50階層の壁を越えて
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──50階層の壁を越えて
俺たちはそれから地上に戻った。
「今日は戦勝祝いとするか」
「宴か!」
地上に出て俺が呟くのにマルキダエルが素早く反応。
「ああ。宴だ。俺たちの50階層到達を祝って」
俺は到達深度を更新した。
50階層の壁を越えれたのだ。
これからはもっと深く潜れるようになるだろう。60階層、70階層と深く。
それを思えば今日という日を祝うのも悪くない。
「いいな! 宴だ、宴! 美味しいもの食べて、美味い酒を飲む!」
「お前、酒飲めるのか?」
「当たり前だろう!」
伝承のドラゴンはよく酔い潰されて殺されているんだが、本当に大丈夫か……?
「ふふ。旦那様が楽しそうで私も嬉しいです」
サタナエルはそっと俺の腕を抱きしめてそう言う。
「お前は酒はいける方なのか?」
「そうですね。ボクはお酒で酔うことはありませんよ。けど、旦那様の強さには酔ってしまいそうです」
「はいはい」
俺はサタナエルの甘い言葉を適当に聞き流して進む。
こいつの誉め言葉をいちいち真に受けて天狗になっていたら、それは人間としてダメになってしまう。
「では、飲み屋街の居酒屋か食堂街の焼き肉屋に入ろう。魚と肉、どっちがいい?」
「肉!」
「じゃあ、焼き肉屋だな」
マルキダエルが即答し、俺たちは食堂街の焼き肉屋へ。
焼肉は探索者たちも大好きな食事だ。
だが、ちゃんと稼げていない探索者たちはなかなか食べられないご馳走でもある。
俺も焼き肉屋に来たのは久しぶりだ。
前に皇と来たが、いつもは稼ぎを気にして入れなかったちょっと高い店に入る。
「いらっしゃいませ!」
元気のいい男の店員に迎えられて、俺たちはテーブル席に向かう。
「なんだこれ!」
「肉を焼く網だよ」
「へえ!」
マルキダエルは……いちいちリアクションがデカくてうるさいな……。
「では、ボクが焼きますから旦那様たちはどんどん食べてください」
「お前も少しは食べろ。酒も入るしな」
「ふふ。お優しい旦那様。それなら少しぐらいはいただきますね」
サタナエルはにこりと笑ってそう言う。
それからビールが運ばれてきて、俺たちはそのグラスを掲げる。
「それでは今回の50階層踏破を祝って」
「おめでとうございます」
「乾杯」
俺たちは乾杯し、ぐいと最初の一杯を味わう。
アルコールは極力摂取しないようにしてきたが、今日は例外だ。
祝うべきことを祝うのも精神衛生的にはいい。
それから俺たちは運ばれて来た肉を早速焼き始めた。
俺も好きな肉を焼き網に乗せるが、マルキダエルはただ焼けるのを待っている。
「いただきっ!」
「お、俺の育てていた肉を……!?」
そして焼き上がった肉を横から掻っ攫うマルキダエル。こいつマジ……。
「旦那様。こちらのお肉が焼けていますよ」
「ああ。すまんな、サタナエル」
サタナエルの方は次々に肉を焼いては俺に渡してくる。
本当に性格が真逆のドラゴンどもだ。
「これからの予定だが、今度は60階層を目指そうと思う」
俺はビールの次は焼酎を味わいながら、サタナエルたちにそう言う。
「今からでも最深部に潜っているメガコーポの連中には追いつけるはずだ。追いついて、追い越し、そして俺たちが最深部に一番乗りする」
酔いもあったのだろうが、今日の俺は大きな夢を口にしていた。
メガコーポを出し抜く。
酔っていたとしてもそれがどれだけ難しいことかは分かりそうなものなのだが。
「ええ。旦那様ならばきっとできます」
「うん! 貴様ならできるぞ! 俺もいるしな!」
サタナエルとマルキダエルがそれぞれそう言う。
「……ありがとう」
50階層を踏破できたのは、認めたくはないがサタナエルのおかげでもある。
サタナエルと再戦して自信がつかなければ、俺はあれだけの余裕を持ってワームを倒せなかったかもしれない。
あとマルキダエルもいざというときには役に立つだろう。多分だが。
「じゃあ、今日はもっと飲み食いしよう。盛大に祝うぞ」
「おー!」
俺たちはそれから何杯も酒を飲み交わし、肉を平らげたのだった。
* * * *
随分と飲んで食ってしたあとに、俺たちは家に帰った。
今日はかなり飲んだはずなのだが、不思議と気分はほろ酔い程度で、そこまで深刻な酔いは感じなかった。
サタナエルとマルキダエルの方も顔こそ赤いが酔った様子はなく、俺たちは真っすぐ家路についている。
「旦那様」
帰り道でサタナエルがそっと隣から俺の腕を抱く。
「今日は本当に格好良かったですよ」
「……お前のおかげだ。もし、お前と再度戦っていなければ俺はワームには勝てなかったかもしれない」
「ふふ。では、旦那様のお役に立てたのですね」
「そうなるな」
一応はと俺は認めた。
「これからもボクは旦那様のためにありますよ。ですから──」
サタナエルが天使のように微笑んで告げる。
「ボクのことを愛してくださいね」
サタナエルはそう言ったのだった。
「……考えておく」
今でもサタナエルがドラゴンで、最初は俺を殺そうとしてきたことは変わらない。
だが、全く話が通じない化け物なのかと言われればそうでもないような気がする。
こいつを信頼していいような、そんな気が今はするのである。
「ふふ」
サタナエルは俺のそんな心中を読んだのか、アルコールで火照った身体を俺の腕に押し付けて隣を歩いた。
「……なあ、お前は前に俺との子供が欲しいって言ったが、今でもそうなのか……?」
「ええ。その気持ちに変化はありませんよ」
「そうか。子供か……」
考えてみたこともなかった。
戦争から帰ってきて、ずっと俺は自分のことしか考えられなかった。
自分が生き残るのに精いっぱいで、誰か他人のことを考えるなんてできなかった。
所帯を持って、子供を作るなんてことは当然ながら微塵も考えたことがない。
「なあなあ、佐世保! あっちの店からも美味そうな匂いがする!」
「二次会はなしだ。家に帰るぞ」
「ぶーっ!」
マルキダエルが俺の思考を遮るように叫び、俺は首を横に振る。
やつは不満そうだったが、流石の俺でももう腹には入らない。
「明日は60階層に向かうための準備をするか。必要な物資と情報集めだ」
「はい、旦那様」
50階層の壁は超えた。
次は60階層だ。
俺の夢である最深部のお宝を手に入れて、それによって平穏を手に入れる。
その夢に向けて俺は前進する。
それ以外に今は生きていく目的が俺にはなかった。
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