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142 Banと紗季 ③

 最後の食事の後も何の進展もないまま別れたBanと紗季。


本当に翌日からBanの病状報告はなくなり、連絡を取る理由もないまま数日が過ぎる。


その頃、ブランカのスタジオでは


「ここから次の曲はそのまま続けて入った方がよくない?」


「そーだな、出だしは平蔵とBanだけだから…どう入る?」

「Banにカウントでも打ってもらえばいいだろ」

「だな、じゃあそれで…」


「あ…あのさぁ」


「…え?」


「どうせならカウント無しでいきなり入った方がカッコ良くねぇ?」


「…えっ?」


Banが自ら意見を出したのはこれが初めてだ。

みんなが驚いて固まってしまっている中


「お、おぉ…そりゃそう出来たらカッコいいけど…」

「でもカウント無しで頭合わせられるか?」


「大丈夫だよ、平蔵の入るタイミングならわかる」


「…え?」

「どうやって…」


「まぁやってみよ。平蔵は自分のタイミングで入って」


みんな驚いたまま言われた通りに前の曲の終メロから始め、そして最後のトーンを伸ばしている間に平蔵が半信半疑のまま自分のタイミングで入る。


すると見事にその頭を合わせてみせたBan。

イントロだけ演奏して止めると


「ヤベ……めちゃくちゃカッコいい!」

「マジかよ?!どうやって合わせてんの?!」


「平蔵はさ、弾き始める前にネックのヘッドがホンの少し…5センチ程だけスッと上がるんだ。それさえ見てりゃ簡単だよ」


「え……ウソ……」


本人でさえも気づいていないクセ。

そして何よりもBanから意見が出てきたことが驚きだった。


「…前から気づいてたの?」

「ん?そりゃ一番後ろからずっと見てきたもん」


この日を境にBanは生まれ変わったようにいろいろな意見を出し始め、当然ぶつかり合いもあるもののバンドとしての向上心が明らかに芽生えていた。


そんな頃、スタジオのある建物から少し離れた駅前に紗季の姿があった。


「…またマメとか潰れたり無理してないかなぁ」


もう今となってはBanの手の具合を知る術はない。

自分から電話でも出来ればもっと気が楽になるのだろうが、その勇気もないまま悶々としていた。


偶然会えるのを期待していた訳ではない。

少しでも近くにいたいなどと思っていた訳でもない。

ただ気が付けばBanがいるであろうスタジオに勝手に足が向いていた。


「何やってんだろあたし…。もうアイツの頭にはバンドの事しかないのに」


そう呟いて帰ろうと振り返った時


「おっとぉ!びっくりしたぁ」

「わっ!!」


今度は涼子とみぃの2人組と出くわした。


「あれ?……こないだのいきなりビンタ女♪」

「…なんか不本意なあだ名がついてる」


「どしたの、こんなトコで」

「え?…いや別に…帰るトコだよ」


「ホントにぃ?Ban待ちじゃないのぉ?」


「え?…え?そんな事になっちゃってんの?」


「…な…なっちゃってない!…と思う…んだけどなぁ…」


「なるほど(笑)」

「ね、ねぇ…あの…Banクンあれから手とかケガしてない?マメ潰れたりとか」


「え?」

「あ、あぁ…うん。今は大丈夫だと思うよ」


「そっか、それならいいんだ…じゃぁあたし帰るね」


「会ってかないの?」

「え…うん、約束してないから」


そのまま帰ろうとする紗季の背中に向かってみぃが


「ね~、今から飲みにいかない?」

「え?」


「行こーよ。アンタとはなんか仲良くなれそう」


「……うん」


この恐ろしいほどの美女3人組はここで誕生した。


すぐ近くの居酒屋に入ると一瞬で打ち解け、自分達が同じジャンルの人間であることがすぐに分かったのだった。


「へ~、じゃあ今は逢いたいのにガマンしてんだ」


「だってあんな子供みたいな顔で喜ばれちゃったらさぁ…」

「別に手の事だけじゃなくても電話ぐらいすればいーじゃない」


「なんて…手は治っちゃったけど他に痛いトコない?って?」


「でも好きになっちゃったんでしょ?」

「す…好きかどうかなんて…ただ話したり逢えなくなったりした途端にちょっと寂しくてたまらなくなっちゃっただけだよ」


「それを好きって言うんだよっ!」


後の大親友になるこの3人が心を許すのに時間は必要なかった。

お互いの呼び方もすぐに呼び捨てに変わると


「ねぇ紗季。明日Syouがライブハウスに呼ばれてるから多分次のブッキングが決まると思うんだ。分かったら電話しようか?」


「ん?…ううん…もしBanクンが声かけてきてくれたら行くよ、そういう約束だったし」


「そっか、でもまた飲みには行こうね」

「ソコは外せない」


3人で連絡先も交換し、初めての飲み会は終わった。


だが涼子が言っていた翌日Banからの連絡はなかった。

そしてまたその翌日も…


「やっぱ忘れられちゃってるよね…」


それも仕方ないとあきらめかけていた夜スマホが鳴る。


「…あ……」


ずっと待っていた名前が表示されている。

本当なら飛びつく勢いで出たかった電話だが、一瞬だけ間を遅らせてから


「…も…もしもし」


「おー紗季?俺…Banだけど。覚えてる?」


「え…あ、あぁ…えっと…なんとな~く覚えてるかな」

「なんだよヒデぇ奴だな。あのさぁライブ決まったんだ。約束通り見に来てくれよ」


「…あぁうん…分かった」


必死で口調は平静に抑えたものの電話口の紗季の顔は満面の笑顔だった。


 そのライブの日、客席から見たブランカのライブは今までと明らかに違うモノで


「…凄……ぉ……」


音楽にそれほど詳しくない紗季が見ても圧倒的にBanの存在感が際立っている。

テクニックはすでに申し分ないメンバーだったが、それに上積みされるように信頼関係と完全なBanのリードで今まで以上にフロントメンバーが大暴れ出来る安定感だった。


 そのライブ後、やはり涼子に発見され


「あ、いたいた!どこに隠れてたのよ」


「人知れず隅っこで見てたよ」

「なんかさぁアイツらちょっとカッコよくなってない?」


「あたしも思ったぁ…なんか音に厚みが出たっていうか」

「うん…カッコ良かったね」


そのまま帰ろうとしていた紗季を両側から挟み込み、連行して楽屋へと回る。


楽屋内で大笑いしているメンバー達の中から


「おー!紗季ぃ!」


自分を見て名前まで呼んでくれた。

久しぶりに見たBanに本当は飛びつきたい心境だったが


「まぁまぁ良かったよ。本気なんだって伝わった」

「ほら見ろ、そうだったろ?…っていうかなんで涼子とみぃ知ってんの?」


「ん?だってもうウチら飲み仲間だもん」

「え…ウ…ウソだろ…?」


「ホントだよ~」


「マジかよ……」


そして


「もうこれからはケガするまで無理しないようにね。みんなに見張っててもらいなよ?」


楽屋はシーンとなった。

なにかマズい事でも言ってしまったのかとキョトンとする紗季に向かって


「…いて!…い…いててて……」


急に手を押さえて痛がるBan。突然の行動に


「え…な、なに?…え?」


メンバーはクスッと笑った。


「やっぱお前がずっと傍で抑えててくれないと加減がわかんねぇわ」


「…え?…え?」


紗季の目には涙が溢れ始める。


「聞いたよ、急にBanが意見出したりし始めたのってあんたのおかげだったんだってな。マメ潰したのも抑えてくれて…あんたのおかげでBanが文句のつけどころのない最高のドラマーになったよ、ありがとな」


「…え…そんな…」


「急にこんなに頼りになる男になっちゃったモンだからよぉ…俺、怒られてばっかりなんだけど(笑)」

「そのかわり、今まで以上に好き勝手やっても後ろでBanがどっしり構えてくれてるって安心感がハンパねぇけど」


紗季の頬には涙が伝っていた。


「ずっと俺の事見張っててくれよ…お前がいねぇと寂しくてしょうがねぇ」


「…うんっ!!」


ようやく初めてBanの胸に飛び込めた紗季だった。】



「わぁ~…なんか素敵だなぁ~♪」

「純愛!って感じだったね」


「そんな事思ってないでしょ?飲みに行く事しか考えてなかったクセに」


「人聞き悪いなぁ、ちょっとは心配してたってば♪」


「…その後に最初のベースの人がヤメちゃうんだよね?」

「2年後ぐらいだっけ?」


「急にだったね…本人はずっと考えてたみたいだけど」


「どうしてヤメちゃったの?仲悪くなりそうな人たちには思えないんだけど…」


「最後まで…っていうか今でも仲は悪くないよ。けどジャンル的な理由もあったしね」


「ブランカみたいなハードロック系じゃなかったって事?」


「Halleyはどっちかと言えばヘヴィメタル寄りだったんだ」

「あんま詳しく違いは分かんないけど…」


「まぁその辺の違いは勝也に聞いてみな?多分徹夜で教えてくれるよ」

「あいつに語らせたら一晩で終わる気がしない」


「…ヤメとく♪」


「でもあの時はみんなちょっとヘコんだよね」

「まぁねぇ、Halleyが抜けるなんて想像もしてなかっただろうし」


「そうだったんだ…あんなに仲間を大事にする人達だもんねぇ…」


【Banが発言し始めてからというもの、今までもその実力は認められていたがそれが更に磨きを増し確固たる地位を築いていった。

それまでのリズム隊としても十分に安定感はあったが、それはBanがHalleyのベースに合わせていた部分も少なからずあった。


だが意見を出したり提案が通る事によってBanらしいドラム色に変わっていくにつれて、ヘヴィメタルとハードロックの食い違いが徐々に生まれ始める。

みぃが言っていたように仲は悪くない。

それどころかお互いがそのジャンルの融合点を模索しベストな着地点を見つけようと前向きな姿勢でいたはずだった。


 そんなある日


「……え?」


「だからさ、もっとドス黒い感じのバンドがやりてぇんだ」

「けど今の感じも悪くないじゃん」


「もちろん悪くはないよ、お前らとやるのはホントに楽しかった。でも…やっぱジャンルの違いってのは埋まんないだろ」


「ずっと思ってたのか?」

「…いつかこうなるだろうなってのは頭のどっかにはあったけど…やっぱそれ以上に楽しかったからよ」


「お前が抜けちまったらこれからどうすりゃいいんだよ」


「大丈夫だよ、俺よりもっと上手いヤツを入れりゃいいだけだ(笑)」



 Halleyが脱退を申し出た。


ジャンルの違いが一番の理由だという。

だが今までの歴史を振り返って見てもHalleyのベースに対してジャンルの違いを感じるほどの違和感は無かったのだが。


その本心が違うところにある事はみんなの頭の中に薄っすらとではあるが浮かんでいた。

リミッターの外れたBanと、あまりにも実力の違いを感じていたのだろう。


元々Halley自体ヘタなベーシストではない。

それどころか相当な腕は持っているのだが本気になったBanとの差は歴然だった。

それを理由に脱退と言い出せばBanも気を遣うだろうと思い、自ら身を引くための理由としてジャンルの違いを出しただけだった。


「俺は俺でもっと思いっきりやれるバンド作るからよ。お前らももっとブランカのカラーを押し上げてくれるベース見つけろよ。そしたらどっかで対バンしよーぜ」


最後まで仲のいい関係のままHalleyの脱退は受け入れられた。


そしてそこからメンバーの公募という手段に出たが、何人も希望者はやってきたものの『これだ!』というベーシストには出会えなかった。


「これからどうすんの?やっぱHalley以上のベーシストなんて…」

「あたしらでもっかいHalley説得してみようか?」


「あいつは自分のわがままでヤメてったんじゃない。俺達に気を使いまくって…自ら引いてったんだ」


「ここで声かけちゃHalleyに失礼だよ」

「アイツの想いに応えなきゃ…それになんか予感がすんだよな」


Syouの言葉に


「予感?」


「あぁ、なんかわかんねぇけどさ…ウチにとって最後のピースみたいなとんでもねぇヤツが現れそうな気がするんだ」


「このメンバーにハマるほどの凄いベーシストがどこかにいるって事?」


「あぁ、ハマるどころかそれ以上のヤツ。それが見つけられなかったとしたらブランカは終わるかもな」


それほどの決意で探し始めた新メンバー。

そして何人ものオーディションを経てようやく見つけた最後のピースは…


バンド未経験の中学生だった】



「勝也が最後のピースだったんだ…」


「Syouの予感が当たったんだよ。ハマるどころかそれ以上…ってね」

「勝也が入ってから一気に規模が大きくなったって感じだったね」


「あんなワガママ坊主のクセに最高のベーシストだもんねぇ」


「あたしもそのHalleyさんって人に会ってみたかったなぁ…」


「……は?」


キョトンとした顔の3人に凝視される。


「勝也の前に弾いてた人ってどんな人だったのかなぁって」


「何言ってんの?」

「…え?」


「そんな事も教えてもらってないのぉ?」

「…え?…え?」


「ホンットにこのバカって聞かれたコト以外何にも言わないヤツなんだね…」


目の前で大笑いしている勝也を3人が白い目で見ながら


「アンタもよーく知ってるヤツだよ、『緋咲 春臣(ひざき はるおみ)』。はるおみだからハリーね。あの緋咲がブランカの元ベーシスト『Halley』だよ」


目を真ん丸にした優奈がそれを理解するまでには少し時間がかかった。


「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」


優奈の絶叫は男達の会話までも止める。


「なっ!…なんだなんだ?!」

「何があった?」


「優奈がさぁ、今までHalleyの正体知らなかったんだって」


「はぁ?…今頃?!」

「っていうか懐かしい話だな(笑)」


「ちょっとぉぉ!なんでそういうコト教えてくれないのぉぉ?!?!」


「え…言ってなかったっけ?」

「もぉぉ!!信じらんない!!!」


相変わらず怒られてばかりの勝也だった。


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