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死にたがりの僕に勇気をくれた一輪の花。

 「生きる意味なんて、どこにあるんだろう。」


 それが僕の口癖だった。


 学校にも行かず、部屋のカーテンを閉め切り、時間だけが過ぎていく。誰とも話したくない。誰にも会いたくない。


 そんなある日、散歩に出た病院の庭で、一人の女性と出会った。


 白いワンピースに、少し痩せた体。


 それでも彼女は、小さな花壇に咲く一輪の花を見つめながら笑っていた。


「きれいですね。」


 僕が思わず声をかけると、彼女は振り返って言った。


「この花、毎年ちゃんと咲くんです。去年も、一昨年も。」


「そうなんだ。」


「私は来年、見られるか分からないけど。」


 その言葉に、僕は返事ができなかった。


 彼女は自分の病気を隠さなかった。


 治らない病気。


 長くは生きられないこと。


 それを、まるで天気の話でもするように笑って話した。


「怖くないの?」


 僕が聞くと、彼女は少し考えてから答えた。


「怖いですよ。でも、怖いからって今日がなくなるわけじゃないですから。」


 それから僕は毎日のように病院へ通った。


 彼女の名前は花音。


 病室で他愛もない話をした。


 好きな映画。


 好きな音楽。


 将来やってみたかったこと。


「私ね、水族館に行きたかったな。」


「じゃあ退院したら行こう。」


 そう言うと、彼女は困ったように笑った。


「その約束、たぶん守れない。」


 僕はその言葉を聞きたくなかった。


「そんなこと言うなよ。」


「ごめんね。でも嘘はつきたくないから。」


 僕は初めて、生きたいと思っている人に出会った。


 生きたくない僕と、生きたい彼女。


 どうして神様は間違えたんだろう。


 彼女が苦しむ夜もあった。


 息が苦しくて眠れない日。


 痛みに耐えながら、それでも「大丈夫」と笑う日。


 僕は何もできなかった。


 手を握ることしか。


「ねえ。」


「なに?」


「もし私がいなくなっても、自分を嫌いにならないでね。」


「そんな話するな。」


「約束。」


 僕は答えられなかった。


 秋になり、庭の花は少しずつ色を失っていった。


 彼女の体も同じだった。


 食べられる量は減り、歩くこともできなくなった。


 それでも窓から見える空を見て、


「今日は雲が面白い形。」


 そう笑った。


 ある日、彼女が僕に小さなノートを渡した。


「私がいなくなったら読んで。」


「直接言ってよ。」


「その時には言えないから。」


 僕は受け取った。


 嫌な予感を押し殺しながら。


 三日後。


 病院から電話が来た。


 花音は静かに息を引き取ったという。


 病室には、もう彼女はいなかった。


 窓際には、一輪の花だけが置かれていた。


 僕は泣いた。


 何時間泣いたか分からない。


 「どうして。」


 その言葉しか出てこなかった。


 家に帰り、ノートを開いた。


---


 **「君へ。


 初めて会った日、君は世界で一番寂しそうな顔をしていました。


 でも、本当は誰より優しい人なんだって知っています。


 私は生きたかった。


 もっと笑いたかった。


 もっと季節を見たかった。


 だからお願いです。


 私の分まで生きてください。


 『死にたい』と思う日はあるかもしれません。


 そんな日は、この花を思い出してください。


 花は、自分が明日散ると知っていても咲きます。


 だから人も、明日が分からなくても今日を生きていいんです。


 君が笑える日が来ますように。


 ありがとう。


 大好きでした。』**


---


 涙で文字が読めなくなった。


 あの日の花壇へ向かう。


 季節は巡り、去年と同じ花が咲いていた。


 風に揺れるその姿は、まるで彼女が笑っているようだった。


 僕はしゃがみ込み、小さく呟く。


「まだ、生きる理由は分からない。」


 風が吹く。


 花びらが静かに揺れた。


「でも、生きてみるよ。」


 彼女との約束だから。


 人生は、悲しいことばかりじゃない。


 そう言い切れるほど強くはない。


 それでも、誰かの優しさは人を救う。


 一輪の花が春を知らせるように。


 一人の人との出会いが、誰かの未来を変えることもある。


 僕は今日も歩く。


 あの日より少しだけ前を向いて。


 彼女が見られなかった景色を、この目に焼き付けながら。

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