希望
リーリーリーリー・・・
リーリーリーリー・・・
リーリーリーリー・・・
聞きたくもない虫の声で目が覚めた。
ここはどこだろう?
周りを見渡すと、白い壁と安っぽいパイプ式のベッド。それに強い消毒薬の匂い。
病院?
そうだ見覚えがある。マイクの診療所だ。
体を起こそうとしたが、ひどくだるくて動かない。
そうだ。私は耳を。
気絶したためよく眠れたせいか、酒が抜けたためなのか。
自分でやったことの恐ろしさを思い出し、激しい後悔に襲われた。
「どうぞ、こちらです」
病室のドアが開き、マイクに案内されて入ってきたのは家を出て行った妻だった。
「まさかこんなことになるなんて」
絶句する妻になんと言葉をかけていいか判らず、私も黙って見つめるしかない。
「私も何度か相談を受けましたが、かなりのノイローゼだったようです。
幻聴と幻覚が治まらなかったために、ご自分で耳を切り落とされたのでしょう。屋敷のメイドが発見した時にはもう」
妻は私の体に覆いかぶさって泣いている。
今さらどうしようもないが、やっと虫の声が聞こえなくなったんだ。これからは大切にしてやらなければ。
リーリーリーリー・・・
リーリーリーリー・・・
まさか。
どうしてまだ虫の声が聞こえる?
そうだ! さっき目が覚めたのはこの声が聞こえたからだ。
「耳を切っただけで聞こえなくなるとでも思ったのか」
いきなり耳元で声がした。
なんとか顔を向けると、あの呪術師ではないか。
「どういうことだ?」
「お前が切った耳なんて、音を集める役目にしかすぎない。ディクゼ・セグフの声ってのは・・・」
男は言葉を止め、眼球のない顔でニマーッと笑った。
「魂で聞いているんだよ」
「ま、まさか。お前が虫を送った王に仕える呪術師だったのか!」
だが私は奇妙なことに気づいた。
私と奴のやりとりを間近で聞いているはずの妻とマイクがいっこうに気にとめる様子がないのだ。
「おいマーガレット、マイク?」
呼びかけたが二人とも反応しない。
「聞こえないのか? マーガレット! マイク!」
「はははは! まだ気づかないのか? お前はとっくに死んでいるんだ」
「そんなバカな! 私はこうして生きているではないか!」
胸の上に飛び乗ってきた虫を捕まえようと差し出した腕は、虫をすり抜けて何もつかめなかった。
「まさか、そんな」
「これでディクゼ・セグフを捕まえることは絶対にできない。
眠ることも酒に逃げることも、狂うことさえもできず、永劫の裁きを受けるがいい!」
あれからどれほどの年月がたったのか、もう覚えていない。
妻もマイクもとっくの昔に死んでしまった。
すでに牛ほどのサイズとなった虫の声は、聞くに耐えない絶叫のごとく昼夜を問わず私を苦しめ続けている。
許されるすべを失った私が、今やたった一つ望むのは、この私の魂を永遠に消滅させてくれる呪術師との出会いだけである。