第41話:商業ギルドに登録しよう!
エマージェンシーシートのマントを纏いながら、俺たちはレオンの案内で古着屋へと向かっていた。
城塞都市フィロリアの街並みは、石畳の通りに古びたレンガ造りの建物が並び、活気のある商人たちの呼び声が響いている。その光景にまだ慣れていないようで、美咲は興味深そうに周囲を見渡していた。
「こうして街を歩いていると、ほんとに別の世界に来たんだなって実感しますね」
美咲が感慨深げに言う
俺もそう思わなくもないが、歩きながらも周囲の風景を観察し、フィロリアの街並みに少しずつ馴染んでいく自分を感じていた。良くも悪くも、俺の適応能力は高いのかもしれない。
「まぁ、まだ違和感は拭えないがな。とりあえず、服を買わないことには始まらない」
俺は手を伸ばして、マントの薄い生地を指先で摘まんだ
エマージェンシーシートは非常時には役立つし、土で汚して質感をごまかしてはいるものの、日常で使うにはやはり不安がある。俺と美咲の格好がこの世界に馴染まない以上、服を整えるのが先決だった。
目的の古着屋に辿り着くと、レオンは大きく手を広げて店を示した。
「ここが街の古着屋の一つです。ただ、俺に服のセンスを求めないでくださいよ?」
確かに、レオンの格好を見る限り、彼のファッションセンスにはあまり期待できそうにない。動きやすさ重視といった装いで、デザインにこだわりは感じられなかった。
「じゃあ、店主に選んでもらってください。無難な服で構いません。庶民に混じっても浮かないようなもので、いろんな季節に使えそうな服を、俺とミサキに各5セットずつお願いします」
レオンにそう伝えて、金の入った革袋を渡すと、レオンは一人で店の中に入っていく
俺たちは店には入らず、近くの路地で待つことにしていた。”渡界者”とばれるのは面倒だし、服を選ぶつもりもなかったからだ
店の入り口から離れて、レオンを待っていると美咲が顔を寄せて小声で尋ねてくる。
「あの先輩? 服って結構お金かかるんですかね?」
「まぁ、それなりにな。村での生活を見る限り、こっちの人間は服をたくさん持っているわけじゃなさそうだったし、一着一着を大切に着ている印象があった。そう考えると、決して安いものじゃないんだろうな」
そんなことを話したり、街並みを観察していると、しばらくしてレオンが戻ってきた。両腕には選んだ服の束を抱えている。
「これなら、街の住人に紛れても違和感はないと思いますよ」
レオンはそう言いながら、俺と美咲用の服をそれぞれ五セットずつ手渡してくる
俺の分は短めのオーバーチュニックに長ズボン、そして武骨な布製のマントが付いていた。 美咲の方はくるぶしまで覆えるオーバーチュニックがメインで、下に何か着込んでいても違和感がないデザインになっている。
「これなら問題なさそうですね」
美咲は満足げに微笑んだ。
「よし、それじゃあ早速着替えるか」
俺たちは路地裏へと移動し、そこで手早く着替えることにした
もちろん、全部脱ぐわけにはいかないので、美咲はウインドブレイカーを脱いで、その上からオーバーチュニックを羽織る
幸い、この服のデザインのおかげで、不自然さはそこまで感じられなかった。オーバーチュニックは頭から被る貫頭衣タイプで、全身を覆うように作られている。下に着ている服が基本的に見えない構造なので、ウインドブレイカーを脱ぐだけで違和感なく馴染んでいるように見えた
俺も同様に着替えて、最後に分厚い布製のマントを羽織る。
「良いですね! 違和感ないです」
レオンが満足げに頷いた。
「着心地は今一つだけど、悪くないな」
俺は腕を回しながら服の感触を確かめる。
今までの服に比べれば多少ごわつく違和感はあるが、すぐに慣れるだろう。
「私は下にアチラの服を着ているのもありますけど、割と着心地良いですよ?」
美咲は軽く裾を持ち上げながら言う。美咲の順応性には感心するばかりだ
だが、問題は服の価格だった。 1セットで銀貨2枚(約2万円)。10セット買ったので、金貨2枚(20万円)也。
「結構な出費になったな……」
俺は革袋の中身を確認しながら、ため息をついた。 現在の手持ちは残り金貨3枚になった。これから商業ギルドと冒険者ギルドの登録料を支払ったら、残るのは金貨1枚だけ。
「正直、ちょっと心許ないですね」
美咲も同じく財布の中を覗き込みながら呟いた
すると、レオンが気を利かせるように言った。
「それじゃあ、商業ギルドに先に行きましょうか。商人として認められたら、露店を出すこともできますし、ギルド内の買取所で何か買い取ってもらってもよいですしね」
「なるほど」
ファルズの店なら”渡界者”であることに気を遣わなくて済むし、信頼できる相手なので、また物品を売りに行くのもよい。一方、露店で稼ぐというのも面白そうではある。
「よし、まずは商業ギルドに登録しよう」
俺はそう決断し、レオンの案内で次の目的地へと向かうことにした。
◆
改めてフィロリアの街を進みながら、俺たちは商業ギルドへと向かっていた。
店先ではパンや果物を売る商人が声を張り上げ、行商人が荷車を引いて歩いている
どこかで聞こえる大道芸の笛の音が、この街の賑わいをさらに引き立てている。
「商業ギルドが近いせいか、商人が多いですね」
美咲が周囲を見渡しながら言う。
「まぁ、商業ギルドは経済の中心みたいなものだろうからな。その周辺で商売が盛んになるのも納得だ」
俺も商人の雰囲気に少し圧倒されながら、注意深く観察を続けた。
「オレは職人ギルドに登録しているんですけどね。商業ギルドには取引なんかで来ることもあるんで、慣れてるんですよ」
レオンが先頭を歩きながら、そんな話をしてくれた。
「職人ギルドですか。鍛冶屋が所属するのもそこなんですね?」
「ええ。鍛冶屋とか木工職人とか、技術職の人たちはたいてい職人ギルドに属していますね。でも、商業ギルドとは結構繋がりがあるんですよ。商材の売買もあるし、取引先の信用調査なんかも、商業ギルドが窓口になってることが多いですから」
なるほど、商業ギルドはただの商人の集まりじゃなくて、経済を回す上での中枢機関みたいな役割を果たしているわけか
そんな話をしていると、レオンが立ち止まり、目の前の建物を指さした。
「着きましたよ。ここが商業ギルドです」
見上げると、立派な石造りの建物が目の前にそびえていた
入り口には大きな木製の扉があり、扉の上には”商業ギルド・フィロリア支部”と刻まれた看板が掛かっている。周囲には書類を抱えた商人らしき男たちが行き交い、時折、重そうな荷物を運ぶ職人たちの姿も見える。
「さて、入りましょうか」
レオンが扉を押し開け、俺たちは商業ギルドの中へと足を踏み入れた
内部は広々としており、天井には精巧な金属細工で作られた灯りが吊るされ、暖かな光が室内を照らしていた
受付カウンターらしき場所には数名の職員が座っており、商人たちが次々と手続きを進めているようだった
レオンは慣れた様子で受付へと向かう。
「オレの顔見知りがいるんで、紹介しますよ」
受付には、一人の女性が座っていた
20代半ばくらいの、美人で聡明そうな雰囲気を持つ女性だ。
「あら? レオンさんじゃないですか。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付嬢は優雅な笑みを浮かべながら、レオンに声をかけた。
「こんにちはアンヌさん。今日はオレの用事じゃなくてね。こちらの方が登録をしたいということで、連れてきたんですよ」
アンヌと呼ばれた女性が俺の方を見て、まじまじと品定めするように視線を送ってくる。こういうのは慣れないから、正直ちょっと居心地が悪い
だが、どうやらアンヌの合格基準は満たしたらしく、小さく頷くと柔らかい笑みを見せた。
「ナオヤ・フジクラと申します。北方からの難民なのですが、向こうでは商売をしていたので、こちらでも商いが出来ればと考えております」
俺は事前にレオンと相談していた内容を話す
”渡界者”であることをギルドに把握されるのは面倒だし、ここのところ北に隣接するノルディアス王国との小競り合いが続いているため、北からの難民が増えているとのことだった。そのため、特に疑われることはないだろうとレオンは言っていた。
アンヌは少し考えたあと、俺の顔をじっと見つめてから頷く。
「それは災難でしたね。城塞都市フィロリアへの移住となりますか?」
「いえ。まだどこに腰を落ち着けるかは決めておりません。妹の仕事も見つけないといけませんし……」
俺は隣にいる美咲の方を見て言った
美咲は最初”妹じゃなくて妻のほうがいいのでは?”と言っていたが、それはさすがに勘弁してもらった
それでも、アンヌは納得したように頷くと、
「承知しました。登録料は金貨1枚となりますが、問題ありませんか?」
と尋ねてきた。
「ええ。問題ありません」
やはり試験などはないらしく、登録料を払えるだけの経済力が、そのまま商人としての資格の証明になるらしい
俺は革袋から金貨1枚を取り出し、アンヌに渡した。
「確かに受け取りました」
その後、登録証への記入や、街へ入る際に行ったものと同じ犯罪チェックを済ませると、手続きは完了となった。
「こちらが登録証となります」
アンヌが渡してきたのは、厳つい革の装丁の手帳だった。
「思っていたのと違うな……金属のプレートみたいなのかと思ってたが」
「パスポートみたいですね」
美咲が手帳を覗き込みながら呟いた
めくってみると、最初のページに俺の情報やギルドの認証が記載されており、それ以外は白紙の紙が続いていた。
「確かにパスポートみたいだな」
俺は苦笑しながら、美咲に小声で同意した。
「さて、これで商売の準備は整いましたね」
アンヌは手帳を整えながら、もう一つの質問を投げかけてきた。
「早速フィロリアで商いはなされますか?」
俺は少し考えたあと、頷いた。
「それなりに商材はあるので、露店でも出してみようかと思ってます」
アンヌは満足げに微笑み、手帳をめくりながら説明を続けた。
「そうですか。露店の場合、出店の料金として30日で銀貨1枚を頂戴しておりますが、問題ありませんか? こちらは領主様へ納める税となります。30日で金貨20枚以上を商われる場合は、その商いに応じた税を別途頂戴することになりますので、必ず申告してください」
ふむ。月に200万円以上の商いであれば、税は一律1万円ってことか
ずいぶん良心的な気がするが、有象無象の木っ端商人を相手にするなら、これが現実的で税のとりっぱぐれが無いんだろうな。 逆に、ちゃんとした商人や商会に対しては、帳簿のチェックなどを行うのかもしれない
何にしても申告制だから抜け道はありそうだが、”犯罪チェックの鉄板”などでバレる可能性を考えると、ルールを破るリスクは高そうだ
本気で商人をやるつもりもないし、露店で月金貨20枚以上取引しないように気を付けるとしよう。 どうしてもお金が必要なら、ファルズの店に行けば良い事だしな。
俺は革袋から銀貨1枚を取り出して、カウンターの上に置いた。
「取り敢えず30日でお願いします」
「承知しました。それでは登録証をお借りしますね」
アンヌは俺から登録証を受け取ると、それを開き、白紙の最初のページにスタンプを押した なるほど、これが行商の許可の証となるわけか。
「たしかにパスポートみたいだな」
俺は美咲に小声で話しかけると、彼女は頷きながら笑った。
こうして、俺は正式に商業ギルドの一員となったのだった。




