兄妹不要(Bパート)
「……あの、こんなものどこで手に入れてきたんですか」
着替えを終えたフィリュネは、もじもじしながら教会の奥から姿を現した。帝国魔導師学校の制服に、地味な眼鏡をかけた彼女に、普段の面影はない。
「や、なかなか似合ってるじゃありませんか」
「……旦那も趣味がいいな」
ソニアは顎に手をやりながら、ドレスアップしたフィリュネを観察した。
「誤解しないで下さいよ。イヴァンの古着屋で見つけてきたんです。ああ、代金は依頼料から差っ引いてますから」
帝国魔導師学校に潜入する方法として選んだのは、フィリュネに生徒のフリをさせるというものだった。フィリュネがその場でくるくる回転したり、スカートの裾をつまみ上げたりしていると、イオがあくびをしながら聖堂に入ってきた。
「おいおい、誰かと思えば嬢ちゃんじゃねェかい」
照れながらも、フィリュネは浮かれているようだった。普段は食うものにも困っているような貧乏生活だ。新しい服ともなれば、浮かれないはずもない。
「なかなか似合ってるぜェ」
「ありがとうございます」
「礼は断罪が済んでからにして下さい、フィリュネさん。神父、それに皇帝殺しには、学校近くで張り込みをしてもらいますからね」
「旦那はどうするんでェ」
イオがやはりあくびをしながら、カソックコートの襟を正した。ドモンは頭を掻き、困ったような表情を浮かべる。
「それがですね……僕が普段回ってるヘイヴン周辺から魔導師学校はちょっと距離があるんですよ。昼間に直接探りは入れづらいかもしれません」
ドモン達憲兵官吏には、それぞれ割り当てられた担当区域がある。ドモンはヘイヴン周辺の地区を担当しているが、魔導師学校はその東側に位置している。勤務中に担当区域を離れて見回りをすることなど、まずありえない。
「もちろん、決行の時は別ですけどね。とにかく、皆さんおねがいしますよ」
その日の夜は、月明かりの無い暗い夜だった。
一人の少年が魔導師学校へと急いでいた。実家から戻るのがこんな時間になってしまった。心なしか、浮き足立っているようにみえる。それもそのはず、彼は昼間、想いを寄せる女生徒に告白し、デートの約束を取り付けたばかりなのだ。
他の生徒から『あいつはやめろ』『大変なことになるぜ』と言うものだから、拍子抜けしてしまった。明日からの授業も、少しは楽しくなるだろう。
「……失礼」
少年は、前方から来た影に気付かなかった。影はぶつかってきた非礼を謝ったように見えた。少年は怪訝そうな表情を浮かべたが、再びウキウキとした気分を取り戻し歩み始めた。最初の一歩を、うまく踏めない。その場に倒れ伏した少年は、自分の腹に手を触れる。
濡れていた。
うまく声が出ない。回りには人気はなく、助けて貰えそうにはなかった。自分の命が、血とともに流れ出ている。少年は、地面を這って進もうと地面に爪をかけようとするが、そんな力も既に失われていた。
「ドモン、聞いたか」
憲兵団本部に出所するなり、同僚のサイが慌てた様子で話しかけてきた。
「なんです、一体。いきなり大声出さないで下さいよ……」
「何悠長なことを言ってるんだ、お前は。また殺しだ! 魔導師学校の生徒が殺された。あの周辺で既に六人目だぜ」
サイの管轄は魔導師学校周辺ではないが、隣り合っている。当然、大事件が起こればサイも駆り出されるのだ。
「物騒ですねえ、怖い怖い……。ところで犯人の目星はついてるんですか」
ドモンはわざとらしく身体を擦った。何にしろ今回は、犯人の目星を憲兵団より早くつけなければならない。何か進展していれば、先回りして断罪しなければならないのだ。
「分からん。だがここだけの話、ガイモン様と魔導師学校の事務長が話しているのを見たとか言う噂もあるぜ。……そのうち、この捜査も打ち切られちまうかもな」
ガイモンは正義感の強い男だが、所詮は憲兵官吏の親玉である。上層部の命令は逆らわないし、危ない事件に手を突っ込んだりしない。
「では、まさか学校関係者に犯人が?」
「かもな。ま、とにかく実際に打ち切られるまでは、せいぜい調べてみることにするよ」
喫茶店・かすみ草は、満員の人間で賑わっていた。こぢんまりした店のため、七人も入れば満員になってしまうのだ。
「それにしても、マスターは流石だよね」
七つあるスツールの真ん中に腰掛けた少女が、気だるげにラズを褒める。その目の前には、暖かなココアが一杯置かれていた。
「あいつ、マナのこと狙ってたし……」
「まじうぜえよな。死んで当然」
取り巻きの男たちの中でも、一際大きなガタイをした男子生徒が苦々し気な表情を浮かべると、回りの五人の男子生徒達もそれに同意した。ここで彼らについて説明せねばなるまい。帝国魔導師学校には、文武両道の精神から、生徒に運動部に入ることを推奨している。そんな運動部の中でもスターとして扱われているのが、騎士道部である。彼らは二学年以上になれば、なんと帯剣を許されるのだ。魔導師学校を卒業しても、実際に魔導師や騎士へ就職する人間は少ないという事実もあり、帯剣している騎士道部員は全生徒から一目置かれる立場にある。
少女の隣に座るがたいのいい少年・クレオは、騎士道部のエースであり部長でもある。少女はクレオの彼女なのだ。得てして、権力者の恋人は暴君へと変貌を遂げるものであるが、少女──アリアもその例に漏れなかった。
「アリア、君の要望にはもう何度も答えた。だから……」
「やめたいっていうの? あのね、マナは私に恥をかかせたのよ。大勢の前で……本来なら、その時点でマナは放逐されてしかるべきなの。それを、貴方が代わりに償うことで、マナは普通の学校生活を送れてるの。本当なら、マナなんか……」
ラズがフォークをアリアの目前に突き出す。彼が少しでも力を込めてフォークを押しこめば、アリアの緋色の瞳はぐしゃぐしゃになることだろう。
「それ以上マナのことを言うのをやめろ」
「貴方もそれ以上滅多なことをしないことね。クレオ達が黙っちゃいないわ」
抜剣したクレオと騎士道部の面々を相手にしては、ラズに勝ち目はない。
ラズはあくまでも素人だ。マナを守るため、仕方なく手を染めているに過ぎない。彼らのような学生の部活動レベルの実力であろうと、彼らが本気になればミンチにされてしまうだろう。
「ねえ、別に私達は貴方に『何かしろ』って言ってるわけじゃないの。マナちゃんに『悪い人間が近づいている』ってことを教えてるだけ。どう取るかは貴方次第。違う?」
「わかっているさ」
「本当に?」
「ああ」
「なら私から話すことは何も無いわ。行きましょ、クレオ」
ココアはまだ湯気が立っていたが、構わずアリアはスツールから降り、さっさと店を出て行ってしまった。クレオ達取り巻きもそれに続いた。金は払わなかった。いつものことだ。
ラズはコップを拭き始めた。コップを拭いていると、自分の罪が許される気がしたからだった。
フィリュネは食堂で定食を食べていた。魔導師学校は国立校のため、設備は一流だ。食堂のメニューも、普段のフィリュネでは食べられないものばかりだ。おまけに、制服さえ着ていれば代金は要らないと来ている。ハンバーグにじゃがいものガレット、サラダに色とりどりの果物をプレートに載せ、食べ始めた。とにかく幸せだ。こんな豪勢な食事をお腹いっぱいに食べる機会など、そうそうない!
「見かけない顔だね」
銀色の髪の少女が、フィリュネの目の前に座った。
「あっ、その……初めまして。不登校だったんで、その」
フィリュネは出来る限り声を抑え、喋るのが大変そうなフリをした。あまり印象に残るような真似はしたくない。用意出来たのは制服だけなのだ。つまみ出されればそれで終わりになってしまう。
「わたし、マナっていうんだ。よろしく」
「フィーです。こちらこそ……」
「……ごめんね。こうして誰かと喋っていないと、疑われるの」
「何を?」
「一人で食事なんか取ってると、いじめられてるんじゃないかってね。別にわたしは気にしていないんだけど……えーと、先生なんかが特に」
マナはどこか影のある少女だった。意味深な言葉に、フィリュネは訝りつつ、目線だけぐるりと周囲を見回した。帯剣した生徒が、こちらを見ている。
「……あの人ですか? 先生には見えませんけど」
「……ごめん、話しすぎた。今の話は忘れてね」
マナは、他者との接触を異様に警戒しているようにも思えた。銀色の髪を揺らしながら、彼女は足早に食堂を去っていった。




