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背中に冷や水を浴びるような気になるとはこのことですね。一瞬にして浮かれた気分が消えましたわ。ジーク様は早く私とハーミット様を会せたくて仕方がなかったようです。
「失礼いたします。わたくしリリアン=フリューゲルスと申します。突然の訪問、大変失礼なこととは思いますがお許しくださいませ。」
完璧な礼をします。練習をしていてよかったですわ。微動だにしないハーミット様に向けて先手必勝です。何もしないまま引き下がることはできませんもの。シルフィ様も肩の上から浮かび上がって、ハーミット様の周りを観察するかのようにぷかぷか浮いています。
「これは失礼いたしました、お嬢様。カレン=ハーミットと申します。警備管理部第三部隊所属で副長を務めさせていただいております。」
完璧な騎士の礼で返してくるハーミット様。
むむむ、流石です。ちょっと見とれてしまいました。侍女さんたちが憧れるのもうなずけます。
「ハーミット様ですね。直接お会いするのは初めてになりますわね。昨日の夜会では大変失礼をいたしました。体調が悪くなってしまいましたので途中で退場しましたの。こちらからお会いしたいとお願いしましたのに本当に申し訳なくて・・・。」
「いえ、昨日はちょうど別件で私の方も途中退場いたしましたのでリリアン様とはお会いできなかっただろうと思われます。どうぞお気になさらず。それよりも、もうお体の方は大丈夫なのでしょうか? 」
「はい、ありがとうございます。おかげさまで一晩休みましたら体調は良くなりました。気分の方はあまり・・・。」
宰相様と会うだけでも気が重いのにこの上ハーミット様となんて、精神的にきついです。
そんな私にハーミット様は無表情で話し続けます。
「ああ、言われてみれば顔色が少し悪いですね、気が付かずに失礼いたしました。隊長!とりあえずお茶でもお持ちしてください。」
「ああ、わかった。それと、リリアンが怪我をしてるのですまないが手当を頼みたい。顔色が悪いなら少し休憩していったらどうだろうか。」
「わかりました。それでは退室をお願いいたします、隊長。」
「は? なんでだ? 」
急に部屋から出て行けと言われたジーク様はきょとんとしています。その表情をちょっとかわいらしいと思ってしまったのは秘密です。
「何言ってんですか! いくら婚約者とはいえ女性の治療を見学するとか、非常識すぎますよ。さっさと出てってください。使えませんね。そんなんだから彼女に告白すらできないんですよ。」
あら? なんか恋人であるはずのジーク様にきつく当たりすぎな気がします。
「わ、わかった。それ以上はリリアンの前で言うな。くれぐれも、くれぐれもリリアンを頼んだぞ。あと、俺のいない間に余計なこととか言わなくていいから・・・」
「早く行け。それと、呼ぶまで待機室でまっててください。」
「・・・はい。」
どっちが上司なのかわからない様子でしたがハーミット様に低い声で急かされて出ていかれました。するとこの部屋には私とハーミット様とシルフィ様の三人だけになるわけで・・・。シルフィ様がにやりと笑っています。何か怖いものを見てしまった気がいたします。
「邪魔者もいなくなったことですし、」
ジーク様が出て行った扉を見ていたハーミット様がくるりと私の方を振り向いて言います。
「腹を割って話しましょうか。オジョー様。」
宣戦布告ですね。振り返ったハーミット様は口元は微笑んでいるのに目が笑っていません。品定めされているかのようです。気の弱いご令嬢なら泣き出してしまうような顔ですが、そんなに簡単に私は逃げたりいたしませんわ。私もここぞとばかりに心を込めて微笑みながら言い返します。
「はい。精一杯やらせていただきます。どうぞ遠慮なくお願いいたします。」
どうぞこちらへ、と案内されたソファーに浅く腰掛けます。斜めに足を揃えて膝の上に軽く合わせた両手を置きます。形は立派な貴族子女です。さあ、どこからでもかかってきなさいませ!
「その前にけがの手当てをしましょう。左手を出してください。薬を塗りますよ。」
「ありがとうございます。」
ハーミット様が薬箱を持ってきてテーブルの上に置きます。そのままお願いします、と、手を差し出すと、薄く皮がむけているだけの左手に激痛が走ります。
予想してなかった痛さで目に涙がたまります。ううう~、傷口に思いっきり沁みます。なぜ擦り傷ぐらいでこんなに激痛が走るのかわかりません。これは意地悪ですか? でもここで声を出したらすべてに負けてしまいそうな気がして声が出せません。でも沁みます~。
涙目でプルプルしていた私に気付いたハーミット様がくすっと笑いました。
「ごめんなさいね。警部管理部にはこんな薬しかないの。でも効き目は保証するわよ。夕方にはもう傷は治ってるはずですから。」
「っ、そうですか。あ、りがとうございます。」
「ところで、この指先はどうなさりましたか? 」
「これは朝焼き菓子の型を使っているときに挟んでしまったものですので、気になさらないでください。」
「焼き菓子? あ、ひょっとして今日隊長が持ってた紺のリボンが巻いてあるやつかしら?」
「そうです。ハンス兄様に渡していただくよう頼んでいたのですが、受け取っていただけたようですね。」
「そういえばお兄様は王太子付きの執務官でしたね。」
「はい。そうですが・・・。」
「もう一人のお兄様は『炎の騎士』サマでしたっけ? フリューゲルス伯爵も外交官としての素晴らしい能力がありますし、お母様のカトリーナ様は素晴らしい淑女で、社交界における影響力は大きいですね。」
「はい。自慢の家族です。」
「でしょうね。」
対面のソファーに座ったハーミット様は楽しそうに、嬉しそうにフリューゲルスの家族について話しています。私は間違ったことをおっしゃられないので肯定することしかできません。でも、私を無表情で見ながら話すのです。この感じ、なんだかどこかで・・・。
制服を着たハーミット様はズボンに包まれた長くて綺麗な足を組みなおしながら、話し続けます。
「それで、二代前の遺言か何かで今度は隊長と婚約ですか。」
「はい。」
「恵まれてますね。素晴らしい家族に素晴らしい婚約者。」
「・・・。」
「で、あなたは何を持っていますか? あなた自身の価値は? 」




