悪魔の子
「悪魔……」
親にそう言われた少女はどう思ったのだろう
僕はその悪魔に声をかけてみた
「ねえ」
「……」
「ねえ、君」
「…………」
「顔をあげて。顔を見せてよ」
しかし少女は顔をあげない
答えもしない
闇の中、ほんやりと体操座りをしているだけ。
だが、僕は気にせず、声をかける
「ねえ」
「…………」
「ねえ君」
「ねえ、初ちゃん」
「…………」
「菜峰初ちゃん、顔をあげて」
そう、僕は少女の名前を呼んだ
初
「初ちゃん」
「…………」
「初ちゃん、聞こえてる?」
するとそこで初めて、
「……さい」
反応があった
「ん?」
僕が聞き返すと、少女が言った。
「うるさい。……声をかけないで」
僕は微笑む
「なんだ、ちゃんと答えられるじゃん」
「うるさい!もう私に話しかけるな!」
少女が怒鳴る。
だがその声は暗い。
当然だ。
少女はついこの間、親に殺されかけたのだ。
悪魔だ。
悪魔の子だ。
悪魔の子は殺さねばならない。
親はきっとそう言ったのだろう。
人間は相変わらず悲しいくらいに醜い。
資料によると、少女は母親に包丁で襲われ、父親はもう嫌だと叫びながら、首を吊ったらしい。
そして少女の心は、傲慢な親にやりたい放題され、深く傷ついた。
そしていまは、この研究施設という牢獄に押し込められている。
柵の向こうー暗い部屋の隅で、自分を守るように体操座りをしている少女に向かって、僕はもう一度言う。
「ねえ初ちゃん。君のかわいい顔をしっかり覚えたいから、顔をあげて見せてよ」
その言葉に、少女がゆっくりと顔をあげた。
たしかまだ七歳のはずだった。
ちょうど僕の弟の、勇人と同い年。
少女の瞳は、あれほどのことがあったのに、悲しいくらいに真っ直ぐで、それでいてかすかに絶望が滲んでいた。
少女が言った。
「……誰なの、あなた。私を殺したいの?」
僕はそれに首をかしげる。
「なぜ僕が君を殺すの?」
「私が悪魔だから」
と少女はすぐに答える。
「悪魔?」
「うん」
「誰が言ったの?」
「お父さんと、お母さんが……」
「で、君は悪魔なの?」
「…………」
「僕は、人間に見えるけど」
だがそれに、初の瞳が揺れる。
右手で苦しそうに胸を押さえ、
「で、でも……お父さんと、お母さんが……」
「他の人の意見はどうでもいい。君はどう思ってるの?」
少女は驚いた顔で、こちらを見る。
「わ、私は……」
声が震えている。
「君は、悪魔なの?」
「わかんない」
「分かるはずだよ?自分のことなんだから」
「でも、わかんない!」
急に初が叫んだ。
「お父さんと、お母さんは、私のことを悪魔だって、言ったの!だから死ぬべきだって!」
「…………」
「私が生きていたら、悪いことばかり起きるからー死ななきゃいけないって!だから……だからいつも優しかったお母さんが、急に包丁を出して……」
「…………」
「みんな、生きてちゃだめだって、私に言った。私は悪魔だから。世界を壊してしまうから」
言葉が止まる。
初の瞳から涙がこぼれだす。
その瞳は助けを求めているようだった。
「で、結局君はバケモノなの?」
僕は聞いた。
少女の顔が歪む。
「わかんないって、言ってるでしょ!」
「親に死ねと言われた。生きてちゃだめだと言われた。悪魔だバケモノだと言われた。で、だからそれで?死ぬべきなの?」
「…………」
「君は死にたいの?」
「わ、私は……」
と、声が震える。
かわいらしい、七歳の少女の声。
するとそこで、背後から声がかかった。
「彼女になにを話しても無駄ですよ。記憶を操作しますから」
僕は振り返る。するとそこには、この研究施設の職員の一人がいた。
すると急に初の表情が冷めた。
口を閉じてしまった。
会話は終わった。
「そろそろ、例の実験が本格的に始まります、帰ってください」
職員は冷たく言い放った。
僕は素直にうなずき、歩きだそうとすると、牢の中の悪魔が言った。
「もう、いっちゃうの?」
僕は振り返る。
すると、初が顔をあげている。
僕は答える。
「うん……僕には、僕の戦いがあるから。だから、君もそこで頑張りなさい。そしたらいつか、君をそこから出してあげる。」
「それは……私に生きろって言ってるの?」
僕は答えず、ただ微笑んで、
「また会おう、悪魔ちゃん」
少女が聞いてきた。
「あなたは……あなたはなんのために生きているの?」
その問いに答えるのは難しくなかった。
だから、僕はあっさり答えて見せた。
なんのために生きているのか?
それは、
「自分のためさ。それじゃあ、お互い生きていたらまた会おう」
僕はそれだけを告げた。




