海底都市
いつもの喫茶店で、煙とともに今日の疲れを吐き出した。
視界の焦点がズレて思考の霧が少しだけ濃くなる。
アズサちゃんは受け入れて前に進んでいったが、
私が一人の生きた証を消したことは変わらない。
私は自分の仕事を信じて、自分の判断で残された響きを消音した。
視界を煙が満たし、世界を飲み込んでいく。
その向こうに、あの日散らした彼女の影が、過去の過ちが映る。
「……おい。大丈夫かよ。なに黄昏れてんだ」
なぜか喫茶店までついてきて私の向かいに座っている男が、そんな思考の波を打ち消してきた。
「……疲れてるだけだよ。というか、なんであなたはここに居るんだ」
「なぜか休日まで仕事持ち込んでくる相棒がいるから、付き合うしかないんだよ。あ〜、俺ってかわいそ」
私はため息をついた。
羽音は私が吐いた煙を手ではらい、話を変える。
「そういや、探してるやつの手がかりはあったのかよ。そのためにこんな出歩いてるんだろ」
「いや、今日も何も見つからなかった」
「まぁ、そう簡単にはいかないだろうな」
そう言って彼は紅茶を煽る。
彼は相変わらずだ。
羽音は手に持ったカップを机に置き、それまでの軽薄な表情を少しだけ引っ込める。
「……そんなお前に情報だ」
彼は机に片肘をつき、こちらに近づいた。
「最近噂になってんだよ、海底都市。
深夜になると海底に光る街が見えるって漁師からの情報だ」
「どこの話?」
「潮見市らしいぜ」
……あの辺は沿岸地区で、昔水害があった場所だ。
男は少し目を細めて、こちらを見た。
「調査しに行ってみないか?」
彼の意図は伝わった。
街が見えるということは、そこに波が集まり保存されやすいのだろう。
もしかしたら彼女もそこに居るかもしれない。
「あなたも仕事持ち込んでるじゃないか」
短く漏れた笑い声は、乾いた音をしていた。
「まあ、俺やさしいから」
彼は少しニヤけて、また紅茶を煽る。
「下調べと調査方法を考えよう」
私は答えた。
「音消しフミ子、海底出張だな」
彼はイタズラっぽく私の名前を呼んだ。
ブラインドの隙間から差し込む夕日に、煙が溶けていく。
机に落ちる朱い光の模様は、次の目的地へと手招きをしていた。
——とある海の底
僕は、歩いてるのか、走ってるのか、止まってるのか。
わからない。
話しかけても誰も応えない。
……僕は居るんだろうか。
少年は顔を見上げ、遥か遠くで光る朱を見つめた。
『「音消し」の休日』をお読みいただき、ありがとうございました。
ここで第1部完結となります。
第2部「潮見市・海底都市編」を準備中です。更新を楽しみにしていただけたら嬉しいです。
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