異常の中の異常
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──異常の中の異常
「今、そっちに行く。撃たないでくれよ」
俺はそう言ってショットガンの銃口を下に向けると五十嵐の方に近づいていく。
五十嵐は未だ警戒した様子で俺の方を見ているが、その手にしているショットガン──信頼性の高いことで知られるレミントンM870で撃ってはこなかった。
「生体認証する」
俺は五十嵐を生体認証データを取得。
そのデータはジョン・ドウから渡されていた五十嵐のデータと一致した。
「五十嵐・J・アメリアだと認証した。あんたを助けに来たぞ」
「ふむ。それはご苦労だったね。しかし、もう少し早く来てもらいたかったものだ。私の護衛の最後のひとりが、さっき息を引き取った」
そう言って彼女は小部屋の中で横たわっている太平洋保安公司のコントラクターの死体に視線を向けた。
「それは残念だったが、俺たちは救出を命じられたのはお前だけだ。しかし、どうして連絡して応援を求めなかった?」
「ジャミングだよ。電波妨害で連絡しようにもできなかった。この連中はかなり計画的にこの襲撃を行ったらしい」
五十嵐は肩を竦めてため息交じりにそう言う。
「襲撃者に心当たりは?」
「さてね。私の研究成果を欲しがっている人間は大勢いるから。どこかのメガコーポの連中の仕業だということは間違いないだろうが……」
結局のところ、襲撃者の正体は不明なままか。
「では、お前を依頼主のところまで保護する。一緒に来てくれ」
「分かった。しかし、君は腕の立つ探索者のようだね?」
そこで五十嵐は値踏みするように俺の方を見てきた。
「そんなことはない。ただのよくいる冒険者だ」
「ほう。そうは見えないがね。太平洋保安公司の護衛を、奇襲したとは言えど一方的な戦闘で撃破した連中を、君らは遥かに少ない数で始末したのだから」
ARデバイスを兼ねたメガネのレンズ越しに興味深そうに俺の方を見てくる五十嵐。
「君の力を借りたい案件があるのだが、あとで話を聞いてもらえないかね?」
「あいにく大井の渉外担当者とやらにも誘われている」
「そうなのかね? それを受けるつもりは?」
「まだ決めてない」
大井に雇われることのメリットとデメリット。まだそれを天秤にかけ続けている。
連中はでたらめに巨大だ。
だから得られる恩恵も大きいだろうが、その反動もそれだけ大きい。
それは間違いない。だから、まだ迷っている。
「やはりメガコーポが相手となると不安だろうか?」
俺の心中を察したように五十嵐が尋ねた。
「では、こうしよう。私が個人的に君を雇う。どうだね?」
「そもそも仕事の内容を聞いていないから答えようがない」
「簡単だよ。30階層のエリアボスがちょっと厄介なことになっていて、それについて調査をしたいだけだ」
「30階層のエリアボスを撃破しろじゃなくて、調査したい、ね……」
「ああ。ダンジョンがどうも妙なことになっているんだ。その影響かもしれない。君も探索者ならば10階層や20階層に本来出没しないドラゴンが最近出現したことは知っているだろう?」
「……まあ、知っているな」
俺はその2体のドラゴンが俺の後ろにいることには言及しなかった。
教えてたら絶対面倒なことになるし。
「その関係が通常のクリーチャーに変化はあまりないのだが、一部のエリアボスに変異種とでもいうべきものがちらほらと現れているのだよ。これが困った存在でね。これまでは雑に処理できたものが、苦戦するようなことになっている」
だからこうして20階層から30階層付近の調査を行っていたら、このどこかのメガコーポの傭兵に襲われたのだと言う。
「ここら辺を調査して原因は分かったのか?」
「いいや。不明だ。あらゆるデータはこれまで通り。データは不可解なものもあるがだが、変化はしていない。こうして地下に何階層もの巨大構造物が出現している異常という状態は、より奇天烈な異常になっているわけではないということだ」
「異常ではあるのか」
「ダンジョンはその存在が異常そのものだからね」
滅茶苦茶に狂った状態だが、それ以上には狂っていない。
なのにエリアボスに変化が生じているという異常が起きている。
その原因は、と。
「で、だ。30階層に変異種が出たという情報があるのだよ。私はその調査を前々から会社に申告していたのだが、なかなか許可されなくてね。だが、君のような優れた探索者が一緒なら許可されるだろう」
そう言って俺の方を見る五十嵐。
「報酬は?」
「おお。考えてくれるのか! 30階層の調査の護衛で5000万円でどうだね?」
「なんと」
ただの護衛で5000万円? マジかよ!
「私個人の依頼だからこれから大井に紐づけされることもない。どうだね?」
「分かった。引き受けよう。だが、一度お前を保護したことを大井に連絡しなければならない」
「もちろんだ。私も会社に調査を申告しなければならないからね」
というわけで、俺たちは一度上層へと戻り始めた。
「そうだった。20階層にあるラーメン屋に寄っていきたい。いいだろう?」
「寄り道はしたくないんだが……」
「頼むよ。あのラーメンとチャーハンはとても美味しかったんだ」
「分かった、分かった。30分だけなら」
「ありがとう」
しかし、あれだけの死体の山を見たあとでも食欲があるとは。
ショットガンのそれなりの扱いの良さと言い、意外に修羅場を切り抜けてきたタイプなのだろうか?
俺たちはそれから20階層のラーメン屋に寄った。
例の『楽市楽座』というラーメン屋だ。
しかし、失念していた。ここの店主は俺のことを知っていたのだった。
「あ! ドラゴンを倒したお兄さんじゃないか! それに学者さんも!」
店主が大きな声でそう出迎えるのに五十嵐が怪訝そうに俺の方を見る。
「あなたが20階層のドラゴンを? それは聞いてなかったのだが……」
「言う必要もないだろう」
「あると思うがね。その実績があれば間違いなく30階層の変異種調査の承諾は降りる。それにだ。君が20階層のドラゴンを相手にしたときのことを詳しく聞きたい。どのような状況で、どのようなドラゴンであったかを」
ああ。こうなるから知られたくなかったのだ。
「食べながら話を聞くとしよう。私の奢りだ。遠慮なく食べたまえ」
「うひょー!」
五十嵐の言葉に歓声を上げたのは俺じゃない。マルキダエルだ。
こいつ、人からもらえるただ飯は本当に喜ぶよな……。
「いやいや。俺の店と命の恩人であるお兄さんたちには店から奢るよ。さあさあ、中へどうぞ!」
気前のいい店主にそう促されて俺たちはラーメン店の中へと入ったのだった。
「さて」
お冷が置かれると五十嵐が早速俺の方を見る。
「ドラゴンがどのようなものだったのか。そして、君がどのようにしてそれを倒したのか。話を聞かせておくれ」
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