六月の残響
6月は嫌いだ。湿度が高いほど死者はよく動く。
そして湿った生温かい空気は、彼女を散らしてしまった、あの日を思い出させる。
薄く瞼を開いた。
直すのが面倒で、ベッドからずれ落ちかけた布団のまま寝ていたせいか、体の節々が軋む。
カーテンの隙間は白く、今日が始まったことを告げていた。
……今日は休みか。
気怠い身体を起こし、適当に身支度を整える。
何もない休日、私はいつも散歩がてら街の見回りをしている。
「わざわざ休日までお勤めご苦労さん、俺はお前の気が知れねえよ」
そんなあいつの軽い声を思い出した。
自分でも「気が知れない」と自嘲してしまうが、やめられない。
きっと、「ふいに見つけられるかもしれない」という一縷の望みに、みっともなく縋っているのだろう。
玄関のドアを開けると、外の空気が容赦なく私を包み込んだ。
道路脇に佇む人型の微かな揺れを横目に、足を進めていく。
近所の行きつけの喫茶店は、薄明るく朝の陽光が差し込み、コーヒーと古い木造の香りに包まれていた。
客は少ない。
だから落ち着く。
煙草の煙を吐き出し、今日の一服目が頭に滲んでいく。
先程からスマホの振動と、あいつからの位置情報共有申請の通知が続いていた。
「おい!無視してんじゃねえ!」
ついにメッセージが入る。
……面倒だ。
仕方なく承認ボタンを押した。
店内のテレビでは繰り返し同じニュースが流れていた。
『——市内で発生したポルターガイスト現象について、専門家は「残留思念によるもの」と——』
近くで談笑していたマダムたちが話題を移す。
「最近多いわよね」
「強い走馬灯が走って残っちゃったんでしょうね、可哀想に」
……霊現象は珍しいことではない。
可哀想と言っているが、誰にでも起こりうるものだし、生者も死者も同じ法則に従っているという点では大差がないだろう。
カップを口元へ運び、液体を口に含む。
私たちは止めどなく流れ続ける電気信号によって生きている。
死の瞬間、その流れは異常なピークに達し、波単体として滞留できる程度の慣性が発生する。
世間で言われている霊という存在だ。
ほとんどはすぐに減衰し消滅する。
だが、強い未練や執着だけは、いつまでも減衰しない。
そして時折、生きている人間に触れてくる。
口に残る苦みを煙とともに吐き出し、窓の外を見た。
「……また増えたか」
交差点の向こう。
昨日はいなかった揺らぎが、信号機の下に立っていた。
一体だけではない。
二体。
三体。
六月に入ってから、この街は少しずつ騒がしくなっている。
まるで何かが訪れる日を待つように。
街全体が、静かな残響を溜め込み続けていた。




