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141 Banと紗季 ②

 連絡先を交換したBanと紗季。


だがそれ以来紗季の電話が鳴ることは無く、いつの間にか次のライブを見に行くという約束も忘れかけていた。


 そんなある日の夜、仕事帰りの紗季が駅に向かって歩いていると


「あれ?アイツ…Banだっけ」


スネアドラムとスティックケースを抱えて歩いている男がいる。


「ドコ行くんだろ。実はもうヤメちゃうから売りに行くトコだったりして」


あれ以来何の連絡もしてこなかっただけに大した期待もしていなかった紗季。

だがなぜかふと気になり後をついて行った。


Banが入っていったのは駅前から2本裏の通りにある建物。

姿が見えなくなったのを確認してからその入り口前まで来てみると


「スタジオ?こんなトコで練習してんだ…」


スタジオと言う看板を見て、Banがここに練習をしに来ていたのだという事はわかった。


「ちょっとはやる気になっちゃったのかなぁ?(笑)」


それぐらいの気持ちでそこを後にした。

そしてもう一度駅に向かうとバッタリ涼子に出くわす。


「あれ?あんたこないだの…」


「え?…あぁ!あのブランカの時にいた…」

「やっぱそうだよね?思いっきりBanの事ひっぱたいた人」


「あ、えっと…あの時は失礼しました…」


「すっごくびっくりしたけどね。人違いだったんだって?」

「うん、あの時出てたもう一つの方のバンドのドラムの人だった(笑)」


「そうなんだ。この辺で働いてんの?」

「ん?…あ、うん。もう今日はこのまま帰ろうかなって。そういえばさっきあの…Banって人?あの人がそこのスタジオ入ってくトコ偶然見たよ」


「……えっ?」


驚いた表情になる涼子。


「ウソでしょ?ホントにBanだった?見間違いじゃない?」

「間違いないと思うけど…なんかドラムみたいなの持ってたし」


呆然と固まる涼子。その反応を不思議に思い


「なんで?そりゃあいつだって練習ぐらいするんじゃないの?」

「だって今日はブランカのスタジオリハのはずだもん」


「え?…でも一人だったよ?」

「リハは9時からだから。それに場所もここじゃないし…」


涼子が不思議に思うのも無理はない。

今までのBanならリハ前に個人練習に入るなどとは聞いた事が無かったからだ。


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど。こないだのライブの後Banとなんか話した?」


「え?あぁちょっとだけ…」


それから紗季は先日の会話をざっくりと話した。その話を真剣に聞き終わると


「そうなんだ…ひょっとしたらあいつ…」


「え?なに……あたし何か悪い事言っちゃった?」

「ううん、逆♪ねぇ、次のライブ決まったら見に来てくれない?面白い事が起きるかもよ」


「あぁ、なんかこないだひっぱたいちゃったお詫びに見に行くって約束しちゃったから、もしあいつがホントに電話してきたら見に行くよ」


「じゃあその時にまた会おうね」


そういうと涼子は少し早足で去っていった。

不思議に思いながらも紗季もその場を後にする。



 それから2週間後、また仕事を終えた紗季が駅前に着くと


「…っ!おっとぉ…なんでこんなトコにいんの?」


偶然Banと再会する。


「えっ?…あぁびっくりしたぁ。新手のナンパかと思った」

「さすがに声かけるならもっとおとなしそうな人選ぶよ」


「…なかなか失礼な発言してくれるじゃん。こう見えてもたまにはナンパぐらいされるんですけど?」


確かに顔は恐ろしいほど可愛い。

するとスッと視界にBanの手が入る。


「あれ?ねぇ、その手…ケガしてる?」


Banの指にはバンドエイドが異常に貼りまくられていて


「ん?あぁ、マメつぶれちゃって」

「は?!あのねぇ!マメつぶれたって立派なケガなんだよ?そんな簡単にバンドエイド貼っただけで…バイキンとか入ったら大変な事になるんだからね!」


そういうとBanの手を引いて歩き始めた。


「お…おいちょっと…ドコ行くんだよ!」

「いーから黙って着いてきなさいよ!」


そのままBanを連れて駅前のドラッグストアへ入っていく。

そして消毒液やガーゼなどをテキパキ買うと、そのまま店を出て駅前のベンチにBanを座らせた。


「いってぇっ!!」


無理矢理バンドエイドを全て剥がし…


「ほらぁ全然処置なんてしてないじゃん!」


おもむろに消毒液をかける。


「いってぇぇぇ!!!ちょ、ちょっと待てって!」

「うるさいなぁ!ちょっとぐらいガマンしなよ!男でしょっ!!」


だが正直紗季は驚いていた。

この男はここまで手がボロボロになるほど練習を重ねていたのか…。

潰れたマメの中にまた新しいマメが出来、そしてそれさえも潰れている。


「ちょっとムリしすぎなんじゃないの?」


「…こんぐらいやんねぇとあいつらには追い付けねぇんだよ」

「え?」


Banの手を治療しながらふとその顔を見上げると、その目は真剣な眼差しで


「ウチのメンバーはさ…凄いヤツばっかりなんだ。それぞれがめちゃくちゃ上手いクセに毎回新しい事やってくる。俺だって、追いつけないまでもせめて離されないように練習しなきゃ…」


紗季は少し驚いた。

大して自分の主張も持たずみんなの意見に合わせてやっているのだと勝手に思い込んでいたBanの口から初めて聞いた言葉だった。


元々このブランカというバンドは全員『自分が一番ヘタクソだ』という訳の分からない思い込みを持っていて、それを挽回するためにみんな必死で練習を重ねてくるという相乗効果を生んでいる。

そしてそれは当然Banも例にもれずだった。


「…適当にやってる訳じゃなかったんだ」

「は?俺は一言もそんな事言ってないぞ。大体あんなスゲぇバンドにいられてるのに…あんな楽しいトコ他には無いよ」


「そっか…」


反省した。

なんで自分はBanに対してそんな間違ったイメージを持っていたのだろう。

どうやらこの男、表面的にはそう見えるもののその胸の内ではこのバンドに全てを賭けているのかもしれない。


「ねぇ、こないだ他のメンバーの人も言ってたけど、なんで自分の意見とか言わないの?」


「…だってアイツらの言う事はもっともなんだもん。やっぱあれだけの引き出し持ってるのってスゲぇよ。だからいつも言い返さないんじゃなくて納得しちゃうんだ。あぁ、その方がいいなぁ…って」


「でもBanクンの言う事にだってみんな納得するかもしれないじゃん」


初めてBanを名前で呼んだ。

未だに紗季がBanの事を『クンづけ』で呼ぶのはこの頃からだそうだ。


「俺の言う事ねぇ…絶対あいつらの言う方が理にかなってるんだよなぁ」


「…そういうトコだよ。そういうトコが他のメンバーの人達に思いが伝わってない理由なんじゃないの?」

「……………」


いつの間にかまた怒られているような状況になってしまう。


「はい終わり。これでちょっとは傷口守れるでしょ…でも今日はもう練習ヤメといた方がいいよ」


「え?そんな訳にはいかないよ、休んだらそれだけ遅れて…」


「そんな手で続ける方が遅れると思うよ?じゃあさ、ちゃんと手当したげたんだから御礼にご飯食べに連れてって」


「…は?」


「そんぐらいしてくれたっていいじゃん。気が利かないなぁ」

「なんだよったく…」


そうは言いながらも自分の手を気遣って言ってくれたという事は伝わった。

それから初めて2人っきりでご飯を食べに行き、敢えてバンドの話には触れずに色々な話をしたのだった。


「あ~楽しかった。なによ、そんなにいっぱいしゃべれるんじゃん」

「別に根暗なわけじゃねーからよ」


「とにかくその手のケガが治るまでは練習禁止ね。でないとまたヒドくなっちゃうよ?」


「治ったかどうかの判断は自分でしていーんだろ?」


「そんな事許したら明日には『もう治った!』って言うんでしょ?ダメだよ、その判断はあたしがする」

「…どーやって?」


「毎日報告して」


「…はぁ?!」


「あたしの番号教えたでしょ?」

「うわ~……メンドくせぇ……」


それから本当に毎日電話させられることになった。

うっかり忘れようものなら紗季から催促の電話がかかってきて


「隠れてこっそりスタジオ行ってるんじゃないでしょうねぇ!!」


と頭ごなしに怒られるほどだった。


最初は乗り掛かった舟だからぐらいのつもりでいた紗季だったが、徐々にその頭の中がBanに支配され始める。

そして


「もうそろそろ治ったと思うんだけどなぁ」


「え…ちょっと早すぎない?」

「だって早く治ってくれないと困るじゃん」


「…こっちは治ってもらうと困るんだけど」


「ん?なんか言った?」


「ううんなんでもない。じゃあホントに治ったかどうか見せて」

「わかったよ。こないだの駅んトコでいいか?」

「うん」


待ち合わせして会うのは初めてだった。

いつも仕事帰りのスーツ姿だった紗季だが、今日は少しオシャレをして出かける。


そして待ち合わせの駅に着くと


「…う…うわ……」


ただでさえ顔が恐ろしく可愛いのは認めていたがスーツ姿ではないオシャレをした紗季はとてつもなく可愛かった。


「なによ、なんかヘン?」


「いや…いつもと感じが違うなぁと思っただけ」

「ふぅん…で、手は?」


「あ…あぁ…こんな感じ」


Banがスッと手を見せると


「ホントに治っちゃってる…」


その顔は少し残念そうに見えた。


「もう叩いてもいいよな?」

「え~……ダメって言えないじゃん…」


「やった!!」


子供のような顔で喜ぶBanに紗季は一瞬にして自分の本心に気付いてしまった。


(あたし…この人の事好きだ…)


「よし、治った記念にメシ食いに行くか」


「え…いいの?」

「だって結局ちゃんと治るまで待てたのって『紗季』のおかげじゃん」


「…え……」


Banに初めて名前で呼ばれた事がとてつもなく嬉しく感じた。

だが手が治ったという事はもう自分に連絡してくる理由はなくなったという事でもある。


嬉しい反面寂しい気持ちにも襲われながら、妙な緊張感と共に『最後の』食事に出かけたのだった。


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