められたのだけれど。
「ちょ、これ、機密書類じゃないですかっ」
執務机の横に椅子が用意された時点で何かがおかしいと思ったものの、座らされて出された羊皮紙に書かれた文字と数字に思わず叫んでしまう。
「お主、こういう事得意だろう?ならばこれを利用しない手はないと思わんか?」
「なりません!一般市民にこのような機密書類を目に触れさせては」
「機密となっておるが他国に出ねば問題ない」
私が他国に売るとは思わないのだろうか。いや、売らないけれど。
それにしても侍従のおじいさんもにこにこ笑ってるだけで止めようとしないのはどうなんだろう。
そんな討論をしたものの、結局それら書類を使って勉強するはめになったのは言うまでもない。
エミリア殿下の教育係になって、2年が経過した頃。
この頃はなんとか敬語の中にも時折砕けた会話なんかも混じるようになり、こちらも王城に上がって殿下と対する事に緊張しなくなった。
いつものように休日にお城へ上がり、顔なじみになった兵士へ連れられたのは・・・
なぜか、謁見室への入り口で。
入り口にはいつもの近衛兵。一体どういうことかと聞こうとしたものの、すぐに謁見室のドアが開かれてしまう。
近衛兵にこそこそと、『王の前まで案内しますから、後は膝を突いて頭を下げてればいいですよ』なんて言われても、なにがなにやらで余計緊張してしまった。
隣に近衛兵が付いていてくれるとは言え、自分が何かしてしまったのだろうかと考えてしまう。
教えられた通り、顔を俯いたまま隣の近衛兵に促されるまま進み、王の御前で膝を突く。
頭を常に俯かせている為に、人が居るのか分からない。それなりに広さがあるから、壁際に誰か居るのだろうか。
一体何が起きたのか。いや、なぜこんなありもしない事が起きているのか。
ただ冷や汗をだらだらと掻きつつ、跪いて頭を垂れるしかない。
「そんなに畏まるな。ここにはワシと近衛しかおらんのでな」
そ、そんな事言われても・・・国で一番偉い人と対面して、通常と同じ態度なんて出来る訳がない。
「表を上げよ。・・・どうだ、この顔に見覚えがないか?」
恐る恐る顔を上げれば、陛下はそう言う。
「―――っ」
「何年前だったか。財務省でベルシュ=ダンバインに扮したワシと会っただろう」
そう、確か、いつもはアッシュ=ダンバインさんなのだけれど、その年は出られないとかで、代理で引退した父上が・・・
それが、陛下だったなんて。確かにどこかで見た覚えがあったなと思ったけれど、それは施設に訪問された時に見たからかもしれない。いくら小さい時だったとは言え、なんで分からなかったんだ・・・!
そんな自己嫌悪を繰り広げるも、僕が落ち着くと、陛下は色々と話し始める。
扮していたのは、前年にエミリア殿下が居た事で、金額の間違いを即座に指摘した事が耳に入ったからなのだとか。
そして、王様がダンバインさんに扮していた時の無理な税率。あれは、確かに国に金が必要だったとはいえ、こちらの能力を見る為にわざと無理な値にしたのだとか。
エミリア殿下の教育係としたのも、王様なんだとか。
―――知らなかったんだけど、王族は代々恋愛結婚なんだとか。幼少の頃から、目ぼしい子と遊ばせたり、大きくなれば一緒に勉強をしたりして、恋愛に発展する相手を探すんだそうで。
でも、なんでそんな話を?
「ふむ、存外お前も鈍いな。だからエミリアも業を煮やしたんだろうが」
「・・・?」
「だから、エミリアがお前と結婚を前提にお付き合いしたいそうだ。どうだ?」
な、なんだって!?いや、だって、貴族でも、ましてや平民でもない施設出の―――
情けない事に、告げられた爆弾発言により、お断りの言葉も、言い訳も出来ずに気を失ってしまった。
さて、そんな衝撃な事から5年。
元気に王様業やっています。
あ、語弊があるといけないのだけれど、エミリア殿下の変わりに計算したりちょっとした事や式典に出たり等しているだけです。
いろいろあったけれど、夫婦仲も、家族仲も、良好で。子宝にも恵まれて2男1女、そして今お腹にもう一人。3ヵ月後には生まれてくるそうで、すごく幸せです。
ココまで読んで頂きありがとうございました。
なんだか急に書けなくなってしまい間が開きましたorz
最後は補足説明が欲しい流れになってますが、あえてこの形にしました。
何も全部書かなくてもいいだろうと。
幸せに暮らしましたとさ、チャンチャン♪でいいだろうと。
惹かれて行く馴れ初め?とかもし読みたかったらコメントでどうぞ。
誤字脱字、指摘や感想等お気軽にどうぞ