電波塔の魔女(1)
- 主要登場人物紹介 -
バツ:ラクダ(機獣)のミコトと旅する失声の女狩人。友人メリを攫われ奪還の旅路。
エネ:本名はアイン・グライフ。メリの兄。勇気と陽気だけが武器であったが。
チコ:本名はガラティカ。女運転手。兄妹に命を救われた縁で、協力を申し出た。
後方から、悪意が迫る。
二輪。おそらく四台か、五台。
盗賊の類で、間違いないだろう。
ミコトへ騎乗したまま、併走する仲間の車輌――『バス』へ、あらかじめ取り決めていた合図を送る。
その細腕にハンドルを任されたガラティカ――『チコ』が、運転席から微かに頷き返すのが見えた。
エネはそちらの車内にいる。機銃手の役割だが、それを用いるほどの相手でもないだろう。
三人で旅立ってから、丸一日程度が経過していた。
日はまだ正午前。左手に広大な砂漠、右手に岩と廃墟の転がる荒地、という境界線上のルートは、他に車輌やレギオンの姿をこれまで見ることはなかった。
目的とするオアシスの集落への道は、三つの選択肢があった。
最も短時間だが危険な砂漠を突っ切るか。
砂漠を迂回して荒野側をゆくか、中間をゆくか。
三人で相談のうえ、現在の武装ならばある程度のリスクは許容できるだろうと、中間のルート、大砂漠縁周を行くことに決めたのだ。
その道筋ならば、およそ丸三日の行程となる。
辿り着く必要はある。が、そう余裕のある旅路でもない。
――つまり盗賊程度の危機ならば、織り込み済。
ミコに速度を上げてもらう。
周囲の景色が、勢いよく後方へと流れはじめる。
盗賊たちも追いすがってくるのを音で確認し、方向をやや右手に向けた。
仲間二人の乗ったバスは、そのまま直進。
少しずつ距離を離し、後方につける。
ほどなく五台のバイクが、バスを囲んだ。
「ヒャッハー!荷物を置いていきやがれ!」
「んな鈍臭いクルマで来たのを後悔すんだな!」
頭の悪そうな髪型の、典型的な二輪野盗。
族は当然、貨物狙いだ。バスを放置してこちら――ラクダを狙う欲求も、その知能もない。
機銃や砲の装備もなさそうだし、あとは私とミコトが後ろから一台ずつ転ばせていけば終了、だが。
ひとつだけの懸念は、あの新顔の運転技能が未知数であることだ。
――それまで持たせるくらいはできないと、これから先に困るが…。
「とりあえずタイヤ狙っちゃおうかな〜!」
族の一人が、手斧を振り上げた。
急ぎの旅路、足回りの替え部品は少ない。まずいか、と思った瞬間。
鈍い音と共に、男のバイクが宙へ飛んだ。
「うぉっ!?」
「こ、この野郎!?」
幅寄せ。しかし、ただの体当りではない。
絶妙なタイミング、一瞬だが強烈な接触。
そこから即座に元の車線に戻り、その高速運転には一分のブレもない。
この速度で、恐ろしく鋭く、正確な車輌操作だ。
逆側から攻めたバイクを、バスが同様に葬る。
まるで、巨大な生物の身動ぎのようだった。
なるほど。運転が得意だと、言っただけあるな。
負けてはいられない。手綱でミコトを駆る。
慌て始めた残り三台の最後方に的を絞り、槍のバックハンドで思い切り後方へと殴り落とす。
落車の悲鳴と破壊音が、後方へ去る。あと二台。
と。
バスは突然、進路の左方向に寄せ、減速した。
自然、バイクの残り二台は、右手に寄る。
何か狙ってるな。ミコトの速度を落とす。
「スピードが落ちたぞ!チャンスか!」
「この野郎、良くも仲間を!」
鈍く光る打撃武器を振り上げ、バスに接近する二台のバイク――しかし。
荒野に大きく響き渡る、エンジンの咆哮。
バスの後方車輪が、地を噛みながら高く鳴く。
その巧みな制動は車輌そのものの姿勢を変え、巨大な鉄の質量で周囲を薙ぎ払うようにスライドを始める。
「!」
巻き込まれないよう急停止。盛大に巻いた砂塵に目を細める。
巻いた砂塵が収まったのち、バスは平然と、アイドリングに身を震わせながら停車していた。
残り二台の野盗のバイクを探す。――あれか。
遠くの岩場に吹き飛ばされ、煙を上げている。
どう見ても、再起不能だ。
後加速で、一回転。
まるでクルマを使った後ろ回し蹴り――「アクセルターン」と呼ばれる、車輌操作の大技だ。
…まだ乗って日が浅いはずのそれを、まるで手足の如く。
私とミコトは半ば呆れながら横に並び、『終了、進行』の合図を出す。
チコが笑って、親指を立てていた。
――「運転が得意」というのは、ずいぶんと控えな表現だったらしい。
ひとり殴るだけに使った火箭槍を、間の抜けた気分で片付ける。
さて。どこかで休憩と昼食だな。
※※※
「お昼ごはんは集落で貰った携帯食です〜」
「知ってるし…昨日と一緒だし」
元気よく宣言したチコに、エネが呟くように応えた。
休憩場所は奇襲を受けないよう、見通しのよい岩場の上を選んだ。
砂漠方面は多少の起伏があるが、さすがにそこまで贅沢は言えない。ミコトが見ていてくれるし、大丈夫だろう。
チコはバスに積んでいたのであろう調理用具で、手際よく乾し肉のスープを整えてくれていた。
「悪ぃな、手伝うぜ?」
「のんのん!座ってて下さい!」
柔らかな黒髪を簡単に白布で覆った彼女は、エネの申し出をやわらかく却下し、なにやら煮込んでいる。
「ふんふんふ〜ん♪」
…上機嫌が常態だな。良いことだが。
先程の天才的で暴力的な運転は、その大人しい姿からは想像ができない。
「できました!師匠からどうぞ!」
ありがとう、と書いておいたGKPを見せつつ、両の手で受け取る。温かい。
何か気の利いた絵でも返答に添えれば良いのだろうが、それほどの絵心はない。
私のGKPのメモリ上にあるのは、『よくできました!』の一枚だけ。
…メリ。無事でいるだろうか。
食器を握る手に、思わず力が入ってしまう。
丁重に運ばれた様子とはいえ、拉致には違いない。
一体どこへ、なぜ。
手繰っているのは、本当に細い手掛かりのみ。
今頃、どんな思いで生きているのか。
あるいは、既に。その可能性は常に消せない。
いや。そんなことを、考えて何になる。
食事を口へと運ぶ。
生きなくては。そして、動かなくては。
そのためには、食べなくては。
必ず再会する、そのために。
「はい、エネ。いっぱい食べてね」
「あぁ…。サンキュ」
ぼんやりした様子で、エネが受け取る。
無理もない、攫われたのは実の妹なのだ。黙っていれば、頭の中はすぐにオーバーフローだろう。
軽く青空を、太陽を拝み、ひとつ息をつく。…仕方ない。
『良いターンだったな』
言葉を見せながら、隣に座る。
「あっ、師匠。ありがとうございます」
頷きながら、続きを書き、見せる。
『強い仲間が増えて嬉しい よろしく頼む』
はい、と頷くチコ。爛漫だが清楚、控えめだが自信と経験を感じさせる仕草は、メリと似ているようで似ていない。
「運転しか出来ませんけどね。お二人のお役に立てて、私もウデを磨いてきた甲斐があるというものです。…お風呂場で」
つまらない自分の冗談に、けらけらと笑うチコ。
対象的に、エネの瞳は、昏さを増す。
うむ。まずいか。
「あ、でもですね」
「お前。何がそんなに楽しいの?」
浮かれた空気に、冷水を浴びせるかのような。
厳しい言葉が、容赦なく被せられた。
「えっ…」
「あっ…と」
言ったエネが驚いている。
「すまねー…なんか空気悪くしちまいそうだな、オレ。…向こうで食うわ。じゃ」
「あ……」
立ち上がり、離れた岩場へと向かうエネ。
チコは思わず手を伸ばしつつも、突然の拒絶に抗えない。
『気にするな 少し置いとけばいい』
おろおろと、縋るような視線に、書いて見せる。
…やれやれ。
やむを得ないといえ、これでは先に不安がある。
しかし、わたしとてこんなとき、器用に立ち回るのが得意な訳でもない。
かといって、何も声をかけないというのも…
…ミコト?どうした?
逃げた視線の行く先で、怪訝そうに首を傾げていた相棒に気付き、同じ方向に目を向けたそのとき。
砂丘の向こう側から、脚を引き、負傷した様子の二人の男の姿が、ゆらりと現れた。
「…人?人だぁ!」
「助けてくれ!レギオンが!」
「!」
聞いた瞬間、ミコトに飛び乗っていた。
一瞬の視線を交わし、二人にここを任せる。
そのままミコトを全速で駆り、私は砂丘の壁奥へと向かった。
※※※
「いや、助かったよ…すまないな」
「こんな偶然に、狩人さんに会えるなんて」
二人の男が、頭を下げた。
バスの車窓の外側は、変わり映えのない砂漠の景色が、延々と流れ続けている。
運転はチコに任せ、エネと私、二名の救助者が席に座り、二人と二人で顔を突き合わせていた。
車内は左右に長いシートが向かい合っている構造で、このようなときには都合が良い。
ミコトは外を独りで駆けている。まだまだ日は高い。
――急ぎ辿り着いた現場、レギオン自体は中型の機械トカゲが二体で、戦闘はすぐに終わった。
残念ながら、その場には破壊されたボロ四輪と、一人が犠牲になっていた。
仲間二人を逃がすため、残ったのだろう。
その勇敢な戦士を砂漠に埋め、残っていた荷物をかき集めて戻ったときには、二人の応急手当と事情聴き取りもエネたちによって終わっていた。
「…で、その『リストランテ』?に連れて行けばいいんだな」
「ああ。俺たちはそっち方面から来たんだ」
「後戻りは残念だが、仕方ないな…」
エネの問いに二人の男が、顔を見合わせ応える。
一人は頬かむりのような布頭巾、もう一人は潰れて変色した革の帽子をかろうじて載せている。
一人救えなかったことを詫びたが、むしろ感謝されすぐに割り切ったようだった。そんな時代だ。
「お仲間の亡くなったところに悪いけれど。こちらもあまり、回り道の余裕がある旅じゃなくて」
「いや、いいんだ。…ありがとな、チコ」
運転席からの注意に感謝で応えたエネが、目を細める。
「エネがいいなら、いいけど…」
「ああ、悪いけど言う通り向かってやってくれ。しかし」
よっこらしょと、両手を背凭れの上に回す。
相変わらず無頼な仕草だが、もはや突っ込む気も起きない。隣の私は、黙って聞くばかりだ。
「信じ難いな。荒野のド真ん中で、料理を出す店だって?」
「そうだ。酒も出る。俺たち行商人仲間じゃ有名な店だよ。知り合いもすぐに寄るだろうから、そのとき拾って貰うさ」
「一体どうやって?食料は近隣のプラント持ちと交渉するとしても、元手は?対価は?そもそも野盗の侵入をどう防ぐっていうんだ?」
よほどの大人数なのか、というエネに、男が黙って三本の指を立てた。
「三人で?嘘だろ?」
「本当だ。全員がバカ強い。近隣の野盗はほとんど脅迫的にハナシをつけていて、襲うような阿呆は居ないそうだ」
「食材その他はどうやって…」
「ユニークでな。俺らみたいな客はまず、手持ちの財産を店内で使える仮通貨と交換する」
「だいたいパックが多いが、信用のある業者なら水やら食料でもいいことになってる」
二人の男が、交互に話しはじめる。
先程のレギオンから狩り獲ったパックを眺める。
エネルギーはまあ、どこでも需要はあるだろう。
それを食材交渉に回しているのか。
「そんで交換した仮通貨から、料理メニューの額面相当を支払うことで、飯が食える」
「タマゴやら調味料やらはどこで仕入れているのか謎だがな…交換レートは結構な価格ではあるが、ついつい寄っちまうんだよ」
「……ふうん」
半信半疑の様子のエネ。無理もない。
地下自動農場のプラントが正しく稼働している集落ならば、その収穫の一部を流通交易に回すことは珍しくはない。
疑問は防備の方だ。ここに多くの食料蓄積があると喧伝するなど、自殺行為にも等しい。
そして、仮に野盗と話をつけたとしても、無軌道に襲い掛かるレギオンとはそうもいくまい。
集落内ならば、酒場も食堂もあるだろう。しかし店舗単体で、この荒野を生きているなんて。
運がいいのか、または――
そんなにも、強いのか。
「これがそこで使われてる仮通貨だ。前回の余りだよ」
布頭巾がピンと弾いてよこしたそれを、受け取る。
プラスチックの、破片…というか、パーツだ。
カラフルで、小指ほどもない。何に使うものか。
「前文明の『リグブロック』だとさ。玩具だと」
「なんでも組み立てるとクルマや建物になるらしいぜ?」
「へえ…こんなちっちゃいもんを、いくつ使えばそんなになるのやら」
しげしげと眺めるエネ。
見せて見せてー、という声が、運転席からも聴こえてきた。
…まあ、まずはそこへ行ってみるしかない。
旅の人々が集まる。そんな場所ならば、我々の指針に有益な情報がある可能性は、ゼロではないだろう――それに。
二人を相手に冗談交じりの世間話に移行したいつものエネを見て、何故か私は、少々の安堵感を覚えていた。
※※※
「あれがそうか…」
バスから降り小さな双眼鏡を覗くエネが、呟く。
簡素な木の杭と、ワイヤで仕切られた奥。
ガレージと、平屋の建物が遠目に見える。
私もバスを降り、ミコトの鞍の上に立つ。
念のために停車して様子を見てはいるが、案内の二人組がむしろ安心している様子なので、危険はなさそうに思える。
広大な敷地を囲うこの柵は防備というよりも、縄張りの主張なのだろう。出入り口は無造作に開いている。
これより奥へ来たものは、ルールに従わせる。堂々たる強さの誇示とも取れた。
ならば、既に補足されているのかもしれない。
ガレージ内は角度と距離で全容は不明だが、少なくとも二台の輸送車が停まっているのが見える。
平屋のほうは小柄だが瀟洒な作りだ。
「ああ。『リストランテ』。ただそう呼ばれる、この世界でおそらく唯一の『料理店』だ」
助かった、ありがとう、二人の男は口々に感謝を口にした。
この荒野に、ぽつんと一店舗。非常識な存在だ。
いや、本当に防衛力と経済力を兼ね備えているのならばそれは単体の『集落』であり。
大げさな言い方をすれば、最も小さな『国』でさえあるのかもしれない。
「まぁ……じゃあ、入ってみるか……」
エネの言葉に、チコと二人で頷くよりない。
鬼が出るか蛇が出るか。――料理が出るか。
私たちは一台と一頭に乗り込むと、ゆっくりと、並んで敷地に入った。
荒地の砂塵を纏い、建物の入口へと向かう。
…微かに、肉料理のような匂いが漂ってきた。
(続)
ずいぶん間が空いてしまいましたが、なんとか新章に着手できました!
一応エンディングまでの構想は(何パターンか)ありますので、
長い目でお付き合いいただければ幸いであります。




