ワーム戦
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──ワーム戦
41、42、43……そして、49階層とダンジョンを下っていく。
ワイバーンとはその間、7回ほど交戦した。
以前はとても脅威に思えたそれも今は落ち着いて対応できる。
どんなことがあっても自分はドラゴンに、サタナエルにソロで勝てたのだという自信が心理的な余裕を生ませていた。
しかし、それも50階層に近づくにつれて不安に侵食され始める。
俺はこれまでワームに挑んで無残な死体になった探索者を多く見ている。
火炎放射で丸焦げにされた死体。ばらばらに轢き殺された死体。食い殺された死体。
いつも49階層に辿り着いたときには心理的な余裕などなく、本当に50階層に降りて自分が戦えるのかというのが疑問だった。
自分もダンジョンの最深部を目指して死んだ愚か者のひとりになるのではないかと。
しかし、今は大丈夫だ。
戦力的にも今の俺は確実に強化されているし、何よりメンタル面のコンディションは最高だ。
「さあ、いざワーム殺しと行こう」
俺は49階層から50階層に下る階段に足を乗せる。
ゆっくりと音を立てずに俺たちは降りていく。
俺が先頭に立ち、すぐ後ろにはマルキダエル。そして、ミュールボットを挟んで最後尾からサタナエルが続く。
恐ろしく広い50階層はすでに炎の臭いがしていた。
灰の臭いと人間の焼けた臭いだ。
「どうやら先客が頑張ったらしい」
俺は49階層に繋がる螺旋階段の根元に倒れている人間を見つけた。
上半身だけで下半身は磨り潰されたようになくなっている。そんな黒焦げになったこの人間も50階層でワームに挑んだのだろう。
俺はその死体を避けながら50階層に降り立った。
そして、目で、耳で、鼻で、肌で、そして直感でワームを探る。
すると僅かに地面を金属で擦るような音が聞こえてきた。
金属のざらつく嫌な音だ。これはワームで間違いない。
俺はこれから初めてワームに挑む。
「大丈夫です。旦那様ならばやれますよ」
「ああ。その通りだ」
今は謙遜も照れ隠しも必要ない。
精神を最適に保つために自分に過剰なまでの自信を持てと言い聞かせる。
ここまで来た以上、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないのだからと。
俺は無言で感覚を研ぎ澄ませ、ワームとの距離を測る。
ダンジョン内にある光源では見渡せるのは200メートルと言ったところ。
依然として目視ではワームの姿は確認できず、距離は200メートル以上離れているのだろう。
「来るぞ……!」
そこで音が大きく動いた。
金属が激しく擦れる音が響き、それが急速に俺の方に接近してくる。
「────ッ!」
ドラゴンというよりも蛇を連想させるフォルムをした巨大なクリーチャーが俺の眼前に現れ、大きく咆哮した。
その咆哮を上げる口の大きさと言えば、軽自動車が丸呑みできそうなほどだ。
それが俺に向けて敵意ある視線を向けている。
「こいつが……!」
俺は超高周波振動ナイフを抜き、ぐっと構える。
ワームは二度目の咆哮を放ったのちに俺に向けて突撃してきた。
「最初から格闘戦に応じてくれるとはな!」
突撃してくるワームの迫力と言えば、戦車が突撃してくるような迫力だ。
俺はぎりぎりまで回避行動はとらず、ワームとすれ違うように斜め前に出た。
「まずは一撃っ!」
それと同時にナイフをワームの顔面に突き刺し、引き裂きながら駆け抜ける。
肉の裂ける鈍い音が響き、ワームの鱗と肉が切断されていく。
「────────────ッッッッッッ!」
しかし、これがやつを怒らせたようだ。
ワームはぬるりと本当に蛇にように動き、その巨大な口を俺の方に向けると口の中に赤い炎を蠢かせ始めた。
「火炎放射、来るかっ!」
俺は恐怖を殺し、じっとワームの動きを見張る。
それからワームの口に渦巻いていた炎が放たれた。
最初にそれを見たとき、遅いと俺は感じた。
また強化脳は起動していなかったが、ワームの放つ炎はゆっくりと伸びてきた。
サタナエルの放つそれに比べれば止まっているようなものだ。
「大したことはないな……!」
俺は強化脳を起動スタンバイにして、それから火炎放射に沿うようにして前進する。
ナイフで戦うと決めた以上、相手を間合いに収めなければ話にならない。
とにかく肉薄することを頭に叩き込んで俺は駆ける。
機械化された肺が燃える空気の中から急速に酸素を取り込み、機械化した四肢が俺を弾丸のごとく前に押し進めた。
「そらっ、もう一撃だ!」
俺は火炎放射が途切れたと同時にワームの顔面に飛び掛かる。
ナイフで狙ったのはやつの目だ。
「────────────ッッッッッッ!」
ざっくりとワームの眼球が引き裂かれ、やつが言葉にできない悲鳴を上げる。
やつはそのまま蛇が鎌首をもたげるように首を大きく振り上げ、俺は飛びついた顔面から振り払われた。
その直後にやつは尻尾で俺をぶっ飛ばしてきたのだ。
「ぐふっ……!」
トラックに轢かれたかのような衝撃が俺の前進を襲い、俺は壁に叩きつけられた。
本来ならば内臓も何もかも潰れ、背骨は折れて、俺は即死だっただろう。
だが、俺は生身じゃない。機械化した兵士だ。
「やってくれるじゃないか……!」
俺は口の中から滲み出る血を吐き捨て、ワームを見据える。
隻眼になったやつは未だに俺を捉えており、殺しに来ているのは間違いない。
「佐世保ー! まだ戦えるのかー!」
階段の方からマルキダエルがそう声をかけてきた。
「頑張ってください、旦那様」
サタナエルも俺に声援を送る。
「ああ。やってやるさ!」
俺は連中の言葉に奮起し、ワームに向けて駆ける。
地面を蹴り、ナイフを構え、ワームを目指して突撃。
ワームは俺を焼き殺すつもりらしく、再び真っ赤な炎を渦巻かせる。
「それは俺には当たらない」
相変わらずワームの炎はゆっくりとしたもので、もはや俺を掠めもしない。
しかし、ワームは脅威だ。
その蛇のような身体から繰り出される先ほどのような打撃も、その俺ぐらいは軽々とかみ砕けるだろう口も、その存在そのものが脅威だ。
「だが──」
俺は肺の出力も、人工筋肉の出力も同時に上昇させる。
110%、120%、130%……──。
「俺はもっと危険だぞ?」
出力180%から繰り出される跳躍は頭を高く上げていたワームの頭上まで俺を飛ばし、俺はワームの頭に超高周波振動ナイフを叩き込んだ。
鱗が溶けるように裂け、肉が真っ赤な血を帯びて裂けていく。
「────────────ッッッッッッ!」
ワームが悲鳴とともにうねり、首を振り回し、俺を再び振るい落とす。
右目は完全に潰れ、左側は顎から首筋にかけて大きく裂けた状態でワームはのたうち回り、回避行動を取り始めた。
俺から逃げるように距離を取り、遠くから炎を浴びせようと言うのか火炎放射の姿勢に入っている。
「逃がすか」
もはや立場は逆転した。
狩る側と狩られる側の立場は変わった。
ワームはもう狩る側ではない。
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