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集落周辺の荒野、三日前

- 主要登場人物紹介 -

バツ:ラクダ(機獣)のミコトと旅をする女。怪物狩りを得意とする。頼れる戦士だがやや脳筋気味。

エネ:本名はアイン・グライフ。妹をパートナーとするハンターの青年。ノリは良いが頭は悪い。

メリ:本名はマイラ・グライフ。エネの妹。暴走する血筋の末裔で、兄と共に静かな隠居が目的。

頭上を覆う濃紺の星霜が、ゆっくりと淡い青色へ変わっていく。


灰色の陰雲が、気付くと白く複雑な形を描いている。

荒野の地平線が、眩い光を帯びる。

朝だ。


身体を起こし、敷き布を整えて畳む。

相棒も一度胴を震わせ、大きな身体を起こした。

ぽんぽんとその首筋を叩いて軽く抱く。

見張りありがとう、ミコト。今日も生きるぞ。


軽く髪を漉き、後ろ高めに結わえる。

僅かな水を布に染ませて顔を、次いで上半身を風に晒して簡単に身体を拭く。

未使用分で口を濯ぎ、更に残りは沸かして水分の補給とする。


相棒に背を預け、地平線を眺めながら湯気の立つマグを傾ける。

風の音。広大な世界。

昨日までと、今日からに、想いを自由に馳せる。

贅沢な時間だ。


燃料のパックはまだかなり余裕がある。

湯を沸かしたパック残量は、ミコの補給となる。

彼の胸下にあるストックに、追加分をセットした。


最後にマスクを着け、武器を確認し、準備完了。

バツ印の描かれた黒のマスクは、友から貰った大切なもの。心が高揚する。


さて。今日も二人を鍛えてやるとしようか。

ミコの背に乗り、朝の光の中、宿地を後にした。



※※※



「も、もうムリっす…パイセン…」

「バツちゃんキツすぎ〜!」


空き時間の使い方について、偶然知り合った友人――エネとメリの兄妹に頭を下げられたのは、昨日のこと。

戦い方を教えて欲しい、という訳である。

三日後という野盗退治の集合日まで、まだ時間の余裕があった。

幸いにして三人全員が速い移動手段に乗っているため、集合地点までは朝から夕刻まで駆ければ着くことになるからだ。


「」

正午までにあと三体狩る、とGKPに書いて示すと、二人は無言で倒れた。


先日のトカゲほどではないが、メスの集落近辺の荒野は手頃な機械獣レギオンがそれなりに闊歩している。

丁度いい狩猟環境であることもあり、私は友人のための実習講座を行うことにしたのだった。


他人に教えることは、自分のためにもなる。それもまた、マムの教えだ。


まあ、個人的に狩りが好きだというのもあるが。


そろそろ目の光を失いつつある二人を率いて、私は次の獲物を探すべく行動を再開した。



※※※



《オートの戦い方とは》


日も高く登った荒野。

それぞれ岩に座って、青空のもとGKP画面を使ってレクチャーを開始する。

真剣に聞く姿勢はあるようだ。体力はないが。


「」

声は出ないので画面に書く。

二輪車輌オートは防御力がない。屋根や防壁がないので当然だ。

また火力も重量的に限度がある。メリの持っていた銃を見せて貰ったが、予想通り粗悪な模造品の安物だった。


そもそも銃弾というのは複数のパーツと薬品が正確に組み合わさった、精緻な工芸品である。

恒常的に補給できるのは倒したレギオンから奪える弾丸しかなく、それらは口径が大きすぎるため手持ち武器には向いていないのだ。


ふむふむと、二人が神妙な顔で頷く。

「じゃあ俺らみたいなオート乗りの目指すべきトコロってのは――?」

「」


《スピード》。

ただ一言、それだけを書いて見せる。

兄妹二人の視線は、それを凝視した。


相手の攻撃を回避できるのならば、防御力の代わりとなる。

また弱点に素早く近づき集中攻撃、あるいは複数回の離脱攻撃ヒットアンドアウェイを行えば、火力の代わりともなる。


速度とは、極めれば攻防二点を併せ持つことが可能な強力な特性なのだ。

そして二輪オートは徒歩や四輪シップに比べて、速度制御面での優位性は非常に高い。


鷹の眼。

獅子の心。


最後にその二つを書き、ぽんと叩く。


「なるほど…敵の弱点を見極める目と」

「迷わず突っ込む勇気が要るのね」

頷く。理解の速い弟子たちだ。

「で…、『獅子』ってなんて読む?何だっけ?」

おい。

「シシ、ライオン、百獣の王だよ!大きくて、爪と牙が強くて、タテガミがあって、ばさぁって空を飛ぶやつ」

いつも通り、エネの疑問にメリが答える。

空は飛ばないと思うが…。まあだいたい合ってるから聞き流すことにしよう。

私も実物を見たことがある訳ではない。


「でも武器の問題が解決してないよ?軽くて威力もあるってのは…?」

「」

グレネードランチャーを差し出し、意図を書く。

《これを暫く貸す》

《高級品ではない。器用な者なら、ジャンクから簡単に作れる》

「ありがとう!なるほど、軽いね!」

受け取ったメリが、新しい玩具を与えられた子供のように、構えたり狙ったりしてみている。

《射撃の反動も少ない》

《狙いが甘くてもいい》

《補給も容易》

利点を書き並べる。補給が楽なのは、多くの機械獣レギオンが装弾として抱えてるからだ。

「ふむふむ」

《ただし運転の兄と心を合わせないと、自分たちが爆風に突っ込み吹っ飛ぶ》

「ひ、ひえぇぇ…」

急に持っている玩具が怖くなったらしい。まあ武器の取り扱いは、その位の心構えが丁度いい。


グレネードを貸した以上、自分はタカクラを使うことになる。まあこれも得意武器のひとつなので問題は何もない。

槍技はマムに劣らないと自負している。


「終わり?じゃ最後に私からひとつ」

メリが立ち上がり上向きに手のひらを並べる。

なんだ。何か書きたいのか。GKPを渡す。


「バツ先生はホメが足りません!ホメは弟子にとって重要な補給物資であり、回復魔法なんです!」

ささっと描いて見せたのは、…なんだこれは。


バツ印の描かれた黒マスクの人物――まあ私のつもりだろう――が、笑顔で親指を立てている絵だった。

手前には『GOOD!良くできました!』の文字が躍っている。

絵柄は巧とも拙とも言えない微妙…、なラインだ。


「いいねと思ったら、これをわたしたちに見せて下さい。いいですね?!」

「」


おそらくはなんとも言えない表情で、私はその約束と画像を受け取ったのだった。



※※※



狩りのあとは軽い走り込みと筋力トレーニング。夕日の近づく日光の下、足場の悪い砂地なのでそれなりに負荷にはなる。

ミコトに促されて振り返ると、二人とも倒れて魂が抜けていた。

しゃがみ込んでGKPを見せる。

《もう限界か、エネ。兄貴だろう》

「もう…全部出し尽くしまちた…」

ふむ。

「一体…オマエのカラダはどうなってんだよ…?金属製…?」

書き方を変えてみようか…と。


《お疲れですか、アインお坊ちゃま》


「…ムッカッツックッなぁ〜!!オレを実名で呼ぶんじゃねえぇ――!」


最後の力が振り絞られ、遠くへ走っていった。

グライフ兄の扱い、何となく分かってきたな。


《メリはオートの運転を覚えろ》

《兄貴が負傷したときの生存率が変わる》

「は…はひ…」

ぷるぷると産まれたてのブタのように震えながらメリが片手を上げる。

《基礎体力がないのは良くない》

《思考力にも自ずと時間制限が出来てしまう》

《賢くあるためにはタフであれ》

「…すき…」

「バツちゃん…あたひらをコロすき…?」

限界か。褒めれば良いのだったか。


《GOOD!良くできました!》


画像を見せると、メリの手がばたりと地に落ちた。



※※※



「ぐっはあぁぁ〜、生き返るぅ〜…」

二日間の修練ののち、いよいよ明日発つという夜。集落の好意で、女二人に再び風呂を貸してもらえた。

相変わらず砂カバの咆哮のごときメリの声が、疲労のせいかより野太く響く。


最終的にかなり狩ったので物持ちもよくなり、周囲が安全になったぶんメスの集落の面々には感謝され、結果すっかり顔が効くようになってしまったのは思わぬ副作用という奴だった。


透明な湯を手で掬う。

確かに、訓練後の風呂には強張った筋肉に何よりも効くような愉悦感がある。手足を伸ばす。


二人で入浴はあの日の出来事を気にするかと思ったが、本当に記憶がないらしい。

良いことだ。

軽く首を揺らし、肩から腕を揉む。


そういえばタカラビとかいう奇妙な男は、あれきり見ない。ここを去ったのかもしれない。

何者だったのだろう。あの変態は。


エネは万一に備えて入口付近にいてくれている。どうせなら三人で入らないか、と声をかけたが丁重に断られた。さすが育ちが良い。

ガサツな私などとは、きっと倫理観が根本から異なるのだろう。


別れが近いのが、少しだけ寂しい。

エネとメリ。私はグライフ兄妹のことが、本当に好きになってしまったようだった。


「あーあ、仕事終わったらバツともお別れかぁ」

メリが呟く。

「北上するんだっけ?行きたい所があるって」

頷く。

《私は小さい頃、商船団のマムに拾われた》

GKPに書いて見せる。

――いや、そんな真剣な眼で聞く話でもないぞ。

《死んだ本当の両親が遺したもののうち、一点にマークされた紙の地図があった》

「うんうん」

《何年かかかったがいくつかの廃墟から同定し、マークのある位置の大体の座標が掴めた》

「おぉー…」

《私はそこを目指したいと思い、ミコトと共に商船団を離れた。みんな笑顔で見送ってくれた》

「そうだったんだ。…それがぜんぶ、バツの大切なものなんだね」

頷く。

「ふふ…嬉しいなぁ。バツが自分のこと、教えてくれた」

湯に浸かったまま、メリが嬉しそうに微笑む。


――『辿り着け。ツバサへ』。

地図の小さな書込みは、両親からの唯一の手紙。

そこに何があるのか、全く何も分からない。

だがそれに従うのは、本能のようなものだ。


――緑のある地で、静かに暮らすのだったな。

――うん。

――私の旅も終わったら、会いに行く。

――師匠であり友達だもんね。旅の話、楽しみ。


湯の中、月明かりの下。筆談と音声の、静かな会話。

何でもないやりとりが、互いの心に染み入る。

こんな出会いが、人生に何度あるというのか。


「それを叶えるためには!最後の仕事は習ったことを全部活かします!師匠!」


全裸で立ち上がり、ぐっと拳を握るメリ。

私は笑って、例の画像を示したのだった。



悪党を狩るために、持てる力を尽くす。そこにはなんの躊躇もない。


明日の朝には、此処を発つ。


(続)



先週は 21 名もの御方にプレビュー頂けた模様です。この場をお借りして感謝を(^^)/

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