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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
偽物(パチモノ)不要
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偽物(パチモノ)不要 (Bパート)





「ちり紙に穴の開いた鍋、何でも引き取りまーす」

 イヴァン南地区で、少女と白い髭の老人がリヤカーを引いていた。老人は顔に深い皺を刻み、長い髭をたたえており、額には汗が浮かんでいる。少女が辺りに声をかけるが、なかなか客は現れない。少女──クリスは、老人に声をかけると、広場で一休みすることにした。

「お嬢様、今日はいけませんな。歩いても歩いてもお客が見つかりませぬ」

「やめてくれよ、カール。僕はもう貴族でもなんでもないんだからさ……」

「しかし、私めはお祖父様の時代からお世話になっておる身です。無礼働きはできません」

 カールは薄汚れたタオルで汗を拭くと、息を吐いた。もう六十に差し掛かる老執事は、父親を失い、家を失ったクリスを尻目に他の使用人達が次々に家を去る中、最後まで残った男だ。不器用なのだ。

「もういいよ。とにかく、今日はダメだね。さっきの鍋で銅貨一枚くらいになればいいんだけど」

 幸い、朝一番のヘイヴンで押し付けられた、ボロボロの鍋がリヤカーに入っている。鉄製であるし、鉄グズ屋に売ればパン代くらいにはなるだろう。

 休憩を終えた二人が歩き出そうと立ち上がると、その目の前で三人組が飛び込んできた。ツンツン頭の男に、筋骨隆々の男。そして痩せた女。

「アルス、やっぱりこんなんじゃダメだよ」

「俺もよお……あんまり頭良くねえから上手く言えねえけど、やっぱり嘘はよくねえよ」

 痩せた女と筋肉隆々の男は、息を整えながらお互いの意見をアルスと呼ばれたツンツン頭にぶつけた。アルスはその場に転がっていた木箱に腰掛けると、溜息とともに頭を抱える。三人には共通点があった。四年前、内戦で傷ついた街を見限り、三人で放浪の旅に出たこと。いつかは、一流の冒険者として身を立てると誓ったこと。結果は、今見るとおりだ。帝国は経費節減の名目で冒険者への援助を打ち切り、故郷へ帰って職につくことを求めてきた。アルス達はそれを受け入れられず、こうしてイヴァンでケチな募金詐欺を働くところまで堕ちてしまったのだ。

「でも、俺達にこれ以外稼ぐ方法があると思うか?」

「無いから困ってるんでしょ。私、あんたが『冒険で大金をつかむ』なんて言うからついてきたのに。ガイも私も、あんたがどうしてもって言うから断れなくて着いて来てるんじゃない。ガイなんて本当は実家の大工継がなくちゃいけないのよ?」

「やめろよ、ミエラ。アルスにだってこんなことになるなんて分かるわけ無いだろ。でもよお、アルス。俺、こうなったら故郷に帰ったほうがいいと思うんだよな。アルスだって、おやじさんが駐屯兵団で働いてるだろ」

 ミエラとガイがアルスの説得にかかる。これまでも幾度と無く同じことをしてきた。だがアルスは頑固で、自分の剣の才能に疑いを持たなかったのだ。だからこそ冒険者として身を立てられると信じたし、今もそれは変わっていない。

「……俺は、おやじみたいに駐屯兵として働いてそれで終わりなんて絶対嫌だ」

「あんたね、まだそんなことを……」

「もし」

 たまらず、リヤカーを引いていたカールが彼らに声をかける。カールのリヤカーは大きく、彼らが話している間通路を通れずにいたのだ。

「お話のところあいすいません。ここを通りたいのですが、よろしいですか」

「あ、ああ。アルス、そこ避けてやってくれよ。おじいさんと女の子が通れない」

 ガイとミエラが通路に張り付くようにして彼らのリヤカーを避ける態勢になったが、アルス一人だけがそのまま動かなかった。頭を抱えるようにして、木箱に腰掛けたままだ。

「アルス、ちょっと。立ち上がって木箱どかしてよ。あんたがそのままじゃおじいさん通れないでしょ」

 ミエラが非難するように言葉をぶつけることで、ようやくアルスは立ち上がった。同時に、剣を抜いた。その場にいる誰もが、なぜ彼が剣を抜いたのか理解できなかった。彼は剣を振り上げ、一気に振り下ろした。カールの肩口がリヤカーの引き手ごとバッサリ切り裂かれ、一気に血が吹き出す。

「カール!」

 クリスが叫ぶ。カールはそのまま崩れ落ちる! アルスは剣を納めると、カールに駆け寄ろうとするクリスの腹に柄を突き出しぶつける。彼女は一気に意識を失いぐったりと倒れた。

「おい……おい! アルス! お前……」

「ちょっと……本当に……どうする気よ!? 殺すなんて……」

 突然の出来事に、ガイもミエラも困惑するほかなかった。アルスは確かに腕が立つ。大抵の魔物は一人で斬り殺してしまう。恐らく、一対一の剣士同士の果たし合いでも、負けることはないだろう。だが、彼は少なくとも、二人が見ている前では人に手をかけたことなどない!

「お前ら、金が欲しいんだろ……。掴んでやるよ、大金を」

 アルスは荒い息を整えながら、クリスをリヤカーに載せる。ぐったりとした様子ではあるが、息はある。死んでいない。だが、これからどうなるのかは、アルス自身にもわかっていなかった。






「そのような言い方をされると、大変心外ですな、サイの旦那」

 憲兵官吏のサイは、ヘイヴン外れの北側にある小さなギルドの事務所で、傷だらけの男と向かい合っていた。濃紺のスーツに、大柄な体を窮屈そうに閉じ込めた男の名は、通称「スカーフェイス」。見た目とは違った理知的な姿勢と商売で、小さいながら貿易商ギルドを取りまとめるギルド長である。

「そりゃ申し訳ないことをしたな。しかし俺もこういう小言を言うのが仕事だからな」

「わかりますよ、旦那。そうでもしないと、イヴァンの──帝国の治安は守れない。しかし、私はこうも思うのですよ、旦那。黙することも時には利口……とね」

 サイは、脂汗を浮かべていた。緊張が彼を支配していたからだ。スカーフェイスが本来ここまで憲兵官吏を近づかせる事自体、異例のことだ。彼の商売は、貿易商は貿易商でも、人の貿易をすること、つまりは人身売買がメインだった。一度捕まり、最近釈放された。その間に人身売買ルートは全て潰れたはずだった。

「肝に銘じますがね……ですが、あんたの商売は憲兵団の監視の下にある。昔は考えなしにぽんぽん商売してたのかもしれないが、今はそういう状況じゃないってことも理解してもらいたいね」

「肝に銘じましょう。旦那と同じく。さ、私は今は塩の交易ルートの開拓で忙しいのでね。昔のように疑われちゃ敵わない」

 スカーフェイスの体には、自信がみなぎっていた。犯罪を完全にやりおおせることは難しい。だが、見えないようにすることはできる。そうした犯罪者達は、自分と自分の構築したシステムから自信を得る。同時に、そのシステムの危うさから臆病にもなる。サイは、その臆病さから殺されることだけは避けたいと思っていた。

「……まあ、塩の交易ルートとやらがまとまったらまた話を聞かせてくれ」

「お安いご用です。なんなら特別価格で旦那にお譲りしますよ」

「遠慮しとくよ。賄賂になっちまうかもしれないし……」

 サイは立ち上がると、スカーフェイスの事務所を後にした。扉が閉まったのを確認してから、深く息を吐いた。緊張が解け、止まっていた血液が流れだしたような気がした。憲兵団本部に戻り、上司のガイモンへ報告を済ませる。経過を見つつ監視を続けると告げると、ひげ面の上役からオーケーが出た。

「あまり、突っ込みすぎてはならんぞ、サイ。貴様一人でかかるのは危険だ」

「分かってます」

 当然のことだ。サイは自分の限界を決めている。できないことはやらないが、できる範囲のことは全力でやる。スカーフェイスの件は、明らかに自分のできる領域を超えていた。自分にできることといえば、彼を監視し、被害者を出来る限り増やさないようにすることだけだ。

「や、なんです。シケた顔して」

 自分のデスクに座ると、隣で紅茶を啜っていたドモンがのんびりと話しかけてきた。相変わらず眠そうな目だ。

「スカーフェイスの事務所に行ってきたんだよ。正直ビビったぜ」

「マフィアの大物じゃないですか! いやあ、凄いですねえ。僕なら目の前に立つのもお断りですよ」

 予想通りの答えにへらへら笑いを追加しながら、ドモンは自分の顔をデスクに押し付けた。また居眠りをしようとしているのだ。

「まあな。奴のやり口は巧妙で残虐ときてる。俺も切り刻まれて川に流されるのはゴメンだ。スカーフェイスにスカーフェイスにされる、なんてギャグにもならないぜ」

 サイはドモンの机のティーポットに手を伸ばし、自分のカップに紅茶を注ぐと、何も入れずに飲んだ。渋い味が、今の自分の気持ちを表しているような気がした。





「なんでェ、嬢ちゃん。こんなとこで何してんだァ?」

 布教活動を続けるイオは、ヘイヴンの外れを歩いていたフィリュネと出会った。フィリュネはラッピングされた箱を抱えており、なにやら大事そうにしているのだった。

「配達です。立派なネックレスの加工を頼まれまして! 前金まで貰っちゃって、アクセサリーに宝石なんて初めて使いましたよ」

 笑顔で緩みきったフィリュネと並んで、イオの顔は暗かった。信者が一人も増えなかったのだ。往々にしてイオの女性ファンだけが、少しずつ増えていく。望んでいないにも関わらずだ。彼にとって、遊びと仕事は別物なのだ。

「そりゃ、景気が良いこったねェ。俺ァだめだ。世の中不景気だし、みーんな主を信じやがらねェ」

「まあまあ、ソニアさんもいつも言ってますよ。良いこと悪いことは交互に来るって」

 それなら、多少はいいことがあっても良さそうなものだが、イオには自分に良い日が来るとは思えなかった。沈んでいるときは、いつまでも沈んでしまっているものだ。

 二人が連れ立って歩いていると、奇妙な一団がすれ違った。青い服に血飛沫を飛ばした、ツンツン頭の男。彼は布をかけたリヤカーを引いており、神妙な顔付きをした筋骨隆々の男と、痩せた女が荷台を押しているのだ。

「嬢ちゃん」

 フィリュネがそれを見ているのを、イオは一言で制した。見るな、関わるな、と言っているのだ。フィリュネはイオのメッセージに従うと、その謎めいた光景から目をそらした。

「……イオさん、何なんでしょう、アレ」

「知らねェ。俺は何もみてねェ。貧乏なだけに精一杯なのに、厄介事まで抱え込むのはゴメンだぜェ」

 イオの視線は、既に道行く美女へと移っていた。


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