表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/21

11.探偵たちの営業活動

浜崎組の社長令嬢、涼香から、行方不明になったフィアンセの日高孝男探しを依頼された翼は、殺人事件に出くわしながらも調査を続ける。しかし日高孝男の悪事を知らせると、父の会社を持ち直すために日高との結婚が必要だった依頼人は逆上。調査の継続を打ち切られてしまう。しかしこのまま引き下がる翼ではなかった。

 日高邸の応接間は、淡い紫色の絨毯が敷きつめられ、禅寺の石庭のように応接セットが配されていた。鏡を張った壁があり、その横の巨大な水槽の中にはランチュウが数匹遊弋していた。

 扉が開いてガウン姿の家主、日高義信が現れた。ソファーに座っていた翼と鬼塚は立ち上がった。

「夜分おそくにすみません」

「それに見合う急用なんだろうね?」

 日高義信は象のような声、サイのような足取りで近づいてきた。

「はい、そちら様にとっても、私どもにとっても」

「妙なことばかり言う人だな、あんたは」

 翼は鬼塚を紹介した。鬼塚は首をすくめるような会釈しながら、名刺を差し出した。

 建設会社の社長は名刺を無造作に受け取りながら、どすんとソファーに腰をおろした。探偵たちも座った。

「今夜は、営業活動に来させていただきました」

「何の?」

 日高義信はじろりと翼をにらんだ。女探偵は手のひらで、隣で堅くなっている男を指し示した。

「この鬼塚庄之助(しょうのすけ)君を、あなたの息子さんのボディーガードに推薦させていただきたく思いまして」

「話がまったく見えて来ない」

「息子さん、逃げていらっしゃるんでしょう? 命を狙われて」

 日高義信は無表情に女探偵を見返した。

 翼は、鬼塚が空手三段、柔道三段、株主総会の前後に浜崎組の社長さんのボディーガードもやって、もう、そういったノウハウも会得していると説明した。当の鬼塚は、息子をお願いしますと、スパルタ塾の経営者に母親が頼み込んでいるのを横で聞いている少年のような顔をしている。

 しかし、日高はうんざりした顔を見せると、背もたれにガウンの上半身を投げた。

「君、もう少し、順序だてて話してくれんか。孝男の命が狙われているというのはどういうことですか」

 探偵は答えた。

「私は知ってしまったのです。孝男さんが、殺された奥井猛さんと、女の子をたぶらかし回っていたことも。御社のとある現場事務所の女性が自殺したのもそれが原因であることも。多分、遊んで捨てられた人はもっと大勢いるんじゃないですか。そのなかの誰かが復讐を始め、まず奥井猛さんが殺された。そして次は孝男さんの番。それを察知したので、孝男さんは姿をくらました。あなたが、『怖い人』を私のところに寄こしたのも、ストーカー探偵に私をつけさせたのも、その復讐者が、孝男さんを見つけるために、私を雇った、そう考えたからでしょう?」

 日高義信は、翼の顔をにらみつけたまま、何も言わなかった。

「でも、ご安心ください。私はそんな理由で雇われていたんじゃありませんし、その依頼も今日、中途でもって切られてしまいました」

「どうして?」

「さあ、なぜでしょう」

 社長はせせら笑った。

「君の態度が生意気だからじゃないのか。まったく今、君が口にした勝手な洞察なども少々腹立たしい。どういう根拠からそんな素っ頓狂な考えに至ったのか。とにかく前も言ったように、私は息子がどこへ行ったか知らない。だから、何も返答することはできん」

 そう言いながら、日高義信が立ち上がろうとしたとき、白い大理石のテーブルに、銀色の物体が、音をたてて置かれた。

 社長は、中腰で動きを止めた。鬼塚もいぶかしげに、翼の顔を見た。

「いいライターでしょう? それ、現場に落ちてたんです」

「どこの現場に?」

「奥井猛さんが、殺された現場に」

 翼は、続いて数枚の写真をテーブルの上にばらまいた。カーペットの上に倒れた男の横にそのライターが写っている。

「底に、T・H とイニシャルが彫ってあるから、高く売れるんじゃないかと思いまして」

「君はこんなものを殺人現場から勝手にひろってきて許されると思っているのか!」

 社長は大声を出した。

「否定されないんですか。この写真が合成だとかなんとか、ライターもでっちあげだとか」

 社長は、梅干の種を飲み込んだような顔になった。

「私が拾ってこなかったら、今頃、息子さんは、もっと窮地に追い込まれていたんじゃありません?」

 日高義信はしばらく、何かの実験台にでもなったかのようにソファーに身を沈めて、額に汗を浮かべていた。が、やがて静かにこう言った。

「いくらだ」

 翼は2本の指をかざした。

「200万」

 鬼塚が横で目をむいた。社長は口元を痙攣させた。かと思うと、いきなり声にいつもの倍のどすを利かしてこう言った。

「非合法なものなら、今、こっちも腕ずくで奪うことができるんだぞ」

 社長はつと右手を上げると、誰かにこっちに来いというような合図をした。

 数秒で、若いブラックスーツの若い男が現れた。翼はおやっという顔をした。それは日高建設の社屋で案内してくれた谷本と名乗った秘書だった。

 が、次の瞬間、立ち上がると、探偵はこう言っていた。

「やれるかしら」

 探偵の手にはピストルが握られていた。鬼塚も含めて、翼以外の全員が後ずさりをした。

「君はかたぎの人間じゃないな?」

 社長は、意外と冷静な声で言った。

「このライターがほしければ、200万、それとこの鬼塚を用心棒に雇うことと、こういうご提案です。ぜひ前向きにご検討いただければと存じます」

 翼はそう言うと、いつもの誇らしく尻尾を立てた猫のような足取りで社長の横を抜けて、出口へと向かった。そして、すっと道をあけた秘書にすれちがいざま、「この前はどうも」と笑顔で声をかけた。

 鬼塚は、谷本とせつな視線をあわしただけで、あわただしく、翼のあとを追った。

 部屋には互いの顔を見合わせることも忘れて、あっけにそれを見送るふたりの男が残された。


次回、日高建設社長秘書谷本が翼に接近し、思いがけないことを……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ