サタナエル再戦
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──サタナエル再戦
俺たちは翌朝、早速ダンジョンに向かう10階層に潜る。
今回もミノタウロスは復活していないか、別の探索者に倒されたあとだった。
そして、何より今日は誰も10階層にいない。
「始めるか?」
俺はサタナエルにそう問いかける。
「ええ。いつでもいけますよ」
サタナエルは今日は白いワンピース姿で、にこにこと笑っていた。
「殺さないように手加減してくれとは言わない。むしろ殺す気で来てくれ。そうでないと自信にならない」
「分かりました。手加減は一切いたしません」
そしてサタナエルが背中から大きく翼を広げると、それが彼女を包み、次の瞬間には再び白い鱗の巨大なドラゴンへと姿を変えていた。
「行きますよ、旦那様」
「ああ」
そして、俺は強化脳インプラントを起動スタンバイする。
3カウントで強化脳が起動するが、それまでサタナエルの動きを見定めた。
3──────いつものとは全く違うドラゴン形態のサタナエル。
2────その姿は本来恐怖を感じ、動けなくなるものだ。
1──だが、俺は一度はそれを破っている。
ゼロ。
強化脳が起動すると同時にサタナエルが仕掛けてきた。
青白い炎がやつの口の中で蠢き、俺に向けて放射される。
「それは読めている!」
火炎放射は横なぎに放射され、俺はそれを前に出て回避。
サタナエルは俺が手加減するなと言ったためだろう。
以前戦ったときよりも手ごわく感じるくらい、的確に火炎放射を放ってくる。
炎が皮膚を掠め、迷彩服ごと焼く。
痛覚マスキングはその火傷の痛みを痛いと言う情報だけ伝えてくる。皮膚が少し引っ張られるようなそんな害のない情報に変換されるのだ。
「流石です、旦那様。そうでなくてはなりません」
サタナエルは俺が俺のナイフの間合いにやつを入れるのを阻止するために、激しい火炎放射を続けた。
やつの懐に飛び込んだら巨体であるやつより、小回りが利く俺の方が勝つ。
そのことを以前の戦闘でサタナエルは知っているからこそ、徹底して俺の接近を彼女は阻止しようとする。
炎がフロア中にまき散らされ、酸素が薄くなるのを感じた。
だが、俺の機械化された肺は全力で稼働している。まだ大丈夫だ。
「ふふ。旦那様。もっと攻めなければボクは殺せませんよ?」
「ああ。やってやるさ」
サタナエルが小さな笑いを含めて挑発するのに、俺も動く。
機械化した四肢を全力で駆ける。
超高度軍用グレードの人工筋肉の出力を180%まで上げ、地面を抉れるほど蹴り、炎を躱して駆け抜けた。
間合いは一気に縮まった。
「流石は旦那様! 間合いに収められてしまいました。ですが……!」
俺がナイフの間合いにサタナエルを捉えるのに、やつは威嚇するように大きく翼を広げて俺を迎え撃った。
鋭い爪の並ぶ腕が俺の方に振るわれ、俺はそれを辛うじて受け流す。
前回の戦いでは騙し討ちに近い形でカウンターを決めたが、今回はサタナエルも俺がやつの攻撃を完全に受け止められることを知っている。
お互いの手札が完全に見えた状態での勝負だ。
つまりは純粋はカードの強さでの勝負。
「しかし、やはりこの間合いならば──!」
俺の方は機械化された身体の出力をじわじわと上げながら、速度と手数で攻撃を繰り出してる。
対するサタナエルの方は重たく強力な一撃を狙いながら放っている。
ボクシングならばジャブを連発して相手の体力を奪う俺と強力なストレートでKOを狙うサタナエルと言ったところだ。
今のところは俺の攻撃もサタナエルの体力を削り取れず、サタナエルの攻撃も俺には直撃していない。
長期戦になれば有利にあるのはサタナエルだろう。
だから、俺もそろそろ勇気を出して踏み込む必要があった。
「──ふんっ!」
次のタイミングで俺はサタナエルの放った強力な斜め下に薙ぐ腕の攻撃を、彼女の懐に飛び込むことで回避。
完全には回避できず、肩に衝撃を受けたがそれでも俺は戦える。
今が最初で最後のチャンスだ!
「うおおおおおお────っ!」
俺はサタナエルの首に飛び掛かり、ナイフを突き立てる。
超高周波振動ナイフはドラゴンの装甲車のような鱗を貫き、その下の肉を裂く。
鮮血がほとばしり、サタナエルが苦しげに呻く中、俺は何度も何度もナイフを突き立てた。
それからサタナエルの身体がぐったりと倒れ、俺は顔に浴びた血を拭う。
「サタナエル……。……サタナエル? 大丈夫だよな……?」
血だまりの中でぐったりとしたままのサタナエルを見て俺が心配になっていたとき、彼女の姿が再び人間のそれへと戻った。
血に染まった真っ白なワンピース姿の女の姿だ。
「流石です、旦那様。一度ならず二度も旦那様を前に平伏させられてしまいました」
「そっちも以前より手強かった。殺されるところだったぞ」
サタナエルは疲労を感じさせない笑顔で言い、俺の方も笑って返した。
「自信は出ましたか、旦那様? 全力でボクと戦って、またしてもあなたはボクを倒した。ドラゴンを単独で撃破した。そのことで50階層に向かえそうですか?」
「……ああ。今の俺ならばやれるはずだ」
サタナエルに背中を押してもらった、ということになるのだろう。
今の俺は再び最下層を目指す意欲がわいてきた。
ドラゴンをソロで3回も倒せたのだ。50階層ぐらいなんだ、と。
「地上に戻ろう。次は50階層を目指す」
「はい、旦那様」
俺はサタナエルを連れて地上に向かう。
「血の臭いを嗅いでいたら興奮してきた。佐世保、次は俺と勝負しろ!」
「しない。する理由がない」
「なんでだ!」
なんでだもクソもサタナエルは別に戦いたくて俺とやり合ったわけじゃない。
彼女なりの励まし方で俺を励ましただけだ。
「しかし、失った血などは気にならないのか?」
「ええ。再構築しましたから。全て元通りですよ」
「再構築……?」
「ボクたち悪魔はこの世界の生き物とは根本的に異なるんです」
サタナエルはそう語る。
「ボクたちには元は血肉がない。このような血肉は存在しないのです」
「血肉が存在しない? どういうことだ?」
「このARデバイスにはそこに存在しないものが、存在するように表示されています。本当はあそこに看板はないのに、あるのは看板を表示するようにコードされたプログラムだけなのにそれが存在するように見える」
「……お前たち悪魔は情報だけの生命体だった、と……?」
サタナエルの言葉から俺はそう導き出した。
「ええ。ボクたち悪魔は一種の情報生命体。それがダンジョンというコンバーターによって肉体を得て、こうして旦那様と触れ合えている」
サタナエルはそう言いポンと自分の身体を俺に預ける。
そこには確かにサタナエルの温かさがあり、匂いがあり、質量の感触がある。
「……ダンジョンのクリーチャーたちもか?」
「いいえ。彼らは全てが全てボクたちのような悪魔というわけではありませんから。あれらはダンジョン自らが生み出しているもの。ボクたち悪魔はダンジョンというコンバーターにただ乗りしているだけです」
しかし、とサタナエルは続ける。
「ただ、ダンジョンは地獄に繋がっている。それだけは確かです。ダンジョンは本来接触するはずがなかったこの宇宙と地獄を巡り合わせ、繋ぎとめている……」
そこでふふふっとサタナエルは笑った。
「そのおかげでボクは旦那様に出会えました。嬉しい限りです」
「……そうかい」
俺はサタナエルの語った言葉からダンジョンというものについて僅かに理解できた気がした。
だが、今の俺の理解が本当に正しいのかは、まだ分からない。
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