兄妹不要(Cパート)
「そろそろ、あのマスターも邪魔になってきたわね」
アリアは取り巻きに囲まれながら、ぼそりと呟いた。その姿はさながら護送される姫君といったところだが、回りの人間は彼女と彼女の取り巻きの危険さをよく知っていると見えた。彼女達が歩くたび、避けるように人混みが割れていく。魔導師学校の人々にとって、彼女がこの学校の闇の実力者であることは周知の事実なのだ。そしてここ数ヶ月、彼女が嫌っている男子生徒が殺され、女子生徒は行方不明になっていることから見ても、彼女に楯突くことでどれほど恐ろしい結末を産むか、皆理解しているのだ。
「失礼しますわ、事務長」
「あ、アリア君……困るな。私は処理すべき事案が」
「事務長、近況報告を致しましょう? お願いしていた憲兵団への根回しはお済みになって?」
小太りの禿げ上がった事務長は、汗を拭きながらデスクの書類を片付け、眼鏡をかけ直した。彼もまた、アリアに頭の上がらない人間の一人である。
「は、はあ。学校としても、生徒が殺されたり行方不明になったり……あることないこと評判を流されるのは望んでいないからね」
「白々しいことを仰るのね、事務長。貴方は貴方で、女子生徒を三人も手篭めにして……」
「や、やめてくれ! 誰かが聞いていたらどうする! それに、これは君から持ちかけてきたことじゃないか!」
「受けたのは貴方よ、事務長。貴方、後半年経ったら魔法科学研究所の教授待遇で異動することになったんでしょう? あんまり騒ぎ立てない方がいいんじゃなくて?」
事務長はうつむき、流れる汗を拭った。その三人の女生徒は、いずれも些細な事でアリアの怒りを買った哀れな生徒達だ。アリアよりテストの点が良かったのを自慢した、アリアより先に評判のアクセサリーを買った、アリアの前で流行りのスイーツを食べていた……皆、実にくだらない理由で事務長に売られ、辱められたのだ。いずれも、同じような理由で怒りを買った男子生徒のようにならなかったことを感謝しろ、と言い含められて。
「まあ、私もそろそろこういう危ない橋はやめようと思ってますの。愚鈍な殺し屋と、どうしても気に入らない女の二人を消してね」
恐ろしい話だった。全てを闇に葬り、自分たちはのうのうと栄華を楽しむのだ。食堂を急ぎ立ち去ったマナが気になり、探していたフィリュネは、偶然にも事務長室隣の倉庫に辿り着いており、話を聞いていた。
「旦那さんに知らせなきゃ……」
「なるほど。その女王みたいな女と、学校の事務長はグルだと言うんですね」
夜中、教会に集まった四人は、各人で集めた情報を交換していた。
「そ、そうなんです。しかも、殺し屋がいるって」
「旦那、断罪人がバックにいるってことか?」
ソニアが紫煙を吐きながら、ドモンに言葉を投げかけた。ドモンの顔は険しかった。年端もいかぬ少女が、殺し屋を飼っているなどと聞いて、面白く思わないはずがない。
「ありえませんね。断罪人のほとんどは死んで、残ったのは僕とイオだけのはずです。憲兵団の検死報告も見ましたが、刃物で一突きする手口の断罪人は僕が知ってる中で三人だけ。その三人も、三年前に全員死んだ。なら、断罪人じゃない『殺し屋』がついているんでしょう」
ソニアは新しいタバコを作り、火打ち石を打ち付け始めた。しばらく、打ち付ける音だけが聖堂に響いていた。殺し屋は一体何者なのか。曲りなりとも、六人を殺している人物だ。油断はできない。
「俺もあの辺りで布教してたんだが、そういえば、何人かにそのアリアって女の悪評は聞いたぜェ。なんでも、騎士道部の彼氏がいるらしくて、めっぽう腕の立つ部員を何人か取り巻きにしてるらしい」
イオが聖書を手に持ち軽く振りながら報告を続ける。スケコマシのイオらしく、話を聞いたのはほとんどが女性であったが、情報はかなり正確だった。
「皇帝殺し、あんたはどうです。何か掴めましたか」
「大したことは分からなかった。夜、あの辺を出歩くのは生徒くらいなんだそうだ。そういえば、神父が言ったような女と男六人の集団なんかは特に夜中あの辺をぶらつくらしい。やつら、門限なんぞお構いなしに夜の街に繰り出してるそうだぜ」
「決まりですよね、旦那さん。男子生徒が連続で殺されてるのは、そのアリアっていうのが原因なんですよ!」
ドモンは顎をさすりながら、唸った。憲兵団への圧力をかけてきたのも、魔導師学校の事務長だ。そのアリアという少女が頭目なのも間違いないだろう。しかし、実行犯は誰かがわからない限り、手を出すのは危険だ。後からてひどい反撃を受けても文句は言えないのだ。
「フィリュネさん、もう一日学校への潜入お願いします。大体の絵図は分かりましたが、例の殺し屋が分からないってんじゃ危険すぎます」
ドモンはそう結論付けると、イオとソニアには引き続き周辺での張り込みを指示し、この場はお開きとなった。
マナが二年生になったばかりの頃、クラス替えで一緒になったアリアから、突然話しかけられたことがある。
「貴女、とても綺麗な髪をしているのね。銀色……とても素敵だと思うわ」
「ありがとう。アリアさんもブロンドの髪、素敵だよ」
アリアは優雅な動作でマナの隣に座り、始業のベルが始まるまでいくつか話をした。父親は北にある貴族領で代官をしているということ。一年生の時はクラス委員も務め、今回も引き続き務めるつもりであるということ。他愛もない話。授業が始まり、マナは兄から贈られた万年筆を取り出した。万年筆は帝国成立後に発明された最新式の筆記用具であり、兄からよく勉強するようにと言い含められ、入学祝いに貰ったものだ。
「素敵な万年筆ね、マナさん」
授業が終わった後、またもアリアが話しかけてきた。アリアは万年筆が羨ましかったようだった。アリアは上等な羽ペンを使っていたが、それでは物足りないようだった。
「どこで買ったの? 私も万年筆で勉強してみたいわ」
「それが、分からないの。兄はわざわざ職人さんのところでオーダーメイドしてもらったっていってたんだけど」
アリアの表情は薄い笑みのまま固まっていた。彼女が何を想い、何を感じたのかは、マナには分からなかった。アリアはその後もマナにとっての隣人で在り続けた。共に学ぶ友人でも、悩みを打ち明けるような友達にも成り得なかった。
ただ、その次の週から、兄の様子がおかしくなった。兄は『マナを守る』と繰り返し言い続けるようになった。たまに兄の店に泊まると、夜遅くでかけることがあった。たまに、着ている服に赤い染みがついていることもあった。アリアとその彼氏のクレオ、そしてその取り巻き達が、かすみ草に入り浸っていることを知ったのは、それから三ヶ月も経ってからだった。マナは何かを察したが、その何かを兄に指摘することはできなかった。兄の覚悟とそれに基づいた行動は、もはやマナの言葉でどうにかなる事態を超えてしまっていたのだった。
「マナさん」
朝一番に来たマナが教室で窓の外を眺めていると、アリアが薄い笑みを浮かべながら近づいてきた。後ろには、彼氏のクレオとその取り巻きがいる。
「おはよう、アリア」
「実は、昨日無断外泊をしようと致しましたの」
アリアが頻繁に外泊を行うのは、学内では周知の事実だった。クラス替えで一緒になった時からずいぶん時間は空いたが、この少女が非常に恐ろしい存在であることを、マナはようやく理解できていた。彼女はそういう事実に有無を言わせないことができるのだ。
「その時、今流行りの……生徒を狙った通り魔に襲われて……クレオ達がいなかったら、本当に大変なことになっていましたわ」
マナは、一昨日のことを思い出す。兄は……ラズは、妹を守るのが兄の勤めだ、と語った。今まで点在していた不安が線となり、一つに繋がったような気がした。
「クレオ、貴方とても強かったわ。かっこ良くってよ」
「照れるじゃねーか、アリア! ……しっかし、あの通り魔もしつこかったよな!」
クレオが取り巻き達に同意を求めると、そうだそうだと口を揃えた。
「それで……その。私の聞き間違いだといいのだけれど」
アリアは実に言いにくそうにもじもじした後、決意したように言い放った。
「その通り魔、貴女の名前を何度も言ってたわ。私、怖くってよく見てないのだけれど、貴女のお兄様ってこの辺で喫茶店をやってらっしゃるわよね」
クラスが騒然となった。
マナは色々な事実に耐え切れなくなって、教室を飛び出し、校舎を駆け抜け、門外に辿り着いた。マナが息も絶え絶えに周囲を見回すと、憲兵官吏と駐屯兵達が集まっているのが見えた。近づき、彼らをかき分ける。
ラズの姿があった。来ている衣服は刺し傷と切り傷からボロボロになっており、周囲には血が飛び乾いていた。手には、血まみれのナイフ。マナは、全てを察した。そして自分はもうあの壁の中には戻れないことを知った。
私はカゴの鳥では無くなった。カゴは私を守ってくれていたが、そのカゴは壊れ無くなったのだ。そして私は、とって食われるだけのひな鳥でしかないのだ。
「兄さん! 兄さん! 嘘よ! こんなの……兄さん!」
マナの心境には洪水のように感情が一気に押し寄せ、半狂乱に泣き叫び始めた。それを必死に止める憲兵官吏がいた。眠そうな顔の男だ。
「あなた、この人の妹さんですか」
「そう……そうです、この人は私の兄なんです! 兄は……兄は……」
「それ以上はおやめなさい」
その憲兵官吏は暴れるマナの肩を掴むと、そう小さくつぶやいた。先程までの眠そうな表情が嘘のように、鋭い視線をマナに投げかけている。
「僕にはあなたのことはよくわかりません。あなたの兄さんのことも。ですが、いずれあなたは憲兵団で絞られます。その前に、僕の言う教会で懺悔でもしなさい。ここで騒がれるのは、迷惑なんですよ」
その憲兵官吏は、手帳に住所を書き、そのページを破り渡した。一気に憔悴したマナには、それに従うより他に感情を抑える方法が無かったのだった。




